本章は、私自身に生じ始めた変化を含め、時系列順に記録する。
推測や解釈は最小限に留める。
4月14日 午前1時32分
自宅にて作業中。
2016年映像の再確認。
該当箇所:
女性Dが蔵へ戻る場面。
鏡台前の男性A。
獅子舞衣装を纏い、唱和。
「オーンサーンヤリカケロー」
私は音声波形を拡大していた。
そのとき、イヤホンの右側から別の音が混じった。
低い囁き声。
「……そこじゃない」
再生を止める。
該当箇所を巻き戻す。
囁き声は記録されていない。
波形上に変化はない。
イヤホンを外す。
部屋は静かである。
4月15日 午前2時04分
夢を見る。
私は古民家の玄関に立っている。
引き戸は開いている。
中は暗い。
居間に四人いる。
男性B、男性A、女性C、女性D。
彼らは2016年当時の姿である。
私は声をかけようとする。
だが、声が出ない。
男性Bが振り向く。
彼は言う。
「やっと来た」
目が覚める。
枕元のスマートフォンが点灯している。
通知はない。
画面に映っているのは、ロック画面の壁紙――
自宅近くの風景。
だが、一瞬、縁側の影が映った気がした。
4月16日 午後8時21分
女性Dからメッセージ。
先生、最近また夢見るんです。
先生も家にいますよね?
私は返信を保留する。
私はまだ家に行っていない。
少なくとも現実では。
4月17日 午後11時03分
ブログ管理画面に異常。
下書き記事の末尾に、見覚えのない一文が追記されている。
開けないで。
私はこの文章を書いていない。
だがキーボード履歴を確認すると、23時01分に入力されたログがある。
私はその時間、台所にいた。
4月18日 午後9時55分
男性Eと再通話。
「祖母が亡くなったの、2016年なんです」
「男性Bが家に行った年と同じですね」
「ええ……祖母、亡くなる前に言ってました」
「何と?」
「“あの子は還ってくる”って」
「あの子、とは」
「Bです」
私は沈黙する。
4月19日 未明
再び夢。
今度は蔵の中。
鏡台がある。
鏡に自分の姿が映っている。
だが、瞬きをすると、鏡の中の私は獅子舞衣装を着ている。
現実の私は寝巻きである。
鏡の中の私は口を動かす。
「オーンサーンヤリカケロー」
目が覚める。
汗で寝間着が濡れている。
4月20日 午後3時12分
未公開映像を再確認。
開かずの間の前で女性Cが立ち止まる場面。
フレームをコマ送り。
襖の隙間、暗闇の中にわずかな光点。
拡大。
それは目のように見える。
だがノイズと判断可能なレベル。
さらに拡大。
ノイズである。
しかし一瞬、こちらを見返したように感じた。
4月21日 午後10時07分
女性Cから初の連絡。
先生の記事、怖いけど読んでます。
あの家、まだありますよ。
「どこに?」
山です。
「更地のはずです」
更地ですよ。
でも、霧の日だけ。
返信はそこで途絶える。
4月22日 午後11時40分
私は地図を開いていた。
井戸跡の座標。
拡大。
縮小。
拡大。
画面上のカーソルが、無意識に縁側の位置をなぞる。
玄関から六歩。
左に蔵。
奥に襖。
私はまだ現地へ行っていない。
だが、間取りは身体で分かる。
4月23日 午前0時14分
録音メモ(自分用)
「これは感染ではない。
選別だ。
家は選ぶ。
還る者を」
録音を止める。
再生。
自分の声の後ろに、もう一つの声。
「遅い」
波形を確認。
異常なし。
4月24日 午後7時32分
2016年映像の最初の車内シーンを再確認。
女性C「男性Bのおじいちゃん家、泊まりに行くの楽しみ!」
その直後、後部座席の窓に反射する影。
私はこれまで気づかなかった。
拡大。
影は四人分ではない。
五人分に見える。
後部座席中央、カメラを持つ人物の横に、もう一つの輪郭。
顔は不鮮明。
だが、スーツの襟元の形が、TikTok映像の男性と似ている。
2016年の車内に、2026年の森の男がいる。
時間が混在している。
4月25日 未明
夢。
私は開かずの間の前に立っている。
襖に手をかける。
背後から声。
「絶対に開けないで」
振り向く。
そこに立っているのは、私である。
もう一人の私。
スーツ姿。
右手に荒縄。
まとめ(暫定)
一、記録者にも夢が発生している。
二、未入力文章が出現する。
三、映像内に時間混在の可能性がある。
四、還るという語が証言に増加している。
五、霧の日のみ家が現れるという証言がある。
私はまだ現地へ赴いていない。
だが、家は私の内部に現れ始めている。
これは取材の深化による没入か。
それとも――
次章では、実地踏査を行う。
井戸跡の座標へ向かう。
霧の出る日を選んで。
推測や解釈は最小限に留める。
4月14日 午前1時32分
自宅にて作業中。
2016年映像の再確認。
該当箇所:
女性Dが蔵へ戻る場面。
鏡台前の男性A。
獅子舞衣装を纏い、唱和。
「オーンサーンヤリカケロー」
私は音声波形を拡大していた。
そのとき、イヤホンの右側から別の音が混じった。
低い囁き声。
「……そこじゃない」
再生を止める。
該当箇所を巻き戻す。
囁き声は記録されていない。
波形上に変化はない。
イヤホンを外す。
部屋は静かである。
4月15日 午前2時04分
夢を見る。
私は古民家の玄関に立っている。
引き戸は開いている。
中は暗い。
居間に四人いる。
男性B、男性A、女性C、女性D。
彼らは2016年当時の姿である。
私は声をかけようとする。
だが、声が出ない。
男性Bが振り向く。
彼は言う。
「やっと来た」
目が覚める。
枕元のスマートフォンが点灯している。
通知はない。
画面に映っているのは、ロック画面の壁紙――
自宅近くの風景。
だが、一瞬、縁側の影が映った気がした。
4月16日 午後8時21分
女性Dからメッセージ。
先生、最近また夢見るんです。
先生も家にいますよね?
