雪中彼岸御身花開く

Aの足取り――追っているはずの人物について

読者諸氏の皆々様!!ー

本章では、これまで取り上げてきた資料および音声記録をもとに、Aの行動を時系列で整理し、その足取りを追ってみようと思います。
記者として、本来ここで行うべき作業は単純です。断片的な情報を並べ、時系列を組み立て、矛盾がないか確認する。それだけです。
それだけのはずなのですが――実際にやってみると、どうにもすっきりしない部分が残ります。

まず、手元の情報を整理します。

Aは、少なくとも数か月前から、地方の伝承や記録を調べていた形跡があります。獅子舞に関する資料、蔵から見つかった原稿、東海館の記録、そして冷凍冷蔵倉庫の事案。これらはすべて、彼が収集していた資料群の一部です。

さらに、音声記録から判断すると、彼は実際に現地へ足を運んでいます。少なくとも一度は、東海館と考えられる場所を訪れている。そして、おそらく他の場所にも立ち寄っている可能性があります。

ここまでは、比較的自然な流れです。
民俗資料の収集や、地域の歴史調査を趣味にしている人は珍しくありません。Aがその一人だったとしても、不思議ではない。

問題は、その後です。

彼がいつ、どこで、どうやって消息を絶ったのか、その部分の情報がほとんどないのです。
最後に連絡を取ったのがいつだったのか、私自身、はっきり思い出せません。

これを書きながら、自分でも不思議に思います。
数か月前、確かに彼とやり取りをした記憶がある。電話だったか、メッセージだったか。内容も、何となく覚えている。
しかし、具体的な日時が浮かばない。

私は、スマートフォンの履歴を確認しました。
通話履歴、メッセージ履歴、メール。確かに、彼とのやり取りは残っています。ただ、それを見ても、なぜか実感が伴わない。
まるで、誰か別の人物との記録を見ているような感覚です。

これは、おそらく私の問題です。
忙しさの中で、記憶が曖昧になっているだけ。日々、多くの人と連絡を取り、取材を重ねる中で、一つ一つの記憶が薄れていく。それだけのこと。

しかし、ここ数日、Aの顔を思い出そうとすると、どうにも輪郭がぼやける。
大学時代、同じ教室にいたはずなのに。飲み会で隣に座った記憶もあるはずなのに。

ノートに、彼の特徴を書き出そうとしてみました。

背は、私と同じくらい。
髪は――短かった、はず。
眼鏡をかけていたかどうか。

……ここで、手が止まりました。

私は、自分が書こうとしている人物を、はっきりと思い浮かべることができません。
これは、さすがにおかしい。

疲れているのでしょう。
ここ数日、仕事とこの資料の整理で、睡眠時間も削られていましたから。人の記憶が曖昧になることなど、珍しくありません。

私は、いったん机から離れ、水を飲みに行きました。
戻ってきてから、もう一度、ノートを見直します。そこには、途中まで書いたメモが残っている。

「A――大学時代の友人」

それだけです。

さて、話を戻します。

Aの足取りを追うため、私は彼の実家周辺や、よく訪れていたという場所についても確認しました。近所の人々の話では、最近はあまり見かけなかったとのこと。ただ、それがいつからなのか、はっきりしない。

「前からあまりいなかった気がする」
そんな曖昧な答えばかりです。

これ自体は、地方ではよくあることです。若い人間が町を離れ、戻ってこない。誰もそれを不思議に思わない。
ですから、Aがいなくなっていたとしても、周囲は特に気にしていなかった可能性もあります。

それでも、私の中で、一つ引っかかることがあります。

彼は、本当に存在していたのでしょうか。

……いや、違います。
そんなはずはありません。私は確かに彼を知っていた。講義も、ゼミも、一緒だった。写真だって、どこかに残っているはずです。

私は、大学時代のアルバムデータを開いてみました。
そこには、サークルの集まりや、学園祭の写真が並んでいる。見覚えのある顔がいくつもある。
しかし、Aがどこに写っているのか、うまく見つけられない。

もちろん、全員の顔を覚えているわけではありません。写真の中の誰かがAであった可能性は十分あります。ただ、確信が持てない。

ここまで書いて、私は少し不安になりました。
自分が、何を調べているのか、分からなくなりつつある気がしたからです。

記者として、本来なら、事実を一つずつ確認していくべきです。
誰と、いつ、どこで会ったのか。どんな会話をしたのか。証拠は何か。
しかし、資料を整理しているうちに、Aという人物の輪郭が、少しずつ薄れていく。

これは、単なる記憶の問題です。
私は、自分にそう言い聞かせます。

ここで、もう一度、資料の話に戻りましょう。

Aは、これらの資料を集め、何らかの共通点を見つけようとしていた。そして、その途中で、私に小包を送ってきた。
少なくとも、その事実だけは、確かです。小包は、いまも私の机の上にあります。テープも、文書も、写真も、すべて実在している。

ですから、Aもまた、実在しているはずです。

……はずです。

ここで、私は文章を止めて、部屋を見回しました。
散らかった机、開きっぱなしのノート、テープレコーダー。すべて、現実のものです。
なのに、どうにも、自分が書いている内容が、どこか遠くの出来事のように感じられる。

たぶん、少し休んだ方がいいのでしょう。
しかし、このまま中断すると、続きを書くのが億劫になりそうなので、もう少しだけ続けます。

本章の結論としては、こう記します。

Aは、各地の資料や現地調査を通じて、何らかの共通点を見つけようとしていた可能性がある。しかし、現時点では、その目的や最終的な行動については不明であり、彼の行方についても確かな情報は得られていない。

これが、記者としての整理です。

ただ――。

もし、彼が、何かを見つけていたのだとしたら。
そして、それを記録に残そうとしていたのだとしたら。

いま、こうして文章を書いている私も、同じ場所を見ようとしていることになるのかもしれません。

次章では、これまでの記録を第三者の視点で見直してみようと思います。
自分一人の視点だけでは、見落としがあるかもしれませんから。

それでは、ここまでにします。
読者諸氏の皆々様。

もし、誰かの顔を思い出そうとして、うまく思い出せなかったとしても――それは、きっと、よくあることです。