女の子は誰しも、イケメンで、王子様みたいな人が好き――。
小さい頃、私はそういう“世間の共通認識”みたいなものに、ちょっとだけ反抗していた。
それもそう、美形の2人の兄をもつ私は、何がそんなに良いんだろうと思うこともしばしばあったし。そんな事が些細なきっかけだったと思う。両親もちなみに美形だ。
しかも、お金持ちというオプション付きだ。
そんな遺伝子が流れている私も、美形に生まれるのは仕方がないこととしよう。
年の離れた長男の慧くんは、優しくて、賢い。
後に北条グループの外科医となるのだ。
ちょっとクールで憎たらしい次男の椿お兄ちゃんは、後に名の知れた黒薔薇学園の生徒会長、そして強いと有名な暴走族、黒薔薇チームのトップになる。一応お伝えしておきますが、あくまで自慢話ではない。
ねぇ神様ぁ~、鈴は何か恨まれるような事をしましたでしょうか?
それとも、前世で何かとんでもないことをやらかしましたですか?
さて、そんな変な日本語の思考を他所に、本題に入るとしましょう。
いいや、私は内面重視です。
顔なんて、後からついてくるものだよ。
優しさとか、誠実さとか、そういうのが大事でしょ――って。
……まあ、言ってしまえば?
当時の私は、まだ「顔面に人生が左右される瞬間」を知らなかっただけだ。
記憶を遡ること、北条鈴の小学三年生の春。
席替えで隣になった青木くんは、いわゆる“優しい男の子”だった。
まだ家柄も目にとめない、果物でいうと、熟してないケツの…おっほん。
おしりの青ーい時代です。かけてませんよ?
授業中、私がこっそり分からないところで鉛筆を止めると、青木くんはノートの端に、ちいさく式を書いて見せてくれた。
転んだときは、誰よりも早く「大丈夫?」と声をかけてくれた。
給食で苦手なものが出た日は、周りにばれないように、静かに私のトレーに手を伸ばしてくれた。
小学生の初恋なんて、そういう些細な「守られてる気がする」から始まる。
青木くんはとにかくほんとうに優しかった。
顔は――正直、今となってははっきり思い出せないくらい、普通だったと思う。(仮)
でも、当時の私は「優しい=かっこいい」だと思っていたから、問題なかった。
そのまま六年生になって、私たちは“付き合ってる”みたいな空気になった。
時折、顔を赤くして「鈴ちゃん」と呼んでくれた青木くんに萌えキュンしたのは言うまでもない。
放課後に一緒に帰って、校門のところで「じゃあね」を言うだけで、胸がぽわっと温かくなった。
ある日、事件が起きるまでは。
いつもの帰り道。
その日の青木くんは、朝からずっと落ち着かなかった。
歩幅も妙に揃わないし、手のひらを何回もズボンで拭いている。
「ねえ、青木くん。今日どうしたの?なんか変だよ」
私が聞くと、青木くんは耳まで赤くして、目線をそらしながら、急に早口になった。
「えっと……その!……鈴ちゃん。あの、ぼく……その……!」
一回息を吸って、決心したみたいに言う。
「ちゅーしてもいいかな。ぼく、本当に鈴ちゃんのことが大好きで……恋人って、そういうこともするって……」
――ああ、なるほど。そういう。
私は胸がきゅんとしてしまった。
優しさに慣れた心は、こういう不器用さにも弱い。
「……いいよ」
自分でも驚くくらい、簡単に言ってしまった。
近くの小さな神社。
誰もいないのを確認して、私たちはぎこちなく向き合う。
青木くんが両肩に手を置いて、「い、いくよ……」と顔を近づけた、その瞬間。
私は、そこで初めて――
“顔”という情報が、急に鮮明になる感覚を知った。
(……あ。)
どうして今まで気づかなかったのか分からない。
でもそのときの青木くんの表情が、私にはなぜか――お祭りで売ってる、あのコミカルなお面みたいに見えてしまって。
血の気が引いた。
本当に、すっと引いた。
身体の中の血液が「撤収撤収!」って言いながら、血液の中でサイレンを聞き付けた酸素を運ぶヘモグロビンが、たくさん走って逃げていくように感じた。
――え、待って。私、いま、無理かも。
――優しいのは好き。大好き。なのに、なんで身体が拒否してるの。
――私の心と身体、意見割れてません?
混乱して、頭が真っ白になる。
そして次の瞬間、私は反射で青木くんから離れていた。
歩幅でいうと、どれくらい下がったのかわからないくらいに。
勢いよく一歩引いて、慌てて逃げた。
もう、オリンピック選手さんも、これ見て笑ってくれないかな?なんて頭の角で考えながら。
青木くんが驚いた顔をして何か言っていた気がするけれど、私の耳には届かなかった。
家に帰って布団に潜り込み、私は天井に向かってぼんやり思った。
――顔が良ければ、まだ大丈夫だったのかな。
ひどい。
ひどいけど、当時の私は真剣だった。
そんな様子を変に思った長男の慧くんは、「鈴、具合悪い?病院いく?」と優しく声をかけてくれたが、リビングでゲームしているクールな椿お兄ちゃんは、「腹壊したんじゃね?」とコントローラーを激しく叩きながら、テレビ画面から目を話さずに答えた。
そんな兄達に八つ当たりしなかった私を褒めてほしいものだ。
その後、私は青木くんと自然に距離ができて、あっさり終わった。
そして私は、自分が“世間の女子”に書き換えられていく音を、心のどこかで聞いていた気がした。
次に私が興味を持ったのは、クラスのイケメン――雅斗くん(苗字はもう忘れた)だった。
スポーツ万能、成績そこそこ、顔が整っていて女子から人気。
家柄もそこそこ悪くないので、お互い様だしそこは良しとしよう。
“これなら”って、私は思ってしまった。愚かにも。
少しずつ話して仲良くなって、卒業式の日、雅斗くんは私に告白してきた。
「俺、鈴のことが好き。……ていうか、好きな子は他にも"たくさん"いるけど、その中で一番鈴が好き」
――は?
