ショッピングセンターにつくと、日曜日ということもあって人の多さに気持ちが少しだけ落ち着くのを感じた。いくらなんでもこの人混みの中で変なことはしてこないだろうと思ったが、相手は得体の知れない連中なだけに、遠目に見える坂井にも気をつけるようにスマホで伝えておいた。
ここから先は、安全のために坂井とは別行動をとることになっている。長島が隠し撮りしている映像はリアルタイムで坂井に送信されているから、なにかあればすぐに坂井が助けを呼ぶことになっていた。
緊張と不安で気持ちが滅入る中、長島は混み合う店内を適当に徘徊した。すぐに警備員かあの男が見つかると思っていたが、結局警備員を見つけたのは一時間近く徘徊した後だった。
「すみません、僕のことを覚えてますか?」
震える声をおさえながら、能面顔の警備員に声をかける。警備員は長島に気づくと、わずかにため息をつくのがわかった。
「今日はひとりなのか?」
前回の柔らかな笑みはなく、代わりに底冷えするような眼差しが長島を射抜いてくる。さらにはその眼差しを周囲に向け、警備員は誰かに連絡しているのか、スマホを操作しながら感情を感じさせない声をもらした。
「はい、もうひとりの子は調査からはずれましたので僕ひとりで来ました」
「まったく、余計なことをしたものだな」
「はい?」
「お前、少し余計なことに首をつっこみすぎたな」
意外な警備員の言葉に戸惑っていると、警備員は哀れむような目を向けたまま鋭い口調で吐き捨てた。長島はその真意を聞いてみたが、結局警備員が答えることはなかった。
「あの、この前の男の人に会いたいんです」
「男?」
「はい、左手にさそりの入れ墨がある人です。その人に言われたんです。なにかあったら警備員さんに言えば連絡がつくって」
「知らんな」
「え?」
「誰と勘違いしているか知らないが、俺はそんな男のことは知らないぞ」
迷惑そうな表情をみせたあと、警備員はぞっとするような冷たい声であの男のことは知らないと言い切った。
「そんなの嘘ですよ。だって、あのとき警備員さんもいたじゃないですか」
「悪いが、知らないものは知らないんだ」
「そんな嘘やめてください。前に話したとおり、僕の学校の生徒が行方不明になっているんです。警備員さんもあの人と知り合いなら知ってますよね?」
「悪いが、勘違いを相手にしている暇はないんだ。用件がすんだならさっさと帰るんだな」
「ちょっと待ってください! 人の命がかかってるんですよ! 中山くんを救うためにはあの人に会わないといけないんです!」
あまりにぶっきらぼうな態度にしびれを切らした長島は、声を荒らげながら怒りをぶつけた。その声に周囲の客もなにごとかと視線を向け始めたため、警備員は小さくため息をつくとやれやれと言わんばかりに制帽をぬいで頭をかき始めた。
「さっきも言っただろ? 余計なことに首をつっこみすぎたなと。お前は、そのことを理解しているのか?」
「どういう意味ですか?」
「あの男はいなかった」
「え?」
「お前が言っている男は、いなかったんだよ。今も昔も、そして、映像の世界にもな」
そう呟いた瞬間、警備員は低い笑い声をもらした。あまりにも唐突な内容に困惑したが、それ以上に警備員が面白そうに笑う姿に恐怖がまさっていた。
「長島くん、こんなところでなにしてるの?」
警備員の雰囲気に畏怖してあとずさりした瞬間だった。急に背後から声をかけられ、ふりかえると今は一番会いたくなかった宮下が小さく手をふっていた。
「宮下さん……」
「あれ? なんか様子が変ですねー。もしかして、色々気づいちゃった?」
けらけらと笑いながら近づいてくる宮下に、長島は恐怖で足が動けなくなっていた。いつものおとなしい感じの宮下ではなく、あきらかに自信に満ちた宮下の眼差しに、長島はある種の諦めに似た敗北感のようなものを感じさせられた。
「宮下さん、もしかしてだけど、中山くんが行方不明になったのは――」
確認するまでもなかったが、長島はなんとか声をしぼり出した。
「もちろん、やったのは私です」
大袈裟にテヘペロをしながら、宮下はなんの悪びれもなくあっさりと認めた。
「あ、勘違いしないでね。やったって言っても、ちゃんと中山くんは私の秘密基地で生きてるから」
「秘密基地って、宮下さん、いったいどういうこと?」
