完璧美貌な女装公子は、夜だけ猛獣へと豹変する~顔面凶器な女装公子の秘密を握ったら、知恵も身も心もまるごとお買い上げされました~

 翌朝。
 私は、後宮の端に位置する『月宵宮』へと呼び出されていた。

 出迎えたのは、愛想は良いが目が笑っていない護衛の男と、中性的でふわふわした雰囲気の少年武官。

「あの……下女の櫻花です……」

「入れ。主がお待ちだ」

 通された部屋には、薔薇の香りが立ち込めていた。

 昨夜の美女——薔薇姫は、豪華な椅子に座り、透明な細工の施されたグラスを弄んでいた。

「薬草園で妙な暗号を書き、夜は人の逢瀬を覗き見か。……お前、どの国から紛れ込んで来たの?」

「ただの洗濯係です。暗号じゃなくて家計簿、いえ、雑記です」

「ほう」    

 薔薇姫が立ち上がり、ゆっくりと私に近づく。
 顔面凶器。
 近くで見ると、その美しさはもはや暴力だった。

「いいこと? この後宮で生き残るには二つの道がある。一つは沈黙。もう一つは……協力」

「……協力、ですか」

「そう。でも、その前に一つ。これを持ちなさい」

 薔薇姫は手に持っていた玻璃のグラスを、ひょいと私に手渡そうとした。
 そんな適当な渡し方危ないじゃん、と慌てて受け取ろうと指を伸ばした、その瞬間。

 ——パリンッ。

 繊細な音を立てて、硝子の破片が床に散った。

「それは遥か東方の国より献上されたばかりの、一点ものの玻璃」

 薔薇姫の声には、微塵も悲しんでいる様子はなかった。
 むしろ、獲物を罠にかけた猟師のような、愉悦の光がその瞳に宿っている。

「これは、困ったこと。下女の給与、何年分だろう? まあ、三代かけても返せまい」

「えっと……今の、わざと、落としましたよね?」

「おや、下女如きが口答えなんて躾がなってない。お前は今、私の玻璃を割った。これは事実」

 薔薇姫は私の目の前まで顔を寄せ、顔面凶器を最大限に利用して微笑んだ。

「つまり、身寄りもお金も無さそうなお前が、弁償するには、身体で支払ってもらわないとな。この月宵宮の下女として。……それと、この文字について説明してもらおう」

 目の前に突きつけられたのは、先日私が書いた日本語のメモ。
 私は天を仰いだ。

 どうやら私のブラック職場だけどそこそこ給料も良いし平穏だった後宮ライフは、とんでもなく美しい麗人によって、先行きの見えない何かへと、強制的にジョブチェンジしてしまったらしい。