私は、心の中で一瞬フリーズした。
何々?好きな子が約十人くらいいて、その中で一番?
それって、何のランキング?何の大会?何の総選挙ですか?優勝しても嬉しくないんですが?
「……なんか、普通に気持ち悪いっ!」
口から出た。
自分でも驚くくらい冷たく、はっきりと。
私って、他人に対してこんなにも冷たくなることがあるんだなぁ。
たくさんの人の心を動かしてきた、有名な偉人の小説家も、こんな気持ちになったことがあるのだろうか。なんて。
雅斗くんの頬をぱしっと叩いてしまったのは、今思うとやりすぎだったけど、当時の私は「一途じゃない男」に鳥肌が立つことを覚えてしまった。
――顔が良くても、中身がだめなら無理。
――結局、私は何がしたいの。
自分の理想が、勝手に難易度を上げていくのが分かった。
RPGなら、序盤でいきなりラスボスに挑みにいくタイプの無謀さ。
中学に上がると、兄達の知名度もあり、チャレンジャーみたいになぜか告白されることが増えた。
小学校の失敗した恋の精算をして、私は恋愛に向いてないんじゃないかと思っていたのに、周りは勝手に私を“恋愛イベントの中心”に置いてくる。
その中で「顔も性格も、まあまあ良い」田村くんと付き合った。
――これだ。
――やっと、青木くんの優しさと、雅斗くんの顔面を合体させたような人に出会った。
私はちょっとだけ浮かれていた。
普通にデートして、普通に笑って、普通に「彼氏」って響きを楽しんでいた。
そんなある日。
田村くんが、真顔で言った。
「……鈴、実はちょっとお願いがあるんだ。鈴の兄さんって、強いだろ?だから、鈴も本当は、気が強いのを隠して我慢してるんじゃないかと思って。色々考えたんだけどさ、鈴さえ良ければ、俺を思いっきり罵ってくれないか?それか、蹴飛ばしてくれてもいい。あ、踏みつけてほしいかな。鈴の全てを受け止める準備はできてるんだ。」
――は?
「あと、思いっきり叩かれたら、俺…嬉しいかも」
この時私は、少し頬を染めながら話す先輩の事が、よく公園とかにいるようなもじもじして身体をくねらせている、"芋虫"にしか見えなかった。
――はい???
私の脳内は、宇宙に飛び出した。頭の中で惑星がこんにちはしている。
無重力でぷかぷか漂って、数秒後に帰還してきたときには、全身に鳥肌が立っていた。
――ちょっと待って。
――私が、叩くのを“嬉しい”って感じる人間が存在する世界線、知らないんだけど。
――私、いま、地球にいる?
結局、それ以来、私は田村くんと距離ができて終わった。
そうして私は学習した。
顔が良くて、性格も良くて、ノーマルで、ちゃんと一途な人じゃないと――多分、無理だ。
理想が高いのではなく、経験が勝手にハードモードを選ばせてくる。
それを幼なじみの水瀬 乙葉に話したら、彼女は苦笑して言った。
「ほらー。結局、鈴も王子様みたいな人が好きなんじゃん。しかも条件、強すぎ。詰みゲーだよそれ」
「詰みゲーってなに?聞いてる?結構話はまだ序盤なんだよ?」
「いや難易度“鬼”にしてるの自分じゃん」
乙葉はいつもそうやって、私の人生にツッコミを入れてくれる。
私が暴走しないための、ブレーキ兼、冷却装置。
――そんなふうに、恋愛に懲りて、理想だけが高くなっていった頃。
決定打が来た。
母と見ていた夕方の恋愛ドラマで、事は起きた。
主人公の父の不倫が発覚。
家の空気が、ある日突然、破裂したみたいに変わった。
母が怒り狂い、泣いて、叫んで、最後には――離婚することになった。
主人公は父を見て思ってしまった。
――ああ、この人もか。
顔も性格も悪くないと思っていた父親に、急に拒絶反応が出る。
世界が薄く汚れて見えるみたいに。
ちょっとばかりセンチメンタルになっていた私に、母が感情移入しながら遠い目をして冷たく言い放った。
「鈴。性格と顔が多少良くても、ちゃんと一途に愛してくれる人じゃないと駄目よ。人生終わるんだから」
――ええええ。
――条件、また増えたじゃん。
――理想の男の子像、最終形態になってきた。
そんな色々な事が鮮やかに混ざりあい、
考えすぎたのか、あるとき鈴の中でぷつんと線が切れる音がした。
(もう、面倒臭ーい♪せっかく可愛いく育ったんだから、条件が揃ったのち、好きになった男の子を夢中にさせてみるっていうのはどうかな?!)
そしてなぜかそんな頓珍漢な発想に至ってしまった。



