あの日から、私の地獄は始まりました。母ではないなにかと、父と悠斗ではないなにかと同じ屋根の下で住まなくてはならなくなったのです。どうして逃げなかったのか、ですか。そんなの無理に決まってるじゃないですか。だって、私の家族ですよ? いつかまた元に戻ってくれるそう信じていたんです。だから、たとえ母と父の人格が丸っきり入れ替わったようになろうとも、悠斗が口を開かなくなろうとも、私は傍にいました。
母はあの日以来異常に陽気になり、尚且つ人の懐に入り込むのが上手くなったように思います。初めてお店に来てくれたおばあちゃんの孫の就職先の話までするようになるかと思えば、主婦の方の夫の不満をたった数日で聴き出すようにすらなっていました。言葉巧みに、自らの表情を操り、蛇のように相手の心に潜り込む。母が名刺を作り出したのはその才能に母自身も自覚してからだと思います。お花に添えるんです。あなたが花わりますように。
その間父と悠斗はひたすら装花をしていました。ひとつの鉢に、まるで花束のように幾つもの花を挿し彩りを与えるんです。目が覚めてから日が暮れるまでずっとです。ああ、言い忘れていました。あの三人は日が暮れてからしばらくすると、毎日必ず家を出ていきます。最初はどこにいくの、と問い詰めました。母はそれが鬱陶しかったのかもしれません。なにも教えてくれない日々が数カ月続いたある日、「お前はもう私の娘じゃない」と目を見て言われました。あれは……辛かったなあ。心と身体を真っ二つに引き裂かれたみたいでした。でも、なによりも辛かったのは、誰も助けてくれなかったことです。母がそれを口にした瞬間、まるでタイミングを合わせたように父と悠斗が「お前はもう娘じゃない」と口にしましたから。
家族というかたちから私を除外しながらも、あの三人は日が昇っている間は偽りの仮面を貼り付け、私にはみせない顔を世間に向けます。だから世界と溶け込めた。動画投稿サイトの『あなたの職場を教えてください』というチャンネルにも出演したんです。
私が思うに、あの三人は三人でひとつのなにかだと思います。頭が母だとすれば、胴体手足が父と悠斗。母の意思や思想が全て父と悠斗に伝わるんです。食事も排泄も睡眠も、必ず同じタイミングでするんですよ? あははっ、笑っちゃいますよね? なんか、笑けてきた。
あっそうそう、いつからか、店の一番奥にあるショーケースを気に食わないと母が言い出したことがありました。数日後、ショーケースの中は空っぽになっていました。ショーケースのそとは大惨事でした。土にまみれ、妙なかたちの葉が落ちてましたから。私は、「これどうしたの」と母に聴きました。そしたら、食べたって。花を食べたみたいです。あの三人は。
そのショーケースには新たな花が飾られることになりました。そうです、父と悠斗が毎日丹精込めて作り上げているあの花たちです。ですが、不思議なことに二人が作るそれはまだ蕾の、花がひらいていないものばかりでした。でも、根は水を吸い、やがては花を咲かせます。すると、その装花には札が差し込まれるんです。札には人の名前が書かれており、それを差すのは母の役目のようでした。
日に日に増えていくその装花と札はなにか嫌な感じがするのと同時に本当に気持ちが悪くて、ついに私は禁忌を犯してしまいました。ずっと傍で見守っていよう。いつか、三人は私の知る父と母と弟に戻ってくれるはず。私の抱いていた希望は、その札に書かれた名前を出来心でネットで検索した時、音もなく崩れていきました。
そこに書かれていた名前は、県内の行方不明者の名前とほぼ一致したのです。
葉山未来という女の子が私たちのお店で働くことになったのは、それから数日後のことでした。
母はあの日以来異常に陽気になり、尚且つ人の懐に入り込むのが上手くなったように思います。初めてお店に来てくれたおばあちゃんの孫の就職先の話までするようになるかと思えば、主婦の方の夫の不満をたった数日で聴き出すようにすらなっていました。言葉巧みに、自らの表情を操り、蛇のように相手の心に潜り込む。母が名刺を作り出したのはその才能に母自身も自覚してからだと思います。お花に添えるんです。あなたが花わりますように。
その間父と悠斗はひたすら装花をしていました。ひとつの鉢に、まるで花束のように幾つもの花を挿し彩りを与えるんです。目が覚めてから日が暮れるまでずっとです。ああ、言い忘れていました。あの三人は日が暮れてからしばらくすると、毎日必ず家を出ていきます。最初はどこにいくの、と問い詰めました。母はそれが鬱陶しかったのかもしれません。なにも教えてくれない日々が数カ月続いたある日、「お前はもう私の娘じゃない」と目を見て言われました。あれは……辛かったなあ。心と身体を真っ二つに引き裂かれたみたいでした。でも、なによりも辛かったのは、誰も助けてくれなかったことです。母がそれを口にした瞬間、まるでタイミングを合わせたように父と悠斗が「お前はもう娘じゃない」と口にしましたから。
家族というかたちから私を除外しながらも、あの三人は日が昇っている間は偽りの仮面を貼り付け、私にはみせない顔を世間に向けます。だから世界と溶け込めた。動画投稿サイトの『あなたの職場を教えてください』というチャンネルにも出演したんです。
私が思うに、あの三人は三人でひとつのなにかだと思います。頭が母だとすれば、胴体手足が父と悠斗。母の意思や思想が全て父と悠斗に伝わるんです。食事も排泄も睡眠も、必ず同じタイミングでするんですよ? あははっ、笑っちゃいますよね? なんか、笑けてきた。
あっそうそう、いつからか、店の一番奥にあるショーケースを気に食わないと母が言い出したことがありました。数日後、ショーケースの中は空っぽになっていました。ショーケースのそとは大惨事でした。土にまみれ、妙なかたちの葉が落ちてましたから。私は、「これどうしたの」と母に聴きました。そしたら、食べたって。花を食べたみたいです。あの三人は。
そのショーケースには新たな花が飾られることになりました。そうです、父と悠斗が毎日丹精込めて作り上げているあの花たちです。ですが、不思議なことに二人が作るそれはまだ蕾の、花がひらいていないものばかりでした。でも、根は水を吸い、やがては花を咲かせます。すると、その装花には札が差し込まれるんです。札には人の名前が書かれており、それを差すのは母の役目のようでした。
日に日に増えていくその装花と札はなにか嫌な感じがするのと同時に本当に気持ちが悪くて、ついに私は禁忌を犯してしまいました。ずっと傍で見守っていよう。いつか、三人は私の知る父と母と弟に戻ってくれるはず。私の抱いていた希望は、その札に書かれた名前を出来心でネットで検索した時、音もなく崩れていきました。
そこに書かれていた名前は、県内の行方不明者の名前とほぼ一致したのです。
葉山未来という女の子が私たちのお店で働くことになったのは、それから数日後のことでした。
