【二〇××/〇四/二十×】
入学式から数日が経ち、ほんのり桃色が残っていた桜の木も鮮やかな緑色が多くなってきた。
新入生オリエンテーション、各教科の担当教師との顔合わせ、通常授業のスタート……あっという間に目まぐるしく数週間が経った。入学してからの数日はいろんな意味でさすがにかなりの視線を感じたもんだけど、数週間も経てば視線もそれなりに落ち着いてくる……はずだった。
「月見里ヒロ君!【オカルト研究同好会】に入らないかい?!」
「だ!か!ら!入らないって言ってるじゃないっすか!!!しつけぇなぁ!!!」
ただ一人、この男を除いて。
なぜ、俺がこの男から熱烈ラブコールを受けているか……事の発端は約十日ほど前に遡る。
【二〇××/〇四/十×】
高校にも慣れてきたとある日、新入生へ向けた部活動・同好会の紹介と入部・入会説明会が五・六時間目を利用して体育館で行われた。全学年が一堂に会する体育館は、入学式の時とはまた違った雰囲気があった。
花形のサッカー部、バスケ部、野球部、吹奏楽部、軽音楽部を筆頭に、それぞれの部活動が、各々の特徴を活かしながら紹介を行うその姿に、イケメンに目がない女子生徒たちは、各部活の先輩にそれぞれ黄色い悲鳴をあげて大いに盛り上がっていた。
そんな女子たちを横目にぼけっと気の抜けた顔で何部にするか悩んでいたら、中学からの同級生で、今も同じクラス、俺のことをヤマという愛称で呼んでくる気心知れた友人のうち一人の芳野晴琉が後ろから肩をたたいてきた。
「なあ、ヤマ、お前何部にすんの?」
「あぁ…どうしよっかな、軽音いいなとは思ってる。ハルは?」
「いやぁ、おれはサッカー部かな、モテたいし!」
「ハル、お前は高校サッカーを舐めすぎてる、一旦サッカー部に謝ったほうがいい。」
「それは言い過ぎじゃん?!」
「以上が部活動の紹介になります。続きまして、同好会の紹介です。」
そうこうして喋っている内に、あっという間に部活動紹介が終わり、同好会の紹介へ移っていた。同好会、この高校では部員数六名以下の集まりを部活動として認可する前段階から、同好会という名目で登録及び活動が認められている。部費が出なかったり、顧問がいなかったり、大会へは出れなかったり、何かと制約はあったりするが、好きなものを好きな人同士熱く語り合える。という大きな利点が魅力らしい。
「鉄道同好会の皆さん、ありがとうございました。続きまして、【オカルト研究同好会】の紹介です。会長、行堂惺一朗君、お願いします。」
部活動・同好会の紹介担当者の待機席から立ちあがり、マイクを手に取り新入生の前に出てきたのは、すんごいビジュが良い人だった。
「新入生の皆様、初めまして。【オカルト研究同好会】会長、二年五組、行堂惺一朗です」
俗にいう爬虫類顔と呼ばれるキリっとした顔立ちに、すらっとした高身長のモデルさながらのスタイル、サラサラのストレートヘアをセンターパートのウルフカットに整え、ブレザー型の制服をボタンもネクタイもきっちり着こなし、リムレスの眼鏡を押し上げながら自己紹介をする姿に同性ながらも見惚れてしまった。
……のもつかの間。
「さて、突然ではありますが…皆さんは七不思議や都市伝説に興味はありますか!?!?実は、日常生活の中でもよく使われるようになった『置いてけぼり』の語源は江戸・東京のほうに伝わる七不思議、『本所七不思議』の一節、『置いてけ堀』が由来だと言われているんです!!!!あ、もちろん諸説ありですけどね!」
……え、なんかテンション高くね?さっきまでのキリっとした印象から一変し、熱量高めに七不思議や都市伝説、怪談の魅力を語るスピーチをし始めた。その熱量に驚き半分ドン引き半分で俺は思わず後ろを振り返りハルに話しかけた。
「え、あんさ、なんか…印象変わりすぎじゃね……?!」
「あぁ…なんか、兄貴曰く、二年生の中でもかなりの変わり者なんだってよ…」
ハルには一個上の湊都っていうお兄さんがいて、ここの高校の在学生。さっき、軽音楽部の紹介の時に出演したバンドのリードギター担当。中学のころはよくハルとミナトくんとゲームしてはしょっちゅう芳野兄弟にボコボコにされてたっけ……。いや今はそんなことはどうでも良くて。
「あっ…そう…めっちゃくちゃビジュ良いのにな……。」
「兄貴と全く同じこと言ってて草なんだよね。なんか、市外からわざわざ来てんだってよ。そんであのキャラだろ?そら変人扱いされてもしゃーないよなぁ…。」
「あぁ、市外の人なのか……。確かに、わざわざここ来るのは確かに変ってか奇妙かもな…。」
別にこの地域はそんなに閉鎖的なものでもないし、因習村的なものでもないけど、昔からここの外から来るのは珍しがられる。転校生なんてもってのほか。良くも悪くも家族丸ごと注目の的になる。
ハルと話している内に、アンドウ先輩はたった一人で、演劇じみた台詞回しでものすごい熱量を最初から最後まで絶やすことなく七不思議や都市伝説、怪談の魅力をひとしきり語ったあと一つ咳ばらいをし、落ち着きを取り戻した。
「失礼。盛り上がりすぎたね。【オカルト研究同好会】は昨年度、私が設立したばかりの同好会で、まだ私以外にメンバーがいないんです。活動日程は不定期。他の部活動・同好会との掛け持ちも可能です。興味のある方は二年五組、アンドウまで。以上、【オカルト研究同好会】略して【オカ研】でした。」
アンドウ先輩は深々と一礼をし、話を締めくくった。その話しぶりにちらほらと拍手が起こる。俺もハルも周りの空気を読んで拍手をしていた。アンドウ先輩が頭を上げたタイミングで拍手が収まり始め、司会進行の生徒が場を進めようとした頃。
「あ、そうそう。」
おもむろに、何かを思い出したようにアンドウ先輩が口を開いた。
「一年四組三十番、月見里ヒロ君は放課後、私、アンドウの所へ来てくれるかい?」
アンドウ先輩の衝撃的な名指しエンドに、体育館中の視線が俺に一気に集まったのが分かった。視線が痛いと思ったのは、入学式の時以来、数日振りだった。
あぁ、俺の高校生活終わったんだ、いくら何でも公開処刑が過ぎる。思わず両手で顔を覆い、天を仰いだ。神様、仏様、あぁ、もう、この際何でもいいから何かの神様、どうかこの状況を嘘だと言ってください。頼むから……。
新年度、入学早々に訪れた高校生活の終わりの始まりに絶望していると、ハルが後ろから俺の肩にそっ……と手を置き、神妙なトーンで問いかけてきた。
「……ヤマ、お前何したん…?」
「…………新入生代表の言葉……。」
「…だけで変わり者の先輩から目ぇ付けられるか……?!」
「バカ!声がでけぇ!聞こえたらどうすんだよ……!」
ハルと話している間にも、一年生の面々や部活動・同好会紹介後、在校生席に座っていた先輩たちが各々俺のほうを向きながら、何か話している。視線どころか耳まで痛いような気がしてきた。意味は違うんだけどさ……。恐らく、いや、もうほぼ確定的に俺の顔は耳まで真っ赤に染まっているだろう。顔が熱い…。
「はいはい!静かに!!進めるから!私語は慎めよ!」
「あ、えっと…………【オカルト研究同好会】のアンドウ君、ありがとうございました…。」
先生の注意でやっと静かになり、司会の先輩は動揺しつつも何とか行程表通りに進めようと頑張っていた。ホント、すみません……。いや、うん、俺が心の中とはいえ謝ることではないんだけど。というか、俺が謝って欲しいくらいなんだけど?!
