拝殿の重厚な扉が開かれると、そこには外の空気とは無縁の、何百年も澱み続けたような濃密な仙気が満ちていた。
薄暗い堂内を照らすのは、等間隔に焚かれた篝火だけだ。
ぱち、ぱちと、爆ぜる火の粉の音と、深く沈むような白檀の香りが、ここが人界から切り離された絶対的な領域であることを知らしめている。
祭壇の前には、白装束を纏った儀礼官たちが平伏し、背後には長老衆と鏡夜が、監視するように冷たい視線を送っていた。
「……これより、鳴神家当主、鳴神朔夜様と、水無月志野様の、真なる結縁の儀を執り行います」
儀礼官の震える声と共に、三々九度の盃が運ばれてくる。
本来ならば、厳粛で冷たい儀式のはずだった。
しかし、志野の隣に立つ朔夜から放たれる霊圧は、堂内の空気を震わせ、官はおろか長老衆でさえ息をするのも苦しいほどの圧倒的な熱を帯びていた。
朱塗りの盃に、澄んだ神酒が注がれる。
朔夜が先に盃を干し、続いて志野へと渡される。
冷たい神酒が喉を滑り落ちるたび、志野の体温が微かに上がり、朔夜の紫紺の瞳が、その赤い唇をじっと見つめていた。
三度目の盃を交わし終えた朔夜は、盃を乱暴に突き返した。
「……祝詞は不要だ。下がれ」
「さ、朔夜様!? しかし、古き習わしでは、祖霊への誓いの詞を――」
「俺の妻となる者に、地下で飢えている亡霊どもへの誓いなど必要あるまい」
朔夜の冷酷な一喝に、儀礼官は弾かれたように後退りした。
長老の一人が「なんという暴挙を」と立ち上がりかけたが、朔夜が視線だけで放った殺気混じりの雷光が床を焦がし、彼らを力ずくで沈黙させる。
「朔夜様……」
志野が見上げると、朔夜は長い手で彼女の白無垢の袖を掬い上げ、静かに向き合った。
「……鳴神の血は、愛する者を焼き殺す。俺自身もずっと、その呪いに捕らわれ、己を檻に繋いできた」
篝火の光を反射する彼の瞳には、かつての孤独な少年の面影はない。
あるのは、一人の女を永遠に己のものとする、絶対的な決意だった。
「だが、お前なら……この呪いを解いた志野、お前なら」
志野は、静かに次の言葉を待つ。
「……だから俺は、神にも祖霊には誓わない。お前だけに誓う」
長老衆が息を呑んで見守る中、朔夜の熱い掌が、志野の白無垢の合わせ目へとそっと差し入れられた。
「――急ごしらえの庇護など、もはや不要だな」
朔夜は一度、志野の右腕に視線を落とし苦笑する。
肌に触れる長い指先。
志野の左胸、心臓の鼓動が最も強く打つ場所へと、朔夜の掌がぴたりと重ねられた。
朔夜から放たれた青白い雷光が、志野の肌の奥深くへと忍び込んでくる。
「っ……ぁ、……!」
鋭い熱が走る。
急激に脳裏を走る、光の軌跡。
かつて雅から受けた呪毒を中和させた時のような、痛みではない。
朔夜の抱える孤独な雷の熱と、志野の内に眠っていた白銀の浄化が、激しく衝突し、そして、溶け合うように甘く混ざり合っていく。
通常、鳴神の妻に刻まれるのはただの雷の紋だ。
しかし、志野の肌に焼き付けられていくそれは、全く異なっていた。
朔夜の荒ぶる雷光が、志野の愛でる心に触れた瞬間、まばゆい加護へと昇華されたのだ。
白金の雷が、まるで生きているかのように志野の肌の上で花開く。
四翼羽を象る金色。
その周囲をぐるりと囲むよう、守護木を再度花開かせた白銀の桜の花弁が、風に舞うように美しく、鮮やかに彩っていく。
あまりにも煌びやかで、神々しい、二人だけの絶対的な絆の刻印。
「馬鹿な……鳴神の紋が、あのような姿に……」
「混ざり合ったというのか……!」
長老衆が驚愕に声を失い、鏡夜がギリリと奥歯を噛み鳴らす音が、静まり返った拝殿に響く。
「……ああ、なんと美しい」
朔夜は、志野の胸元に咲き誇る白銀の花弁を、狂おしいほど愛おしそうに指先でなぞった。
その感触に、志野は甘い吐息を漏らし、朔夜の広い肩にそっと額を預ける。
「これで、お前はもうどこへも行けない。……お前の命の拍動は、永久に俺の雷と共に鳴り響く」
志野は、自分の内側に流れ込んでくる朔夜の熱を、すべて受け入れるようにそっと目を閉じた。
地下から響いていた亡霊たちの怨嗟の呻きは、いつの間にか、志野から溢れ出す白銀の光によって完全に浄化され、鎮まっていた。
「はい。私はずっと、貴方の花として咲き続けます」
