【地元】茨城県神来市について語るスレ【田舎】

第四章 記述による風土の現出と定着について

 一般に、地理的環境は人間の認識に先行して存在するというのが、近代合理主義に基づく、環境認識の前提である。まず山野や河川、あるいは集落という物理的・客観的実体が現前し、人間はそれを事後的に発見し、命名し、地誌として記録する。しかし、民俗地理学および言語人類学の一部領域においては、これとは違った視座が提唱されている。すなわち、言語表象や文字化された詳細な記述が先行し、そのテキスト的所産が人々の間で共同主観的に共有され、ひとつの「事実」として内面化されることによって、事後的に現象が生成・定着するという所論である。

 この仮説は、古来より口承伝承が担ってきた呪術的機能を、より拡張的に解釈したものである。かつての村落共同体において、特定の深林や峠道に対する畏怖、あるいは禁忌は、共同体成員による語りを通じて世代間を継承されてきた。その口承が長期にわたり反復・再生産されることで、本来は無機的な自然地形に対して明確な意味が付与されていく。これは人間の共同幻想が、環境そのものの性質を決定づける現象の好例である。

 ただし、口碑による情報伝達は、語り手から聞き手への身体を介した直接的な伝播であるため、その波及範囲には自ずと地理的・歴史的な限界が存在する。また、伝承の過程で内容の変化を免れ得ない。しかし、文字媒体による記録は、時と場所の制約を超越して、同一の情報を不特定多数の他者へ伝播させる。仮に、特定の地名、建造物の構造、そこに根ざした生業の細部、あるいは気候の微細な変化や郷土食の味覚に至るまでが、極めて詳細に記述された文献が存在したとする。その記述が多数の目に触れ、読者がそれを疑いなき事実とした時、人間の集団的認識は不確実な現実の揺らぎを、ある確定した結果へと収束させるのである。

 文字言語のもう一つの特性は、事実の真偽からは離れ、読まれたその瞬間に読者の脳内において現実を構築する点にある。それがたとえ架空の事象として創造された虚構であっても、詳細な風土的条件や土着の生活様式を伴って記述されていれば、読者は脳内にその情景を仮構せざるを得ない。複数の人間が同一の文章を消費し、脳内で共通の心象風景を結像させることによって、その事象は徐々に現出を開始する。

 言語とは本来、過去の事象を保存し、伝達するための備忘の道具である。しかし一方で、言語は現実そのものを創造する遂行的な力を秘めている。記述によって生み出された共通の現象は、そのまま次なる日常の事実を蓄積し続ける。これは、言葉が現実の事象を決定するという古俗の「言霊信仰」を、現代的議論と風土論で展開させた、ひとつの到達点と言えよう。