呆れてものが言えないとでも言うように首を振ると、黎蘭妃はすぐに自分を取り戻した。
「お前は、この妃が大家をお救いするために敢えて攫わせたのだと言いたいのですね」
「はい」
「話はわかりました。けれど、それはすべてお前の推測でしかありません」
「おっしゃる通りです。ですからあとは、玲沙様のお話をお伺いしなければなりません。この真偽を確かめるためにも、玲沙様は今この場で命を散らしていい方ではないのです。きちんとしかるべき詮議を受けていただき、洗いざらい話していただかなければならないと、私は思います」
黎蘭妃が息を呑んだ。
「生かすべきです。すべて話していただいて、真実を明らかにいたしましょう」
続く麗麗の言葉に、黎蘭妃は秀麗な顔に一瞬苦いものを浮かべた。ややあって、唇にほのかな笑みを刻む。
「面倒な女官です。そう言われてしまえば、わたくしは今この場で幽鬼を祓えないではありませんか」
黎蘭妃が纏う空気がほんの少しゆるんだ。玲沙妃に視線を向けると、かの妃は握りしめていた拳をほどき、両の手で顔を覆っていた。その細く白い指先の隙間から、とめどなく涙が落ちている。
「黎蘭様。もうすぐ主上の兵がここまで来ます」
黎蘭妃が鬼殺者であるという事実は、皇帝も知らないのだという。ならば、すぐにここから離れたほうが、と切り出そうとした麗麗の言葉にかぶせるように、黎蘭妃が口を開いた。
「では、わたくしが玲沙妃を兵に引き渡しましょう。問題ありません。もとよりわたくしはこういう突飛な行動を取るものだと、皆も認識しているはずです。そしてお前に助けてもらい、ここで待つように言われたとでも告げればいいでしょう」
これには苦笑いした麗麗である。
確かに、以前もこのお方はひとりで廟近くの池に来ていたっけ。あれも今なら、妃自身も調査をしていたのだと判断がつくが。
もうこの場は大丈夫であろう。であれば、麗麗にはやらなければならないことがある。
「私はここで失礼します」
「女官、どちらへ」
「この水路の先に、冥焔様がいるはずなんです」
麗麗は水路の先をにらむ。まっすぐに伸びている水路は、後宮の外に続いているという。それが真実ならば、冥焔はそこから連れ出されているはずだ。
「追いかけて、文句のひとつでも言ってやろうと思っています」
黎蘭妃は表情を変えない。麗麗の瞳を凝視する双眸は、なにかを訴えかけているかのような、そして憐れんでいるかのような光をたたえている。おそらく、冥焔が死んでいると思っているのだろう。しかし、口には出さない。その無言に、麗麗はこの妃の優しさを見た。
「では、その刃をそのまま貸しましょう」
黎蘭妃は胡服のあわせから刃の鞘を取り出すと、麗麗に向かって放り投げる。それを片手で受け取り、刃を鞘に納めた。女性でも使いやすいようにと設計されているのだろう。手にしっくりくる大きさだ。
「ありがとう存じます」
「貸しただけです。必ず返しに来るように。いいですね」
これは黎蘭妃の激励だ。麗麗は刃の柄をしっかり握り、胡服のあわせへと押し込んだ。そうして、踵を返したときである。
「麗麗」
黎蘭妃の鋭い声が飛ぶ。
「冥焔の正体を、お前は知っているのですか」
「冥焔様は、冥焔様です」
誰に聞かれようと、麗麗の答えはひとつだ。
「私にとっては、それ以上でも以下でもありません。では、行ってまいります」
そう言い残して、麗麗は石床を蹴った。
「お前は、この妃が大家をお救いするために敢えて攫わせたのだと言いたいのですね」
「はい」
「話はわかりました。けれど、それはすべてお前の推測でしかありません」
「おっしゃる通りです。ですからあとは、玲沙様のお話をお伺いしなければなりません。この真偽を確かめるためにも、玲沙様は今この場で命を散らしていい方ではないのです。きちんとしかるべき詮議を受けていただき、洗いざらい話していただかなければならないと、私は思います」
黎蘭妃が息を呑んだ。
「生かすべきです。すべて話していただいて、真実を明らかにいたしましょう」
続く麗麗の言葉に、黎蘭妃は秀麗な顔に一瞬苦いものを浮かべた。ややあって、唇にほのかな笑みを刻む。
「面倒な女官です。そう言われてしまえば、わたくしは今この場で幽鬼を祓えないではありませんか」
黎蘭妃が纏う空気がほんの少しゆるんだ。玲沙妃に視線を向けると、かの妃は握りしめていた拳をほどき、両の手で顔を覆っていた。その細く白い指先の隙間から、とめどなく涙が落ちている。
「黎蘭様。もうすぐ主上の兵がここまで来ます」
黎蘭妃が鬼殺者であるという事実は、皇帝も知らないのだという。ならば、すぐにここから離れたほうが、と切り出そうとした麗麗の言葉にかぶせるように、黎蘭妃が口を開いた。
「では、わたくしが玲沙妃を兵に引き渡しましょう。問題ありません。もとよりわたくしはこういう突飛な行動を取るものだと、皆も認識しているはずです。そしてお前に助けてもらい、ここで待つように言われたとでも告げればいいでしょう」
これには苦笑いした麗麗である。
確かに、以前もこのお方はひとりで廟近くの池に来ていたっけ。あれも今なら、妃自身も調査をしていたのだと判断がつくが。
もうこの場は大丈夫であろう。であれば、麗麗にはやらなければならないことがある。
「私はここで失礼します」
「女官、どちらへ」
「この水路の先に、冥焔様がいるはずなんです」
麗麗は水路の先をにらむ。まっすぐに伸びている水路は、後宮の外に続いているという。それが真実ならば、冥焔はそこから連れ出されているはずだ。
「追いかけて、文句のひとつでも言ってやろうと思っています」
黎蘭妃は表情を変えない。麗麗の瞳を凝視する双眸は、なにかを訴えかけているかのような、そして憐れんでいるかのような光をたたえている。おそらく、冥焔が死んでいると思っているのだろう。しかし、口には出さない。その無言に、麗麗はこの妃の優しさを見た。
「では、その刃をそのまま貸しましょう」
黎蘭妃は胡服のあわせから刃の鞘を取り出すと、麗麗に向かって放り投げる。それを片手で受け取り、刃を鞘に納めた。女性でも使いやすいようにと設計されているのだろう。手にしっくりくる大きさだ。
「ありがとう存じます」
「貸しただけです。必ず返しに来るように。いいですね」
これは黎蘭妃の激励だ。麗麗は刃の柄をしっかり握り、胡服のあわせへと押し込んだ。そうして、踵を返したときである。
「麗麗」
黎蘭妃の鋭い声が飛ぶ。
「冥焔の正体を、お前は知っているのですか」
「冥焔様は、冥焔様です」
誰に聞かれようと、麗麗の答えはひとつだ。
「私にとっては、それ以上でも以下でもありません。では、行ってまいります」
そう言い残して、麗麗は石床を蹴った。



