君が(私が)吸血鬼でも

 8月になった。私の誕生月だ。私はもうじき、17歳になる、はずだ。
 吸血鬼は歳をとらない、という。
 私は、歳をとるのだろうか。17歳になるのだろうか。
 ずっと16歳でいたい、とは思わない。
 大人になりたい。大人は、強い。はずだ。
 強い心を持った、大人になりたい。
 私も大人になれるのだろうか。
 こんな……いつまでも甲斐に甘えている私で、大人になれるのだろうか。
 でも今は……今はまだ……

 いつものファミレス。
「お待たせ」
 いつものように甲斐が隣に腰を下ろす。
 いつものように、甲斐が自分の夕食を注文する。
 そして……
 甲斐が言った。
「父親が、その……吸血鬼……みたいな症例の報告を見つけてくれて……」
 父親……甲斐のお父さんは、お医者さんだ。
「吸血鬼、ていうのもウイルスによる伝染病かもしれないって……」
 伝染病……
 狂犬病、ていう単語がまた思い浮かんだ。
「もしそうなら、結花理さんも、やっぱり、きちんと病院で医者に診てもらった方がいいんじゃないかと……」
 前にも言われた。
 そう……そうなんだ。わかってる……わかってるよ。 
 そうした方が……病院で、お医者さんに診てもらった方がいい……わかってる……
 このまま、こうして毎日、甲斐に血を飲ませてもらって……甲斐に迷惑をかけて……それでいいわけない。
 わかってるよ。
 甲斐が、私の方を見ている。私の返事を待ってる。でも……
 怖い……怖いんだよ。
 勇気が出ないんだよ。
 でも……甲斐がいっしょなら……甲斐が私といっしょに行ってくれるなら……
 言おうと思った。言わなくちゃいけないと思った。でも……言い出せなかった。

 いきなり、甲斐が、私の顔の前に左腕を差し出した。
「それはそれとして……いつもの……」
 甲斐が言った。言ってくれた。
 甲斐を見つめる。
「いいよ……僕のパスタはまだだけど」
 そう言って、甲斐が笑った。
 優しい……甲斐は、本当に優しい。
 私は、マスクを外して甲斐の腕に口を付けた。

 声がした。
「動画、ばっちり撮らせてもらったよ」
 甲斐の声ではなかった。
 その声がどこから聞こえてきたのか、何が起こったのか、わからなかった。
 また声がした。
「あんたたち、ある意味お似合いよね」
 今度は、はっきりと聞こえた。
 私は甲斐の腕から口を離して顔を上げた。
 席の脇の通路に女子が立っていた。クラスメイトの……加志摩美羅。
「そんなところにキスするんだ……信じられない」
 そう言って、美羅は甲斐から私に視線を移した。
「変態」
 美羅が言った。私に向かって、そう言った。
 私の中で、何かが切れた。
 加志摩……美羅。
 こいつに、この女に、咬み付いてやる。
 喉元に咬み付いて、血を吸い尽くしてやる。
 そう思った。
 そう思って、立ち上がろうとした。
 その瞬間。
 私より先に、甲斐が立ち上がっていた。
 甲斐が、右腕を伸ばして美羅の顎を押さえた。
「黙れ!」
 甲斐が言った。言ってくれた。
 美羅は驚いて目を丸くしている。
「取り消せ! 謝れ!!」
 甲斐が続けた。
 隣の席の方から男子が二人現れた。一人は手にスマホを持っている。
「やめろ!」
 そう言って、その男子が美羅の顎を押さえていた甲斐の腕を掴んだ。
 甲斐がその男子に飛び掛かった。二人は折り重なって通路に倒れた。
「キャー!」
 近くの席から悲鳴が聞こえた。
 もう一人の男子が甲斐のシャツの背中を引っ張った。
「やめろ!」
 その男子が叫んだ。
 甲斐は、今度はその男子に飛び掛かった。男子が倒れ込んだ。
 甲斐がその男子に馬乗りになった。
「スマホをよこせ!!」
 甲斐が叫んだ。
 その脇で、美羅がいつもいっしょにいる女子と二人で茫然とした表情で立ち尽くしていた。
 そして、私も。
 初めて見た。こんな甲斐、初めて見た。
 私の怒りは消えていた。
 今頃になってあれが「怒り」という感情だったんだと気付いた。

 甲斐は今、私のため戦ってくれている。
 それはわかっている。
 でも……
 私は戸惑っていた。
 こんな甲斐は、初めてだ。
 甲斐……どうしちゃったの……甲斐……
 私は、動けずにいた。

 店の奥から男性店員が何人か走って来た。
 甲斐は男性店員に羽交い絞めにされ、そのまま店の外に連れ出された。
 甲斐に馬乗りにされていた男子も店員に腕を引かれて店の外へ連れて行かれた。
 私もその後を追った。
 近くに女性店員がいたので千円札を2枚渡した。甲斐と私の飲食代。
 甲斐たちは歩道に突き出された。
「警察を呼ぶぞ!」
 店員が叫んだ。
 その声に反応するように、美羅が言った。
「行くよ!」
 4人は駅に向かって駆け出した。
「待て! スマホをよこせ!!」
 そう叫んで、甲斐がその後を追いかけようとした。
「待って」
 呼び止めた。
「……いいよ、もう」
 甲斐のシャツを掴んだ。
「……いいの」
 これ以上、甲斐を暴れさせてはいけない、そう思った。
 私のせいだ。
 私のために……
 いや、それだけじゃない。
 血……私が血を吸ったせいで、甲斐は……

「甲斐のお父さんに会わせて」
 甲斐に、そう言った。顔を上げて、甲斐の顔を見て、言った。
「……甲斐のお父さんに診てもらう。きちんと……治療してもらう」