【地元】茨城県神来市について語るスレ【田舎】

二〇一四年八月一日

今日から八月だ。勤務先の会社は本日から一週間の夏期休暇期間に入る。正確には有給を組み合わせた個人的な連休だけれど、社内の多くの人がこの時期に休むから、面倒な業務連絡が来る心配はない。
昨夜のうちに準備しておいた荷物を持って、朝八時にマンションの自室を出た。

外はすでに暑く、駅まで歩く間に額に汗をかいた。地下鉄で東京駅へ向かい、茨城方面の特急に乗り換える。車内の冷房が強く、汗をかいた肌には冷たすぎるくらいだった。
途中で在来線の各駅停車に乗り換えた。乗客は少なく、四人掛けの座席を一人で使える。窓からは夏の強い日差しを受けた緑色の水田がどこまでも続いていた。

午後二時、目的地の神来市駅に到着。ホームに降りると、土と植物の匂いを含んだ重い空気が全身を覆った。ロータリーの横を抜け、実家へと歩く。直射日光が容赦なく降り注ぎ、アブラゼミの単調な鳴き声が暑さをさらに強調しているように感じた。

駅から二十分ほど歩き、実家に到着。玄関に入ると、外の熱気が嘘のようにひんやりとしていた。古い木材の匂いや仏壇の線香の香りがした。
母に挨拶をして居間に入った。

その時、居間にあった座卓には大きなお皿に乗ったスイカが用意されていた。一切れ手に取るとずっしりと重い。そのスイカは甘く、三切れほど食べると体温が下がり、心地よい涼しさを得られた。

その後、扇風機の風を浴びながらうたた寝をした。い草の香りが心地よかった。目が覚めると夕方になっていて、台所から出汁の匂いが室内に満ちていた。

夕食は、カツオ出汁の効いた豆腐とわかめの味噌汁、里芋とイカの煮物、塩鮭、ほうれん草のお浸し、そして白いご飯。どれも食べ慣れた味だった。特に里芋は柔らかく煮込まれ、イカの旨味が中まで染み込んでいた。

食後は古いタイルの浴槽でお湯に浸かり、移動の疲れを洗い流した。東京の騒音はここには一切ない。ただ平穏で、満ち足りた初日だった。

二〇一四年八月二日

今朝は自然と目が覚めた。カーテンを開けるとすでに太陽は高く、蝉の鳴き声が聞こえてきた。

一階へ下りると朝食が用意されていた。目玉焼き、納豆、海苔、昨晩の残りの味噌汁。白米に納豆を乗せて醤油をかける。大豆の風味と醤油の塩分が、寝起きの頭を覚醒させていく感覚があった。

午前中、少し周囲を散歩した。外に出るとアスファルトからの照り返しで顔が熱い。しばらく歩いて、近所の小さな公園に着いた。子供の姿はなく静まり返っている。入り口の自販機で冷たい緑茶を買った。

ベンチに座って緑茶を飲む。冷たい液体が喉の渇きを潤していく。何もない空間と時間が、今の私にはとても心地よく感じられた。

昼食は母が茹でた素麺。氷水に沈んだ白い麺を、ネギと生姜を入れたつゆですする。喉越しが良く、するすると食べられた。

午後は自室の本棚にあった古い小説を読み返して時間を潰した。その紙は少し黄ばんでいて、埃っぽい匂いがした。

夕方、ヒグラシの鳴き声が聞こえ始めた。
夕食は天ぷらだった。ナス、カボチャ、ピーマン、そしてエビ。衣はサクサクとしていて、天つゆに大根おろしを入れて食べると油の重さが中和されて美味しかった。

二〇一四年八月三日

朝から庭の草むしりを手伝った。日差しはすでに強い。
しゃがみ込んで雑草を引き抜くと、青臭い匂いと湿った土の匂いがした。しばらく作業を続けると、背中が汗で肌に張り付くようになった。額から落ちた汗が目に入って少ししみた。
目立つ雑草を取り終え、外の水道で手を洗う。水はとても冷たく、火照った腕から手先までを急激に冷やしてくれた。この単純な肉体労働と疲労感は、事務仕事では得られない種類のものだった。

昼食は冷やし中華。錦糸卵、きゅうりの千切り、ハム、トマト。酸味のある醤油ベースのタレが食欲を刺激した。麺には強いコシがあり、しっかりとした弾力が歯に伝わってきた。

