初めて信永くんと喋った次の日。流石にその日には泊まることは難しく、結局今日の放課後からお邪魔することになった。
初対面のクラスメイトの家にこれからお世話になるだなんて、ドラマを体験している気分だ。取り敢えず、放課後に菊山家にお邪魔するとだけは伝えてあるため何とかなるだろう。
あとは、自分の家のことである。
お父さん、大丈夫かなぁ。
小学生の時にお母さんが亡くなってから、お父さんは夜勤に勤しみ中々会話ができていない。お陰で家事力は付き、お父さんの負担にならないよう毎日のお弁当は欠かさない。
お父さんには「友達の家で泊まり込みの勉強会することになったから」と適当に言ったが、二つ返事で了承してくれたし、なんとかなるだろう。
どうせ、顔もそこまで見ないし、僕が居ても居なくても同じだ。
今日は、信永くんは学校に来てるのかな。
何気ないことを考えながら教室へと入る。登校早々に、委員長である真白くんが僕を見つけるなり「おはよう」と挨拶してきた。
僕も控えめに返すと、「昨日はありがとうな。助かったよ」と喜ばれた。
君のおかげでこっちは散々な目に遭ったんだけど。
言いたいことを飲み込んで、当たり障りのない返事をまたする。
真白くんのそばにいたクラスメイトたちが神妙そうな顔で僕に言い寄る。
「音羽、何かあいつにされなかったか?」
「え?! の、信永くんのこと? いや、特には……」
真っ赤な嘘を告げると、彼ら同士で視線を交わし始める。何か知っている素振りに僕はきょとんと瞬いた。
「菊山って顔は良いけど性格が最悪だからな。孤高の狼って女子は盛り上がっているけれど全然分かんねーし」
他の人たちも揃って首を上下に振る。
何だ、みんなもそう思ってたんだ。陰でほっと胸を撫で下ろした。
しかし、話はそれだけじゃないようだ。真白くんはずっと真剣な面持ちで僕に訴えてきた。
「言っとくけれどあまり菊山には関わらない方が良いぞ。呪われるって言う噂があるから」
「呪われる!? 何それ……」
もしかして、例の日本人形子守係のことだろうか。話を聞きながら予測するも、真白くんの話は予想を超えた内容だった。
「実は俺、中学が菊山と一緒だったんだけれど、同じクラスの男子を自殺に追いやるまでいじめてたって噂があるんだ」
「じ、自殺?!」
危険な単語に僕は思わず叫ぶ。真白くんから静かにと指摘され、咄嗟に口元を手で覆った。
「実際に中学の時、同じ学年の男子生徒が家で自殺したんだよ。手首を思いっ切りナイフで刺したんだってよ」
「ひぇ……」
何故詳細を話す必要があるのかと思ったが、聞く耳は止まらなかった。
「その自殺した奴、生前は菊山と一緒に居たんだ。だけど、相変わらず不機嫌そうで仲が良いって感じじゃなかったけれどな」
「そ、そうなんだ……」
信永くんの顔の怖さは生まれつきなんじゃないか?
元々美形で、ちょっと真顔になっただけで卒倒してしまう自信がある。
そのことは口が裂けても言わないように決めた。残念ながら、陽キャに歯向かう度胸は持ち合わせていない。
「他にも菊山って、霊感があるみたいで変な事を呟くから怖がられてたりするんだよな」
どうやら信永くんはクラスメイトから良い印象を持たれていないようだ。彼のスピリチュアルな発言に気味悪がっていた。
……でも、信永くんって本当にそんなに酷い人なのかな。
確かに口の悪さとデリカシーのない言葉には心を抉られた。だけど、真白くんたちの話だけを信じるのはどうも気が引けた。
「お、小椿ー! おはよう、今日は遅かったな」
クラスメイトが次々と教室に現れる。真白くんに声を掛けられた彼を見て思わず心臓が止まりかけた。
小椿くんは「おはよう」とにこやかに返す。小椿鷹山くん。彼もまた顔が整っており、信永くんとは真反対の爽やかイケメンである。
小椿くんは面倒見がよく、困ったことがあったらすかさず手を差し伸べる人だ。勿論だが彼は真白くんと同様クラスメイトから人気がある。
しかし、僕は彼に苦手意識を持っていた。と言うよりも小椿くん自身が僕のことを嫌っているのだ。
「こ、小椿くんおはよう」
