砂塵を巻き上げ、数台の大型車両が村の広場を包囲した。ヘッドライトの暴力的な光が、焚き火を囲んでいた村人たちの怯えた顔を白日の下に晒す。
「……火を消せ! 集まっている奴らは全員ひざまずけ!」
拡声器から響く、威圧的な広東語に似た現地の訛り。銃を手にした若い兵士たちが次々と飛び降り、銃口を村人たち、そして調理台の前に立つ豊と幸雄に向けた。
彼らにとって、この「火」は反乱の火種に他ならなかった。腹を満たし、希望を取り戻した民衆ほど、支配しにくいものはないからだ。
「……豊、どうする。あいつら、腹を空かせた狼の目をしてるぜ」
幸雄が、動かない右手を庇いながら、低く呟いた。鉄鍋の中では、まだ余熱でソースが微かに音を立てている。
「……幸雄。僕たちの武器は、これしかないよ」
豊は、ゆっくりと両手を上げた。そして、一歩、また一歩と、銃を構える指揮官らしき男の方へ歩み寄った。
「止まれ! 撃つぞ!」
「……お腹が、空いているんだろう?」
豊の声は、不思議なほど透き通っていた。
「君たちも、何日もまともな食事をしていないはずだ。砂の味がするパンと、泥の混じった水。……そんなもので、君たちの体は、本当は悲鳴を上げている」
指揮官の男の眉が、ピクリと動いた。豊は構わず続けた。
「……僕たちは料理人だ。敵も味方もない。ただ、目の前に空腹の人がいるなら、作る。……一皿、食べていかないか? 君たちの故郷の、お母さんの味がするスープだ」
幸雄が、豊の意図を察して、再び火を強めた。
ガチャン! と鉄鍋を五徳に叩きつける。
「おい、兄ちゃんたち! 銃を構えてる暇があるなら、器を持ってこい。……俺の火は、待っててくれねえぞ!」
張り詰めた沈黙が、広場を支配した。
兵士たちの指が、引き金にかかっている。一発の銃声で、すべてが終わる。
リラが、震える手で一杯のスープを持ち、最前線の兵士の前に差し出した。
「……美味しいよ。……信じて」
一人の若い兵士が、堪えきれずに銃を下げた。彼は、ひったくるように器を受け取り、一気にスープを口に流し込んだ。
「……っ、……ぁ……」
彼は声を上げようとして、喉が詰まった。
それは、彼が戦場に駆り出される前、家族と囲んだ食卓の記憶を、強烈に呼び起こす「命の砂」の香りだった。
「……隊長。これ、……これは……」
指揮官の男も、促されるように一口食べた。
瞬間、彼の目に宿っていた冷徹な光が、脆くも崩れ去った。
「……なぜだ。なぜ、こんな瓦礫の上で、この味がする……」
「……それはね、君たちが守るべきものが、ここにあるからだよ」
豊が、静かに告げた。
その夜、村の広場では奇妙な光景が繰り広げられた。
銃を置いた兵士たちと、怯えていた村人たちが、同じ焚き火を囲み、同じ鍋の料理を分け合っていた。
幸雄は、兵士たちに「火の番」をさせ、豊は彼らに「生地の練り方」を教えた。
だが、そんな束の間の平和も、一通の無線連絡によって破られた。
本隊からの、村への「全滅」を命じる爆撃命令。
指揮官は、青ざめた顔で豊と幸雄を見た。
「……逃げろ。すぐにだ。奴らは、この『火』を完全に消し去るつもりだ」
「……幸雄。僕たちは、ここを離れるわけにはいかない」
豊は、リラのノートを強く握りしめた。
「このレシピを、この火を、彼ら自身が守れるようになるまで……僕たちは、ここにいなきゃいけないんだ」
爆音は、すぐ近くまで迫っていた。
二人は、暗闇の中で、最後の一皿を仕上げようとしていた。
それは、自分たちの命を賭した、本当の「最後の晩餐」だった。
「……火を消せ! 集まっている奴らは全員ひざまずけ!」
拡声器から響く、威圧的な広東語に似た現地の訛り。銃を手にした若い兵士たちが次々と飛び降り、銃口を村人たち、そして調理台の前に立つ豊と幸雄に向けた。
彼らにとって、この「火」は反乱の火種に他ならなかった。腹を満たし、希望を取り戻した民衆ほど、支配しにくいものはないからだ。
「……豊、どうする。あいつら、腹を空かせた狼の目をしてるぜ」
幸雄が、動かない右手を庇いながら、低く呟いた。鉄鍋の中では、まだ余熱でソースが微かに音を立てている。
「……幸雄。僕たちの武器は、これしかないよ」
豊は、ゆっくりと両手を上げた。そして、一歩、また一歩と、銃を構える指揮官らしき男の方へ歩み寄った。
「止まれ! 撃つぞ!」
「……お腹が、空いているんだろう?」
豊の声は、不思議なほど透き通っていた。
「君たちも、何日もまともな食事をしていないはずだ。砂の味がするパンと、泥の混じった水。……そんなもので、君たちの体は、本当は悲鳴を上げている」
指揮官の男の眉が、ピクリと動いた。豊は構わず続けた。
「……僕たちは料理人だ。敵も味方もない。ただ、目の前に空腹の人がいるなら、作る。……一皿、食べていかないか? 君たちの故郷の、お母さんの味がするスープだ」
幸雄が、豊の意図を察して、再び火を強めた。
ガチャン! と鉄鍋を五徳に叩きつける。
「おい、兄ちゃんたち! 銃を構えてる暇があるなら、器を持ってこい。……俺の火は、待っててくれねえぞ!」
張り詰めた沈黙が、広場を支配した。
兵士たちの指が、引き金にかかっている。一発の銃声で、すべてが終わる。
リラが、震える手で一杯のスープを持ち、最前線の兵士の前に差し出した。
「……美味しいよ。……信じて」
一人の若い兵士が、堪えきれずに銃を下げた。彼は、ひったくるように器を受け取り、一気にスープを口に流し込んだ。
「……っ、……ぁ……」
彼は声を上げようとして、喉が詰まった。
それは、彼が戦場に駆り出される前、家族と囲んだ食卓の記憶を、強烈に呼び起こす「命の砂」の香りだった。
「……隊長。これ、……これは……」
指揮官の男も、促されるように一口食べた。
瞬間、彼の目に宿っていた冷徹な光が、脆くも崩れ去った。
「……なぜだ。なぜ、こんな瓦礫の上で、この味がする……」
「……それはね、君たちが守るべきものが、ここにあるからだよ」
豊が、静かに告げた。
その夜、村の広場では奇妙な光景が繰り広げられた。
銃を置いた兵士たちと、怯えていた村人たちが、同じ焚き火を囲み、同じ鍋の料理を分け合っていた。
幸雄は、兵士たちに「火の番」をさせ、豊は彼らに「生地の練り方」を教えた。
だが、そんな束の間の平和も、一通の無線連絡によって破られた。
本隊からの、村への「全滅」を命じる爆撃命令。
指揮官は、青ざめた顔で豊と幸雄を見た。
「……逃げろ。すぐにだ。奴らは、この『火』を完全に消し去るつもりだ」
「……幸雄。僕たちは、ここを離れるわけにはいかない」
豊は、リラのノートを強く握りしめた。
「このレシピを、この火を、彼ら自身が守れるようになるまで……僕たちは、ここにいなきゃいけないんだ」
爆音は、すぐ近くまで迫っていた。
二人は、暗闇の中で、最後の一皿を仕上げようとしていた。
それは、自分たちの命を賭した、本当の「最後の晩餐」だった。