「水族館同好会の皆さんありがとうございました。以上で、部活動・同好会の紹介を終わります。十分休憩の後は、一年生は井上先生にバトンタッチして、入部・入会及び、部活動・同好会の規則についての説明会になります。二年生は各自教室へ戻って担任の先生の指示に従ってください。」
ずっと座って紹介を聞き続けていた一年生達にとって待望の休み時間。トイレに駆け込むやつもいれば、友人と何部にするかだの、あの先輩がカッコよかっただの、可愛かった的なトークで盛り上がっているやつがいる中で、俺はその場で上履きを脱ぎ捨て、座っていた椅子の上で体育座りになって縮こまっていた。
周りを見渡してみるけどアンドウ先輩の姿は見えず、きっとさっさと自分のクラスに戻っていったのだろうと思う。先輩の姿が見えないことに少しホッとしたとはいえ、さっきの公開処刑となんら変わらない状況に立たされたことを思い出し頭を抱えた。
「最悪だ………。」
「ホント、入学早々災難というか…なんていうか、ドンマイ、ヒロ。」
「よっ、ハル、ヒロ、長時間お疲れぃ。ヒロはさっきのでグロッキーかぁ…ウケんね。」
「人がグロッキーになってんのを笑わないで……ミナトくん…。」
「いやぁ、にしても、ヒロはすごいのに目をつけられたね。何したの?」
「新入生代表の言葉以外何もしてねぇよぉ……。」
ハルの兄で先輩であるミナトくんが休み時間を利用して、教室に戻る前にわざわざ俺とハルがいる一年生の席まで顔を出しに来てくれた。さすが兄弟、聞いてくることが全く同じ。
ただ、事実、新入生代表の言葉以外何もしていないから、見ず知らずの先輩から目を付けられる心当たりなんて全く無いのである。
「なぁ、兄貴、アンドウ先輩って、変わり者ってこと以外に何かないの?こういう人だよっていうさ。」
「うーん…。」
「ほら!少しでも、人となりが分かる情報があればさ、ヒロもちょっとは安心できるんじゃない?」
というハルなりの気遣いから出た質問だったのだが、ミナトくんは腕を組んでその場で考え込み始めてしまった。そんなミナトくんを見ながら、俺とハルは固唾を飲んで返答を待っていたのだが…
「…………オレも分からん!すまないね!」
返った来たのはまさかのお手上げ宣言だった。きっと、コント番組だったら俺は椅子ごとひっくり返ってるし、ハルはズッコケていることだろう。
「なんでそこまで情報ないの?!」
「まぁ、そもそもアンドウって地元民じゃないからさ、同中のやつとかいねぇのよ。で、オレは一年の時も今もクラスちげぇからよ、わかんねぇんだ。わるいね。」
「兄貴が教えてくれた変わり者と市の外の人ってことから情報更新は無しかぁ…。」
三人して頭を抱えているとイノウエ先生がマイクを持って生徒の前に出てくるのが見え、もうそんな時間か、とミナトくんは慌ただしく二年生の教室へ戻っていった。ハルも自分が座っていた椅子に戻り、俺も体育座りの体勢からちゃんとした姿勢に戻り、上履きを履きなおした。
「よぉし、一年生全員揃ってるかぁ?休憩も終わったところで、入部・入会に関する説明を始めるぞ。まず、プリント二枚配るから、足りなかったら手上げて教えてくれよ。」
配られたプリントのうち、片方は部活動・同好会の活動規則が書かれたもので、もう一枚は入部・入会届だった。活動規則は、まあその通り、何をしたら停部になるかとか、なんか、いろいろ書かれている。イノウエ先生の説明を聞き流し、ざっとプリントに目を通しておけばまぁ大丈夫だろう。
正直、今は規則がどうとかそんな話を聞いている場合ではない。来る放課後が気が気じゃない。あんなことになって集中出来るかってんだよ。
「次に、入部・入会届の説明に移るぞ。」
記入は原則ボールペン。シャープペンシルや、擦ったら消えるボールペンで書かれているものは不受理、受け付けない。で、部活動の場合は、各部活動の顧問の先生と自分の担任へ一枚ずつ提出。同好会の場合は、顧問がいない会がほとんどだから、各会の会長と自分の担任へ一枚ずつ提出する事になるそうだ。
二枚出す必要があるのか…かなり面倒くせぇ仕組みなんだな、と思ったが、どうやら担任は自分のクラスの生徒が何部に入ったかなどを把握しておく必要があるかららしくて、先生たちも大変なんだな…ってなんか勝手に同情してしまった。
「で、今日配ったのは担任提出用です。各部活動、同好会への提出用は、部活動体験期間でいろいろ体験した後、入りたいと決めたところの顧問や会長からもらってください。」
え?…………今、顧問や会長から貰えって言った?嫌な予感がして、ハルのほうを見たら、口パクで「ドンマイ」って言っているのが分かった。ドンマイじゃないんだよ…。
今の先生の一連の説明によって、アンドウ先輩が俺を呼び出したのが八割くらいの確率で俺に二枚目の入部届を押し付けるためである可能性が出てきた。そんな本日二度目の絶望の中、無情にも六時間目終了のチャイムが体育館に鳴り響いてしまった。
「チャイム鳴ったし最後に、さっきも言ったが明日から再来週まで、部活動体験期間になりますが、期間中に入部・入会届を出しても構いません…………あー…もちろん、自分の意思を最優先にしろよ。」
え、それ、俺に言ってます?並みの発言が飛び出した。唖然としていると、隣のクラスの学級委員の女の子の起立の号令が聞こえてきた。周囲の生徒がちらほら立ち上がっているのが見えて、慌てて立ち上がり礼をした。
「……あざしたぁ…………はぁ…………」
みんなの挨拶にかき消してもらう形で適当に声だけ出しておいた。各々が教室から持ってきた椅子と筆記具、プリントを持って教室へ戻っていく。そんな中俺は大きなため息を残し、ただ茫然としていた。
「……ロ、ヒロ!!」
「え、あ、おう…」
「帰りの会、あるから、戻るぞ。」
いつの間にか、ハルが俺の分の筆記具やプリントを回収してくれていた。俺は椅子を持ち上げ、鉛のように…いや、鉛以上に重い足取りで教室へと戻った。
「お!先輩ご指名のヤマナシくんじゃーん!!」
