今日の放課後はなんとなく自習室から足が遠のいて、久しぶりに空いている電車に乗った。
いつの間にか染み付いていた習慣通り、終点まで開かない方のドアにもたれかかる。鞄を抱えていると、なんだか昨日のことを思い出してしまった。
幻聴じゃなければ、絹本はあのとき、「嬉しかった」と言った。「楽しかった」じゃなくて。
二つの言葉は似ているようで違う。
楽しかった、なら、まだわかる。話せて楽しかったとか、相合傘なんかなかなかするものじゃないから楽しかったとか。そういう解釈ができる。
でも、嬉しかった、となると。それはまるで――
いや、やめよう。結びつけないって決めたじゃないか。
意識を逸らそうと、鞄から単語帳を取り出した。折り畳み傘がないからかいつもより空きスペースがあるように思える。
学生の本分は勉強だ、などと自分に言い聞かせて赤シートを挟んでいたページを開けば、左上にあったのは「residence」。畜生、四面楚歌だ。
彼が何気なく使った喩えまで覚えてるなんて、と頭を抱えたくなった。
傘とか英単語とか、今まで何とも思っていなかったものたちが、あの一件以来彼に結びつくようになってしまった。
もしかすると俺はこれからの生涯、あの折りたたみ傘を見るたびに絹本を思い出してしまうのではないだろうか。あるいは、大学受験の英文にresidenceやhomeを見つけて動揺して失点してしまうのかもしれない。そんな危惧やら未来像やらが浮かんできて、まるで呪いじゃないかと思った。俺は一体どうしてしまったんだ。
やり場のない感情とともに単語帳を鞄の中に押し込んだ。車窓から見た空は昼間と同じように晴れていて、通り過ぎていく家屋が西日に照らされていた。自習をして帰る日に比べれば少しは明るいが、一日の終わりが近い。
今日一日、絹本に会うことはなかった。元々別のクラスだし、今日の時間割には共通の授業もなかった。いつも通りで、今まで通り。
空は昨日の雨を忘れたかのように晴れるし、絹本との関わり方も以前と変わることはないのだろう。
なのに、俺だけがこんなふうに考え続けてしまって。俺だけが昨日に取り残されているみたいで。
何なんだよ、と心の中で毒づいた。鞄を抱える腕に力が籠った。
いつの間にか染み付いていた習慣通り、終点まで開かない方のドアにもたれかかる。鞄を抱えていると、なんだか昨日のことを思い出してしまった。
幻聴じゃなければ、絹本はあのとき、「嬉しかった」と言った。「楽しかった」じゃなくて。
二つの言葉は似ているようで違う。
楽しかった、なら、まだわかる。話せて楽しかったとか、相合傘なんかなかなかするものじゃないから楽しかったとか。そういう解釈ができる。
でも、嬉しかった、となると。それはまるで――
いや、やめよう。結びつけないって決めたじゃないか。
意識を逸らそうと、鞄から単語帳を取り出した。折り畳み傘がないからかいつもより空きスペースがあるように思える。
学生の本分は勉強だ、などと自分に言い聞かせて赤シートを挟んでいたページを開けば、左上にあったのは「residence」。畜生、四面楚歌だ。
彼が何気なく使った喩えまで覚えてるなんて、と頭を抱えたくなった。
傘とか英単語とか、今まで何とも思っていなかったものたちが、あの一件以来彼に結びつくようになってしまった。
もしかすると俺はこれからの生涯、あの折りたたみ傘を見るたびに絹本を思い出してしまうのではないだろうか。あるいは、大学受験の英文にresidenceやhomeを見つけて動揺して失点してしまうのかもしれない。そんな危惧やら未来像やらが浮かんできて、まるで呪いじゃないかと思った。俺は一体どうしてしまったんだ。
やり場のない感情とともに単語帳を鞄の中に押し込んだ。車窓から見た空は昼間と同じように晴れていて、通り過ぎていく家屋が西日に照らされていた。自習をして帰る日に比べれば少しは明るいが、一日の終わりが近い。
今日一日、絹本に会うことはなかった。元々別のクラスだし、今日の時間割には共通の授業もなかった。いつも通りで、今まで通り。
空は昨日の雨を忘れたかのように晴れるし、絹本との関わり方も以前と変わることはないのだろう。
なのに、俺だけがこんなふうに考え続けてしまって。俺だけが昨日に取り残されているみたいで。
何なんだよ、と心の中で毒づいた。鞄を抱える腕に力が籠った。
