生徒会にその相談があったのは、三年二組の中山昇太が行方不明になった話題が落ち着きをみせた頃だった。
「二組の中山昇太くんのことなんです」
生徒会室に案内すると同時に、三年三組の宮下優奈が緊張気味に相談内容を口にし始める。宮下優奈は、地元では有名な企業の社長を父に持つお嬢様として知られている。宮下の父親は、建設業、不動産業、産業廃棄物業といった事業を手広く行っており、その一人娘である宮下の仰天エピソードとして、宮下が子供の頃に友達に秘密基地として紹介したのがビル一棹だったのは有名な話でもあった。
そのお嬢様の対応にあたったのは、生徒会副会長の長島拳也と二年の坂井華奈の二人。この中学校では、生徒のトラブルは生徒会が対応することになっており、長島は相談を受ける前からなんともいえない嫌な予感を抱いていた。
「中山くんの件ということは、彼が行方不明になったことに関することだよね?」
中山の名前が出た時点で想像はできていたが、あえて中身を確認してみる。宮下は複雑な表情で一瞬黙ったが、肯定するように小さく頷いてみせた。
「実は中山くんが行方不明になる前、様子が変というか、なにか問題を抱えているみたいだったの」
なんとも言葉にしがたい感じで、宮下が中山のことを説明しはじめる。長島は中山のことについてはあまり知らなかったが、確か母子家庭であることもあり、学校に隠れて新聞配達をしているといった事情を聞いたことがあった。
その中山が行方不明になったのが二週間程前の日曜日。それまで一度もトラブルを起こしたことのない中山の突然の失踪に、周りは騒然としながらも色々とその理由をめぐって一時は盛り上がりをみせていた。
「みんなは受験のストレスとか家庭環境の問題とか言ってるみたいなんだけど、私にはなにか大きなトラブルに巻き込まれたんじゃないかって思えて心配なの」
宮下と中山は幼なじみの関係なだけに、宮下の言葉には妙な重みがあった。長いつきあいだからこそ、中山が行方不明になった背景には周りが言うような事情ではなく、なにかしらの事件が関わっていると考えているみたいだった。
「宮下さんの気持ちはわかったよ。それで、いくつか質問するけど、まずは中山くんが行方不明になる前の様子についてなにかわかっていることはある?」
「クラスが違うから中山くんの教室内のことまではわからないけど、ただ、一つ気になることがあって」
「気になること?」
「私もはっきりとわからないけど、中山くんのクラスでトラブルがあったみたいで……」
そこで顔を伏せた宮下が語ったのは、なんとも奇妙なことだった。
宮下によると、中山が行方不明になる二日前の金曜日に、二組の美希という女子生徒の机の中に身に覚えのない化粧品が入れられていたという。その化粧品は女子の間で人気のものらしく、未使用品で以前から美希が欲しいと言っていたものだったことから、誰かがプレゼントしようとしたのではと軽く考えられたらしい。
しかし、美希の姉が勤めるショッピングセンターで同一の化粧品が盗難被害に遭っていて、その話を聞いていた美希が机の中の化粧品を姉に確認したところ、盗難被害にあったものと同じだとわかったらしい。
そのため、美希にプレゼントしようとしたといった話から一転し、今ではクラスの中に万引き犯がいるとして、クラス内での犯人探しが今も密かに行われているとのことだった。
「その流れだと、ひょっとして中山くんが万引き犯だと疑われたということ?」
「ううん、中山くんは疑われることはなかったって聞いてる。だって、中山くんは人畜無害だし、そもそも美希さんがその化粧品を欲しがってたことは知らないはずだから、中山くんは疑われることはなかったみたい。でも――」
「でも?」
「その化粧品が万引きされた日にショッピングセンターに行った人が怪しいって犯人探しが始まったみたいなんだけど、中山くんはショッピングセンターには行ってないって答えたみたい。でも私、その日中山くんがショッピングセンターから出てくるのを見たの」
宮下の目撃情報によれば、その日中山は一人でショッピングセンターにいたらしい。それも、帽子を目深に被り、マスクをして制服の上着も脱いで学生とは一見してわからない姿でいたという。
「それにね、その騒ぎの翌日も中山くんはショッピングセンターに行ってた。そのときの中山くん、なにかに怯えるみたいに小走りに店を出て行ったの。それで変に思ってショッピングセンターに入ったら、化粧品売り場に警察の人がいたんだ」
言葉を選ぶかのように語る宮下の口調から、宮下が想像していることがなんとなく伝わってきた。おそらく宮下は化粧品の万引き犯が中山であり、万引きがばれてることに驚いてショッピングセンターに行った中山は、そこで警察の姿を見て逃げたと考えているようだった。
「つまり、宮下さんは中山くんが行方不明になった理由に、万引きが関係していると考えているわけなんだ?」
「はっきりとはまだわからないけど、ただ、あんなに怯えた表情の中山くんを見るのは初めてだったから」
かすかに顔を伏せる宮下から、その複雑な胸中が伝わってきた。きっと、宮下としては中山が万引きしているとは信じたくないのだろう。だが、状況が裏付けしているだけに、不安は心配と混ざって確信に変わっているようだった。
