帝都鵺恋綺譚――軛の花嫁

 呼吸が浅くなり、志野の視界が歪む。
 刹那。
 乾燥した冬の夜のような、鋭い火花が二人の間を裂いた。
 
「……誰の許可を得て、俺の妻の耳元で汚らわしい息を吐いている」

 地を這うような低い声。
 背後から放たれた圧倒的な霊圧に、昭人は顔を青ざめさせて硬直した。
 振り返れば、そこには対談を一方的に打ち切り、峻烈な殺気を纏って戻ってきた朔夜が立っていた。

「……鳴神様。これは、兄妹の再会を祝して……」

「失せろ。二度とその言葉を口にするな。……お前のその思考は、既に懲罰省の監視対象だ。これ以上志野を不快にさせるなら、法の名の下ではなく、俺個人の裁きで焼き尽くす」

 朔夜の紫紺の瞳が、深紫へと濁り、暴風の前の静寂を孕む。
 昭人は屈辱に唇を噛み締めながら、這々の体で群衆の中へと逃げ去っていった。

 震える志野を、朔夜は強引に抱き寄せた。
 その腕は、昭人が言った檻のように堅牢なもの。
 しかし、志野を壊さぬよう必死に震えを堪えている。

「……何を言われた。答えろ、志野」

「……なんでも、ありません。ただ、少し、目眩がしただけです……」

「嘘をつくな。……あのような、呪いに呑まれた者の言葉に耳を貸す必要はない」

 朔夜は、志野に触れた下卑た残滓を拭い去るように、その肌に自身の唇を押し当てた。
 
(……そうだ、これは呪いだ。仙家の血も、このどうしようもない飢えも)

 志野を贄としてしか見られない水無月の男たち。
 そして、それ以上に彼女を「一滴残らず俺だけのものにしたい」と切望する、己の中に潜む鵺の本能。
 
 朔夜は志野の肩を抱き寄せ、煌めく夜会の喧騒を、冷え切った瞳で見下ろした。
 彼にとって、この華やかな社交界は、いつ理性が弾けて奈落へと堕ちるか分からぬ化け物たちの、仮面舞踏会に過ぎなかった。