◇
「ちょっと散らかってるけれど、すぐにお茶を用意しますので待っててください」
「あ、あの! 僕、家の中にお邪魔するつもりは……」
つもりはないと言い切る前に、敦さんは台所へと向かってしまう。案内された居間で縮こまって待つしかなかった。
引っ込み思案特有の声の小ささが仇となった。提出物を届けに行っただけで、大声で泣き、家の中に入ることになる。はたから見れば図々しさの塊でしかない。僕は心の中で深いため息を吐いた。
それよりも僕は周囲が目に留まるものがあって。畳が十畳以上敷き詰まれており、居間にしては広々としている。
視線をずらすと掛け軸と歌舞伎の人形、そして日本人形が置かれている。その他にも、玄関のすぐそばにはクマのぬいぐるみを抱いた少女の人形が飾られていた。
そして、僕の後ろの棚にも何体ものの人形が置かれている。
この家はやたらと人形が多い。
僕の考えすぎかもしれないが、視線が物凄く痛い。誰かに見られているという感覚が拭い切れずにいた。
『お前、さては人形を供養もせずに捨てたことあるだろ?』
『お前、呪われてるぞ』
『無理。このままだと確実に死ぬ』
信永くんの数々の言葉が頭の中でリピートされる。僕は卓袱台の下で両手を握る。
もしかして、本当にこのまま死んじゃうのかな。
不安が募る中、敦さんがおぼんを持って現れた。
「はい、お茶と洋菓子です。お口に合うと良いんですけれど……」
「あ、ありがとうございます」
湯呑に口付けようとすると、湯気が顔中を包んだ。ほんの少しの間だけ、心が癒される。敦さんの献身的な姿を見て、心の中が軽くなった気がした。
そこに、大和さんが現れて僕の顔は一気に強張る。
「敦ー。私にも茶を淹れてくれない?」
「大和さんは自分でやってください。所でお兄ちゃんは?」
「あそこで日向ぼっこしてるよ」
彼が「ほら」と縁側の方を指差す。信永くんが家の柱に背もたれて空を眺めていた。
人形ばかり注視していたせいか、信永くんがずっと座っていたなんて気づかなかった。ただ、背中を向けているため彼の表情を見ることができなかった。呆然と見ていると、敦さんは「お兄ちゃんは何やってるんだか」とぼやいていた。
「音羽くん泣かせたことしょげてるんじゃね?」
「僕は、彼を泣かせたのは大和さんもだと思ってますけど」
「あ、あはは……」
二人の間に気まずい空気が流れる。
「あの……」居たたまれず、無意識に声を出していた。しかし、この次になんと話せば良いか困惑してしまう。
しどろもどろな僕に、敦さんは温厚な態度で言葉を投げかけてきた。
「音羽くんですよね? 今日はお兄ちゃんのために態々ありがとうございます。僕は弟の菊山敦です、よろしくお願いしますね」
「お、音羽暖です……」
「そして、隣にいる男性は叔父の大和さんです」
「よろしく〜、音羽くん。さっきは本当にごめんねぇ」
気さくな撫子さんに僕は頷くことしかできなかった。
「それで、あそこで一人不貞腐れてるのは僕のお兄ちゃんだよ」
「不貞腐れてなんかいねーし」遠くから信永くん本人の声が聞こえた。
「別に変わらないでしょ? それより、折角クラスの人が来たんだから挨拶ぐらいしなよ」
敦さんはじろりと睨むと、信永くんの耐える声が聞こえる。数秒間の攻防戦に負けたのか、信永くんは観念してこちらに歩み寄ってきた。玄関で会った時も思ったが、本当に顔立ちが良い。髪が長いせいか、中世的な印象が固定された。
「俺は信永。まぁ、よろしく」
「よ、よろしくね。信永くん」
「これでいいか?」
「よろしい」敦さんは満足そうに頷いた。兄弟の立場が逆転したことに、信永くんは不服そうだった。
「あの……」
「何だよ」彼の不機嫌そうな声に上半身がビクつく。
肌を突き刺すような眼差しに、声をかけたことを後悔した。
取り敢えず刺激しないよう当たり障りのない言葉をかける。
「こ、ここって人形が多いですね……」
「多い? それだけか?」
「そ、それだけ?」
どこか怪訝しい彼に情けない声が漏れる。
あれ、もしかして信永くんの地雷踏んじゃった!?
