雨と傘と君と

 起きるのが遅ければ、家を出るのも遅くなる。電車を逃し、乗り継ぎがうまくいかなければ学校への到着も遅れる。当たり前のことだ。
 つまり、俺は遅刻ギリギリで教室に入った。俺が鞄を机上に置いたと同時にチャイムが鳴り、安堵のため息をついた。
 机の木目を眺めながら放送朝礼をやり過ごせば、八杉が声をかけてきた。

「さっき、絹本がお前探してたけど」

「ああ……」

 夢のことを思い出した。会いたいような、会いたくないような気分になった。それが表情にどう表れていたのかはわからないが、八杉は「喧嘩でも売った?」と言ってきた。否定しておいた。

 自分から行くべきだろうか、と廊下に出ると、絹本と同じ二組の生徒が体操着を持って移動しているのが目に入った。
 そして、そのうちの一人――絹本と目が合った。
 彼は共に歩いていた生徒に「先行っといて」か何かのことわりをいれると、器用に人波をよけて俺の元までやってきた。

「ごめん、後で絶対返しに行くから」

 今年度の体育教師は「連帯責任」という言葉を好んでいるらしく、授業開始に一人でも遅れたら全員のランニング距離が増える。優先順位は向こうの方が高い。

「あー……今日移動多いからすれ違うかも」

 俺の一、二限は物理室、三限目は体育館。四限目は教室だが、三、四限目の間は着替えで慌ただしい。授業間の休み時間は短い。

「じゃあ昼休みに。いい?」

 一番かたい時間だった。
 俺が頷くと、彼は「ありがと」と言って更衣室の方向に向かった。彼の背中を見送る。
 短時間だったし、普段通りに接することができた。そのはずだ。
 赤くなっていれば顔も熱くなっているだろうか、などと思って頬に手を当ててみたが、微妙に冷たい感触がするだけだった。
 昼休みになれば傘は帰ってきて、俺たちの間には何もなくなる。そう思えば、少し楽なような、何か寂しいような感情が湧いた。