帝都鵺恋綺譚

 叩きつけられるような激しい雨の音だけが、静まり返った部屋に響いていた。
 妻となった娘が去った後の書斎で、朔夜は力なく椅子に身を沈めた。

 ——手が、熱い。

 彼女に触れられた頭、そして振り払った自分の掌。
 そこには、これまで経験したことのないような、穏やかで清らかな熱が残っていた。

 (……なぜだ。なぜ、あんな娘が)

 朔夜の内に宿る(ぬえ)の異能は、荒ぶる雷だ。
 それは常に彼の神経を鋭く削り、制御を失えば周囲のすべてを焼き尽くす。
 側近である右近や左近の力を持ってしても、暴走を抑えるには数時間を要し、その後の朔夜は泥のような疲労に沈むのが常だった。

 だというのに。
 あの娘が触れた瞬間、狂ったように暴れていた雷雲が霧散し、頭の奥を突き刺していた痛みが嘘のように消え去った。

「……ありえない」

 水無月家の庶子。
 己のような異能者と、人間との間に生まれた娘だと聞いている。
 だからこそ、政略結婚の駒としても、万が一傷つけても惜しくない器として選んだ。
 荒ぶる異能を抱える鳴神を相手にするのは、ただの人間には荷が重い。
 とはいえ、後継を残さないという選択肢は、昨年の終わり、父が身罷った今となっては、無かった。
 純血を重んじて来たあまり、仙家の血は濃くなりすぎると、その強大すぎる異能が胎児の器を焼き尽くしてしまう。
 ゆえに、純血同士の婚姻は、望まない断絶を招くことが多い。
 鳴神の血を次代へ繋ぐためには、異能を中和し、受け止めることができる強度のある器が必要だった――。

 先ほど彼女が触れた瞬間、記憶の底に眠っていた何かが朔夜の中で揺れた。

 幼い自分と、一面に揺れる彼岸花。
 緋色に染め上げられた、記憶。

 呟きは、雷鳴にかき消された。
 朔夜は苦々しく顔を歪める。

「……あんな顔を、させるつもりはなかったのだが」

 拒絶した瞬間の、志野の傷ついたような、けれどそれ以上に自分を案じるような瞳。
 朔夜の胸の奥で、冷たい理性が、どうしようもない切なさと、昏い欲に書き換えられていく。