「もういいでしょう、雪梅」
「だめに決まってんでしょうが!」
「でも、これ本当にきっつい……」
「あんたがそれだけのことをしたって証拠よ!」
ふんふんと怒りをあらわにした雪梅に、麗麗は悲鳴をあげそうになる。
麗麗が後宮に戻ってからおおよそひと月と少しが経った。
深藍宮の房である。麗麗は雪梅以下女官たちに、もみくちゃに──もとい、着せ替え人形にさせられていた。
櫛を持った雪梅が、ぶち切れながら髪を結っていく。
「麗麗は髪が細いわね。まとめにくいったらありゃしないわ!」
「なら、無理にまとめなくてもいいのでは」
「うるさいわね! あんたは黙ってなさい」
横暴である。
「ほんと、肌も綺麗すぎて、白粉乗せるの意味ないもん。やっぱり目はもうちょっと囲んだほうがいいかなあ~? その方が目の色が映えるよね!」
香鈴もうっきうきで麗麗の目元に筆を走らせている。それを満面の笑みで見つめている花里も、とても楽しそうだ。
なぜこんなことになっているのかというと、これが麗麗への罰なのだそうだ。曰く、麗麗の素質をどこまで引き出せるのか、という話らしい。ちなみに瑛琳妃は出資者だ。妃が率先して『やってよし』と言っているのであれば、拒否権などあるはずがないのだ。
星を頼りに後宮に無事に帰った冥焔と麗麗のふたりは、諸手を挙げて迎え入れられた──わけではない。冥焔はあっという間に皇帝に連れ去られてしまったし、麗麗は麗麗で関係各所に頭を下げる毎日だった。
皇帝に呼び出され(抜け駆けしただろうと怒られた)、瑛琳妃に必死で許しを請い(さしもの妃も今回ばかりはお冠であった。多くは語るまい)、黎蘭妃の元へ行き頭を下げ(刃を失くしてしまった件は院子の掃除を請け負うことでなんとか許してもらえた)、門を守っていた宦官たちにもただひたすらに謝罪を繰り返した(こちらはすぐに許してもらえた。ありがたい話である)。
あっちへこっちへばたばたと走り回り、気がついたらあっという間にひと月経ってしまった。これであらかた謝罪が終わった、とほっとしたのつかの間。もっとも“やばい”ところが残っていたのを、すっかり失念していたのである。
そう、同僚の三女官だ。
麗麗の遅れに遅れた謝罪を聞いた三女官は、まさしく鬼神のごとき形相でそれぞれ個性的な責め方をしたものだ。
『あんたねえ! 今になって謝罪ってどーいうことなの⁉ ふざけんじゃないわよ! このっ……大馬鹿者!』
と、雪梅がぶち切れている横で、香鈴の表情は完全に消えている。
『そんなに麗麗は私たちが嫌いなの? せめてすぐに謝ってくれればよかったのよかったのにね? 思い出してもらえなかったなんて、私、とっても傷ついちゃった』
心が抉れる言葉を小首をかしげながら言うものだから、もう麗麗も参ってしまった。救いを求めて花里に視線を送れど、こちらはこちらでご立腹のようだ。
『ねえ麗麗? 私たちの故郷に、とっても辛いお野菜があってねえ。食べただけで火が口から出るくらい辛いのよ。今度それをまるっと使って料理を作るのだけど、どう思う?』
どう思うもこう思うもないのである。麗麗は辛い料理が嫌いなわけではないが、厨を預かる花里の“とっても辛い”と麗麗のそれが一致するとは限らない。曖昧な笑みで濁してみたが、いつその〝お野菜〟が出てくるかと戦々恐々である。
ぶち切れた三女官を宥めるべく、麗麗が使ったのは奥の手だった。つまるところ、『なんでも言うこと聞きます』を発動したのである。
『本当に申し訳ありません。反省してます! なので、どうぞこれでお納めいただきたく、ひらに、ひらにぃ……っ』
それで、こうなったというわけである。
髪を結われ、簪やらなにやらをぷすぷすと挿し込まれ、顔にもしっかりと化粧をした麗麗は、ようやく魔の手から解放された。
今回は服もしっかりよそ行きだ。女官服でありながらも普段の服よりも華やかな色合いに目がくらむ。
(青って二百色くらいあるんだっけか)
とは、いつぞやの香鈴の言葉である。
「やー、満足満足。我ながら素晴らしい出来栄えよ」
「うんうん、いいねえ!」
「ふふ、うっとりしちゃうわ」
喜んでもらえてなによりである。
さて、そんなこんなで今日は一日この格好で過ごせとのお達しだ。もちろん、こんなひらひらした格好で雑用はできまい。どうしたものかと考えていると、散歩へ行けと命じられてしまった。
「瑛琳様がそうおっしゃっていたのよ」
雪梅がくすっと笑う。これでぴんときた麗麗である。
「もしかして、私、今日休暇なんです?」
「馬鹿ね、今気づいたの?」
「麗麗、帰ってきてからあっちこっち回ってたでしょ? 瑛琳様がね~、一日くらいはなにもしない日をって。あとでちゃんとお礼言いなよ?」
香鈴がにこっと笑みを浮かべた。