僕も彼らに倣って挨拶をする。小椿くんは僕の挨拶に、一瞬だけ真顔になるも笑顔を張り詰めた。
「……おはよ」
ほら、物凄く冷たい。僕とはそこまで仲良くないせいなのかもしれないが、その何気ない態度に大袈裟に反応してしまう。
グループ学習でしか会話したことがないけれど、僕と話す時だけどこかぎこちないのだ。時折無視をされたこともあり、僕のことが生理的に受け付けないのだろう。
そこまで仲が良くないからって流石に傷付くけれど。
話しかけにくいオーラが出てるのは自覚済みだけれどさぁ……。
「今さっき、菊山の話をしてたんだよ。確かお前、菊山とは幼少期からの幼馴染なんだよな? あいつってどんな感じ?」
え、小椿くんって信永くんの知り合いなんだ。
真白くんの何気ない言葉に目をぱちくりさせる。
それとは反対に、小椿くんが「あー」と何かを察したかのような顔をした。
「……まぁ、根は良い奴だよ」
「そんなこと言ってさー。本当はこれを言っているのを本人に知られたくないだけだろー?」
「そんなんじゃないってば。もういい? 俺、席に着くから」
「お、おう。そうか……」
小椿くんは自分の席へと向かってしまった。真白くんは「地雷踏んじゃったかぁ?」と零した。
他の人たちは気にするなと宥めていたが、彼は眉を下げてしまった。
内心、彼があまり話したくなさそうな雰囲気は漂わせていたのを肌で感じた。
信永くんのことを話す小椿くんはずっと視線を下に向けいた。まるで、事が過ぎるのを耐えているかのようだった。
「二人は幼稚園からの幼馴染らしいぜ。ずっと一緒だった奴だし、相当くるもんがあるんじゃね? 俺、中学の時小椿と菊山が一緒にいる所見たことないし」
「あの小椿が話を止めたがるんだ。どんだけ性悪なんだろうなー」
「てことだから音羽くん、くれぐれも菊山気をつけろよ? まぁ、そうは言っても不登校だし大丈夫だろうし」
「なー」そう真白くんたちは共感しあって、自分勝手に盛り上がり始めた。
今ここで、その信永くんの家に居候することになったと言ったら真白くんたちはどんな反応を見せるだろうか。
いや、そんなこと考えたくもない。吐き出してしまえは、更なる質問攻めにあうことは間違いなしだ。
「うん、そうする」
ここは無難に、社交辞令の笑顔を向けて頷いた。
それから僕は自分の席に向かい、やっとの思いで座り込む。机の中に教科書を入れると、不意に誰かが僕の席に現れた。真白くんかなと顔を上げ、思わずひゅっと声が漏れた。
「こ、小椿くん!?」
「ねぇ、さっき真白たちと信永の話をしてたって本当?」
唐突な質問に、何故だと声が出そうになる。僕は肯首を示すと、更に「何の話をしてたの?」と返ってくる。僕は解答に困ってしまった。
どうしてそんなことを僕に聞くんだろう。
てか、それなら真白くんたちに聞けばいいじゃないか。
「べ、別にどんな人かなぁって感じだよ。僕、彼のことよく分からなくて……」
その場しのぎで考えた理由を吐き出す。寧ろ、信永くんのことを全く知らないのは事実だし、昨日彼の家事情を知ったばかりだ。
小椿くんは真顔で僕の言葉を噛み砕き、「そっか」と呟いた。
「そう。なら良いんだ、急に呼び止めてごめんね」にこっと笑う彼に咄嗟に首を横に振った。
「だ、大丈夫だよ」
「ううん。俺の方こそごめんね。じゃあね」
彼が自分の席に戻るのを確認し、ため息を吐くと同時に肩を落とした。何だか今日一日分の気力を使い果たした気分だ。
小椿くんは悪い人じゃないのは分かるけれど、読めない感情が余計に怖い。
「それにしても、信永くんがいじめだなんて……」
その情報はどう考えても本当であると信じ切れずにいた。中学の時から一緒だった真白くんの微妙な反応も嘘とは言えないし、何より小椿くんの避けるような口調も気になる。
僕は窓側の一番端の信永くんの席を眺める。もうすぐホームルームが始まる時間だというのに、彼が来る気配はなかった。
今日も休みなんだろうな。
いっそのこと彼本人に聞いてみようと考えたが、意気地なしの僕は出来るわけもない。
