雪中彼岸御身花開く

友人の記録――音声に残されたものについて

読者諸氏の皆々様!!ー

本章では、Aが小包の中に残していた資料のうち、これまで扱ってこなかった音声記録について触れます。
すでに前章までで述べたとおり、彼は複数の資料を収集していましたが、それらに加えて、カセットテープが数本同封されていました。私は当初、それを後回しにしていました。理由は単純で、再生機器を持っていなかったからです。

最近は、音声はすべてデジタル化されています。取材も、スマートフォンの録音機能で事足ります。わざわざカセットテープを使う理由は、ほとんどありません。
ですから、Aがこれを選んだ理由についても、私はしばらく考えました。単に手元にあったものを使ったのか、あるいは意図的に古い媒体を選んだのか。

結論は出ていません。

さて、私は数日前、ようやくテープレコーダーを入手し、音声の確認を始めました。録音状態は良好とは言えませんが、内容を聞き取ることは可能でした。
記者として、まずやるべきことは、記録をそのまま聞くことです。解釈は、その後でいい。

最初のテープには、環境音が長く記録されていました。風の音、遠くで車が通る音、足音のようなもの。しばらくしてから、Aと思われる男性の声が入ります。声質や話し方から判断して、彼本人で間違いないと思われます。

彼は、どこかを歩きながら録音しているようでした。足音が続き、ときどき息を整える音が入る。何かを確認するように、周囲の状況を独り言のように口にしている。

「……たぶん、この辺だと思う」
「地図だと、もう少し先のはずなんだけど」

そういった断片的な言葉です。場所の特定につながるような情報は、ほとんどありません。ただ、途中で、「館内」という言葉が出てきます。これが、東海館を指している可能性があります。

音声はしばらく続きます。廊下を歩くような音、扉が開閉する音。そして、声のトーンが少し下がる。

「……静かだな」

この言葉は、前章で触れたメモの一文と一致します。
私はここで、少し背筋が冷たくなりました。同じ表現が、異なる媒体に残っているという事実に、妙な現実感があったからです。

音声の中で、Aは何度か「中心」という言葉を口にしています。
「中心って、どこなんだろうな」
「図面だと、この辺になるはずなんだけど」
そう言いながら、歩き続けている。

ここで、私は一度、再生を止めました。理由は、特にありません。ただ、少し疲れていたのだと思います。深夜でしたし、翌日も仕事がありましたから。

翌日、再び再生を始めました。ところが、ここで妙なことに気づきます。前夜に聞いたはずの部分の記憶が、うまく思い出せないのです。
もちろん、テープを巻き戻せば、音声はそのまま残っています。しかし、自分の記憶の中では、その部分が曖昧になっている。

これは、単に集中力の問題でしょう。長時間、単調な音を聞き続けていると、内容が頭に入りにくくなることがあります。
ですから、特別な意味を持たせるべきではありません。

問題は、その後の部分です。

音声は、ある時点で、急に無音になります。テープのノイズは続いているのですが、環境音も、足音も、声も消える。
録音が止まったのかと思いましたが、カウンターは進んでいる。つまり、録音自体は続いている。

しばらくして、再び音が戻ります。
しかし、そのときのAの声は、少し様子が違っていました。

「……あれ?」
「いま、どこだ?」

彼は、そう言っています。

録音を聞く限り、彼はずっと同じ場所を歩いていたように思えます。特に、別の場所へ移動した音もない。なのに、自分の位置が分からなくなっているような口調です。

ここで、私は、また再生を止めました。
理由は、説明しづらいのですが、何となく、続きを聞くのをためらったのです。
もちろん、これは取材としてはよくありません。ですが、深夜に一人でイヤホンをつけて聞いていると、どうしても気持ちが落ち着かなくなる。

翌日、昼間に改めて聞き直しました。すると、昨夜ほどの違和感はありませんでした。
Aはその後も、淡々と状況を口にし、やがて録音は終わります。特に、決定的な出来事があったわけではない。

ここまで聞いて、私は少し拍子抜けしました。
もっと劇的な展開を想像していたのです。悲鳴や、何か異常な音が入っているのではないか、と。しかし実際には、どこかを歩き、途中で迷い、やがて録音が終わるだけ。

記者としての見解を述べるなら、こうなります。
Aは、何らかの調査のために現地を訪れ、建物の構造や位置関係を確認していた。その過程で、一時的に方向感覚を失い、録音にその様子が残った。それだけのことです。

ただ、気になる点がまったくないわけではありません。

たとえば、音声の中で、彼が何度か「一人じゃないはずなんだけど」とつぶやく場面があります。
しかし、録音には、彼以外の声は入っていない。同行者がいたのか、それとも別の意味なのか、判断できません。

また、途中で入る無音の部分。録音機材の不具合で説明できる範囲ではありますが、時間にして数分間、環境音がほとんど消えているのは、少し不自然でもあります。

私は、これらを特別な現象として扱うつもりはありません。
記録には、常にノイズや欠落がつきものです。重要なのは、その中から事実を拾い上げることです。

しかし――。

ここまで書いていて、ふと思いました。
もし、彼が何かを見つけていたのだとしたら。
そして、それを録音に残していたのだとしたら。

その部分が、いま、私たちの手元にはないという可能性も、ゼロではありません。

もちろん、テープが物理的に破損しているわけではありません。音声は続いています。ただ、そこに何も記録されていないだけです。

何もない。

……この表現を使うたびに、私は少しだけ躊躇します。
何もない、というのは、本当に何もないのか。それとも、私たちが聞き取れていないだけなのか。

いま、これを書いている間にも、部屋の中は静かです。
パソコンのファンの音だけが、かすかに聞こえる。さっきまで、外を車が通る音がしていた気がするのですが、気づけば、それも止んでいます。

まあ、夜ですから。
静かなのは、当然です。

本章の結論としては、こうまとめます。

Aの音声記録は、彼が実際に現地を調査していたことを示す重要な資料である。ただし、内容そのものに、超自然的な要素を示す決定的な証拠は見られない。録音の欠落や曖昧な部分は、機材や環境による可能性が高い。

これが、現時点での、記者としての判断です。

次章では、これまでの資料と記録を踏まえ、Aの足取りをもう少し具体的に追ってみようと思います。
もしかすると、単純な行き違いで、彼の所在が判明するかもしれません。

それでは、いったんここまでにします。
読者諸氏の皆々様。

もし、録音を聞いている途中で、何かを聞き逃したような気がしても――それは、たぶん、気のせいです。