「中山くんが行方不明になった理由に万引きが関係しているとしたら、中山くんは発覚を恐れて身を隠している可能性があるかもしれないね」
宮下の話を聞く限り、長島はとりあえず一旦はそう判断することにした。もちろん、万引きが発覚するのを恐れるぐらいで行方不明になるのかという疑問はあったが、今のところはそれ以外に行方不明になる理由はないように思えた。
となると、問題は中山が身を隠している場所がどこになるのかということになる。中学生がたったひとりで簡単に世の中から隠れて生きられるとは思えないから、誰か手助けしている人がいると考えてよさそうだった。
その点について宮下に聞いてみたが、宮下に心当たりはないという。ただ、宮下もその点を考えていたようで、情報収集と中山の身を心配して生徒会に助けを求めたとのことだった。生徒会なら調査権限があるから、宮下の知らない中山の人間関係を調べてもらえるかもと期待しているとのことだった。
「長島先輩、どうするんですか?」
相談を終え、丁寧に頭を下げて出て行く宮下を見送ると、すぐに坂井が尋ねてきた。
「中山くんのことは警察が対応してるし、僕達ができることはそんなにない気がする。けど」
「けど?」
「なにか引っかかるんだよな」
長島は廊下に消えた宮下の残像を見つめながら、ぽつりとこぼした。相談としては、行方不明になった幼なじみを心配しているという単純なものにすぎない。けど、なにかが妙に引っかかって落ち着かない気分になっていた。
「調べるだけ調べてみます?」
あまり乗り気でない長島に対し、坂井は強く調査を勧めてきた。それは正義感というよりは、坂井にとって中山は単なる三年生のひとりではなかったからだった。
「そういえば、坂井さんは中山くんのことは知ってたっけ?」
「はい、今年の文化祭で活動が一緒でしたから。でも、知ってるというほどではないかもしれません」
坂井の話では、今年の文化祭の準備で手伝いに来た中山と知り合ったという。といっても、何度か買い出しを一緒に行ってもらった程度で、互いに詳しいことを話したわけではないとのことだった。
「とりあえず、できる範囲でやってみようか」
長島としては、なんとなく理由をつけて断りたい気持ちもあった。だが、わずかとはいえ関わったことのある人の事件だけに調査したいという坂井の気持ちがわからなくもないだけに、結局調査依頼を受けることにした。
もちろんそれは建前の話で、本当の理由は拭ってもわき出る違和感をつきとめてみたいという思いが長島の背中を押した感じだった。
「二組の中山昇太くんのことなんです」
生徒会室に案内すると同時に、三年三組の宮下優奈が緊張気味に相談内容を口にし始める。宮下優奈は、地元では有名な企業の社長を父に持つお嬢様として知られている。宮下の父親は、建設業、不動産業、産業廃棄物業といった事業を手広く行っており、その一人娘である宮下の仰天エピソードとして、宮下が子供の頃に友達に秘密基地として紹介したのがビル一棹だったのは有名な話でもあった。
そのお嬢様の対応にあたったのは、生徒会副会長の長島拳也と二年の坂井華奈の二人。この中学校では、生徒のトラブルは生徒会が対応することになっており、長島は相談を受ける前からなんともいえない嫌な予感を抱いていた。
「中山くんの件ということは、彼が行方不明になったことに関することだよね?」
中山の名前が出た時点で想像はできていたが、あえて中身を確認してみる。宮下は複雑な表情で一瞬黙ったが、肯定するように小さく頷いてみせた。
「実は中山くんが行方不明になる前、様子が変というか、なにか問題を抱えているみたいだったの」
なんとも言葉にしがたい感じで、宮下が中山のことを説明しはじめる。長島は中山のことについてはあまり知らなかったが、確か母子家庭であることもあり、学校に隠れて新聞配達をしているといった事情を聞いたことがあった。
その中山が行方不明になったのが二週間程前の日曜日。それまで一度もトラブルを起こしたことのない中山の突然の失踪に、周りは騒然としながらも色々とその理由をめぐって一時は盛り上がりをみせていた。
「みんなは受験のストレスとか家庭環境の問題とか言ってるみたいなんだけど、私にはなにか大きなトラブルに巻き込まれたんじゃないかって思えて心配なの」
宮下と中山は幼なじみの関係なだけに、宮下の言葉には妙な重みがあった。長いつきあいだからこそ、中山が行方不明になった背景には周りが言うような事情ではなく、なにかしらの事件が関わっていると考えているみたいだった。
「宮下さんの気持ちはわかったよ。それで、いくつか質問するけど、まずは中山くんが行方不明になる前の様子についてなにかわかっていることはある?」
「クラスが違うから中山くんの教室内のことまではわからないけど、ただ、一つ気になることがあって」
「気になること?」
「私もはっきりとわからないけど、中山くんのクラスでトラブルがあったみたいで……」
そこで顔を伏せた宮下が語ったのは、なんとも奇妙なことだった。