得体の知れないモヤモヤは学校が終わる放課後まで解消されることはなかった。
初対面のクラスメイトの家にこれからお世話になるだなんて、ドラマを体験している気分だ。取り敢えず、放課後に菊山家にお邪魔するとだけは伝えてあるため何とかなるだろう。
あとは、自分の家のことである。
お父さん、大丈夫かなぁ。
小学生の時にお母さんが亡くなってから、お父さんは夜勤に勤しみ中々会話ができていない。お陰で家事力は付き、お父さんの負担にならないよう毎日のお弁当は欠かさない。
お父さんには「友達の家で泊まり込みの勉強会することになったから」と適当に言ったが、二つ返事で了承してくれたし、なんとかなるだろう。
どうせ、顔もそこまで見ないし、僕が居ても居なくても同じだ。
今日は、信永くんは学校に来てるのかな。
何気ないことを考えながら教室へと入る。登校早々に、委員長である真白くんが僕を見つけるなり「おはよう」と挨拶してきた。
僕も控えめに返すと、「昨日はありがとうな。助かったよ」と喜ばれた。
君のおかげでこっちは散々な目に遭ったんだけど。
言いたいことを飲み込んで、当たり障りのない返事をまたする。
真白くんのそばにいたクラスメイトたちが神妙そうな顔で僕に言い寄る。
「音羽、何かあいつにされなかったか?」
「え?! の、信永くんのこと? いや、特には……」
真っ赤な嘘を告げると、彼ら同士で視線を交わし始める。何か知っている素振りに僕はきょとんと瞬いた。
「菊山って顔は良いけど性格が最悪だからな。孤高の狼って女子は盛り上がっているけれど全然分かんねーし」
他の人たちも揃って首を上下に振る。
何だ、みんなもそう思ってたんだ。陰でほっと胸を撫で下ろした。
しかし、話はそれだけじゃないようだ。真白くんはずっと真剣な面持ちで僕に訴えてきた。
「言っとくけれどあまり菊山には関わらない方が良いぞ。呪われるって言う噂があるから」
「呪われる!? 何それ……」
もしかして、例の日本人形子守係のことだろうか。話を聞きながら予測するも、真白くんの話は予想を超えた内容だった。
「実は俺、中学が菊山と一緒だったんだけれど、同じクラスの男子を自殺に追いやるまでいじめてたって噂があるんだ」
「じ、自殺?!」
危険な単語に僕は思わず叫ぶ。真白くんから静かにと指摘され、咄嗟に口元を手で覆った。
「実際に中学の時、同じ学年の男子生徒が家で自殺したんだよ。手首を思いっ切りナイフで刺したんだってよ」
「ひぇ……」
何故詳細を話す必要があるのかと思ったが、聞く耳は止まらなかった。
「その自殺した奴、生前は菊山と一緒に居たんだ。だけど、相変わらず不機嫌そうで仲が良いって感じじゃなかったけれどな」
「そ、そうなんだ……」
信永くんの顔の怖さは生まれつきなんじゃないか?
元々美形で、ちょっと真顔になっただけで卒倒してしまう自信がある。
そのことは口が裂けても言わないように決めた。残念ながら、陽キャに歯向かう度胸は持ち合わせていない。
「他にも菊山って、霊感があるみたいで変な事を呟くから怖がられてたりするんだよな」
どうやら信永くんはクラスメイトから良い印象を持たれていないようだ。彼のスピリチュアルな発言に気味悪がっていた。
……でも、信永くんって本当にそんなに酷い人なのかな。
確かに口の悪さとデリカシーのない言葉には心を抉られた。だけど、真白くんたちの話だけを信じるのはどうも気が引けた。
「お、小椿ー! おはよう、今日は遅かったな」
クラスメイトが次々と教室に現れる。真白くんに声を掛けられた彼を見て思わず心臓が止まりかけた。
小椿くんは「おはよう」とにこやかに返す。小椿鷹山くん。彼もまた顔が整っており、信永くんとは真反対の爽やかイケメンである。
小椿くんは面倒見がよく、困ったことがあったらすかさず手を差し伸べる人だ。勿論だが彼は真白くんと同様クラスメイトから人気がある。
しかし、僕は彼に苦手意識を持っていた。と言うよりも小椿くん自身が僕のことを嫌っているのだ。
「こ、小椿くんおはよう」
僕も彼らに倣って挨拶をする。小椿くんは僕の挨拶に、一瞬だけ真顔になるも笑顔を張り詰めた。
