雪中彼岸御身花開く

記録の受領について――ここから先は私が書いています

本記録を読んでいる方へ。

ここから先は、これまで文章を書いてきた新聞記者本人ではありません。
私は、別の立場にある者です。名前を出す必要はないでしょう。重要なのは、私が、いま読まれているこの記録一式を受け取った側であるという事実です。

順を追って説明します。

今からおよそ一か月前、私のもとに小包が届きました。差出人名はありませんでした。宅配業者の伝票には、送り主の住所も曖昧な形で記されていましたが、追跡できるほどの情報ではありませんでした。
最初は誤配かと思いました。しかし、宛名は確かに私の名前で、住所も正確でした。

中身を確認すると、文書の束、カセットテープ、そして写真が入っていました。
文書は、すでにあなたがここまで読んできた記録と同一の内容です。つまり、ある新聞記者が、失踪した友人の資料を公開するという形式で書かれた文章です。

私は、その記者の名前を知っています。なぜなら、彼とは仕事上の付き合いがあったからです。地方紙の記者で、数年前から何度か同じ取材現場に立ち会ったことがある。特別に親しい間柄ではありませんでしたが、顔と名前は一致しています。

ところが、その彼が、現在、連絡の取れない状態にあります。

最初にそれを知ったのは、共通の知人からでした。「最近、彼を見ない」という話を聞いたのです。仕事の関係で移動したのかと思いましたが、勤務先に確認しても、はっきりした情報は得られませんでした。
その後、この小包が届いたのです。

私は、同封されていた文章を最初から読み始めました。
失踪した友人Aの話。資料の公開。獅子舞、蔵の原稿、旅館、冷凍倉庫。音声記録。そして、足取りを追う記述。

読み進めるうちに、ある点に気づきました。
この文章は、どこかで終わっているのです。

正確には、第8章の途中で、記録が途切れている。最後の数ページは、文の途中で終わり、以降は空白になっていました。原稿データとして保存されていたものを印刷したようですが、最後まで書き切られていない。

私は、彼に連絡を取ろうとしました。しかし、電話はつながらず、メールも返ってきません。勤務先でも、最近姿を見ていないという話でした。

つまり、ここにある文章は、彼が残した未完の記録であり、その後、彼自身も行方が分からなくなっている、ということになります。

私は当初、これを単なる偶然だと思いました。
取材中の事故、あるいは個人的な事情で連絡が取れなくなっただけかもしれない。文章の内容も、あくまで怪異を扱ったルポルタージュの一種として読むことができる。

しかし、資料を読み返すうちに、気になる点が増えてきました。

彼は、失踪した友人の記録を公開するために文章を書いていた。
そして、その文章自体が、いま、資料として私の手元にある。

つまり、構造としては、こうなります。

友人Aが資料を送り、記者がそれを公開する文章を書いた。
そして、その記者の文章を、今度は私が受け取っている。

同じ形が繰り返されている。

もちろん、これは単なる偶然かもしれません。調査に関わった人間が、次の人間に資料を託しただけ。何も不思議なことではない。

ですが、一点だけ、どうしても説明のつかない部分があります。

それは、この文章の中で扱われている「空白」の問題です。

どの資料でも、誰かがいなくなる瞬間が記録されていない。中心部分が抜け落ちている。そして、読み進めるうちに、語り手自身の記憶も曖昧になっていく。

そして、現実の世界でも、同じことが起きているように見える。

私は、この文章を読み終えたあと、ふと思いました。
彼の顔を、はっきり思い出せない。

取材現場で、何度も顔を合わせていたはずなのに。
声も、口調も覚えているのに、顔の輪郭だけがぼやける。

もちろん、記憶は曖昧なものです。仕事で関わった人間の顔を、すべて正確に覚えているわけではありません。
しかし、この感覚は、少し奇妙でした。

私は、この記録をどう扱うべきか迷いました。
単なる未完の原稿として処理するのか。それとも、彼の意図を汲み取り、続きを書くべきなのか。

結論として、私は後者を選びました。

なぜなら、この文章の中で、彼は繰り返し「公開する」と書いているからです。記録を残し、広く読まれる形にする。それが目的だったのだとすれば、途中で止めるのは適切ではない。

ですから、ここから先は、私が引き継ぎます。

ただし、私には、彼ほどの情報はありません。資料は手元にありますが、現地調査を行ったわけでもない。音声記録も、まだすべてを確認したわけではありません。

できることは限られています。

本章の結論としては、こうなります。

この記録は、ある記者が失踪した友人の資料をもとに書き始めたものであり、その記者自身も現在所在不明である。資料一式は第三者である私の手元に届き、現在、公開の準備が進められている。

ここまでが、事実です。

次章では、この記録をどのような形で残すべきかについて、最後の整理を行います。
そして、その後、この文章は一区切りとなります。

読者の方々へ。

もし、この記録の中に、何か心当たりのある情報を見つけた場合は、どうか連絡をいただきたい。
それが、失踪した人物たちの手がかりになる可能性もありますから。