「どういうことって、そうね、簡単に言えば秘密基地で教育してるところかな」
なにがおかしいのか、宮下は再びけらけらと笑いながら満足気に言い切った。
「教育って、なにを教育してるの?」
「長島くんも知ってると思うけど、中山くんは万引きに手を染めちゃってたの。長島くんは優等生だからわかんないと思うけど、あれ、本当にヤバいんだよ。ただで欲しい物が手に入るわけだから、考え方が変わるっていうか、価値観がおかしくなっちゃうんだよね」
「価値観がおかしくなる?」
「そういうこと。だって中山くん、普段は真面目でおとなしい性格だったのに、急に性格が変わっていったからピンときたんだよね。で、調べたら案の定だったわけ。しかも、調子にのって美希ちゃんとつきあう気になったりして、ほんと、私のことなめすぎだよね?」
笑顔から一瞬で真顔に変わった宮下が、冷水を浴びせるかのように冷たい視線で睨んでくる。もはやそこには、長島が知る宮下のイメージは完全になくなっていた。
「だから、お仕置きしてやることにしたの。ついでに、私という存在がいながらなめたことしたらどうなるかも教育しとこうと思ったわけ」
「じゃあ、中山くんが行方不明になったのは、美希さんとつきあうことになるかもしれないのが許せなかったからってこと?」
「そういうこと。美希ちゃんもさ、断ればいいのに受けようとするからこんなことに巻き込まれるんだよ」
「ちょっと待って、今の言い方だと美希さんの件は宮下さんがやったってこと?」
「そうだけど?」
なにか問題でも? といった感じに首をかしげながら、宮下は涼しい顔であっさり認めた。
「でも、あの展開は予想外だったかな。まさか私が仕込んだ化粧品が盗品だってすぐにばれるとは思わなかったよ。本当はね、美希ちゃんが素直に自分の物にしたところで、あれは美希ちゃんが万引きした盗品だって噂を流して美希ちゃんを潰す予定だったんだけどね。美希ちゃん、お姉さんがいて運がよかったよ」
あっけらかんに語る宮下だったけど、長島は恐怖で宮下の言葉の意味がうまく理解できなかった。それでも、簡単に人を潰すとか発言している宮下がまともでないことは痛いほど伝わってきた。
「だったら、僕らに相談に来たのはどうして?」
「それはね、坂井さんに近づくためだったからだよ。中山くんの調査を相談したのは、あくまでも口実でしかないんだよね」
「ということは、坂井さんをストーカーしていたのはやっぱり宮下さんだったの?」
「ストーカーと言われるのは心外だよ。私は、ただ坂井さんがどういうつもりで中山くんと仲良くしてたのか、そして中山くんのことをどう思ってるのかを知りたかっただけなんだから」
自分の行いは棚に上げて、宮下はあからさまに不満げな顔で長島を非難した。
「だったら、なぜ坂井さんの上履きに画びょうと脅迫文を入れたの? ただ坂井さんのことを知りたかっただけなら、あからさまに危害を加える必要はなかったよね?」
「ああ、それはね、予想外に長島くんたちが首をつっこんでたから仕方なくやったんだよ。長島くんもわかってると思うんだけど、私が関わってる人たちはやばい人ばかりだから、あまり首をつっこんでほしくなかったんだ」
「首をつっこんでほしくないって、ここで一体なにが起きてるっていうの? それに、宮下さんはなんでそんなやばい人たちとつながってるんだ?」
「なんでつながってるかって? そんなの決まってるじゃん。私は、ここで本当の自分に気づいたからだよ」
怒ったかと思うと急に笑いだした宮下さんが、自身になにが起きたのかを説明しだした。
宮下さんがやばい人たちと関わるようになったのは中山にふられた直後のことで、失意に堕ちた宮下は、このショッピングセンターであの男に声をかけられたという。その際、あの男は宮下に万引きをすすめてきたが、簡単に欲しいものが手に入る宮下はあの男の誘いに興味をもてなかったらしい。
「それでも、水谷はしつこくやるようにすすめてきたの。あ、水谷ってのはさそりの入れ墨があるガチでやばかった人ね。それで仕方なく水谷に言われるまま、私は手当たり次第万引きしたってわけ」
「それで、どうなったの?」
「別に欲しい物が手に入ったわけじゃないからどうかなったってわけじゃないんだけど、ただね、私はそのとき信じられないような感覚を味わったんだ」
「信じられないような感覚?」
