帝都鵺恋綺譚――軛の花嫁

 白銀の桜が狂い咲いた翌日、鳴神の屋敷に漂っていたのは、春の陽だまりのような甘い空気ではなかった。

「――ですから、兄上。あれは正式な婚姻とは認められませんよ」

 応接間に響く鏡夜の冷ややかな声。
 その傍らには、鳴神の本家を守護する三人の長老衆が、石像のように険しい顔で並んでいる。
 彼らの前には、数枚の古びた家系図と、婚姻の儀に関する典礼書が広げられていた。

「事もあろうに、婚姻の儀に右近を代理で出すとは。鳴神の直系が継ぐべき『真なる加護』は、儀式を以て魂を繋がぬ限り、定着はしません。現在、その女の腕にあるのは、一時的な『庇護』の紋に過ぎないのでは」

 長老の一人が、低く、威圧的な声を重ねる。

「左様。本来、鳴神の妻となる者には、儀式を経て左胸に消えぬ加護の紋(・・・)が刻まれるはず。仮初の紋を盾に、水無月の出来損ないを囲い続けるのは、法家の長として道理に欠けるのではないか?」

 志野は、部屋の隅で小さく肩を震わせていた。
 自分の存在が、朔夜の立場を危うくしている。
 その事実が、胸を締め付ける。
 だが、その志野の肩を、大きな、熱い掌が強引に抱き寄せた。

「――道理、か。長老衆も面白いことを仰る」

 朔夜が、ゆっくりと口角を上げる。
 法を司る長官としての、獲物を追い詰める際の不敵な笑みだ。

「代理を立てたのは、帝都の法に基づき、有事の際の緊急措置として受理されたものだ。文句があるなら、まずは俺が編纂した現行法をすべて書き換えてからにしていただきたい。……それとも、長老衆は俺の法解釈に異を唱えるほど、明晰な頭脳をお持ちなのか?」

「なっ……! 屁理屈を!」

「屁理屈ではない。これは、正当な『権限』の行使だ」

 朔夜は、隣で震える志野のうなじに、わざと見せつけるように深く鼻先を寄せた。

「だが、認めよう。確かに、仮初の紋では収まらないのも事実。そうだな……志野の清冽な血を、もっと深く、永久に鳴神の魂へ繋ぎ止める必要がある」

 朔夜の紫紺の瞳が、鏡夜を射抜く。

「結婚式を挙げろと言うなら、挙げてやろう。ただし、それは貴様らが望むような『形式』ではない。志野が俺の光であると、帝都のすべてに知らしめるための、不可逆の刻印だ」