四時間目。ふと、夢の中の絹本がどんな表情をしていたのか、思い出そうとしてみた。
しかし夢の記憶というのは朧気なもので、右手で描いた絵みたいに得体が知れなかった。きっと、俺が生涯見ることのない顔なのだろう、ということだけはわかった。
彼は、愛しい人に対してどんな顔をするのだろう。
そう思い至ってしまったところで、我に返った。
俺は今、何を考えていた?
今だけじゃない、朝からずっとおかしい。あんな夢の続きを見たいと思ったり、絹本と相対したときの自分が変じゃないか気になったり、絹本にこれから会うと思うとなんか、こう、変な気持ちになったり。
気付けばもう約束の昼休みが刻一刻と近付いてきている。時間は皆平等に注がれる。俺だろうと絹本だろうと全く関係ない人間だろうと、等しく昼休みの時間は訪れる。
ヤバい、心の準備できてない。
いや、心の準備って何だ? ただ傘返されるだけだろ? 傘差し出されて、受け取って、「ありがとう」とか言われたら「いいよ」とか言えばいいだけだろ?
そんな一分にも満たないかもしれないやり取りに、俺は何を思っている?
まずい、来るな、来るんじゃない。何かの奇跡が起きて、昼休みの時間が来なければ――
「はい、じゃあ今日の授業はここまで」
英語教師の無情な宣告と同時に、昼休み開始のチャイムが鳴った。そうだ、この教師は時間きっかりに授業を終わらせることに命を懸けているのだ。
わかってたけど。そりゃ、昼休みが来ないわけないけど。
そんな不毛なことを思っているうちに、委員長の号令による起立と礼が済む。静かだった教室が話し声で満たされていく。
そして、教室のドアが開く。
「上崎ー」
授業が終わってすぐに来たのだろう。開けられたドアから覗いた絹本は俺の姿を捉えると、よどみなく歩み寄ってきた。
「傘ありがと。マジ助かった」
俺は差し出された折りたたみ傘を握る。絹本が軽く頭を下げる素振りをしたから、俺も同じように頭を下げながら受け取った。
これで用事は済んだ。案外あっけなく終わるものだと思っ――
「今時間ある?」
予想していなかった言葉であった。
「まあ……」
「ちょっと来て」
彼は踵を返して教室を出ようとしたが、ドアの前で足が止まる。俺が立ち尽くしているのに気付いたのだろう。彼は怪訝そうな表情を浮かべていた。
俺は「ごめん」と言って彼の傍に向かった。嘘でも、忙しいって言えばよかったかも、と少し思った。
しかし夢の記憶というのは朧気なもので、右手で描いた絵みたいに得体が知れなかった。きっと、俺が生涯見ることのない顔なのだろう、ということだけはわかった。
彼は、愛しい人に対してどんな顔をするのだろう。
そう思い至ってしまったところで、我に返った。
俺は今、何を考えていた?
今だけじゃない、朝からずっとおかしい。あんな夢の続きを見たいと思ったり、絹本と相対したときの自分が変じゃないか気になったり、絹本にこれから会うと思うとなんか、こう、変な気持ちになったり。
気付けばもう約束の昼休みが刻一刻と近付いてきている。時間は皆平等に注がれる。俺だろうと絹本だろうと全く関係ない人間だろうと、等しく昼休みの時間は訪れる。
ヤバい、心の準備できてない。
いや、心の準備って何だ? ただ傘返されるだけだろ? 傘差し出されて、受け取って、「ありがとう」とか言われたら「いいよ」とか言えばいいだけだろ?
そんな一分にも満たないかもしれないやり取りに、俺は何を思っている?
まずい、来るな、来るんじゃない。何かの奇跡が起きて、昼休みの時間が来なければ――
「はい、じゃあ今日の授業はここまで」
英語教師の無情な宣告と同時に、昼休み開始のチャイムが鳴った。そうだ、この教師は時間きっかりに授業を終わらせることに命を懸けているのだ。
わかってたけど。そりゃ、昼休みが来ないわけないけど。
そんな不毛なことを思っているうちに、委員長の号令による起立と礼が済む。静かだった教室が話し声で満たされていく。
そして、教室のドアが開く。
「上崎ー」
授業が終わってすぐに来たのだろう。開けられたドアから覗いた絹本は俺の姿を捉えると、よどみなく歩み寄ってきた。
「傘ありがと。マジ助かった」
俺は差し出された折りたたみ傘を握る。絹本が軽く頭を下げる素振りをしたから、俺も同じように頭を下げながら受け取った。
これで用事は済んだ。案外あっけなく終わるものだと思っ――
「今時間ある?」
予想していなかった言葉であった。
「まあ……」
「ちょっと来て」
彼は踵を返して教室を出ようとしたが、ドアの前で足が止まる。俺が立ち尽くしているのに気付いたのだろう。彼は怪訝そうな表情を浮かべていた。
俺は「ごめん」と言って彼の傍に向かった。嘘でも、忙しいって言えばよかったかも、と少し思った。