「お前それ言うのヤバすぎ!!」
「ご指名された気分はどうですかー?!」
教室に戻るや否や、俺を見てギャハハと嫌な笑い方をしてくるクラスメイトに嫌な絡まれ方をして元から最悪だった気分はさらに最悪になった。この下衆な高校デビューの仕方をしているイキリ野郎が。
…………というか、入学してから嫌な群れ方するまでが早すぎるんだよな…。まぁ、なんとなく、元よりクソガキで何かターゲットが見つかったらすぐに嫌な絡み方をするような人だったんだろうなって、察しはつくのだろうけど。ただ、あいつらにイラっとはしたものの、俺の怒りの矛先は、あいつらではなく全く違う人物、アンドウ先輩ただ一人に向いていた。
「ヒロ、あんなの気にしなくていいからな…?」
「おう…先輩には直接文句言わなきゃ気が済まねえや。」
「…………うん、ヒロの事だから、そんなことだろうと思ったよ。」
「は……?ノーリアクションでおしゃべりかよ、おもんな。」
さすがに、入学早々あんなことになって、ハルの心配ゲージも最大に近づいて来ている。無視を決め込み話をしていたら、あいつらの興味関心が一瞬で俺から逸れた。そんなタイミングで、担任の渡来先生が入ってきた。
「皆さん、席についてくださいね。では、説明会お疲れ様でした。」
担任のワタライ先生は爽やかな好青年といった印象で、担任歴四年くらいだと最初の挨拶の時に話していた。この学年の担任達の中では若い方だそう。
「それでは、今日はこれで終わりです。では、美曽野君、帰りの挨拶をお願いします。」
「はーい、起立、気を付け、さようなら。」
「はい、さようなら~」
各々他愛のない会話をしながら、リュックサックやスクールバックを持ち教室を出ていく。さようならの挨拶の後、座らないクラスメイトがほとんどだったのに、俺は力が抜けたように椅子へ戻っていった。
「ヤマナシ君」
気の抜けた顔でこれからどうするか、考えていたらワタライ先生から声をかけられた。
「あ…ワタライ先生」
「さっきの説明会の時の事だけど、あの後、アンドウ君の担任の布浦(フウラ)先生が呼び出しして叱っていたから、今日はこのまま帰宅して大丈夫だし、ヤマナシ君の好きな部活動・同好会に入ってくださいね。」
「え、先生神様じゃん…………」
「よかったな!ヒロ!」
「今度フウラ先生にお礼言わないと…。」
フウラ先生のファインプレーによって、俺の高校生活の平穏は守られたも同然となった。ありがとう、フウラ先生、一生ついていきます。体育科の先生だから、勝手に怖いと思っていたけど、案外良い先生なのかも。
「ワタライ先生もありがとうございます。入学早々お騒がせしちゃって…。」
さすがに入学早々こんなにお騒がせしていることに、申し訳なさというか、罪悪感というか、諸々いたたまれなくなった俺は、ワタライ先生に対して深々とお辞儀をした。そしたらワタライ先生は笑いながら良いんだよとフォローしてくださった。
「とりあえず、今日の所はもう帰りなさい。」
「もちろんっす、爆速で帰ります。」
「あ!じゃあさ、ヒロ、おれん家で久々にゲームしようぜ!」
「あり、じゃ、帰ります!」
「先生、さよーなら!!」
俺とハルは先生に挨拶をして、ダッシュで帰路についた。下駄箱付近にたどり着いたら、そこには一足先に帰りの会が終わっていたミナトくんがいた。ミナトくんは誰かと話しているようだった。が、そんなことも気にせず、ハルは駆け寄ろうとしていた。
「あ、兄…………」
「なに、どしたん…………あ、やべ。」
しかし、いつもならハルはすごい勢いでミナトくんの元へ向かっていくのに、踏みとどまったから何事かと思ったら、ミナトくんが会話をしていたのはアンドウ先輩だった。
俺とハルは咄嗟に身を隠して、二人の会話に聞き耳を立てた。
「ヨシノくんは、新入生の弟君がいるんだよね?」
「そうだけど、ハルに何か用でもあんの?」
「弟君にさ、ヤマナシ君に会えるよう、伝手を…。」
「寝言は寝て言えよ、さっき、フウラ先生に怒られてただろ。」
相変わらず、ミナトくんって時折高火力のロケットランチャー並みの発言をするよなぁ…と物陰から二人の会話を聞いていて思った。ただこのままでは、俺もハルも帰ることができないのである。
「まぁ、あー、そうだな、まずなんでヤマナシ君を勧誘したいん?勧誘したい理由くらいなら、伝えてやったっていい。それで、今日は解散。ダメか?」
俺とハルは顔を見合わせ、ミナトくん・兄貴ナイス!とガッツポーズをした、が。
「いや、それはボクの方からヤマナシ君に伝えたい。」
「なんだそれ。」
ミナトくん反応が正直すぎるよ…………。唯一の希望も断たれたところで、俺は腹を括ることにした。
「ハル、俺行くわ。」
「え、ちょ、ヒロ!?」
さっきまで忘れかけていた怒りが再び湧き上がってきて、アンガーマネジメントもくそも無くなった俺はアンドウ先輩と直接話すことにした。そうでもしないと腹の虫が収まる気がしなかったのだ。
俺は身を潜めていたところから、アンドウ先輩目指してまっすぐ進んでいった。後ろからハルが慌てている気がしているが、申し訳ないけど一旦無視させてもらう。ごめんハル。
「アンドウ先輩。さっきはどうも。あんたのせいで高校生活のスタートは最悪だよ。で?なんでそこまでして俺を勧誘したいわけ?」
「ヒロ…?!いたのかよ…?!」
「兄貴!!ヒロ、先輩殴ってない?!大丈夫?!」
「僕は殴られていないから、大丈夫さ、とはいえ、ヤマナシ君、随分と喧嘩腰だね?」
「あたりめぇだろ。あれで喧嘩腰にならずに済むほど寛大じゃねぇよ。」
それもそうか、と呑気に笑うアンドウ先輩に六秒のアンガーマネジメントが効かなくなるかと思った。こらえた俺を褒め称えて欲しい。
「で?」
「うん?」
「うん?じゃねぇよ。俺を勧誘したいわけを教えろって言ってんの。」
「ハ…ハル、落ち着いて…………。」
ヨシノ兄弟が俺とアンドウ先輩の仲裁に入ろうと、俺たちの周りであたふたしている。しかし、そんな二人をなだめるためか、はたまた己の言動を弁明するためか、アンドウ先輩が口を開いた。
