帝都鵺恋綺譚――軛の花嫁

 ひとまわり
 ひとまわり
 いくよ に
 まかれて やかれて
 ひとまわり

 おかっぱ頭の少女が一人、石段を下り切ったところで、一人淡々と毬をついている。
 石段の底で、その童歌だけが湿った空気にまとわりついていた

 麻の着物は幾度も洗われ、繊維の角が立ち、ごわごわと固い音を立てていた。
 それはかつて大人が纏っていたものを、無理に子供の体躯へ合わせ、縫い縮めたものなのだろう。
 袂で無残に割れた臙脂色の牡丹は、まるで彼女の幼い魂が、誰かに強引に引き裂かれた痕跡のようにも見えた。

 数刻前までいた帝都の、あの洗練された灯りが恋しい。
 急に体調を崩した祖父の見舞いという名目で、父に連れられて訪れたこの場所は、帝都の端どころか、地図にすら載らぬ境界の村だった。

 洋灯の光を知らぬこの地では、闇は底なしに深い。
 民家の窓から漏れ出す、魚油を焼いた独特の生臭い臭気が、少年の繊細な嗅覚を執拗に突き刺す。
 彼は眉を顰め、鼻を突くその卑俗な生活臭に、胃の底がせり上がるような不快感を覚えた。

(こんな場所に、俺が触れるべきものなど、何一つ存在しない)

 そう断じようとした少年の瞳に、石段の下、影の中から浮かび上がるような白磁の肌が映り込んだ。

 のぼりつめたら
 なるがみさん
 きざはし なんだん
 きざはし……

「四段だろ」

 思わず口から零れ落ちた自分の声は、想像以上に響き、黄昏時の地に沈む。
 はじかれた様に顔を上げた少女の前髪が揺れた。
 濁りのない、けれどどこか空虚を湛えた瞳。

「だあれ」

「お前こそ、鳴神神社の前で何してるんだよ。人の子がこんな所にいる資格ないだろ。喰われたいのか」

 傲慢に、吐き捨てるように放たれた宣告。
 少女の頬から血の気が失せていくのを、少年は冷ややかに見下ろした。
 だが、怯えに震えるはずの彼女の唇が、きゅっと強く噛み締められ、そこに滲んだ鮮血のような朱色が少年の視線を釘付けにする。
 弱き者が、その身を焼くような屈辱に耐えるときに見せる、烈烈とした生命の輝き。
 
 死神の一族と呼ばれる異能を持つ少年の胸を、初めて騒つかせた鮮烈な記憶。

「――おかあさま、まってるの」

 涙を堪えるように、小さな両手が握りこぶしになる。
 少女の視線が石段の上に、ついとながれた。

 聡すぎる少年は少女の仕草から、彼女が何を待っているのか瞬時に理解し、嘲るように笑った。
 それは、自分に向けた笑いでもあった。

「ああ、お前の親も狂ったのか。上に居るやつらと同じように」