(まあ、だからといって、香鈴が自分を責めないかといったらそれは別の話なんだよね)
めそめそ泣いている香鈴を見ながら、麗麗はひとりごちる。
(自分のせいで大切な人が危ない目に遭ったんだもん、そりゃあきっついよ)
さてどうするか。確かにそろそろなんとかしないと香鈴の体が持たない。せめて睡眠だけは取ってほしい。
不眠不休が文字通り命に関わることを麗麗は実体験として知っている。なにより、いつも朗らかに笑っている同僚が落ち込んでいる姿は、思った以上に麗麗の心を抉っていたのである。
こう見えて麗麗、情に厚いのだ。自分を温かく迎え入れてくれた同僚の危機を見過ごすのは断じてごめんだった。
(あれがあれば……いや、無理かな?)
ここは中央。この世界にどんな国々が存在しているのかは知らないが、焱国の文化や風土はアジアに近い。
もしかしたら自生はしていないかもしれない。けれど、薬草茶が出回っているくらいだ。望みはある。
麗麗は厨の隅、水場の前で菜物を洗っていた花里に近寄ると、こしょこしょと耳打ちした。だがしかし、花里は残念そうに首を振る。
「ごめんなさい。私は聞いたことがないわ」
「そうですか……」
「でも、そういうのは娘娘がお詳しいわよ。お伺いしてみたらどうかしら」
「あっ」
そうか、その手があったかと麗麗は手のひらを打つ。
(確か瑛琳様のご実家って、ものすごく大きな商家だったっけ)
花里はにこりと微笑むと、心配そうにそっと香鈴に視線を送った。
「このままだとあの子、壊れてしまうわ。なんとかしたいのは私も同じ気持ちよ。実はね、あの子……食べたものを吐いてしまっているみたいなの」
(おいおいまじか)
ぎょっとし、視線で問い返すと、花里も真剣な顔でうなずいてみせた。
「麗麗が探しているものは食べ物なのよね? きっと体にいいものなのでしょう。もしそれが手に入ったら、任せてちょうだい。腕によりをかけますからね」
そう言われたら後には引けない。麗麗は感謝の意を込めて花里に頭を垂れた。
その足で厨を出ると、瑛琳妃の房へと向かう。
瑛琳妃はひとりで房にいることを好む。本来であれば女官の誰かがそばについていなければならないはずだが、当の妃がひとりで大丈夫だと主張したらしい。
宮の入り口には宦官が詰めているし、必要になったら呼べばいいだけだ。自分の房でくつろぎたいだけなのに女官の手を煩わせるのは申し訳ないから、とのことである。冥焔は『立場的にもせめて女官は置いてほしい』と頼み込んだという話であるが、一蹴されてしまったという。つくづく変わったお妃様である。
戸を叩き、入室の許可を求めると〝諾〟が返ってくる。
その変わり者のお妃様は、房の窓際に設えていた長椅子に腰を下ろし、ぼうっと外を眺めていた。
「麗麗か」
「はい。実は──」
「香鈴の件だろう?」
麗麗の発言を遮るように瑛琳妃は言葉 を落とした。ゆっくりと視線を麗麗に向ける。その目に浮かぶ深い憂いを見て、この優しい妃も香鈴のありさまに心を痛めていることを知った。
「花里や雪梅からも報告を受けている。食べれず、眠れず、さぞつらかろう。不問に処しただけでは足りなかったのか。私がもっと寄り添っていれば……」
おっとこれは重傷だ、と心の中で麗麗は眉を寄せた。
こっちはこっちで相当落ち込んでいるらしい。
「瑛琳様。ちなみに、先日どのようなお言葉を香鈴にかけてくださったのですか」
「責任を感じることではないと告げたのだ。お前のせいではないのだから気にするなと。しかし……彼女には響かなかったようだ」
「それは……っと」
反論しそうになって、口を閉ざした。妃に対して言葉を返すのは礼節としてよろしくない。瑛琳妃は『気にするな』と言うように微笑むと、視線で話の続きを促す。
とにかく、まずはこの妃を元気づけなければ話が始まらない。どう伝えればわかってもらえるかと麗麗は考え、口を開いた。
「おそらく香鈴は、瑛琳様のそのお気遣いも理解したうえでなお、自身を責めているのでありましょう。響かなかったのではありません。ありがたいと感じている一方で、おそらく彼女は処罰を求めています」
瑛琳妃の目が丸く見開かれた。
「恩赦を与えないほうがよかったと?」
「ときには断罪されたほうが、心が安らぐこともあるのです」
この妃はとにかく優しい。だが、その優しさが毒となる事例もあるのだと麗麗は思う。
これは前世の麗麗、もとい佐々木愛子にも覚えがあった。大学院で研究していたときに起こった出来事である。
めそめそ泣いている香鈴を見ながら、麗麗はひとりごちる。
(自分のせいで大切な人が危ない目に遭ったんだもん、そりゃあきっついよ)
さてどうするか。確かにそろそろなんとかしないと香鈴の体が持たない。せめて睡眠だけは取ってほしい。
不眠不休が文字通り命に関わることを麗麗は実体験として知っている。なにより、いつも朗らかに笑っている同僚が落ち込んでいる姿は、思った以上に麗麗の心を抉っていたのである。
こう見えて麗麗、情に厚いのだ。自分を温かく迎え入れてくれた同僚の危機を見過ごすのは断じてごめんだった。
(あれがあれば……いや、無理かな?)