「そうだね、単刀直入に言おう。ヤマナシ君、キミ、霊感あるよね?」
「は?」
俺とヨシノ兄弟は三人して困惑した。確かに、俺は月見里神社の一人息子ではあるが、霊感なんてものはまるでない。それはヨシノ兄弟も知っている。
「え?だって、ヤマナシ君の肩にずっといるよ?霊。」
「はぁ!?!?!?!?」
「おや?気づいていなかったのかい?僕、てっきりヤマナシ君にも霊感があるから、“ソレ”を受け入れているのかと……。」
ヨシノ兄弟は俺から距離を取り怯えた目でこちらを見ているし、アンドウ先輩はきょとんとしているし、俺は普通にビビっていいる。
神社の一人息子で実家ではお祓いとかも依頼があれば引き受けているが、当の俺は、ホラーが本当に無理なのである。
中学校の修学旅行の肝試しはやりたくなさ過ぎて適当に嘘ついて不参加のゴール待機にさせてもらったし、ミナトくんに騙されて、ハルと一緒にジャンプスケア型のホラーゲームをやらされた時は、俺のビビり方が尋常じゃなかったのが面白かったらしく、今でもヨシノ兄弟のカメラロールに俺がビビっている動画が残っている。…………そろそろ消してほしいな。
「あ、ヤマナシ君もヨシノ君兄、ヨシノ君弟も安心してくれたまえ、ヤマナシ君に憑いているのは恐らく守護霊で、害はないから。」
「…………なら、大丈夫か…」
「おいハルてめぇ、大丈夫なわけあるか!!」
「まぁ、害がないなら大丈夫じゃん……?」
「ミナトくんまで…………!!」
守護霊で害が無いとは言われたけど、“恐らく”という枕詞がある時点で怖いものは怖いんだよ。何が大丈夫だよ。大丈夫なわけないだろ。
…………でも、今まで何かとトラブルは回避してきたし、大きな事件事故にも巻き込まれていないから、守護霊というのは些か間違ってないのかも…………??いや、ここで納得したらアンドウ先輩の思うつぼだ。
「そんな噓つかれても、入会はしねぇから!!ホラー無理だし!!つーか、探せばもう一人か二人くらい取り憑かれてるやついるだろ!!」
「いや、僕は真実しか話してないから。ヤマナシ君オンリーだよ、何かに取り憑かれているのは。」
「はい、終わった、最悪。」
「だからこそ、キミが【オカルト研究同好会】の会員に相応しいんだ!!さあ【オカ研】に入らないかい?!」
「入らねぇよ!!!ハル、ミナトくん、帰ろう!!俺多分、悪夢見るから今日家泊めて!!無理、一人で寝たくない!!」
ヨシノ兄弟を連れ半ば強引に話を切り上げ、下駄箱へ向かう。靴を履き替えながら、各々家に連絡を入れ、俺は一旦家に帰り、下着だけ取りに戻ることにした。
「あ!ヤマナシ君、また明日も勧誘来るからね!」
「来なくていいわ!!入らねぇから!!」
あまりにも清々しい堂々としたストーキング宣言を食らい、もともと悪かったアンドウ先輩の印象は今回でさらに最悪を下回り、最底辺以下になった。
そうして俺は本当にヨシノ家に泊まらせてもらい、ヨシノ家から翌日学校へと向かったのである。ちなみにやっぱり悪夢は見た。おかげさまで寝不足である。
まあ、ハルもミナトくんも俺のビビり具合を見かねて、一緒の部屋で雑魚寝してくれたから、悪夢を見たとはいえ、一人で寝るより幾分かマシだった。ありがとう、ヨシノ家。
そうして登校し、校門をくぐると、朝のあいさつ運動を行っている生活委員会の先輩たちのお出迎えを受けた。
「おはよう!ヤマナシ君【オカ研】に…………」
「入らねぇよ!!」
なんと、生活委員会の先輩の中にアンドウ先輩の姿もあった。前日ストーキング宣言を食らったばかりだから、一緒に登校したヨシノ兄弟と三人してギョっとしたが、事実、本当に生活委員会で、委員会の仕事を全うしているだけのようだった。
「おいこら、アンドウ。またヤマナシにちょっかいかけてんじゃねぇ。」
「うーん、やはりフウラ先生の目はかいくぐれませんでしたか。失礼しました。」
当たり前と言わんばかりに、あいさつに混ぜて勧誘してきたもんだから、食い気味に拒否った。その光景は、生活委員会の担当でもあり、アンドウ先輩の担任でもあるフウラ先生の目に留まり、しっかりとお説教を受けていた。ありがとうございます…フウラ先生。
その後も、教室移動で一年生のフロアに二年生が来るとき、その逆もしかり、昼休み、放課後…………ありとあらゆる時間とタイミングを見計らって、アンドウ先輩は俺を勧誘しに来る。その度に、俺は拒否ったり、逃げたり、匿ってもらったり…………。ありとあらゆる手段でアンドウ先輩を避け続けた。
そんな高校生活を送りながら、約二週間が過ぎ…………。
入学式から数日が経ち、ほんのり桃色が残っていた桜の木も鮮やかな緑色が多くなってきた。
新入生オリエンテーション、各教科の担当教師との顔合わせ、通常授業のスタート……あっという間に目まぐるしく数週間が経った。入学してからの数日はいろんな意味でさすがにかなりの視線を感じたもんだけど、数週間も経てば視線もそれなりに落ち着いてくる……はずだった。
「月見里ヒロ君!【オカルト研究同好会】に入らないかい?!」
「だ!か!ら!入らないって言ってるじゃないっすか!!!しつけぇなぁ!!!」
ただ一人、この男を除いて。
なぜ、俺がこの男から熱烈ラブコールを受けているか……事の発端は約十日ほど前に遡る。
【二〇××/〇四/十×】
高校にも慣れてきたとある日、新入生へ向けた部活動・同好会の紹介と入部・入会説明会が五・六時間目を利用して体育館で行われた。全学年が一堂に会する体育館は、入学式の時とはまた違った雰囲気があった。
花形のサッカー部、バスケ部、野球部、吹奏楽部、軽音楽部を筆頭に、それぞれの部活動が、各々の特徴を活かしながら紹介を行うその姿に、イケメンに目がない女子生徒たちは、各部活の先輩にそれぞれ黄色い悲鳴をあげて大いに盛り上がっていた。