「……おはよ」
ほら、物凄く冷たい。僕とはそこまで仲良くないせいなのかもしれないが、その何気ない態度に大袈裟に反応してしまう。
グループ学習でしか会話したことがないけれど、僕と話す時だけどこかぎこちないのだ。時折無視をされたこともあり、僕のことが生理的に受け付けないのだろう。
そこまで仲が良くないからって流石に傷付くけれど。
話しかけにくいオーラが出てるのは自覚済みだけれどさぁ……。
「今さっき、菊山の話をしてたんだよ。確かお前、菊山とは幼少期からの幼馴染なんだよな? あいつってどんな感じ?」
え、小椿くんって信永くんの知り合いなんだ。
真白くんの何気ない言葉に目をぱちくりさせる。
それとは反対に、小椿くんが「あー」と何かを察したかのような顔をした。
「……まぁ、根は良い奴だよ」
「そんなこと言ってさー。本当はこれを言っているのを本人に知られたくないだけだろー?」
「そんなんじゃないってば。もういい? 俺、席に着くから」
「お、おう。そうか……」
小椿くんは自分の席へと向かってしまった。真白くんは「地雷踏んじゃったかぁ?」と零した。
他の人たちは気にするなと宥めていたが、彼は眉を下げてしまった。
内心、彼があまり話したくなさそうな雰囲気は漂わせていたのを肌で感じた。
信永くんのことを話す小椿くんはずっと視線を下に向けいた。まるで、事が過ぎるのを耐えているかのようだった。
「二人は幼稚園からの幼馴染らしいぜ。ずっと一緒だった奴だし、相当くるもんがあるんじゃね? 俺、中学の時小椿と菊山が一緒にいる所見たことないし」
「あの小椿が話を止めたがるんだ。どんだけ性悪なんだろうなー」
「てことだから音羽くん、くれぐれも菊山気をつけろよ? まぁ、そうは言っても不登校だし大丈夫だろうし」
「なー」そう真白くんたちは共感しあって、自分勝手に盛り上がり始めた。
今ここで、その信永くんの家に居候することになったと言ったら真白くんたちはどんな反応を見せるだろうか。
いや、そんなこと考えたくもない。吐き出してしまえは、更なる質問攻めにあうことは間違いなしだ。
「うん、そうする」
ここは無難に、社交辞令の笑顔を向けて頷いた。
それから僕は自分の席に向かい、やっとの思いで座り込む。机の中に教科書を入れると、不意に誰かが僕の席に現れた。真白くんかなと顔を上げ、思わずひゅっと声が漏れた。
「こ、小椿くん!?」
「ねぇ、さっき真白たちと信永の話をしてたって本当?」
唐突な質問に、何故だと声が出そうになる。僕は肯首を示すと、更に「何の話をしてたの?」と返ってくる。僕は解答に困ってしまった。
どうしてそんなことを僕に聞くんだろう。
てか、それなら真白くんたちに聞けばいいじゃないか。
「べ、別にどんな人かなぁって感じだよ。僕、彼のことよく分からなくて……」
その場しのぎで考えた理由を吐き出す。寧ろ、信永くんのことを全く知らないのは事実だし、昨日彼の家事情を知ったばかりだ。
小椿くんは真顔で僕の言葉を噛み砕き、「そっか」と呟いた。
「そう。なら良いんだ、急に呼び止めてごめんね」にこっと笑う彼に咄嗟に首を横に振った。
「だ、大丈夫だよ」
「ううん。俺の方こそごめんね。じゃあね」
彼が自分の席に戻るのを確認し、ため息を吐くと同時に肩を落とした。何だか今日一日分の気力を使い果たした気分だ。
小椿くんは悪い人じゃないのは分かるけれど、読めない感情が余計に怖い。
「それにしても、信永くんがいじめだなんて……」
その情報はどう考えても本当であると信じ切れずにいた。中学の時から一緒だった真白くんの微妙な反応も嘘とは言えないし、何より小椿くんの避けるような口調も気になる。
僕は窓側の一番端の信永くんの席を眺める。もうすぐホームルームが始まる時間だというのに、彼が来る気配はなかった。
今日も休みなんだろうな。
いっそのこと彼本人に聞いてみようと考えたが、意気地なしの僕は出来るわけもない。
得体の知れないモヤモヤは学校が終わる放課後まで解消されることはなかった。

