ある行方不明事件の調査について

※これは、長島が密かに撮影していたと思われる映像データから必要と思われる部分のみを文字起こししたものである。いささか音声が悪かったことと、男は独特な方言となんらかの隠語を使用していたため、わかる範囲で修正している。なお、若い男については最後まで氏名を含めた正体を明かさなかったため、そのやりとりは割愛させてもらった。


――それで、中山を探しているお前たちがあのおっさんに聞きたかったことってなんなんだ?

――その前に聞いてもいいですか? あなたは中山くんのことを知っているんですね?

――まあな。実はよ、俺もあのガキのことを探していたんだ。せっかく俺が面倒見てやってるのに黙ってとびやがったから、どうしたものかと考えていたとこなんだ。そしたらよ、あのガキを探しているお前らに出会ったわけだ

――あの、あなたと中山くんはどういう関係なんですか?

――その点については、まああまり大きな声では言えないな

――実は、僕らは中山くんが行方不明になったのには、万引きが関係しているんじゃないかって考えています。だから、警備員さんならなにか知ってるかもと思ってここに来たんです。もしかして、あなたとの関係にも万引きが関係しているのではないでしょうか?

――なんだ、もうばれてやがったのかよ。ったく、だからあれほど勝手な真似はするなと忠告しといたのによ。まあいい、ばれてるなら隠す必要はないか。お前の言う通り、あのガキと俺たちは同じ仲間ってところだな

――同じ仲間ってことは、あなたも万引きされてるんですか?

――昔はな。だが、今は直接やってるわけじゃない。って言ってもわからないよな。まあ、あまり詳しくは言えないが、そうだな、あのガキみたいなのを利用して色々やってる感じだ

――そうなんですね。でしたら、あなたから見た中山くんはどんな感じですか? 中山くんが行方不明になる理由に心当たりありませんか?

――あのガキ? まあ一応盗みのセンスはあったな。上にダメ出しくらったが、まあ筋は悪くなかった。とんだ理由については、マジでなんでとんだかは見当もつかねえ。ただ、万引きが理由ってのはありえないな

――それはどうしてですか?

――それを答える前にひとつ聞いておくが、お前たちは万引きってのがどんなものかわかるか?

――どんなって、商品を盗むことですよね?

――まあ、簡単に言えばそうだな。だがな、世間じゃあまり知られてないから教えておくが、俺達の世界ではな、万引きってのは脳を壊す典型的な犯罪って言われているんだ

――え? 脳を壊す、ですか?

――そうだ。まあピンとこないと思うだろうから説明してやるよ。人はな、みんな頭の中に悪魔が住み着いているんだ。これは例外なく誰もが取り憑かれていて、普段は気づかないままその悪魔とやりとりしてるってわけだ。ただ、普通の奴はこの悪魔を押さえ込むことができる。まあ早い話、理性って奴で悪魔を押さえつけてる感じだ。だがな、一度でも快楽の味を知ってしまったら、悪魔は容赦なく人の理性や思考を奪っていくんだ。これが、脳を壊すっていわれる由縁だ

――すみません、言われている意味がよくわからないです

――まあ、普通の奴にはわからなくて当然だよな。そうだな、ちょっと今から言うことを想像してみろ。今、お前の目の前にはずっと欲しいと思っていた商品があるとする。そして、周りには客も店員もいないし防犯カメラもない。いわば、絶対に捕まらない状況だ。もしそんな状況に出くわしたら、お前ならどうする?

――どうするって、僕は盗んだりはしませんけど

――なるほど、見た目通りの優等生ってわけか。だがな、本当にそういった場面に出くわしたら、誰しもが優等生のままってわけにはいかないんだ。見つからない、捕まらないという甘い誘惑には、意外と簡単に人は負けてしまうもんなんだよ。そして、その誘惑に負けた瞬間、悪魔は脳を破壊するってわけだ

――すみません、いまいちよくわからないんですけど、その、脳が壊されたらどうなるんですか?

