※本章は、2026年5月12日に行われた三度目の現地踏査、ならびにその後の記録をまとめた最終報告である。
※本章執筆時点で、これ以上の追加調査は行っていない。
※記述は、映像・音声・テキストログを基に再構成している。
1 決断
私は、三度目の踏査を決めた。
理由は単純である。
既に、私は映像の中にいる。
2016年の車内に。
昭和九年の写真に。
縁側中央の静止画に。
ならば、時間の順序を確認する必要があった。
2 5月12日 午後11時46分
山道進入。
ナビは白地。
青い矢印のみ。
今回は迷わない。
私は道を覚えている。
来たことがあるからではない。
知っているからだ。
3 午前0時18分 到着
更地。
霧は薄い。
井戸跡がはっきり見える。
私は三脚を立てる。
録音開始。
私「これより最終確認を行う」
風はない。
虫の音もない。
4 家の顕現
午前0時23分。
霧がゆっくりと集まり始める。
井戸の上に、輪郭。
柱。
梁。
屋根。
今回は、はっきり見える。
半透明ではない。
古民家。
2016年映像と同一。
縁側。
引き戸。
私は息を止める。
5 玄関
引き戸は開いている。
中は暗い。
私は靴を脱ぐ。
無意識に、右側へ揃える。
居間。
座布団四枚。
湯呑四つ。
2016年のまま。
奥の襖。
閉まっている。
6 声
「遅いよ」
背後。
振り向く。
縁側に立つ男性B。
2016年の姿。
彼は笑っていない。
私「あなたは……」
男性B「やっと来た」
私「あなたは2026年に失踪している」
男性B「還ったんだよ」
彼は居間に入る。
座布団の一枚に座る。
中央。
そこは五枚目の位置。
私は立ったまま。
7 時間の重なり
女性Cと女性Dが居間に現れる。
男性Aは蔵の前に立っている。
獅子舞衣装。
鏡台。
血。
すべて2016年のまま。
だが、彼らは私を見ている。
女性D「先生、やっと来ましたね」
私「あなたは2016年に襖を開けた」
女性D「はい」
私「何を見ましたか」
女性D「あなたです」
襖が震える。
8 開かずの間
私は襖の前に立つ。
今回は躊躇しない。
開ける。
中は暗い。
ライトを向ける。
吊られた影。
スーツ。
荒縄。
顔は――
私である。
目を閉じている。
9 理解
私は振り返る。
私「これは未来か」
男性B「違う」
私「過去か」
男性B「違う」
私「では何だ」
男性B「ここは、還る場所」
彼は立ち上がる。
男性B「君は2016年にも来た」
私「来ていない」
男性B「来たよ。車の中に」
後部座席の影。
昭和写真の輪郭。
縁側中央の静止画。
全てが重なる。
10 選択
男性B「開けるか、閉めるか」
私は襖を見つめる。
吊られた私。
荒縄。
それは死ではない。
定着だ。
還るとは、時間に固定されること。
迷い家は富を与えない。
役割を与える。
私は記録者であり、依代である。
11 音
囃子が鳴る。
「オーンサーンヤリカケロー」
男性Aが唱える。
鏡に私の姿が映る。
だが、鏡の中の私は既に縄を持っている。
私は荒縄を手に取る。
軽い。
重くない。
12 断絶
映像が乱れる。
音声のみ。
私「……分かった」
別の声。
「還るね」
それは私の声である。
13 映像最終フレーム
午前0時41分。
更地。
井戸跡。
霧なし。
三脚は倒れている。
家はない。
録音終了。
14 その後
私は今、都内の自室でこの原稿を書いている。
少なくとも、そう認識している。
だが机の上には、昭和九年の写真がある。
中央に立つ男性B。
その隣。
スーツ姿の男。
顔ははっきりしている。
私である。
写真裏面に新たな文字がある。
『令和八年 五月十二日』
今日の日付。
15 最終整理
一、三度目の踏査で家は完全顕現。
二、2016年の四人と対面。
三、襖内に自分を確認。
四、録音に自分の重複音声。
五、昭和写真に現在日付が追加。
私は還ったのか。
それとも、まだ還っていないのか。
この原稿は、誰が書いているのか。
16 補記
この記録を公開する。
理由は一つ。
迷い家は呼ぶ。
そして選ぶ。
もしあなたが、
山の家を夢で見たことがあるなら。
縁側の位置を知っているなら。
玄関から六歩で止まるなら。
それは、懐かしいからではない。
既に来ているからだ。
マヨヒガは存在する。
地図にはない。