「さすがの私も、犯罪を犯したら親が黙っていないことはわかってた。だから、私は物が欲しいという欲が満たされる代わりに、見つかるかもしれないという未知のスリルを味わったの。これがね、もう本当に最高だった。物を盗む度に高まる高揚感が、私の中にあるなにかを目覚めさせてくるの。この感覚は味わってみないとわからないと思うけど、簡単に言えば、言葉にならない快感が脳を突き抜ける感じかな」
なにがおかしいのか長島には理解できなかったが、宮下は終始笑いながら楽しげに話し続けた。その様子が異様すぎてさらに気が引けたが、長島はなんとか耐え続けて宮下の話を聞き続けた。
「その感覚を味わったとき、私はなぜ今まで自分をおさえつけていたのかが不思議に思えたの。こんな素晴らしい体験ができる私なら、もう自分のことをごまかす必要はないって気づいたんだ」
それから宮下は、自分の意志に従うように行動するようになったという。中山に危害を加えた先生には制裁をし、中山に近づく女子には嫌がらせを続けた。最悪なことに、宮下にはそれができる環境があり、そのおかげで行動はよりエスカレートしていったようだった。
「先生の件も、やっぱり宮下さんが関わっていたんだ。でも、いくらなんでもそんなことは許されないよね?」
「もちろん、許されないよ。でもね、そう自問自答する度に、私はねじ伏せてきたの。あの脳を突き抜ける快楽を使ってね」
そこでにっこりと笑った宮下の笑顔に、長島は言いようのない恐怖を感じて鳥肌が立つのがわかった。今目の前にいるのは、ただの同級生にすぎない。だが、実際はただの中学生の女の子ではなく、まぎれもなく得体の知れないモンスターだった。
「そうだ、せっかくだから長島くんには中山くんに会わせてあげる」
「え?」
「今の中山くんを見たら、きっと長島くんも私のこと理解してくれると思うから」
そう誘ってきた宮下の話を、長島は迷いながらも受けることにした。少し怖かったが、もうなにがなんだかわからなくなっていただけに、中山に会えばなにかがわかるかもしれない気がしたからだった。
※この後、迎えに来た車に乗り込んだところで長島が撮影していた映像は終わっていた。さらに、その後の動画データがないことから、坂井という少女もこの時点で撮影を断念したものと思われる。
ここから先は、安全のために坂井とは別行動をとることになっている。長島が隠し撮りしている映像はリアルタイムで坂井に送信されているから、なにかあればすぐに坂井が助けを呼ぶことになっていた。
緊張と不安で気持ちが滅入る中、長島は混み合う店内を適当に徘徊した。すぐに警備員かあの男が見つかると思っていたが、結局警備員を見つけたのは一時間近く徘徊した後だった。
「すみません、僕のことを覚えてますか?」
震える声をおさえながら、能面顔の警備員に声をかける。警備員は長島に気づくと、わずかにため息をつくのがわかった。
「今日はひとりなのか?」
前回の柔らかな笑みはなく、代わりに底冷えするような眼差しが長島を射抜いてくる。さらにはその眼差しを周囲に向け、警備員は誰かに連絡しているのか、スマホを操作しながら感情を感じさせない声をもらした。
「はい、もうひとりの子は調査からはずれましたので僕ひとりで来ました」
「まったく、余計なことをしたものだな」
「はい?」
「お前、少し余計なことに首をつっこみすぎたな」
意外な警備員の言葉に戸惑っていると、警備員は哀れむような目を向けたまま鋭い口調で吐き捨てた。長島はその真意を聞いてみたが、結局警備員が答えることはなかった。
「あの、この前の男の人に会いたいんです」
「男?」
「はい、左手にさそりの入れ墨がある人です。その人に言われたんです。なにかあったら警備員さんに言えば連絡がつくって」
「知らんな」
「え?」
「誰と勘違いしているか知らないが、俺はそんな男のことは知らないぞ」
迷惑そうな表情をみせたあと、警備員はぞっとするような冷たい声であの男のことは知らないと言い切った。
「そんなの嘘ですよ。だって、あのとき警備員さんもいたじゃないですか」
「悪いが、知らないものは知らないんだ」
「そんな嘘やめてください。前に話したとおり、僕の学校の生徒が行方不明になっているんです。警備員さんもあの人と知り合いなら知ってますよね?」