そんな女子たちを横目にぼけっと気の抜けた顔で何部にするか悩んでいたら、中学からの同級生で、今も同じクラス、俺のことをヤマという愛称で呼んでくる気心知れた友人のうち一人の芳野晴琉が後ろから肩をたたいてきた。
「なあ、ヤマ、お前何部にすんの?」
「あぁ…どうしよっかな、軽音いいなとは思ってる。ハルは?」
「いやぁ、おれはサッカー部かな、モテたいし!」
「ハル、お前は高校サッカーを舐めすぎてる、一旦サッカー部に謝ったほうがいい。」
「それは言い過ぎじゃん?!」
「以上が部活動の紹介になります。続きまして、同好会の紹介です。」
そうこうして喋っている内に、あっという間に部活動紹介が終わり、同好会の紹介へ移っていた。同好会、この高校では部員数六名以下の集まりを部活動として認可する前段階から、同好会という名目で登録及び活動が認められている。部費が出なかったり、顧問がいなかったり、大会へは出れなかったり、何かと制約はあったりするが、好きなものを好きな人同士熱く語り合える。という大きな利点が魅力らしい。
「鉄道同好会の皆さん、ありがとうございました。続きまして、【オカルト研究同好会】の紹介です。会長、行堂惺一朗君、お願いします。」
部活動・同好会の紹介担当者の待機席から立ちあがり、マイクを手に取り新入生の前に出てきたのは、すんごいビジュが良い人だった。
「新入生の皆様、初めまして。【オカルト研究同好会】会長、二年五組、行堂惺一朗です」
俗にいう爬虫類顔と呼ばれるキリっとした顔立ちに、すらっとした高身長のモデルさながらのスタイル、サラサラのストレートヘアをセンターパートのウルフカットに整え、ブレザー型の制服をボタンもネクタイもきっちり着こなし、リムレスの眼鏡を押し上げながら自己紹介をする姿に同性ながらも見惚れてしまった。
……のもつかの間。
「さて、突然ではありますが…皆さんは七不思議や都市伝説に興味はありますか!?!?実は、日常生活の中でもよく使われるようになった『置いてけぼり』の語源は江戸・東京のほうに伝わる七不思議、『本所七不思議』の一節、『置いてけ堀』が由来だと言われているんです!!!!あ、もちろん諸説ありですけどね!」
……え、なんかテンション高くね?さっきまでのキリっとした印象から一変し、熱量高めに七不思議や都市伝説、怪談の魅力を語るスピーチをし始めた。その熱量に驚き半分ドン引き半分で俺は思わず後ろを振り返りハルに話しかけた。
「え、あんさ、なんか…印象変わりすぎじゃね……?!」
「あぁ…なんか、兄貴曰く、二年生の中でもかなりの変わり者なんだってよ…」
ハルには一個上の湊都っていうお兄さんがいて、ここの高校の在学生。さっき、軽音楽部の紹介の時に出演したバンドのリードギター担当。中学のころはよくハルとミナトくんとゲームしてはしょっちゅう芳野兄弟にボコボコにされてたっけ……。いや今はそんなことはどうでも良くて。
「あっ…そう…めっちゃくちゃビジュ良いのにな……。」
「兄貴と全く同じこと言ってて草なんだよね。なんか、市外からわざわざ来てんだってよ。そんであのキャラだろ?そら変人扱いされてもしゃーないよなぁ…。」
「あぁ、市外の人なのか……。確かに、わざわざここ来るのは確かに変ってか奇妙かもな…。」
別にこの地域はそんなに閉鎖的なものでもないし、因習村的なものでもないけど、昔からここの外から来るのは珍しがられる。転校生なんてもってのほか。良くも悪くも家族丸ごと注目の的になる。
ハルと話している内に、アンドウ先輩はたった一人で、演劇じみた台詞回しでものすごい熱量を最初から最後まで絶やすことなく七不思議や都市伝説、怪談の魅力をひとしきり語ったあと一つ咳ばらいをし、落ち着きを取り戻した。
「失礼。盛り上がりすぎたね。【オカルト研究同好会】は昨年度、私が設立したばかりの同好会で、まだ私以外にメンバーがいないんです。活動日程は不定期。他の部活動・同好会との掛け持ちも可能です。興味のある方は二年五組、アンドウまで。以上、【オカルト研究同好会】略して【オカ研】でした。」
アンドウ先輩は深々と一礼をし、話を締めくくった。その話しぶりにちらほらと拍手が起こる。俺もハルも周りの空気を読んで拍手をしていた。アンドウ先輩が頭を上げたタイミングで拍手が収まり始め、司会進行の生徒が場を進めようとした頃。
「あ、そうそう。」
おもむろに、何かを思い出したようにアンドウ先輩が口を開いた。
「一年四組三十番、月見里ヒロ君は放課後、私、アンドウの所へ来てくれるかい?」
アンドウ先輩の衝撃的な名指しエンドに、体育館中の視線が俺に一気に集まったのが分かった。視線が痛いと思ったのは、入学式の時以来、数日振りだった。
あぁ、俺の高校生活終わったんだ、いくら何でも公開処刑が過ぎる。思わず両手で顔を覆い、天を仰いだ。神様、仏様、あぁ、もう、この際何でもいいから何かの神様、どうかこの状況を嘘だと言ってください。頼むから……。
新年度、入学早々に訪れた高校生活の終わりの始まりに絶望していると、ハルが後ろから俺の肩にそっ……と手を置き、神妙なトーンで問いかけてきた。
「……ヤマ、お前何したん…?」
「…………新入生代表の言葉……。」
「…だけで変わり者の先輩から目ぇ付けられるか……?!」
「バカ!声がでけぇ!聞こえたらどうすんだよ……!」
ハルと話している間にも、一年生の面々や部活動・同好会紹介後、在校生席に座っていた先輩たちが各々俺のほうを向きながら、何か話している。視線どころか耳まで痛いような気がしてきた。意味は違うんだけどさ……。恐らく、いや、もうほぼ確定的に俺の顔は耳まで真っ赤に染まっているだろう。顔が熱い…。
「はいはい!静かに!!進めるから!私語は慎めよ!」
「あ、えっと…………【オカルト研究同好会】のアンドウ君、ありがとうございました…。」
先生の注意でやっと静かになり、司会の先輩は動揺しつつも何とか行程表通りに進めようと頑張っていた。ホント、すみません……。いや、うん、俺が心の中とはいえ謝ることではないんだけど。というか、俺が謝って欲しいくらいなんだけど?!