だが、時間の中にある。
還る者を待っている。
(記録終)
※本章執筆時点で、これ以上の追加調査は行っていない。
※記述は、映像・音声・テキストログを基に再構成している。
1 決断
私は、三度目の踏査を決めた。
理由は単純である。
既に、私は映像の中にいる。
2016年の車内に。
昭和九年の写真に。
縁側中央の静止画に。
ならば、時間の順序を確認する必要があった。
2 5月12日 午後11時46分
山道進入。
ナビは白地。
青い矢印のみ。
今回は迷わない。
私は道を覚えている。
来たことがあるからではない。
知っているからだ。
3 午前0時18分 到着
更地。
霧は薄い。
井戸跡がはっきり見える。
私は三脚を立てる。
録音開始。
私「これより最終確認を行う」
風はない。
虫の音もない。
4 家の顕現
午前0時23分。
霧がゆっくりと集まり始める。
井戸の上に、輪郭。
柱。
梁。
屋根。
今回は、はっきり見える。
半透明ではない。
古民家。
2016年映像と同一。
縁側。
引き戸。
私は息を止める。
5 玄関
引き戸は開いている。
中は暗い。
私は靴を脱ぐ。
無意識に、右側へ揃える。
居間。
座布団四枚。
湯呑四つ。
2016年のまま。
奥の襖。
閉まっている。
6 声
「遅いよ」
背後。
振り向く。
縁側に立つ男性B。
2016年の姿。
彼は笑っていない。
私「あなたは……」
男性B「やっと来た」
私「あなたは2026年に失踪している」
男性B「還ったんだよ」
彼は居間に入る。
座布団の一枚に座る。
中央。
そこは五枚目の位置。
私は立ったまま。
7 時間の重なり
女性Cと女性Dが居間に現れる。
男性Aは蔵の前に立っている。
獅子舞衣装。
鏡台。
血。
すべて2016年のまま。
だが、彼らは私を見ている。
女性D「先生、やっと来ましたね」
私「あなたは2016年に襖を開けた」
女性D「はい」
私「何を見ましたか」
女性D「あなたです」
襖が震える。
8 開かずの間
私は襖の前に立つ。
今回は躊躇しない。
開ける。
中は暗い。
ライトを向ける。
吊られた影。
スーツ。
荒縄。
顔は――
私である。
目を閉じている。
9 理解
私は振り返る。
私「これは未来か」
男性B「違う」
私「過去か」
男性B「違う」
私「では何だ」
男性B「ここは、還る場所」
彼は立ち上がる。
男性B「君は2016年にも来た」
私「来ていない」
男性B「来たよ。車の中に」
後部座席の影。
昭和写真の輪郭。
縁側中央の静止画。
全てが重なる。
10 選択
男性B「開けるか、閉めるか」
私は襖を見つめる。
吊られた私。
荒縄。
それは死ではない。
定着だ。
還るとは、時間に固定されること。
迷い家は富を与えない。
役割を与える。
私は記録者であり、依代である。
11 音
囃子が鳴る。
「オーンサーンヤリカケロー」
男性Aが唱える。
鏡に私の姿が映る。
だが、鏡の中の私は既に縄を持っている。
私は荒縄を手に取る。
軽い。
重くない。
12 断絶
映像が乱れる。
音声のみ。
私「……分かった」
別の声。
「還るね」
それは私の声である。
13 映像最終フレーム
午前0時41分。
更地。
井戸跡。
霧なし。
三脚は倒れている。
家はない。
録音終了。
14 その後
私は今、都内の自室でこの原稿を書いている。
少なくとも、そう認識している。
だが机の上には、昭和九年の写真がある。
中央に立つ男性B。
その隣。
スーツ姿の男。
顔ははっきりしている。
私である。
写真裏面に新たな文字がある。
『令和八年 五月十二日』
今日の日付。
15 最終整理
一、三度目の踏査で家は完全顕現。
二、2016年の四人と対面。
三、襖内に自分を確認。
四、録音に自分の重複音声。
五、昭和写真に現在日付が追加。
私は還ったのか。
それとも、まだ還っていないのか。
この原稿は、誰が書いているのか。
16 補記
この記録を公開する。
理由は一つ。
迷い家は呼ぶ。
そして選ぶ。
もしあなたが、
山の家を夢で見たことがあるなら。
縁側の位置を知っているなら。
玄関から六歩で止まるなら。
それは、懐かしいからではない。
既に来ているからだ。
マヨヒガは存在する。
地図にはない。
だが、時間の中にある。
還る者を待っている。
(記録終)



