雪中彼岸御身花開く

蔵通りの人々――「物語」と記録の境目について

読者諸氏の皆々様!!ー

本章では、前回予告したとおり、資料の第二群にあたる「蔵通りの人々」と題された原稿について、私なりの検討と見解を述べます。
前章と同様、原文そのものはすでに公開しておりますので、ここでは繰り返し引用はしません。あくまで、資料を読んだ後の私の考察、あるいは、考えながら生じた違和感について記録していきます。

まず整理しておきたいのは、この資料の性質です。
獅子舞奇譚が、いわば伝承や記録の体裁をとっていたのに対し、こちらは明らかに「小説」として書かれています。人物が登場し、情景が描写され、会話があり、物語として読める構造になっている。

つまり、本来ならば、現実の出来事とは切り離して読むべき文章です。
作り話であり、創作であり、作者の想像力の産物である、と。

ところが、ここで一つ問題があります。
この原稿は、江戸時代から続く味噌屋の蔵から発見された、と資料にはあります。そして、先々代の人物が書いたものではないか、と推測されている。つまり、誰かが、かなり以前に、この物語を書き残していたということになります。

問題は、その内容です。
私は、あの原稿を読みながら、何度か既視感を覚えました。もちろん、物語の細部は違います。登場人物も、時代背景も異なる。しかし、空気が似ている。
何が似ているのか、読み終えたあともしばらく分からなかったのですが、ようやく気づきました。

「誰も近づかない場所」がある、という点です。

原稿の中では、蔵の奥、あるいは地下、あるいは家の中心部といった場所が、繰り返し示唆されます。そこには誰も行かない。理由ははっきり書かれていない。だが、皆が避けている。
そして、物語の中で何かが起きるとき、決まってその場所が関係している。

私はこれを読んで、前章の獅子舞奇譚を思い出しました。
あちらでも、舞の中心があり、そこに誰が入っているのか分からない。中心がありながら、その内部については語られない。

つまり、どちらの資料にも、「中心はあるが、そこは空白である」という構造が存在しているのです。

さて、ここで少し現実的な話をします。
地方の古い家屋には、しばしば「使われていない部屋」や「物置になっている空間」があります。私の祖父母の家にも、子どものころ、立ち入りを禁じられていた部屋がありました。理由を尋ねても、「昔からそうだから」としか言われない。
実際には、単に古くて危険だったり、物が散乱していたりするだけなのですが、子どもにとっては、それだけで十分に不気味です。

つまり、「入ってはいけない場所」は、特別な怪異を持ち出さなくても、自然に生まれるものです。
問題は、その場所が物語の中で、どう扱われているかです。

「蔵通りの人々」では、その場所に直接踏み込む描写はほとんどありません。代わりに、周囲の人々の態度や、曖昧な噂として語られる。
これは、前章の資料と同じです。核心が描写されない。

私はここで、一つの仮説を立てました。
この原稿を書いた人物は、何かを直接見聞きしたのではないか。しかし、それをそのまま書くことができなかった。あるいは、書くべきではないと思った。だから、物語という形に変換して残したのではないか、と。

もちろん、これは私の推測に過ぎません。
作家が単に雰囲気を出すために曖昧に書いただけかもしれません。しかし、この原稿が、蔵という実在の場所から出てきたという点を考えると、単なる創作とは思えなくなってくる。

さらに奇妙なのは、Aがこの原稿に強い関心を持っていたことです。
彼は、わざわざこれをコピーして、小包に入れて送ってきた。つまり、彼にとって重要な資料だったということになります。

私は、彼の残したメモをもう一度読み返しました。
そこには、「器は空ではない」と書かれていました。
最初、この言葉の意味が分かりませんでした。しかし、資料を読み進めるうちに、少しずつ引っかかるようになってきた。

蔵の奥。
舞の中心。
誰も入らない空間。

それらは、「空」のように扱われている。しかし、本当に空なのか。
誰も見ていないだけで、何かがあるのではないか。

ここまで書いて、私は自分が妙な方向へ考えを進めていることに気づきました。記者としては、もう少し客観的であるべきです。
ですから、あらためて現実的な説明を考えてみます。

蔵の奥に誰も近づかない理由。
それは単純に、危険だからかもしれない。床が抜ける、空気が悪い、暗くて足場が悪い。
昔の建物では、地下や奥の空間が放置されることは珍しくありません。
その結果、「あそこには近づくな」という話が、世代を超えて伝わる。

それだけの話かもしれません。

……ただ、気になる点が一つあります。
原稿の中で、ある人物が「奥に入ったあと、様子が変わった」と語られる場面です。詳しい描写はありませんが、周囲の人間が、その変化に戸惑っている様子が示されています。
この「変わった」という表現が、妙に曖昧なのです。病気になったのか、性格が変わったのか、それとも別の理由なのか、はっきりしない。

私はこの部分を何度も読み返しました。
すると、不思議なことに、その場面の印象だけが強く残り、前後の文章がうまく思い出せなくなる。
ページをめくって確認すれば、確かに書いてあるのに、記憶としてはぼやけている。

もちろん、これは単なる読み手の問題かもしれません。私の集中力が切れていただけ。あるいは、夜遅くに読んでいたせいで、頭がはっきりしていなかった。
ですが、同じような感覚を、獅子舞奇譚を読んだときにも覚えた気がします。

中心部分が、うまく思い出せない。

私は、ここでようやく、Aがなぜこれらの資料を集めていたのか、少し分かった気がしました。
彼は、怪異そのものではなく、「記録の欠落」に注目していたのではないか。

つまり、何が起きたかよりも、なぜ誰もそれをはっきり覚えていないのか。
なぜ、どの資料も、核心部分だけが曖昧なのか。

そう考えると、この原稿は単なる小説ではなく、一種の記録とも言えます。実際の出来事を、そのまま書けない形で残したもの。
あるいは、誰かが体験したことを、物語として包み直したもの。

……いま、ふと思いました。
もし、この原稿を書いた人物が、実際に何かを見たのだとしたら。
そして、それをそのまま記録することを、無意識に避けたのだとしたら。
それは、なぜでしょうか。

怖かったからか。
信じてもらえないと思ったからか。
それとも――

書いてしまうと、何かが起きると思ったからか。

少し、話が飛躍しすぎているかもしれません。
記者としては失格です。証拠もなく、推測だけで話を進めるべきではない。

ですから、本章の結論としては、こうしておきます。

この原稿は、地方に残る一つの物語であり、蔵という場所にまつわる人々の記憶を、文学的に再構成したものだ、と。
そこに怪異を見出すかどうかは、読む側の問題である、と。

――ただ。

もし、Aがこの原稿を、単なる小説としてではなく、「調査の資料」として扱っていたのだとしたら。
彼は、この物語のどこかに、現実と繋がる部分を見つけていたのかもしれません。

それが何だったのか。
今のところ、私には分かりません。

次章では、熱志甫温泉東海館に関する資料を取り上げます。
これまでの二つとは違い、比較的、具体的な記録が残っている場所です。

たぶん、ですけれど。

それでは、いったんここまでにします。
読者諸氏の皆々様。

もし、あなたの記憶の中にも、「誰も近づかなかった場所」があるならば、少しだけ思い出してみてください。

そこに、何があったのか。