「水族館同好会の皆さんありがとうございました。以上で、部活動・同好会の紹介を終わります。十分休憩の後は、一年生は井上先生にバトンタッチして、入部・入会及び、部活動・同好会の規則についての説明会になります。二年生は各自教室へ戻って担任の先生の指示に従ってください。」
ずっと座って紹介を聞き続けていた一年生達にとって待望の休み時間。トイレに駆け込むやつもいれば、友人と何部にするかだの、あの先輩がカッコよかっただの、可愛かった的なトークで盛り上がっているやつがいる中で、俺はその場で上履きを脱ぎ捨て、座っていた椅子の上で体育座りになって縮こまっていた。
周りを見渡してみるけどアンドウ先輩の姿は見えず、きっとさっさと自分のクラスに戻っていったのだろうと思う。先輩の姿が見えないことに少しホッとしたとはいえ、さっきの公開処刑となんら変わらない状況に立たされたことを思い出し頭を抱えた。
「最悪だ………。」
「ホント、入学早々災難というか…なんていうか、ドンマイ、ヒロ。」
「よっ、ハル、ヒロ、長時間お疲れぃ。ヒロはさっきのでグロッキーかぁ…ウケんね。」
「人がグロッキーになってんのを笑わないで……ミナトくん…。」
「いやぁ、にしても、ヒロはすごいのに目をつけられたね。何したの?」
「新入生代表の言葉以外何もしてねぇよぉ……。」
ハルの兄で先輩であるミナトくんが休み時間を利用して、教室に戻る前にわざわざ俺とハルがいる一年生の席まで顔を出しに来てくれた。さすが兄弟、聞いてくることが全く同じ。
ただ、事実、新入生代表の言葉以外何もしていないから、見ず知らずの先輩から目を付けられる心当たりなんて全く無いのである。
「なぁ、兄貴、アンドウ先輩って、変わり者ってこと以外に何かないの?こういう人だよっていうさ。」
「うーん…。」
「ほら!少しでも、人となりが分かる情報があればさ、ヒロもちょっとは安心できるんじゃない?」
というハルなりの気遣いから出た質問だったのだが、ミナトくんは腕を組んでその場で考え込み始めてしまった。そんなミナトくんを見ながら、俺とハルは固唾を飲んで返答を待っていたのだが…
「…………オレも分からん!すまないね!」
返った来たのはまさかのお手上げ宣言だった。きっと、コント番組だったら俺は椅子ごとひっくり返ってるし、ハルはズッコケていることだろう。
「なんでそこまで情報ないの?!」
「まぁ、そもそもアンドウって地元民じゃないからさ、同中のやつとかいねぇのよ。で、オレは一年の時も今もクラスちげぇからよ、わかんねぇんだ。わるいね。」
「兄貴が教えてくれた変わり者と市の外の人ってことから情報更新は無しかぁ…。」
三人して頭を抱えているとイノウエ先生がマイクを持って生徒の前に出てくるのが見え、もうそんな時間か、とミナトくんは慌ただしく二年生の教室へ戻っていった。ハルも自分が座っていた椅子に戻り、俺も体育座りの体勢からちゃんとした姿勢に戻り、上履きを履きなおした。
「よぉし、一年生全員揃ってるかぁ?休憩も終わったところで、入部・入会に関する説明を始めるぞ。まず、プリント二枚配るから、足りなかったら手上げて教えてくれよ。」
配られたプリントのうち、片方は部活動・同好会の活動規則が書かれたもので、もう一枚は入部・入会届だった。活動規則は、まあその通り、何をしたら停部になるかとか、なんか、いろいろ書かれている。イノウエ先生の説明を聞き流し、ざっとプリントに目を通しておけばまぁ大丈夫だろう。
正直、今は規則がどうとかそんな話を聞いている場合ではない。来る放課後が気が気じゃない。あんなことになって集中出来るかってんだよ。
「次に、入部・入会届の説明に移るぞ。」
記入は原則ボールペン。シャープペンシルや、擦ったら消えるボールペンで書かれているものは不受理、受け付けない。で、部活動の場合は、各部活動の顧問の先生と自分の担任へ一枚ずつ提出。同好会の場合は、顧問がいない会がほとんどだから、各会の会長と自分の担任へ一枚ずつ提出する事になるそうだ。
二枚出す必要があるのか…かなり面倒くせぇ仕組みなんだな、と思ったが、どうやら担任は自分のクラスの生徒が何部に入ったかなどを把握しておく必要があるかららしくて、先生たちも大変なんだな…ってなんか勝手に同情してしまった。
「で、今日配ったのは担任提出用です。各部活動、同好会への提出用は、部活動体験期間でいろいろ体験した後、入りたいと決めたところの顧問や会長からもらってください。」
え?…………今、顧問や会長から貰えって言った?嫌な予感がして、ハルのほうを見たら、口パクで「ドンマイ」って言っているのが分かった。ドンマイじゃないんだよ…。
今の先生の一連の説明によって、アンドウ先輩が俺を呼び出したのが八割くらいの確率で俺に二枚目の入部届を押し付けるためである可能性が出てきた。そんな本日二度目の絶望の中、無情にも六時間目終了のチャイムが体育館に鳴り響いてしまった。
「チャイム鳴ったし最後に、さっきも言ったが明日から再来週まで、部活動体験期間になりますが、期間中に入部・入会届を出しても構いません…………あー…もちろん、自分の意思を最優先にしろよ。」
え、それ、俺に言ってます?並みの発言が飛び出した。唖然としていると、隣のクラスの学級委員の女の子の起立の号令が聞こえてきた。周囲の生徒がちらほら立ち上がっているのが見えて、慌てて立ち上がり礼をした。
「……あざしたぁ…………はぁ…………」
