校庭の桜の蕾が、あと数日で弾けんばかりに膨らんだ三月。卒業証書を丸めて筒に収めた二人は、慣れ親しんだあの屋上へと続く階段を登りました。
今日が、制服を着てここに来る最後の日。
「……最後も、やっぱりこれだな」
幸雄が、少し照れくさそうに笑いながら、カバンからいつもの黒い弁当箱を取り出しました。豊もまた、丁寧に包まれた青い弁当箱を隣に置きます。
交換された弁当箱。豊が蓋を開けると、そこには幸雄の原点である、真っ赤なエビチリが詰まっていました。一口食べると、チリソースの辛みの中に、ほんのりと練乳のような甘みが隠されています。
「これ、幸雄のお父さんの隠し味?」
「ああ。……『お前の一番好きな味を、アイツに食わせてやれ』ってさ」
幸雄の声が少し震えています。豊は、自身の弁当箱を幸雄の前に差し出しました。中身は、色鮮やかな野菜を贅沢に使ったカポナータと、手打ちのラザニアです。
「僕の家は、お祝いの時はいつもこれなんだ。……幸雄、卒業おめでとう」
二人は、お互いの料理を噛みしめるように、ゆっくりと口に運びました。これまでの三年間、言葉で伝えきれなかった感謝も、ぶつかり合った日の悔しさも、すべてがこの数センチの箱の中に詰め込まれています。
「豊。俺、決めたよ」
幸雄が、空になった弁当箱を置いて、真っ直ぐに豊を見つめました。
「俺は、横浜の中華街にある店に修行に行く。そこで一番になって、いつか自分の店を持つ。……その時はさ、隣にイタリアンの厨房も作れるような、そんなデカい店にするから」
幸雄の大きな手が、豊の細い肩を抱き寄せました。豊はその温もりに身を預け、静かに目を閉じます。
「僕は、予定通りイタリアへ行くよ。フィレンツェの店で、パスタの神様って呼ばれる人の下で働くんだ。……でも、帰ってきたら、真っ先に幸雄の火の匂いを嗅ぎに行くよ」
三年間、お弁当を交換し続けてきた。それはただの昼食ではなく、お互いの人生の一部を分け合ってきた時間でした。
「十年、待てるか?」
幸雄の問いに、豊は顔を上げ、最高の笑顔で答えました。
「十年なんて、美味しいソースを煮込む時間に比べたら、きっとあっという間だよ」
二人の影が、西日に照らされて屋上の床に長く伸びていきます。
別れは悲しいものではなく、新しい「一皿」を作るための仕込みに過ぎない。
春の風が吹き抜け、桜の香りが二人の間を通り過ぎていきました。
今日が、制服を着てここに来る最後の日。
「……最後も、やっぱりこれだな」
幸雄が、少し照れくさそうに笑いながら、カバンからいつもの黒い弁当箱を取り出しました。豊もまた、丁寧に包まれた青い弁当箱を隣に置きます。
交換された弁当箱。豊が蓋を開けると、そこには幸雄の原点である、真っ赤なエビチリが詰まっていました。一口食べると、チリソースの辛みの中に、ほんのりと練乳のような甘みが隠されています。
「これ、幸雄のお父さんの隠し味?」
「ああ。……『お前の一番好きな味を、アイツに食わせてやれ』ってさ」
幸雄の声が少し震えています。豊は、自身の弁当箱を幸雄の前に差し出しました。中身は、色鮮やかな野菜を贅沢に使ったカポナータと、手打ちのラザニアです。
「僕の家は、お祝いの時はいつもこれなんだ。……幸雄、卒業おめでとう」
二人は、お互いの料理を噛みしめるように、ゆっくりと口に運びました。これまでの三年間、言葉で伝えきれなかった感謝も、ぶつかり合った日の悔しさも、すべてがこの数センチの箱の中に詰め込まれています。
「豊。俺、決めたよ」
幸雄が、空になった弁当箱を置いて、真っ直ぐに豊を見つめました。
「俺は、横浜の中華街にある店に修行に行く。そこで一番になって、いつか自分の店を持つ。……その時はさ、隣にイタリアンの厨房も作れるような、そんなデカい店にするから」
幸雄の大きな手が、豊の細い肩を抱き寄せました。豊はその温もりに身を預け、静かに目を閉じます。
「僕は、予定通りイタリアへ行くよ。フィレンツェの店で、パスタの神様って呼ばれる人の下で働くんだ。……でも、帰ってきたら、真っ先に幸雄の火の匂いを嗅ぎに行くよ」
三年間、お弁当を交換し続けてきた。それはただの昼食ではなく、お互いの人生の一部を分け合ってきた時間でした。
「十年、待てるか?」
幸雄の問いに、豊は顔を上げ、最高の笑顔で答えました。
「十年なんて、美味しいソースを煮込む時間に比べたら、きっとあっという間だよ」
二人の影が、西日に照らされて屋上の床に長く伸びていきます。
別れは悲しいものではなく、新しい「一皿」を作るための仕込みに過ぎない。
春の風が吹き抜け、桜の香りが二人の間を通り過ぎていきました。