「悪いが、勘違いを相手にしている暇はないんだ。用件がすんだならさっさと帰るんだな」
「ちょっと待ってください! 人の命がかかってるんですよ! 中山くんを救うためにはあの人に会わないといけないんです!」
あまりにぶっきらぼうな態度にしびれを切らした長島は、声を荒らげながら怒りをぶつけた。その声に周囲の客もなにごとかと視線を向け始めたため、警備員は小さくため息をつくとやれやれと言わんばかりに制帽をぬいで頭をかき始めた。
「さっきも言っただろ? 余計なことに首をつっこみすぎたなと。お前は、そのことを理解しているのか?」
「どういう意味ですか?」
「あの男はいなかった」
「え?」
「お前が言っている男は、いなかったんだよ。今も昔も、そして、映像の世界にもな」
そう呟いた瞬間、警備員は低い笑い声をもらした。あまりにも唐突な内容に困惑したが、それ以上に警備員が面白そうに笑う姿に恐怖がまさっていた。
「長島くん、こんなところでなにしてるの?」
警備員の雰囲気に畏怖してあとずさりした瞬間だった。急に背後から声をかけられ、ふりかえると今は一番会いたくなかった宮下が小さく手をふっていた。
「宮下さん……」
「あれ? なんか様子が変ですねー。もしかして、色々気づいちゃった?」
けらけらと笑いながら近づいてくる宮下に、長島は恐怖で足が動けなくなっていた。いつものおとなしい感じの宮下ではなく、あきらかに自信に満ちた宮下の眼差しに、長島はある種の諦めに似た敗北感のようなものを感じさせられた。
「宮下さん、もしかしてだけど、中山くんが行方不明になったのは――」
確認するまでもなかったが、長島はなんとか声をしぼり出した。
「もちろん、やったのは私です」
大袈裟にテヘペロをしながら、宮下はなんの悪びれもなくあっさりと認めた。
「あ、勘違いしないでね。やったって言っても、ちゃんと中山くんは私の秘密基地で生きてるから」
「秘密基地って、宮下さん、いったいどういうこと?」
「どういうことって、そうね、簡単に言えば秘密基地で教育してるところかな」
なにがおかしいのか、宮下は再びけらけらと笑いながら満足気に言い切った。
「教育って、なにを教育してるの?」
「長島くんも知ってると思うけど、中山くんは万引きに手を染めちゃってたの。長島くんは優等生だからわかんないと思うけど、あれ、本当にヤバいんだよ。ただで欲しい物が手に入るわけだから、考え方が変わるっていうか、価値観がおかしくなっちゃうんだよね」
「価値観がおかしくなる?」
「そういうこと。だって中山くん、普段は真面目でおとなしい性格だったのに、急に性格が変わっていったからピンときたんだよね。で、調べたら案の定だったわけ。しかも、調子にのって美希ちゃんとつきあう気になったりして、ほんと、私のことなめすぎだよね?」
笑顔から一瞬で真顔に変わった宮下が、冷水を浴びせるかのように冷たい視線で睨んでくる。もはやそこには、長島が知る宮下のイメージは完全になくなっていた。
「だから、お仕置きしてやることにしたの。ついでに、私という存在がいながらなめたことしたらどうなるかも教育しとこうと思ったわけ」
「じゃあ、中山くんが行方不明になったのは、美希さんとつきあうことになるかもしれないのが許せなかったからってこと?」
「そういうこと。美希ちゃんもさ、断ればいいのに受けようとするからこんなことに巻き込まれるんだよ」
「ちょっと待って、今の言い方だと美希さんの件は宮下さんがやったってこと?」
「そうだけど?」
なにか問題でも? といった感じに首をかしげながら、宮下は涼しい顔であっさり認めた。
「でも、あの展開は予想外だったかな。まさか私が仕込んだ化粧品が盗品だってすぐにばれるとは思わなかったよ。本当はね、美希ちゃんが素直に自分の物にしたところで、あれは美希ちゃんが万引きした盗品だって噂を流して美希ちゃんを潰す予定だったんだけどね。美希ちゃん、お姉さんがいて運がよかったよ」
あっけらかんに語る宮下だったけど、長島は恐怖で宮下の言葉の意味がうまく理解できなかった。それでも、簡単に人を潰すとか発言している宮下がまともでないことは痛いほど伝わってきた。
「だったら、僕らに相談に来たのはどうして?」
「それはね、坂井さんに近づくためだったからだよ。中山くんの調査を相談したのは、あくまでも口実でしかないんだよね」