みんなの挨拶にかき消してもらう形で適当に声だけ出しておいた。各々が教室から持ってきた椅子と筆記具、プリントを持って教室へ戻っていく。そんな中俺は大きなため息を残し、ただ茫然としていた。
「……ロ、ヒロ!!」
「え、あ、おう…」
「帰りの会、あるから、戻るぞ。」
いつの間にか、ハルが俺の分の筆記具やプリントを回収してくれていた。俺は椅子を持ち上げ、鉛のように…いや、鉛以上に重い足取りで教室へと戻った。
「お!先輩ご指名のヤマナシくんじゃーん!!」
「お前それ言うのヤバすぎ!!」
「ご指名された気分はどうですかー?!」
教室に戻るや否や、俺を見てギャハハと嫌な笑い方をしてくるクラスメイトに嫌な絡まれ方をして元から最悪だった気分はさらに最悪になった。この下衆な高校デビューの仕方をしているイキリ野郎が。
…………というか、入学してから嫌な群れ方するまでが早すぎるんだよな…。まぁ、なんとなく、元よりクソガキで何かターゲットが見つかったらすぐに嫌な絡み方をするような人だったんだろうなって、察しはつくのだろうけど。ただ、あいつらにイラっとはしたものの、俺の怒りの矛先は、あいつらではなく全く違う人物、アンドウ先輩ただ一人に向いていた。
「ヒロ、あんなの気にしなくていいからな…?」
「おう…先輩には直接文句言わなきゃ気が済まねえや。」
「…………うん、ヒロの事だから、そんなことだろうと思ったよ。」
「は……?ノーリアクションでおしゃべりかよ、おもんな。」
さすがに、入学早々あんなことになって、ハルの心配ゲージも最大に近づいて来ている。無視を決め込み話をしていたら、あいつらの興味関心が一瞬で俺から逸れた。そんなタイミングで、担任の渡来先生が入ってきた。
「皆さん、席についてくださいね。では、説明会お疲れ様でした。」
担任のワタライ先生は爽やかな好青年といった印象で、担任歴四年くらいだと最初の挨拶の時に話していた。この学年の担任達の中では若い方だそう。
「それでは、今日はこれで終わりです。では、美曽野君、帰りの挨拶をお願いします。」
「はーい、起立、気を付け、さようなら。」
「はい、さようなら~」
各々他愛のない会話をしながら、リュックサックやスクールバックを持ち教室を出ていく。さようならの挨拶の後、座らないクラスメイトがほとんどだったのに、俺は力が抜けたように椅子へ戻っていった。
「ヤマナシ君」
気の抜けた顔でこれからどうするか、考えていたらワタライ先生から声をかけられた。
「あ…ワタライ先生」
「さっきの説明会の時の事だけど、あの後、アンドウ君の担任の布浦(フウラ)先生が呼び出しして叱っていたから、今日はこのまま帰宅して大丈夫だし、ヤマナシ君の好きな部活動・同好会に入ってくださいね。」
「え、先生神様じゃん…………」
「よかったな!ヒロ!」
「今度フウラ先生にお礼言わないと…。」
フウラ先生のファインプレーによって、俺の高校生活の平穏は守られたも同然となった。ありがとう、フウラ先生、一生ついていきます。体育科の先生だから、勝手に怖いと思っていたけど、案外良い先生なのかも。
「ワタライ先生もありがとうございます。入学早々お騒がせしちゃって…。」
さすがに入学早々こんなにお騒がせしていることに、申し訳なさというか、罪悪感というか、諸々いたたまれなくなった俺は、ワタライ先生に対して深々とお辞儀をした。そしたらワタライ先生は笑いながら良いんだよとフォローしてくださった。
「とりあえず、今日の所はもう帰りなさい。」
「もちろんっす、爆速で帰ります。」
「あ!じゃあさ、ヒロ、おれん家で久々にゲームしようぜ!」
「あり、じゃ、帰ります!」
「先生、さよーなら!!」
俺とハルは先生に挨拶をして、ダッシュで帰路についた。下駄箱付近にたどり着いたら、そこには一足先に帰りの会が終わっていたミナトくんがいた。ミナトくんは誰かと話しているようだった。が、そんなことも気にせず、ハルは駆け寄ろうとしていた。
「あ、兄…………」
「なに、どしたん…………あ、やべ。」
しかし、いつもならハルはすごい勢いでミナトくんの元へ向かっていくのに、踏みとどまったから何事かと思ったら、ミナトくんが会話をしていたのはアンドウ先輩だった。
俺とハルは咄嗟に身を隠して、二人の会話に聞き耳を立てた。
「ヨシノくんは、新入生の弟君がいるんだよね?」
「そうだけど、ハルに何か用でもあんの?」
「弟君にさ、ヤマナシ君に会えるよう、伝手を…。」
「寝言は寝て言えよ、さっき、フウラ先生に怒られてただろ。」
相変わらず、ミナトくんって時折高火力のロケットランチャー並みの発言をするよなぁ…と物陰から二人の会話を聞いていて思った。ただこのままでは、俺もハルも帰ることができないのである。
「まぁ、あー、そうだな、まずなんでヤマナシ君を勧誘したいん?勧誘したい理由くらいなら、伝えてやったっていい。それで、今日は解散。ダメか?」
俺とハルは顔を見合わせ、ミナトくん・兄貴ナイス!とガッツポーズをした、が。
「いや、それはボクの方からヤマナシ君に伝えたい。」
「なんだそれ。」
ミナトくん反応が正直すぎるよ…………。唯一の希望も断たれたところで、俺は腹を括ることにした。
「ハル、俺行くわ。」
「え、ちょ、ヒロ!?」
さっきまで忘れかけていた怒りが再び湧き上がってきて、アンガーマネジメントもくそも無くなった俺はアンドウ先輩と直接話すことにした。そうでもしないと腹の虫が収まる気がしなかったのだ。
俺は身を潜めていたところから、アンドウ先輩目指してまっすぐ進んでいった。後ろからハルが慌てている気がしているが、申し訳ないけど一旦無視させてもらう。ごめんハル。
