帝都鵺恋綺譚――軛の花嫁

 
 静寂を裂いて、白銀の糸が迸る。
 朔夜の暴走を鎮めた、浄化の力。
 この力が、一体何を示しているのか、志野にはまだ分かっていない。
 だが、今の光はいつも以上に力強く、温かく広がっていく。
 まるで、朔夜から与えられた破壊の種を、志野の中で生命の苗へと転換した純粋な光。

 白銀の光条が、毛細血管のように炭化した樹皮を駆け巡り、死せる木の内側に眠っていた沈黙を呼び覚ましていく。

 静寂を裂いて、大気が鳴いた気がした。
 空からではなく、地から天へと、白銀の雷光が昇り詰める。

 志野の掌を通じて流れ込む光が、とうに死んだはずの細胞の一つ一つを、まばゆい銀の結晶へと変えていく。
 黒ずんだ枝の先々から、月光を凝縮したような蕾が、猛烈な勢いで弾け出した。

 一輪。
 十輪。
 百輪。

 夜気を嘲笑うように、白銀の桜が狂い咲く。
 かつての歌人が夢に見た、老木の精霊が舞い踊るような、幻想的で峻烈な命の咆哮。
 
「……志野」

 長いこと地に落ちていた枯れ葉が、悲鳴を上げた。
 振り返れば、驚愕に眼を見開いた朔夜が立ち尽くしている。
 彼の瞳に映るのは、あでやかに銀花を纏った鳴神の守護木と、光の渦中で、踊る花びらに祝福される姿。

「朔夜様……。この桜の木も、まだ生きたかったみたいです」

 志野が微笑み、一辺の銀の花びらを掌で受け止める。

「うたれ続けた雷の粒を、たくわえて、糧に変えて」

 朔夜は、魂を奪われたかのような足取りで歩み寄る。

「ですから、貴方の力も、呪いなどでは、ないのかと思います。……こんなに美しく、命を育むための熱だった、のかと」

「…………っ」

 朔夜の喉が、押し殺したような音を立てた。
 彼は吸い寄せられるように歩み寄り、志野の肩を、壊れ物を抱くような手つきで包み込んだ。
 
「己の血の濃さを。知らずのうちに誰かを焼き殺し喰い殺すこの異能を、ずっと呪ってきた」

 朔夜は銀の花びらが舞い散る中で、震える吐息を漏らした。
 
「だが、お前は、この呪いを花に変えてしまった。……ならば俺は、もう迷わない。俺の存在は、異能は……お前が咲かせるこの庭を守るための盾に過ぎん」

 朔夜の掌が、志野の腹部に、まだ見ぬ命の予感をなぞるようにそっと置かれた。
 鏡夜の呪詛を、かつての歌人の諦念を、志野というたった一人の光が、白銀の夢へと塗り替えていく。

「……鏡夜の戯言など、二度と思い出すな」

 朔夜の震える声が、志野の項を熱く濡らす。

「お前は毒などではない。……俺の、そして鳴神の血を呪いから救い、光へと変える、唯一」

 朔夜が、絞り出すように息を吐き出す。

 彼は常に、罪と罰の境界を生きてきた。
 己の異能が他者を損なうたび、その魂は摩耗し、冷徹な仮面の下で血を流し続けてきた。

 今、彼は見たのだ。
 強すぎる血ゆえに破壊しか齎さなかった鳴神の歴史が、志野というたった一人の無垢な器によって、創造へと転換された奇跡を。