――脳が破壊された奴ってのは、それまでの思考ができなくなるし、当たり前の感覚がずれていくんだ。例えば、急に性格が大胆になったり、当たり前のように嘘をつくようになったりと、周りの人間からしたら人が変わったように見えたりすることもある。だがな、当の本人はそのことに気づかないんだよ。いつものように考えているだけだと思い込んでいる。しかし実際は感覚がずれてるから、周りから変に思われるってわけだ

――なんとなく意味は理解できましたけど、でも、それは一時的なことで時間が経てばもとに戻るんじゃないんですか? 

――戻るわけないだろ

――え?

――簡単に考えてるようだが、この破壊された脳ってのはそうやすやすとは戻らないんだよ。これが窃盗という犯罪が薬物よりも怖いと言われるところなんだ。考えてみろよ、欲しいものが簡単に手に入るという甘い蜜を吸った奴が、なにもしないでもとに戻ると思うか? 

――それは

――まあ、こればっかりは経験しないとわからないもんだ。だが、経験してしまったら二度と戻れないけどな。ほら、昔の奴らは言ってるだろ? 嘘つきは泥棒の始まりだと。だが、あれは間違いだ。正しくは、泥棒は嘘つきの始まりなんだよ。

――そ、そうなんですね

――そういうわけだから、脳が壊れたあのガキが万引きがばれた程度でとぶわけがないんだ。もし万引きがばれたとあのガキが考えたとしたら、そのときは他の万引き犯同様に都合のいい嘘をついて逃れようと考えるはずだ。万引きがばれたぐらいでいちいちとんでたら、万引き犯は行方不明者ばかりになるだろ?

――確かに、言われてみたらそうかもしれません

――そういうわけだから、あのガキがとんだ理由と万引きは関係していないはずだ

――なるほど、言われてることはなんとなく理解できました。でも、そうだとしたら、万引き以外に不審な点がなかった中山くんが行方不明になる理由は他にどんなことが考えられますか? 

――さあな、脳が壊れた人間の思考っていうのは本当によくわからないもんだ。大半が悪魔の誘惑に負け続けて破滅するものだが、中にはその悪魔を飼いならしたかのように涼しい顔で日常生活を送る化け物もいるしな。俺が知ってる中にも、やりたい放題しながら平気で善人顔した奴もいるくらいだ。まあ、あのガキにはそんな気配はなかったから、とんだ理由には別のなにかがあったと考えたほうがいいだろうな

――確かに、今の話を聞いたらそのとおりかもしれません。今日は色々話を聞かせてもらえて、ありがとうございました

――別に礼を言われる必要はないんだけどな。それより、あのガキのことでなにかわかったら俺にも教えてくれ。ここに来てさっきの警備のおっさんに声をかけたら俺に伝わるようにしておくから

――わかりました。最後に失礼な質問になるかもしれませんけど、あなたはここでなにをしているんですか? また、中山くんとはどうやって知り合ったんですか?

――ここでなにしてるかだって? もちろん窃盗と言いたいところだが、一番の目的は買い物だ。ただ、俺が買ってるのは脳が壊れた奴だけどな。ここで壊れた奴を見定めてもらい、そいつに声をかけて色々と利用させてもらうってわけだ。なんでこの場所かって? それは、この場所がカモを探すのに都合がいいからだよ。いいか、犯罪ってのは人と物と金が集まる場所で起きるんだ。その三つが集まると必ず欲が発生するからな。さっきも言ったが、この欲というのが悪魔の正体なんだよ。そう考えたら、この県内屈指のショッピングセンターは、非常に都合がいい場所になるだろ? だから、俺はここで壊れた人間を仕入れているってわけだ

――ということは、中山くんはあなたに会ったときには脳が壊れていたわけなんですか?

――いや、あのガキはまだ壊れていなかった。ただ、壊れかけていたから俺がちゃんと導いてやったんだよ。そのあとは、他の連中と同じように勝手に壊れていってくれた感じだな。ま、話はこれくらいで、なにかあったら必ず連絡しろよ


※その後の映像では、若い男がしきりにスマホをいじっている姿が映っており、なにやら忙しなく誰かとやりとりしているところで映像は終わっていた。