午後は居間の扇風機の前で小説の続きを読んだ。風が体に当たり、汗を蒸発させて気持ちよかった。また、外から聞こえる車の音や遠くの犬の声が聞こえていた。

夕方、父の車で近所の大型スーパーへ買い物に同行した。店内は明るく、空調が効いた店内は涼しかった。

夕食は豚の生姜焼き。すりおろした生姜と醤油、みりんのタレがしっかりと絡んでいて、焼けた脂の香ばしい匂いが食欲をそそる。白米のおかわりを二回して、満腹になった。

二〇一四年八月四日

朝から雨が降っていた。気温も昨日までに比べてぐっと下がっていた。雨の日の実家は、いつもよりもさらに静寂の中にいるように感じた。

朝食はトーストと目玉焼き、温かいコーヒー。コーヒーの苦味が頭を覚醒させていく。

午前中は自室で過ごした。窓ガラスの外は雨が降っている光景が見えた。

昼食は温かい天ぷらうどん。つゆの湯気が顔に当たり、鰹節と醤油の香りが鼻腔を満たす。市販のエビの天ぷらが乗っていて、衣がつゆを吸って柔らかくなっていた。

午後も雨は降り続いた。居間のテレビでニュース番組を眺め、各地の天気予報を客観的な情報として受け取っていた。

夕方近くになって雨脚が弱まった。窓を開けると、濡れたアスファルトと土の匂いがする、雨上がり特有の匂いがした。
夕食は、大根と鶏肉の煮物、ほうれん草の胡麻和え、ご飯と味噌汁。大根は中まで透明になるほど煮込まれていて、鶏肉の脂が煮汁にコクを与えていた。

二〇一四年八月五日

昨日の雨が嘘のように朝から快晴。地面が水分を含んでいるせいか湿度が非常に高く、肌にまとわりつくような重い暑さだった。

日用品の買い出しのため、歩いてドラッグストアへ向かった。路面は太陽の光を強く反射し、歩くたびに首筋や背中に汗が出てきた。店内に入ると、強力な冷房の空気を感じた。そこで、洗剤とゴミ袋を買って店を出た。
帰りの途中、道路脇の水田のそばで少し足を止めた。稲は膝の高さまで成長し、風が吹くたびに一面の緑色が波のようにうなっていた。時折、カエルが水に飛び込む小さな音がした。

昼食は母が作ったチャーハン。細かく刻まれたネギ、卵、焼き豚。強い火力で炒められた米はパラパラとしていて、油の香ばしい匂いが食欲を刺激した。塩と胡椒の単純な味付けだが、それが一番良い。

午後は強い日差しを避けるため、自室で昼寝をした。
夕食はカレーライス。大きなジャガイモとニンジン、牛肉がゴロゴロと入っている。スパイスの香りが鼻腔を抜け、適度な辛味が残る。氷を入れた冷たい水を飲みながら二皿分を平らげた。

食後、縁側に出て麦茶を飲んだ。空には東京では見えないような数の星が点在してキレイだった。また、虫の音が聞こえていた。

二〇一四年八月六日

午前中、自室の押し入れの中を少し整理した。
引き戸を開けると、長期間閉め切られていた少し埃っぽい匂いがした。段ボール箱を開けると、中学生の頃に使っていた教科書やノートが入っていた。国語のノートには当時の自分が書いた鉛筆の文字が並んでいる。当時の授業内容や落書きを見ていると、過去の事実が単なる記録として目の前に提示されているように感じた。
特に捨てる理由もないため、再び封をして押し入れに戻した。

昼食は、スーパーの総菜のコロッケと千切りキャベツ、ソースをかけたご飯。衣は少ししんなりとしていたが、ひき肉の旨味とソースの酸味が合わさって素朴な味わいだった。

午後、母がかき氷を作ってくれた。少し粒の粗い氷に、緑色のメロンシロップがかかっている。氷が冷たさとともに水に変わり、シロップの強烈な甘みが広がる。

夕方、窓辺に蚊取り線香を置いた。マッチで火をつけると、除虫菊の独特な匂いが室内に広がり始める。この匂いは、夏の夕暮れ時の記憶と強く結びついている。

夕食は、アジの開き、肉じゃが、冷奴。アジの身を箸でほぐし、醤油を少し垂らして食べる。塩気と魚の旨味で白米がおいしく感じられた。

二〇一四年八月七日

神来市の実家に戻ってきてから、今日で一週間が経過した。
朝目覚め、蝉の声を聞き、朝食を食べ、暑い日中をやり過ごし、夕暮れの涼しさと虫の音を感じながら夕食を摂る。この単純なパターンの反復が七日間続いている気がする。

午前中、近所の郵便局へ行き少額の現金を引き出した。中はエアコンが効いていて静かだった。ATMの機械が稼働する音と、自動ドアが開閉する音だけが聞こえていた。
外へ出ると太陽が容赦なく光を降り注いでいる。途中、田舎らしいタバコ屋の店番をしている老婦人と軽く会釈を交わした。こういう最小限のコミュニケーションが心地よい。

昼食は、素麺の残りに昨晩の肉じゃがの汁をかけて食べた。自宅だからこそ許される手軽な食事だ。

午後は自室のベッドに横になり、天井を見上げて時間を過ごした。ゆっくりと休めた気がした。

夕食は鶏の唐揚げ。表面がカリッとして、肉厚があり、とても食べ応えがあった。醤油とニンニクの下味がしっかりとついていて美味しい。

明日の昼は、散歩を兼ねて地元の洋食店『まるや』へ行ってみようと思う。香辛料の効いた肉料理が名物だ。記憶を引き出しながら、明日の昼食を静かに期待している。