呪われた孤独な領域に、二度と散ることのない銀華の誓約が刻まれた瞬間だった。
薄暗い堂内を照らすのは、等間隔に焚かれた篝火だけだ。
ぱち、ぱちと、爆ぜる火の粉の音と、深く沈むような白檀の香りが、ここが人界から切り離された絶対的な領域であることを知らしめている。
祭壇の前には、白装束を纏った儀礼官たちが平伏し、背後には長老衆と鏡夜が、監視するように冷たい視線を送っていた。
「……これより、鳴神家当主、鳴神朔夜様と、水無月志野様の、真なる結縁の儀を執り行います」
儀礼官の震える声と共に、三々九度の盃が運ばれてくる。
本来ならば、厳粛で冷たい儀式のはずだった。
しかし、志野の隣に立つ朔夜から放たれる霊圧は、堂内の空気を震わせ、官はおろか長老衆でさえ息をするのも苦しいほどの圧倒的な熱を帯びていた。
朱塗りの盃に、澄んだ神酒が注がれる。
朔夜が先に盃を干し、続いて志野へと渡される。
冷たい神酒が喉を滑り落ちるたび、志野の体温が微かに上がり、朔夜の紫紺の瞳が、その赤い唇をじっと見つめていた。
三度目の盃を交わし終えた朔夜は、盃を乱暴に突き返した。
「……祝詞は不要だ。下がれ」
「さ、朔夜様!? しかし、古き習わしでは、祖霊への誓いの詞を――」
「俺の妻となる者に、地下で飢えている亡霊どもへの誓いなど必要あるまい」
朔夜の冷酷な一喝に、儀礼官は弾かれたように後退りした。
長老の一人が「なんという暴挙を」と立ち上がりかけたが、朔夜が視線だけで放った殺気混じりの雷光が床を焦がし、彼らを力ずくで沈黙させる。
「朔夜様……」
志野が見上げると、朔夜は長い手で彼女の白無垢の袖を掬い上げ、静かに向き合った。
「……鳴神の血は、愛する者を焼き殺す。俺自身もずっと、その呪いに捕らわれ、己を檻に繋いできた」
篝火の光を反射する彼の瞳には、かつての孤独な少年の面影はない。
あるのは、一人の女を永遠に己のものとする、絶対的な決意だった。
「だが、お前なら……この呪いを解いた志野、お前なら」
志野は、静かに次の言葉を待つ。
「……だから俺は、神にも祖霊には誓わない。お前だけに誓う」
長老衆が息を呑んで見守る中、朔夜の熱い掌が、志野の白無垢の合わせ目へとそっと差し入れられた。
「――急ごしらえの庇護など、もはや不要だな」
朔夜は一度、志野の右腕に視線を落とし苦笑する。
肌に触れる長い指先。
志野の左胸、心臓の鼓動が最も強く打つ場所へと、朔夜の掌がぴたりと重ねられた。
朔夜から放たれた青白い雷光が、志野の肌の奥深くへと忍び込んでくる。
「っ……ぁ、……!」
鋭い熱が走る。
急激に脳裏を走る、光の軌跡。
かつて雅から受けた呪毒を中和させた時のような、痛みではない。
朔夜の抱える孤独な雷の熱と、志野の内に眠っていた白銀の浄化が、激しく衝突し、そして、溶け合うように甘く混ざり合っていく。
通常、鳴神の妻に刻まれるのはただの雷の紋だ。
しかし、志野の肌に焼き付けられていくそれは、全く異なっていた。
朔夜の荒ぶる雷光が、志野の愛でる心に触れた瞬間、まばゆい加護へと昇華されたのだ。
白金の雷が、まるで生きているかのように志野の肌の上で花開く。
四翼羽を象る金色。
その周囲をぐるりと囲むよう、守護木を再度花開かせた白銀の桜の花弁が、風に舞うように美しく、鮮やかに彩っていく。
あまりにも煌びやかで、神々しい、二人だけの絶対的な絆の刻印。
「馬鹿な……鳴神の紋が、あのような姿に……」
「混ざり合ったというのか……!」
長老衆が驚愕に声を失い、鏡夜がギリリと奥歯を噛み鳴らす音が、静まり返った拝殿に響く。
「……ああ、なんと美しい」
朔夜は、志野の胸元に咲き誇る白銀の花弁を、狂おしいほど愛おしそうに指先でなぞった。
その感触に、志野は甘い吐息を漏らし、朔夜の広い肩にそっと額を預ける。
「これで、お前はもうどこへも行けない。……お前の命の拍動は、永久に俺の雷と共に鳴り響く」
志野は、自分の内側に流れ込んでくる朔夜の熱を、すべて受け入れるようにそっと目を閉じた。
地下から響いていた亡霊たちの怨嗟の呻きは、いつの間にか、志野から溢れ出す白銀の光によって完全に浄化され、鎮まっていた。
「はい。私はずっと、貴方の花として咲き続けます」
呪われた孤独な領域に、二度と散ることのない銀華の誓約が刻まれた瞬間だった。



