大丈夫、今だけ。



朝の光は、カーテンの隙間からやわらかく差し込んでいた。
桜色をほんの少し混ぜたみたいな、透明な光。

北条鈴は、ベッドの上でごろんと寝返りを打ち、ぱちりと目を開けた。

(……高校一年生、二日目かぁ~。)

昨日の入学式のざわめきが、まだ胸の奥で小さく弾いている。

壇上の景色。視線の海。
そして――思い出すあの人の腕の温もり。
ぶんぶん、と首を振る。

「だめだめ!もぅ朝から何考えてんの、私ったら!」

勢いよく起き上がり、朝食を済ませると自室へ戻る。

大きな鏡の前に立つと、ナチュラルメイクを丁寧に仕上げていく。

薄くのせたピンクのチーク。

艶のあるリップ。

まつ毛は自然に、でもちゃんと上向き。

焦げ茶色のロングストレートを、ハーフアップにまとめる。

首もとのリボンをきゅっと結ぶと、髪がさらりと肩に流れた。
制服のブレザーを羽織り、水色チェックの短いスカートを整える。
くるっと一回転。
ひらり、とスカートが舞う。
窓から差し込む光が、その裾を透かしてきらめく。

鈴は、鏡の中の自分に向かってにっこり笑った。

「よしっ、今日も可愛い♪」

自信満々。
それが北条鈴の通常運転であった。

――ピロン♪
その時急にスマホが鳴った。

「ん?」

画面を見ると、そこには“美羽ちゃん”の名前。
それをみた鈴の顔が、ぱぁっと明るくなる。

「あ、美羽ちゃんからだー!」

LIMEのトーク画面には、
《鈴ちゃん、改めて入学おめでとう!制服姿可愛いねっ♡無理しないでね!》

その優しい言葉に、胸がじんわりあたたかくなる。

(美羽ちゃんって、ほんと太陽みたいだなぁ~。)

鈴は、すぐに返信を打つ。

《ありがとー!主席スピーチもしたよ!笑》
《でも昨日ちょっと貧血やばかった~!》

送信ボタンを押して、ふと画面の上を見る。

「……え?」

時刻表示を二度見。

「やばい!そろそろ出なきゃ~!!」

カバンを掴んで、ばたばたと階段を駆け下りる。
リビングには、長男の慧が、ソファにゆったりと腰掛けていた。
白シャツ姿で、まだどこか眠たげな顔。
コーヒーの香りが、静かに部屋に広がっていた。

「あ!慧くんおはよう!」

鈴は元気いっぱいに声をかける。

「今日はゆっくりなんだね♪ あれ?椿お兄ちゃんもう行ったの?」

慧は、目をこすりながらマグカップを持ち上げた。

「おはよう、鈴。今日は遅番。椿はさっき出たよ」

ひとくちコーヒーを飲んで、にやりと笑う。

「大方、可愛い彼女と初登校かなんかじゃない?」

「ふふっ」

鈴は思わず笑った。

「そっか、そっか。椿お兄ちゃんたら~」

兄の恋人、美羽の顔が浮かぶ。

(お兄ちゃんと美羽ちゃん、幸せそうだったもんなぁ。)

少しだけ、胸の奥がくすぐったくなる。

「美羽ちゃんも幸せもんだねぇ」

そう呟いて、鈴は玄関へ向かった。

ドアを開けると、春の空気が一気に流れ込む。

朝日はきらきらと輝き、庭の草木は露をまとい、
鳥のさえずりが、まるでBGMみたいに優しく響く。

鈴の世界は、今日も完璧だ。

(さっ、高校生活、楽しんでやるんだから!)