「ということは、坂井さんをストーカーしていたのはやっぱり宮下さんだったの?」
「ストーカーと言われるのは心外だよ。私は、ただ坂井さんがどういうつもりで中山くんと仲良くしてたのか、そして中山くんのことをどう思ってるのかを知りたかっただけなんだから」
自分の行いは棚に上げて、宮下はあからさまに不満げな顔で長島を非難した。
「だったら、なぜ坂井さんの上履きに画びょうと脅迫文を入れたの? ただ坂井さんのことを知りたかっただけなら、あからさまに危害を加える必要はなかったよね?」
「ああ、それはね、予想外に長島くんたちが首をつっこんでたから仕方なくやったんだよ。長島くんもわかってると思うんだけど、私が関わってる人たちはやばい人ばかりだから、あまり首をつっこんでほしくなかったんだ」
「首をつっこんでほしくないって、ここで一体なにが起きてるっていうの? それに、宮下さんはなんでそんなやばい人たちとつながってるんだ?」
「なんでつながってるかって? そんなの決まってるじゃん。私は、ここで本当の自分に気づいたからだよ」
怒ったかと思うと急に笑いだした宮下さんが、自身になにが起きたのかを説明しだした。
宮下さんがやばい人たちと関わるようになったのは中山にふられた直後のことで、失意に堕ちた宮下は、このショッピングセンターであの男に声をかけられたという。その際、あの男は宮下に万引きをすすめてきたが、簡単に欲しいものが手に入る宮下はあの男の誘いに興味をもてなかったらしい。
「それでも、水谷はしつこくやるようにすすめてきたの。あ、水谷ってのはさそりの入れ墨があるガチでやばかった人ね。それで仕方なく水谷に言われるまま、私は手当たり次第万引きしたってわけ」
「それで、どうなったの?」
「別に欲しい物が手に入ったわけじゃないからどうかなったってわけじゃないんだけど、ただね、私はそのとき信じられないような感覚を味わったんだ」
「信じられないような感覚?」
「さすがの私も、犯罪を犯したら親が黙っていないことはわかってた。だから、私は物が欲しいという欲が満たされる代わりに、見つかるかもしれないという未知のスリルを味わったの。これがね、もう本当に最高だった。物を盗む度に高まる高揚感が、私の中にあるなにかを目覚めさせてくるの。この感覚は味わってみないとわからないと思うけど、簡単に言えば、言葉にならない快感が脳を突き抜ける感じかな」
なにがおかしいのか長島には理解できなかったが、宮下は終始笑いながら楽しげに話し続けた。その様子が異様すぎてさらに気が引けたが、長島はなんとか耐え続けて宮下の話を聞き続けた。
「その感覚を味わったとき、私はなぜ今まで自分をおさえつけていたのかが不思議に思えたの。こんな素晴らしい体験ができる私なら、もう自分のことをごまかす必要はないって気づいたんだ」
それから宮下は、自分の意志に従うように行動するようになったという。中山に危害を加えた先生には制裁をし、中山に近づく女子には嫌がらせを続けた。最悪なことに、宮下にはそれができる環境があり、そのおかげで行動はよりエスカレートしていったようだった。
「先生の件も、やっぱり宮下さんが関わっていたんだ。でも、いくらなんでもそんなことは許されないよね?」
「もちろん、許されないよ。でもね、そう自問自答する度に、私はねじ伏せてきたの。あの脳を突き抜ける快楽を使ってね」
そこでにっこりと笑った宮下の笑顔に、長島は言いようのない恐怖を感じて鳥肌が立つのがわかった。今目の前にいるのは、ただの同級生にすぎない。だが、実際はただの中学生の女の子ではなく、まぎれもなく得体の知れないモンスターだった。
「そうだ、せっかくだから長島くんには中山くんに会わせてあげる」
「え?」
「今の中山くんを見たら、きっと長島くんも私のこと理解してくれると思うから」
そう誘ってきた宮下の話を、長島は迷いながらも受けることにした。少し怖かったが、もうなにがなんだかわからなくなっていただけに、中山に会えばなにかがわかるかもしれない気がしたからだった。
※この後、迎えに来た車に乗り込んだところで長島が撮影していた映像は終わっていた。さらに、その後の動画データがないことから、坂井という少女もこの時点で撮影を断念したものと思われる。


