後宮のガリレオ2

 胡粉宮の院子で皇帝が捜索の命を出したすぐあと、麗麗はその場で冥焔を探させてほしいと直訴した。しかし訴えは届かず、皇帝の命を順守する宦官にほとんど抱え上げられながら連れ出され、すでに院子の入り口に集まっていた深藍宮の女官たち、宦官たちにより宮まで連れ戻されたのである。

 麗麗は知らぬ間にかなりの人たちに無理を言い、大暴れしたらしい。

 連行され、房に押し込まれ監視をつけられた。眠れぬ寝台の上で漏窓の外を見つめ、ひと晩中煌々(こうこう)と灯っている灯りと、周囲の人たちの纏う空気で、まだ冥焔が見つかっていない事実を悟る。

 (ひと晩……)

 なにがあってもおかしくない時間が経ってしまっている。

 悪夢のような夜だった。麗麗の頭の中では、最悪な想像がまるで壊れた録音機器のように再生されている。冥焔の正体が皇帝でないと知れたら殺されてしまうのではないか、もしかしたらもう手遅れなのではと、そればかり考えてしまうのだ。

 胸が引き裂かれそうなほどに痛く、焦燥感だけが募る。

 そしてそんな自分にだんだん腹が立ってきたのである。

 (そもそもさ! なんでこんな思いしなきゃいけないのさ!)

 不可思議な縁である。皇帝直属の臣下であるあの宦官とは、本来ならば繋がるはずのなかった縁だ。偉い人には偉い人の世界があり、そして自分はその輪から外れた存在だったはずなのに。

 後宮の下級女官。いいじゃないか、十分だ。おとなしく今世での生を全うしよう……。今まではそうだった。これからもそうであると思っていたし、そんな自分に満足していた。

 その歯車を狂わせた張本人が冥焔だ。あの宦官が自分なんぞを見つけなければ、後宮の怪を解かせようとしなければ、今自分はこの場におらず、尚服局の大房で他の下級女官たちと一緒に寝起きし、仕事をし、そしてまた寝て、と同じ毎日の繰り返しだったはずなのである。

 冥焔がいなかったら、深藍宮の女官たちとも出会わなかった。

 冥焔がいなかったら、敬愛できる妃に仕えることもなかった。

 冥焔がいなかったら、号を──ガリレオの名をもらうこともなかった。

 どんなに文句を言っても言い足りない。『あなたのせいでこんなに大変なんですよ』と、『こんなに刺激的な人生になるなんて考えてなかったんですよ』と。

 『楽しくて仕方がないんです』とも。

 いつか伝えなければならない文句がたくさんあるのだ。言えなくなってしまうなんて許せないではないか。

 (待ってろよ、鬼上司……!)

 見つけ出して、ぶち切れてやる。怒りの力は、落ち込みかけた麗麗を奮い立たせるには十分だ。

 幸い、待つのは慣れている。見張りの目がゆるむのを虎視(こし)眈々(たんたん)と狙い、息をひそめること数刻。麗麗は見事自分の房を抜け出し、そして、今に至るというわけである──。