私は返信を保留する。
私はまだ家に行っていない。
少なくとも現実では。
4月17日 午後11時03分
ブログ管理画面に異常。
下書き記事の末尾に、見覚えのない一文が追記されている。
開けないで。
私はこの文章を書いていない。
だがキーボード履歴を確認すると、23時01分に入力されたログがある。
私はその時間、台所にいた。
4月18日 午後9時55分
男性Eと再通話。
「祖母が亡くなったの、2016年なんです」
「男性Bが家に行った年と同じですね」
「ええ……祖母、亡くなる前に言ってました」
「何と?」
「“あの子は還ってくる”って」
「あの子、とは」
「Bです」
私は沈黙する。
4月19日 未明
再び夢。
今度は蔵の中。
鏡台がある。
鏡に自分の姿が映っている。
だが、瞬きをすると、鏡の中の私は獅子舞衣装を着ている。
現実の私は寝巻きである。
鏡の中の私は口を動かす。
「オーンサーンヤリカケロー」
目が覚める。
汗で寝間着が濡れている。
4月20日 午後3時12分
未公開映像を再確認。
開かずの間の前で女性Cが立ち止まる場面。
フレームをコマ送り。
襖の隙間、暗闇の中にわずかな光点。
拡大。
それは目のように見える。
だがノイズと判断可能なレベル。
さらに拡大。
ノイズである。
しかし一瞬、こちらを見返したように感じた。
4月21日 午後10時07分
女性Cから初の連絡。
先生の記事、怖いけど読んでます。
あの家、まだありますよ。
「どこに?」
山です。
「更地のはずです」
更地ですよ。
でも、霧の日だけ。
返信はそこで途絶える。
4月22日 午後11時40分
私は地図を開いていた。
井戸跡の座標。
拡大。
縮小。
拡大。
画面上のカーソルが、無意識に縁側の位置をなぞる。
玄関から六歩。
左に蔵。
奥に襖。
私はまだ現地へ行っていない。
だが、間取りは身体で分かる。
4月23日 午前0時14分
録音メモ(自分用)
「これは感染ではない。
選別だ。
家は選ぶ。
還る者を」
録音を止める。
再生。
自分の声の後ろに、もう一つの声。
「遅い」
波形を確認。
異常なし。
4月24日 午後7時32分
2016年映像の最初の車内シーンを再確認。
女性C「男性Bのおじいちゃん家、泊まりに行くの楽しみ!」
その直後、後部座席の窓に反射する影。
私はこれまで気づかなかった。
拡大。
影は四人分ではない。
五人分に見える。
後部座席中央、カメラを持つ人物の横に、もう一つの輪郭。
顔は不鮮明。
だが、スーツの襟元の形が、TikTok映像の男性と似ている。
2016年の車内に、2026年の森の男がいる。
時間が混在している。
4月25日 未明
夢。
私は開かずの間の前に立っている。
襖に手をかける。
背後から声。
「絶対に開けないで」
振り向く。
そこに立っているのは、私である。
もう一人の私。
スーツ姿。
右手に荒縄。
まとめ(暫定)
一、記録者にも夢が発生している。
二、未入力文章が出現する。
三、映像内に時間混在の可能性がある。
四、還るという語が証言に増加している。
五、霧の日のみ家が現れるという証言がある。
私はまだ現地へ赴いていない。
だが、家は私の内部に現れ始めている。
これは取材の深化による没入か。
それとも――
次章では、実地踏査を行う。
井戸跡の座標へ向かう。
霧の出る日を選んで。