「アンドウ先輩。さっきはどうも。あんたのせいで高校生活のスタートは最悪だよ。で?なんでそこまでして俺を勧誘したいわけ?」
「ヒロ…?!いたのかよ…?!」
「兄貴!!ヒロ、先輩殴ってない?!大丈夫?!」
「僕は殴られていないから、大丈夫さ、とはいえ、ヤマナシ君、随分と喧嘩腰だね?」
「あたりめぇだろ。あれで喧嘩腰にならずに済むほど寛大じゃねぇよ。」
それもそうか、と呑気に笑うアンドウ先輩に六秒のアンガーマネジメントが効かなくなるかと思った。こらえた俺を褒め称えて欲しい。
「で?」
「うん?」
「うん?じゃねぇよ。俺を勧誘したいわけを教えろって言ってんの。」
「ハ…ハル、落ち着いて…………。」
ヨシノ兄弟が俺とアンドウ先輩の仲裁に入ろうと、俺たちの周りであたふたしている。しかし、そんな二人をなだめるためか、はたまた己の言動を弁明するためか、アンドウ先輩が口を開いた。
「そうだね、単刀直入に言おう。ヤマナシ君、キミ、霊感あるよね?」
「は?」
俺とヨシノ兄弟は三人して困惑した。確かに、俺は月見里神社の一人息子ではあるが、霊感なんてものはまるでない。それはヨシノ兄弟も知っている。
「え?だって、ヤマナシ君の肩にずっといるよ?霊。」
「はぁ!?!?!?!?」
「おや?気づいていなかったのかい?僕、てっきりヤマナシ君にも霊感があるから、“ソレ”を受け入れているのかと……。」
ヨシノ兄弟は俺から距離を取り怯えた目でこちらを見ているし、アンドウ先輩はきょとんとしているし、俺は普通にビビっていいる。
神社の一人息子で実家ではお祓いとかも依頼があれば引き受けているが、当の俺は、ホラーが本当に無理なのである。
中学校の修学旅行の肝試しはやりたくなさ過ぎて適当に嘘ついて不参加のゴール待機にさせてもらったし、ミナトくんに騙されて、ハルと一緒にジャンプスケア型のホラーゲームをやらされた時は、俺のビビり方が尋常じゃなかったのが面白かったらしく、今でもヨシノ兄弟のカメラロールに俺がビビっている動画が残っている。…………そろそろ消してほしいな。
「あ、ヤマナシ君もヨシノ君兄、ヨシノ君弟も安心してくれたまえ、ヤマナシ君に憑いているのは恐らく守護霊で、害はないから。」
「…………なら、大丈夫か…」
「おいハルてめぇ、大丈夫なわけあるか!!」
「まぁ、害がないなら大丈夫じゃん……?」
「ミナトくんまで…………!!」
守護霊で害が無いとは言われたけど、“恐らく”という枕詞がある時点で怖いものは怖いんだよ。何が大丈夫だよ。大丈夫なわけないだろ。
…………でも、今まで何かとトラブルは回避してきたし、大きな事件事故にも巻き込まれていないから、守護霊というのは些か間違ってないのかも…………??いや、ここで納得したらアンドウ先輩の思うつぼだ。
「そんな噓つかれても、入会はしねぇから!!ホラー無理だし!!つーか、探せばもう一人か二人くらい取り憑かれてるやついるだろ!!」
「いや、僕は真実しか話してないから。ヤマナシ君オンリーだよ、何かに取り憑かれているのは。」
「はい、終わった、最悪。」
「だからこそ、キミが【オカルト研究同好会】の会員に相応しいんだ!!さあ【オカ研】に入らないかい?!」
「入らねぇよ!!!ハル、ミナトくん、帰ろう!!俺多分、悪夢見るから今日家泊めて!!無理、一人で寝たくない!!」
ヨシノ兄弟を連れ半ば強引に話を切り上げ、下駄箱へ向かう。靴を履き替えながら、各々家に連絡を入れ、俺は一旦家に帰り、下着だけ取りに戻ることにした。
「あ!ヤマナシ君、また明日も勧誘来るからね!」
「来なくていいわ!!入らねぇから!!」
あまりにも清々しい堂々としたストーキング宣言を食らい、もともと悪かったアンドウ先輩の印象は今回でさらに最悪を下回り、最底辺以下になった。
そうして俺は本当にヨシノ家に泊まらせてもらい、ヨシノ家から翌日学校へと向かったのである。ちなみにやっぱり悪夢は見た。おかげさまで寝不足である。
まあ、ハルもミナトくんも俺のビビり具合を見かねて、一緒の部屋で雑魚寝してくれたから、悪夢を見たとはいえ、一人で寝るより幾分かマシだった。ありがとう、ヨシノ家。
そうして登校し、校門をくぐると、朝のあいさつ運動を行っている生活委員会の先輩たちのお出迎えを受けた。
「おはよう!ヤマナシ君【オカ研】に…………」
「入らねぇよ!!」
なんと、生活委員会の先輩の中にアンドウ先輩の姿もあった。前日ストーキング宣言を食らったばかりだから、一緒に登校したヨシノ兄弟と三人してギョっとしたが、事実、本当に生活委員会で、委員会の仕事を全うしているだけのようだった。
「おいこら、アンドウ。またヤマナシにちょっかいかけてんじゃねぇ。」
「うーん、やはりフウラ先生の目はかいくぐれませんでしたか。失礼しました。」
当たり前と言わんばかりに、あいさつに混ぜて勧誘してきたもんだから、食い気味に拒否った。その光景は、生活委員会の担当でもあり、アンドウ先輩の担任でもあるフウラ先生の目に留まり、しっかりとお説教を受けていた。ありがとうございます…フウラ先生。
その後も、教室移動で一年生のフロアに二年生が来るとき、その逆もしかり、昼休み、放課後…………ありとあらゆる時間とタイミングを見計らって、アンドウ先輩は俺を勧誘しに来る。その度に、俺は拒否ったり、逃げたり、匿ってもらったり…………。ありとあらゆる手段でアンドウ先輩を避け続けた。
そんな高校生活を送りながら、約二週間が過ぎ…………。
