ある行方不明事件の調査について

 三年二組での聞き取り調査を終えると、長島は坂井をつれて中山の家を訪れることにした。

 中山の家は、市内から少し離れた田園風景の中にひっそりと並ぶ市営住宅だった。外観からして築年数も古いようで、その三階にある部屋を訪問すると、やつれた中山の母親が応対してくれた。

 昼休みに今日来訪したいことを電話で伝えた際、中山の母親は最初難色を示していた。だが、いたずらや興味本位ではなく真剣に生徒会として調査していることを伝えると、母親は態度を変えて中山の部屋を調査することを許可してくれた。

 挨拶もそこそこに、母親が自由に見てもいいと言ってくれたこともあって早速中山の部屋を調査することにした。

 中山の部屋はこじんまりとしており、殺風景ということばがぴったりはまっていた。勉強机と簡易なテーブル、さらには古びたクローゼットに簡素なベッドがあるだけで、パソコンやゲーム機といった長島の部屋にあるものは一切なかった。

「先輩、これ」

 坂井がクローゼットを開けると同時に、数着の洋服の中からひとつの黒いパーカーを指さした。

「証言は本当だったみたいだね」

 坂井が指さしたのは、証言にあったブランドもののパーカーで間違いなかった。あまり服のないクローゼットの中で、それは知る人が見たら異質に思えるだろう。他の服は見た感じブランドものでないことから、パーカーがここにあること自体が違和感でしかなかった。

 このパーカーについてそれとなく母親に聞いてみたところ、友達から古着だからもらってきたと中山は母親に説明したという。実際は古着どころか今年の最新モデルだから、中山が母親に嘘をついていたのがわかった。

 さらに他の手がかりを探してみたが、物が少ない部屋だけに調査の対象となるものはほとんどなかった。スマホも持たせていないとのことだったため、日記帳のようなものがないか調べてみるも、それらしきものは一切見当たらなかった。母親の話では、警察も一応この部屋を調べに来たが、結局行方不明となる手がかりは掴めなかったらしい。

「警察の人が言うには、受験のストレスか人間関係のトラブルが理由じゃないかって。財布や身の回りの物を置いていってるから、衝動的に家出した可能性が高いそうなの」

 心配そうに語る母親の口調からは、警察への苛立ちが感じられた。詳しく聞いてみると、警察は早々に突発的な家出と断定して情報公開を勧めてきたらしい。なにかしらの事件に巻き込まれたのではと母親は心配していただけに、警察がそう判断しなかったことに不満がある様子だった。

 とはいえ、実際、中山には人間関係のトラブルはなかったといってよかった。それだけに、長島としても事件に巻き込まれたというよりは衝動的に家出したというほうがしっくりきていた。

 その考えをひそめたまま、中山の勉強机に再度目を向けてみる。机には受験の参考書がずらりと並び、手にとってみるとどれも真新しいものばかりだった。

 これ以上は手がかりは得られないとさとった長島は、早々に調査を打ち切って母親に礼を言って家を出ることにした。

「長島先輩、本当に単なる家出なんですか?」

 自転車を引きながら隣に並んできた坂井が、とても信じられないといった表情で口を開いた。

「警察が調べた結果、事件性がないと判断したならそうかもしれないな」

「でも、身の回りの物を置いて出ていったんですよ。そんな無計画な家出ってあります?」

「衝動的に家出したのかもしれないって警察もいってるし、もしかしたら、なにかあてがあってのことだったのかもしれない。いずれにしても、中山はあまり計画的ではない方法で姿を消したことになるかな」

 中山の部屋からは、中山が消える理由となる手がかりはなかった。それは、言いかえれば中山にはトラブルとなる要素がないということになる。

 ――けどな

 ただ、長島にはひとつひっかかるものがあった。それは、勉強机にずらりと並んだ受験用の参考書だった。どれも真新しく、かつ、本当に必要か疑わしい類のものまで揃えてあったし、そのトータル金額も中山の家庭状況からして不自然としか思えなかった。

 さらには、母親から聞いた話にも不審な点があった。母親の話によると、行方不明となった当日、中山は図書館に勉強しに行くといって外出しているが、警察の捜査では図書館に行った形跡はなかったらしい。つまり、中山の足どりは一切わかっておらず、また、これまで休日に外出することはめったになかったという。

 そうなると、中山はスマホを持っていないため、誰かからの急な連絡で外出した可能性は低いと考えていいはず。前もって誰かと会う約束をしていた可能性もなくはないが、それよりもひとりでなにかをしようとしていた可能性が高い気がした。しかも、母親に嘘をついて外出したとなれば、その可能性の裏にはなにか特殊な事情があってもおかしくはなさそうだった。

「ん? どうした?」

 物思いにふけていると、急に坂井の表情が険しくなっていることに気づいた。

「え? あ、いや、気のせいだと思うんですけど、最近なんだか誰かに見られている気がするんです」

「見られてる?」

 坂井の意外な言葉に、長島は周囲を反射的に見回してみた。のどかな風景とはいっても、夕方とあって車も帰宅中の学生の姿もそれなりにある。その中に坂井を見ている人がいたとしても、判別するのは難しそうだった。

「最近なんですけど、学校に行くときも帰るときも誰かにつけられてるような感覚があったんです。それ以降、時々誰かに見られているような気がするようになって」

 不安げに語る坂井から、長島が思う以上の深刻さが伝わってきた。坂井がストーカーの被害にあってるとしたら、それは早急に対処したほうがよさそうだった。

「心当たりはある? 例えばsnsに動画をあげてるとか?」

「たまにちょっとしたライブとかやることはありますけど、変な人にからまれたりとかこれまでトラブルになったことはないです」

「ということは、別に原因があるかもしれないってことか。とりあえず今は用心して、少しでもおかしいことがあったら警察に相談したほうがいいよ」

 相手がわからない以上、長島にできるアドバイスはそれだけだった。坂井はわりと人気のある女子だと聞いているだけに、長島もできるだけ用心することにした。

「そうしますね。長島先輩と一緒のときになにかあったらよろしくお願いします」

 深々と頭を下げる坂井に、長島は笑ってなんとかすると答える。

 けど、内心は予想しなかったことに少しだけ肌寒いなにかを感じていた。