(ありがたいなあ)
「だめに決まってんでしょうが!」
「でも、これ本当にきっつい……」
「あんたがそれだけのことをしたって証拠よ!」
ふんふんと怒りをあらわにした雪梅に、麗麗は悲鳴をあげそうになる。
麗麗が後宮に戻ってからおおよそひと月と少しが経った。
深藍宮の房である。麗麗は雪梅以下女官たちに、もみくちゃに──もとい、着せ替え人形にさせられていた。
櫛を持った雪梅が、ぶち切れながら髪を結っていく。
「麗麗は髪が細いわね。まとめにくいったらありゃしないわ!」
「なら、無理にまとめなくてもいいのでは」
「うるさいわね! あんたは黙ってなさい」
横暴である。
「ほんと、肌も綺麗すぎて、白粉乗せるの意味ないもん。やっぱり目はもうちょっと囲んだほうがいいかなあ~? その方が目の色が映えるよね!」
香鈴もうっきうきで麗麗の目元に筆を走らせている。それを満面の笑みで見つめている花里も、とても楽しそうだ。
なぜこんなことになっているのかというと、これが麗麗への罰なのだそうだ。曰く、麗麗の素質をどこまで引き出せるのか、という話らしい。ちなみに瑛琳妃は出資者だ。妃が率先して『やってよし』と言っているのであれば、拒否権などあるはずがないのだ。
星を頼りに後宮に無事に帰った冥焔と麗麗のふたりは、諸手を挙げて迎え入れられた──わけではない。冥焔はあっという間に皇帝に連れ去られてしまったし、麗麗は麗麗で関係各所に頭を下げる毎日だった。
皇帝に呼び出され(抜け駆けしただろうと怒られた)、瑛琳妃に必死で許しを請い(さしもの妃も今回ばかりはお冠であった。多くは語るまい)、黎蘭妃の元へ行き頭を下げ(刃を失くしてしまった件は院子の掃除を請け負うことでなんとか許してもらえた)、門を守っていた宦官たちにもただひたすらに謝罪を繰り返した(こちらはすぐに許してもらえた。ありがたい話である)。
あっちへこっちへばたばたと走り回り、気がついたらあっという間にひと月経ってしまった。これであらかた謝罪が終わった、とほっとしたのつかの間。もっとも“やばい”ところが残っていたのを、すっかり失念していたのである。
そう、同僚の三女官だ。
麗麗の遅れに遅れた謝罪を聞いた三女官は、まさしく鬼神のごとき形相でそれぞれ個性的な責め方をしたものだ。
『あんたねえ! 今になって謝罪ってどーいうことなの⁉ ふざけんじゃないわよ! このっ……大馬鹿者!』
と、雪梅がぶち切れている横で、香鈴の表情は完全に消えている。
『そんなに麗麗は私たちが嫌いなの? せめてすぐに謝ってくれればよかったのよかったのにね? 思い出してもらえなかったなんて、私、とっても傷ついちゃった』
心が抉れる言葉を小首をかしげながら言うものだから、もう麗麗も参ってしまった。救いを求めて花里に視線を送れど、こちらはこちらでご立腹のようだ。
『ねえ麗麗? 私たちの故郷に、とっても辛いお野菜があってねえ。食べただけで火が口から出るくらい辛いのよ。今度それをまるっと使って料理を作るのだけど、どう思う?』
どう思うもこう思うもないのである。麗麗は辛い料理が嫌いなわけではないが、厨を預かる花里の“とっても辛い”と麗麗のそれが一致するとは限らない。曖昧な笑みで濁してみたが、いつその〝お野菜〟が出てくるかと戦々恐々である。
ぶち切れた三女官を宥めるべく、麗麗が使ったのは奥の手だった。つまるところ、『なんでも言うこと聞きます』を発動したのである。
『本当に申し訳ありません。反省してます! なので、どうぞこれでお納めいただきたく、ひらに、ひらにぃ……っ』
それで、こうなったというわけである。
髪を結われ、簪やらなにやらをぷすぷすと挿し込まれ、顔にもしっかりと化粧をした麗麗は、ようやく魔の手から解放された。
今回は服もしっかりよそ行きだ。女官服でありながらも普段の服よりも華やかな色合いに目がくらむ。
(青って二百色くらいあるんだっけか)
とは、いつぞやの香鈴の言葉である。
「やー、満足満足。我ながら素晴らしい出来栄えよ」
「うんうん、いいねえ!」
「ふふ、うっとりしちゃうわ」
喜んでもらえてなによりである。
さて、そんなこんなで今日は一日この格好で過ごせとのお達しだ。もちろん、こんなひらひらした格好で雑用はできまい。どうしたものかと考えていると、散歩へ行けと命じられてしまった。
「瑛琳様がそうおっしゃっていたのよ」
雪梅がくすっと笑う。これでぴんときた麗麗である。
「もしかして、私、今日休暇なんです?」
「馬鹿ね、今気づいたの?」
「麗麗、帰ってきてからあっちこっち回ってたでしょ? 瑛琳様がね~、一日くらいはなにもしない日をって。あとでちゃんとお礼言いなよ?」
香鈴がにこっと笑みを浮かべた。
(ありがたいなあ)



