「次! 名前は!」
「……櫻花です」
「よし、健康そうだな。計算はできるか?」
「一応、四則演算くらいなら。あと読み書きも少々」
目の前の恰幅のいい女官——胸元の刺繍から察するに、食事を司る『尚食』の人間だろう——が、私の返事を聞くや否や、バチンと書類に判を押した。
「合格! すぐ裏へ行け。制服を支給する。人手が足りなくて猫の手も借りたいんだ、あんたみたいな『普通』な子は貴重だよ!」
「えっ、あの、お給料とか、福利厚生……」
「三食昼寝付き、住み込みだ! ほら、次!」
背中をドンと叩かれ、私は波に飲まれるように建物の中へと押し込まれた。
……おかしい。 私はただ、街の掲示板で『急募・下働き。未経験者歓迎、体力に自信のある方』という貼り紙を見てここへ来ただけだ。
門をくぐった先、広大な敷地と仰々しい屋根の反り、そしてすれ違う男たちが全員、どこかぬるっとした独特の雰囲気を持っているのを見て、私はようやく察した。
(ここ、後宮だ……)
前世は日本の社畜。
商社の経理に携わっていた私は、過労死寸前で転生し、この琴国の片隅で身寄りもなく育ち……図らずもこの国で最もブラックと名高い場所に足を踏み入れてしまったらしい。
今の琴国は、ぶっちゃけボロボロだ。
先代の賢帝が亡くなってからというもの、今の皇帝は心の病とかで引きこもり。
実権は三十五歳の若き皇后が握っている。賄賂、横領、重税。
そんな瓦解寸前の組織に、隣国の第三公主であられる凛星様がお輿入れしてくるという。
そのための突貫工事的な人手不足。
「……ま、いっか。野垂れ死ぬよりはマシだし」
私は支給されたゴワゴワの麻の服を抱え、早々に思考を切り替えた。
どうせ、権力者たちのドロドロした愛憎劇なんて、私には無縁の話なのだから。
「……櫻花です」
「よし、健康そうだな。計算はできるか?」
「一応、四則演算くらいなら。あと読み書きも少々」
目の前の恰幅のいい女官——胸元の刺繍から察するに、食事を司る『尚食』の人間だろう——が、私の返事を聞くや否や、バチンと書類に判を押した。
「合格! すぐ裏へ行け。制服を支給する。人手が足りなくて猫の手も借りたいんだ、あんたみたいな『普通』な子は貴重だよ!」
「えっ、あの、お給料とか、福利厚生……」
「三食昼寝付き、住み込みだ! ほら、次!」
背中をドンと叩かれ、私は波に飲まれるように建物の中へと押し込まれた。
……おかしい。 私はただ、街の掲示板で『急募・下働き。未経験者歓迎、体力に自信のある方』という貼り紙を見てここへ来ただけだ。
門をくぐった先、広大な敷地と仰々しい屋根の反り、そしてすれ違う男たちが全員、どこかぬるっとした独特の雰囲気を持っているのを見て、私はようやく察した。
(ここ、後宮だ……)
前世は日本の社畜。
商社の経理に携わっていた私は、過労死寸前で転生し、この琴国の片隅で身寄りもなく育ち……図らずもこの国で最もブラックと名高い場所に足を踏み入れてしまったらしい。
今の琴国は、ぶっちゃけボロボロだ。
先代の賢帝が亡くなってからというもの、今の皇帝は心の病とかで引きこもり。
実権は三十五歳の若き皇后が握っている。賄賂、横領、重税。
そんな瓦解寸前の組織に、隣国の第三公主であられる凛星様がお輿入れしてくるという。
そのための突貫工事的な人手不足。
「……ま、いっか。野垂れ死ぬよりはマシだし」
私は支給されたゴワゴワの麻の服を抱え、早々に思考を切り替えた。
どうせ、権力者たちのドロドロした愛憎劇なんて、私には無縁の話なのだから。

