◯月☓日
本日、全国の有志が集まる交流会に参加する。交流会とはいってもなにか実体があるわけではなく、ネット上で互いの成果を報告しあうだけの、いわば成果自慢のよくある会合といってもよかった。
この交流会には、全国の商業施設、個人商店、多種多様な企業に従事する者が参加している。一見したら共通項がないような職種もあるが、いずれもある共通点があり、それは全員が防犯カメラの操作に一定の権限があるということだった。
その他にも、いわゆるトクリュウと呼ばれるような集団から、私が利用しているような窃盗グループ、さらには暴露系の活動をしている者やネットのさらし屋と呼ばれる者など、ここに集まる人間は全て裏がある者たちといってよかった。
その連中たちのうち数名が今回集まり、最近の活動内容を各自報告していく。その内容の大半が、人間の欲にもとづく犯罪行為や迷惑行為を記録した映像の内容であり、当然そうした映像や罪を犯した者たちを利用したいと考えている者からしたら、喉から手が出るほど欲しい情報の宝庫となるだろう。
だから、当然話は金銭のやりとりになっていき、いつものごとく交流会は罪を記録された者たちのオークション会場に変わっていく。どこの誰がなにをしたのか、罪の内容はなにか、暴露したときのインパクトはどうか、さらしたときのネットの炎上はどうか、本人を直接脅したときの成果はどれくらいかといった内容が熱く議論され、情報が金に変わっていくのだ。
私も、このやりとりは参加することはもちろん、黙って眺めているだけであっても嫌いではなかった。対象となっている人物は、自分の罪が記録されたデータがオークションに出されていることなど夢にも思っていないだろう。その対象となった人物が、ある日どんな仕打ちを受けるのか、あるいはどんな破滅を辿るのか、それをこうして画面越しに白熱するやりとりを眺めながら想像するのがたまらなく好きだった。
もちろん、ここにいる者たちに正義など存在しない。中には正義感でここにいると自負する者もいるが、私に言わせれば、脳が壊れている時点でここにいる連中と大差はないのだ。
そう、ここにいる連中は私も含めてとっくに脳が壊れている。壊れかたはそれぞれだが、共通するのは欲に負けたという点だろう。
金、物欲、支配欲、承認欲求など、人間の欲には際限がない。その果てしない欲望の中で、悪魔の囁きに負けて脳が壊れた連中がここに集まっているのだ。
だから、もしこれを知る者が現れたり、なにかのきっかけで我々の存在に気づく者が現れるとしたら、ぜひ一度考えてほしいことがある。
それは、世の中には防犯カメラが至るところに無数に存在することと、そして、昔はペンは剣より強いという言葉があったが、現代は百の証言よりひとつの映像と言われるほど、映像が持つ証拠能力と影響力は絶大なものなっているということだ。
その上で、街中至るところに存在する防犯カメラ、その裏側にいる人間が常に正義の者だと誰が決めたのだということを、今一度考えてほしいものだ。
ここに集まっている者は、無数にいる防犯カメラの取り扱い者のほんの一握りにすぎない。我々と同じような活動をしている者は、他にいくらでもいるだろう。そうした現実があるということを理解してもらったうえで、次の質問の答えを考えてみてほしい。
今日、お前は何台の防犯カメラにその姿を捉えられたか?
今日、お前は欲に負けた行動をしなかったか?
今日、お前がもしなにかしらの欲に負けた行動をしたとしたら、その周囲に防犯カメラはなかったか?
この私の問いに震えることなく答えることができれば、お前は幸せだろう。
だが、お前が自信なく見上げた先に防犯カメラがあるならば、そのときは、その裏側にいる人間が私のような連中でないことを祈ることだ。
話が長くなったが、とにかく時代が生み出した産物である防犯カメラと映像の証拠能力について、そして、それを悪用する者たちの存在について考えるきっかけになればと思いここに記しておく。
本日、全国の有志が集まる交流会に参加する。交流会とはいってもなにか実体があるわけではなく、ネット上で互いの成果を報告しあうだけの、いわば成果自慢のよくある会合といってもよかった。
この交流会には、全国の商業施設、個人商店、多種多様な企業に従事する者が参加している。一見したら共通項がないような職種もあるが、いずれもある共通点があり、それは全員が防犯カメラの操作に一定の権限があるということだった。
その他にも、いわゆるトクリュウと呼ばれるような集団から、私が利用しているような窃盗グループ、さらには暴露系の活動をしている者やネットのさらし屋と呼ばれる者など、ここに集まる人間は全て裏がある者たちといってよかった。
その連中たちのうち数名が今回集まり、最近の活動内容を各自報告していく。その内容の大半が、人間の欲にもとづく犯罪行為や迷惑行為を記録した映像の内容であり、当然そうした映像や罪を犯した者たちを利用したいと考えている者からしたら、喉から手が出るほど欲しい情報の宝庫となるだろう。
だから、当然話は金銭のやりとりになっていき、いつものごとく交流会は罪を記録された者たちのオークション会場に変わっていく。どこの誰がなにをしたのか、罪の内容はなにか、暴露したときのインパクトはどうか、さらしたときのネットの炎上はどうか、本人を直接脅したときの成果はどれくらいかといった内容が熱く議論され、情報が金に変わっていくのだ。
私も、このやりとりは参加することはもちろん、黙って眺めているだけであっても嫌いではなかった。対象となっている人物は、自分の罪が記録されたデータがオークションに出されていることなど夢にも思っていないだろう。その対象となった人物が、ある日どんな仕打ちを受けるのか、あるいはどんな破滅を辿るのか、それをこうして画面越しに白熱するやりとりを眺めながら想像するのがたまらなく好きだった。
もちろん、ここにいる者たちに正義など存在しない。中には正義感でここにいると自負する者もいるが、私に言わせれば、脳が壊れている時点でここにいる連中と大差はないのだ。
そう、ここにいる連中は私も含めてとっくに脳が壊れている。壊れかたはそれぞれだが、共通するのは欲に負けたという点だろう。
金、物欲、支配欲、承認欲求など、人間の欲には際限がない。その果てしない欲望の中で、悪魔の囁きに負けて脳が壊れた連中がここに集まっているのだ。
だから、もしこれを知る者が現れたり、なにかのきっかけで我々の存在に気づく者が現れるとしたら、ぜひ一度考えてほしいことがある。
それは、世の中には防犯カメラが至るところに無数に存在することと、そして、昔はペンは剣より強いという言葉があったが、現代は百の証言よりひとつの映像と言われるほど、映像が持つ証拠能力と影響力は絶大なものなっているということだ。
その上で、街中至るところに存在する防犯カメラ、その裏側にいる人間が常に正義の者だと誰が決めたのだということを、今一度考えてほしいものだ。
ここに集まっている者は、無数にいる防犯カメラの取り扱い者のほんの一握りにすぎない。我々と同じような活動をしている者は、他にいくらでもいるだろう。そうした現実があるということを理解してもらったうえで、次の質問の答えを考えてみてほしい。
今日、お前は何台の防犯カメラにその姿を捉えられたか?
今日、お前は欲に負けた行動をしなかったか?
今日、お前がもしなにかしらの欲に負けた行動をしたとしたら、その周囲に防犯カメラはなかったか?
この私の問いに震えることなく答えることができれば、お前は幸せだろう。
だが、お前が自信なく見上げた先に防犯カメラがあるならば、そのときは、その裏側にいる人間が私のような連中でないことを祈ることだ。
話が長くなったが、とにかく時代が生み出した産物である防犯カメラと映像の証拠能力について、そして、それを悪用する者たちの存在について考えるきっかけになればと思いここに記しておく。