ここは中央。この世界にどんな国々が存在しているのかは知らないが、焱国の文化や風土はアジアに近い。
もしかしたら自生はしていないかもしれない。けれど、薬草茶が出回っているくらいだ。望みはある。
麗麗は厨の隅、水場の前で菜物を洗っていた花里に近寄ると、こしょこしょと耳打ちした。だがしかし、花里は残念そうに首を振る。
「ごめんなさい。私は聞いたことがないわ」
「そうですか……」
「でも、そういうのは娘娘がお詳しいわよ。お伺いしてみたらどうかしら」
「あっ」
そうか、その手があったかと麗麗は手のひらを打つ。
(確か瑛琳様のご実家って、ものすごく大きな商家だったっけ)
花里はにこりと微笑むと、心配そうにそっと香鈴に視線を送った。
「このままだとあの子、壊れてしまうわ。なんとかしたいのは私も同じ気持ちよ。実はね、あの子……食べたものを吐いてしまっているみたいなの」
(おいおいまじか)
ぎょっとし、視線で問い返すと、花里も真剣な顔でうなずいてみせた。
「麗麗が探しているものは食べ物なのよね? きっと体にいいものなのでしょう。もしそれが手に入ったら、任せてちょうだい。腕によりをかけますからね」
そう言われたら後には引けない。麗麗は感謝の意を込めて花里に頭を垂れた。
その足で厨を出ると、瑛琳妃の房へと向かう。
瑛琳妃はひとりで房にいることを好む。本来であれば女官の誰かがそばについていなければならないはずだが、当の妃がひとりで大丈夫だと主張したらしい。
宮の入り口には宦官が詰めているし、必要になったら呼べばいいだけだ。自分の房でくつろぎたいだけなのに女官の手を煩わせるのは申し訳ないから、とのことである。冥焔は『立場的にもせめて女官は置いてほしい』と頼み込んだという話であるが、一蹴されてしまったという。つくづく変わったお妃様である。
戸を叩き、入室の許可を求めると〝諾〟が返ってくる。
その変わり者のお妃様は、房の窓際に設えていた長椅子に腰を下ろし、ぼうっと外を眺めていた。
「麗麗か」
「はい。実は──」
「香鈴の件だろう?」
麗麗の発言を遮るように瑛琳妃は言葉 を落とした。ゆっくりと視線を麗麗に向ける。その目に浮かぶ深い憂いを見て、この優しい妃も香鈴のありさまに心を痛めていることを知った。
「花里や雪梅からも報告を受けている。食べれず、眠れず、さぞつらかろう。不問に処しただけでは足りなかったのか。私がもっと寄り添っていれば……」
おっとこれは重傷だ、と心の中で麗麗は眉を寄せた。
こっちはこっちで相当落ち込んでいるらしい。
「瑛琳様。ちなみに、先日どのようなお言葉を香鈴にかけてくださったのですか」
「責任を感じることではないと告げたのだ。お前のせいではないのだから気にするなと。しかし……彼女には響かなかったようだ」
「それは……っと」
反論しそうになって、口を閉ざした。妃に対して言葉を返すのは礼節としてよろしくない。瑛琳妃は『気にするな』と言うように微笑むと、視線で話の続きを促す。
とにかく、まずはこの妃を元気づけなければ話が始まらない。どう伝えればわかってもらえるかと麗麗は考え、口を開いた。
「おそらく香鈴は、瑛琳様のそのお気遣いも理解したうえでなお、自身を責めているのでありましょう。響かなかったのではありません。ありがたいと感じている一方で、おそらく彼女は処罰を求めています」
瑛琳妃の目が丸く見開かれた。
「恩赦を与えないほうがよかったと?」
「ときには断罪されたほうが、心が安らぐこともあるのです」
この妃はとにかく優しい。だが、その優しさが毒となる事例もあるのだと麗麗は思う。
これは前世の麗麗、もとい佐々木愛子にも覚えがあった。大学院で研究していたときに起こった出来事である。