宮下によると、中山が行方不明になる二日前の金曜日に、二組の美希という女子生徒の机の中に身に覚えのない化粧品が入れられていたという。その化粧品は女子の間で人気のものらしく、未使用品で以前から美希が欲しいと言っていたものだったことから、誰かがプレゼントしようとしたのではと軽く考えられたらしい。
しかし、美希の姉が勤めるショッピングセンターで同一の化粧品が盗難被害に遭っていて、その話を聞いていた美希が机の中の化粧品を姉に確認したところ、盗難被害にあったものと同じだとわかったらしい。
そのため、美希にプレゼントしようとしたといった話から一転し、今ではクラスの中に万引き犯がいるとして、クラス内での犯人探しが今も密かに行われているとのことだった。
「その流れだと、ひょっとして中山くんが万引き犯だと疑われたということ?」
「ううん、中山くんは疑われることはなかったって聞いてる。だって、中山くんは人畜無害だし、そもそも美希さんがその化粧品を欲しがってたことは知らないはずだから、中山くんは疑われることはなかったみたい。でも――」
「でも?」
「その化粧品が万引きされた日にショッピングセンターに行った人が怪しいって犯人探しが始まったみたいなんだけど、中山くんはショッピングセンターには行ってないって答えたみたい。でも私、その日中山くんがショッピングセンターから出てくるのを見たの」
宮下の目撃情報によれば、その日中山は一人でショッピングセンターにいたらしい。それも、帽子を目深に被り、マスクをして制服の上着も脱いで学生とは一見してわからない姿でいたという。
「それにね、その騒ぎの翌日も中山くんはショッピングセンターに行ってた。そのときの中山くん、なにかに怯えるみたいに小走りに店を出て行ったの。それで変に思ってショッピングセンターに入ったら、化粧品売り場に警察の人がいたんだ」
言葉を選ぶかのように語る宮下の口調から、宮下が想像していることがなんとなく伝わってきた。おそらく宮下は化粧品の万引き犯が中山であり、万引きがばれてることに驚いてショッピングセンターに行った中山は、そこで警察の姿を見て逃げたと考えているようだった。
「つまり、宮下さんは中山くんが行方不明になった理由に、万引きが関係していると考えているわけなんだ?」
「はっきりとはまだわからないけど、ただ、あんなに怯えた表情の中山くんを見るのは初めてだったから」
かすかに顔を伏せる宮下から、その複雑な胸中が伝わってきた。きっと、宮下としては中山が万引きしているとは信じたくないのだろう。だが、状況が裏付けしているだけに、不安は心配と混ざって確信に変わっているようだった。
「中山くんが行方不明になった理由に万引きが関係しているとしたら、中山くんは発覚を恐れて身を隠している可能性があるかもしれないね」
宮下の話を聞く限り、長島はとりあえず一旦はそう判断することにした。もちろん、万引きが発覚するのを恐れるぐらいで行方不明になるのかという疑問はあったが、今のところはそれ以外に行方不明になる理由はないように思えた。
となると、問題は中山が身を隠している場所がどこになるのかということになる。中学生がたったひとりで簡単に世の中から隠れて生きられるとは思えないから、誰か手助けしている人がいると考えてよさそうだった。
その点について宮下に聞いてみたが、宮下に心当たりはないという。ただ、宮下もその点を考えていたようで、情報収集と中山の身を心配して生徒会に助けを求めたとのことだった。生徒会なら調査権限があるから、宮下の知らない中山の人間関係を調べてもらえるかもと期待しているとのことだった。
「長島先輩、どうするんですか?」
相談を終え、丁寧に頭を下げて出て行く宮下を見送ると、すぐに坂井が尋ねてきた。
「中山くんのことは警察が対応してるし、僕達ができることはそんなにない気がする。けど」
「けど?」
「なにか引っかかるんだよな」
長島は廊下に消えた宮下の残像を見つめながら、ぽつりとこぼした。相談としては、行方不明になった幼なじみを心配しているという単純なものにすぎない。けど、なにかが妙に引っかかって落ち着かない気分になっていた。
「調べるだけ調べてみます?」
あまり乗り気でない長島に対し、坂井は強く調査を勧めてきた。それは正義感というよりは、坂井にとって中山は単なる三年生のひとりではなかったからだった。
「そういえば、坂井さんは中山くんのことは知ってたっけ?」
「はい、今年の文化祭で活動が一緒でしたから。でも、知ってるというほどではないかもしれません」
坂井の話では、今年の文化祭の準備で手伝いに来た中山と知り合ったという。といっても、何度か買い出しを一緒に行ってもらった程度で、互いに詳しいことを話したわけではないとのことだった。
「とりあえず、できる範囲でやってみようか」
長島としては、なんとなく理由をつけて断りたい気持ちもあった。だが、わずかとはいえ関わったことのある人の事件だけに調査したいという坂井の気持ちがわからなくもないだけに、結局調査依頼を受けることにした。
もちろんそれは建前の話で、本当の理由は拭ってもわき出る違和感をつきとめてみたいという思いが長島の背中を押した感じだった。


