後宮のガリレオ2

 「えっ……」

 腕を絡ませていた女官は、顔を引き()らせる。

 冥焔は眉間の間にしわをよせたまま、更に言葉を重ねた。

 「俺たちは大家(ターチャ)の命を持って調査に当たっているのだぞ。その邪魔をするとどういう事態を引き起こすか、お前たちにはわからないようだな」

 「そ、そんな……ねえ」

 「え、ええ。私たちは、本当に怖い思いをしていてっ……」

 焦ったように薄ら笑いを浮かべる女官たちに、冥焔の目つきがさらに険しくなる。

 「そうか、では本当に幽鬼が出て困っているのだと。真実であると、大家の前でも同じ証言ができるのだな」

 「そ、それは……」

 「所属はどこだ。名はなんと言う。正式に調査を受けたいのであれば、今ここで名乗り出よ」

 しんっと女官たちが静まりかえった。その額には脂汗が浮き、蒼白(そうはく)な顔で互いの顔を見合っている。

 腕を絡ませていた女官はぎくしゃくとその手を下ろすと、いたたまれないといった風情で目をそらした。

 「名乗り出ないのだな。──ならば、去ね」

 (こっわ)

 氷水に塩を入れてもここまで冷えないんじゃないかというくらい、とんでもなく冷たい声色である。絶対零度の宦官(かんがん)の声に、文字通り女官たちが氷漬けになった。

 「行くぞ、女官」

 「はい」

 (きびす)を返してその場を去る冥焔の後ろを歩きながら、麗麗は心の中で手を合わせた。

 あーあ、かわいそうに。なまじ顔が整っているがゆえに、怒った冥焔はとっても怖いのだ。しばらくは夢に出るだろう。だが、しかし。

 (自業自得)

 いちいちこんなことで足止めを食っていたらたまったもんじゃない。少々の精神的苦痛(トラウマ)は許していただきたいものである。

 「まったく、あの者たちは大家の命をなんだと思っているのだ」

 冥焔はぶち切れながら早足で歩く。えっちらおっちらついていきながら、麗麗も声をあげた。

 「大変ですねえ。最近は特に、声をかけられることが多くなったんじゃないですか」

 「迷惑極まりないぞ」

 ぶつぶつ呟きながら冥焔は歩を速めた。

 「まあ、それだけ冥焔様が慕われてるってことですよ。ある意味いいじゃないですか」

 好意があれば、調査もしやすい。多少不便はあるかもしれないが敬遠されるよりはましだろう。

 そう告げると、宦官は『不快である』と墨で顔に大きく書いてあるような表情をする。

 「慕われている? まさか。何度も言うが、嫌われているの間違いだろう。あいつらは、俺の邪魔ばかりするんだぞ。それが、慕うという行為なわけがない」

 「……前からずっと思ってましたけど、冥焔様って本当、鈍いですよね」

 この宦官は相変わらずである。