言葉を急いで訂正しようとするも、信永くんの方が先に口を開いた。と言うよりも、彼は僕の話の内容を深く追求したいみたいだった。
「ほ、他に何か言う事あったっけ……」
「……」
「そ、そんなに睨まないでよ」
元からの目付きが悪いのか、更に鋭くなった時は首元に刃物を突き付けられている気分になった。半場人質みたいな感覚に陥りながらも、信永くんからの質問攻めを受けることになる。
「それで、何か感じたんだろ?」
「し、視線が凄いなって……」
「他は?」
「だ、誰かに見られているような……」
今言った言葉は全部本当のことである。実を言うと現在進行形で、誰かの気配が拭えず落ち着いていられないのだ。
「ふーん」
信永くんはそこまで聞くと、適当な反応を示した。しかし、唸り声はどこか満足したように感じる。僕は顔を真っ青にして、彼にずいっと近寄った。
「あの、僕って本当に呪われているんですか? じゃあ、この視線も呪いのせい!?」
「だからなんだよ」
「どうしてそんなに冷静でいられるの? 君は何かを知っているんじゃないの?」
「お前こそ心当たりがあるから言えるんじゃねーのか」
図星を突かれた僕は、自然と顔が俯く。今まで黙って聞いていた敦さんが慎重な面持ちで口を開いた。
「お兄ちゃん、気付いてたけれど音羽さんって……」
「一体何があったか、一から全部してくれないか?」
菊山家の人たちの視線が僕に集中する。得体のしれない視線の次は、大の苦手な人の視線である。
僕は人と目を合わせることが苦手であり、打ち明けるのも得意ではない。諦めて「何でもない」と言おうとしたが、信永くんの真っ直ぐな瞳に言葉を飲み込んでしまった。
そして、どうでも良さが心情で現れ、
「えっと、僕が五歳の時の誕生日の話なんだけれど……」
気付けば彼らに事の発端を洗い浚い吐き出していた。
「ちょっと散らかってるけれど、すぐにお茶を用意しますので待っててください」
「あ、あの! 僕、家の中にお邪魔するつもりは……」
つもりはないと言い切る前に、敦さんは台所へと向かってしまう。案内された居間で縮こまって待つしかなかった。
引っ込み思案特有の声の小ささが仇となった。提出物を届けに行っただけで、大声で泣き、家の中に入ることになる。はたから見れば図々しさの塊でしかない。僕は心の中で深いため息を吐いた。
それよりも僕は周囲が目に留まるものがあって。畳が十畳以上敷き詰まれており、居間にしては広々としている。
視線をずらすと掛け軸と歌舞伎の人形、そして日本人形が置かれている。その他にも、玄関のすぐそばにはクマのぬいぐるみを抱いた少女の人形が飾られていた。
そして、僕の後ろの棚にも何体ものの人形が置かれている。
この家はやたらと人形が多い。
僕の考えすぎかもしれないが、視線が物凄く痛い。誰かに見られているという感覚が拭い切れずにいた。
『お前、さては人形を供養もせずに捨てたことあるだろ?』
『お前、呪われてるぞ』
『無理。このままだと確実に死ぬ』
信永くんの数々の言葉が頭の中でリピートされる。僕は卓袱台の下で両手を握る。
もしかして、本当にこのまま死んじゃうのかな。
不安が募る中、敦さんがおぼんを持って現れた。
「はい、お茶と洋菓子です。お口に合うと良いんですけれど……」
「あ、ありがとうございます」
湯呑に口付けようとすると、湯気が顔中を包んだ。ほんの少しの間だけ、心が癒される。敦さんの献身的な姿を見て、心の中が軽くなった気がした。
そこに、大和さんが現れて僕の顔は一気に強張る。
「敦ー。私にも茶を淹れてくれない?」
「大和さんは自分でやってください。所でお兄ちゃんは?」
「あそこで日向ぼっこしてるよ」
彼が「ほら」と縁側の方を指差す。信永くんが家の柱に背もたれて空を眺めていた。
人形ばかり注視していたせいか、信永くんがずっと座っていたなんて気づかなかった。ただ、背中を向けているため彼の表情を見ることができなかった。呆然と見ていると、敦さんは「お兄ちゃんは何やってるんだか」とぼやいていた。
「音羽くん泣かせたことしょげてるんじゃね?」
「僕は、彼を泣かせたのは大和さんもだと思ってますけど」
「あ、あはは……」
二人の間に気まずい空気が流れる。
「あの……」居たたまれず、無意識に声を出していた。しかし、この次になんと話せば良いか困惑してしまう。
しどろもどろな僕に、敦さんは温厚な態度で言葉を投げかけてきた。
「音羽くんですよね? 今日はお兄ちゃんのために態々ありがとうございます。僕は弟の菊山敦です、よろしくお願いしますね」
「お、音羽暖です……」
「そして、隣にいる男性は叔父の大和さんです」
「よろしく〜、音羽くん。さっきは本当にごめんねぇ」
気さくな撫子さんに僕は頷くことしかできなかった。
「それで、あそこで一人不貞腐れてるのは僕のお兄ちゃんだよ」
「不貞腐れてなんかいねーし」遠くから信永くん本人の声が聞こえた。
「別に変わらないでしょ? それより、折角クラスの人が来たんだから挨拶ぐらいしなよ」
敦さんはじろりと睨むと、信永くんの耐える声が聞こえる。数秒間の攻防戦に負けたのか、信永くんは観念してこちらに歩み寄ってきた。玄関で会った時も思ったが、本当に顔立ちが良い。髪が長いせいか、中世的な印象が固定された。
「俺は信永。まぁ、よろしく」
「よ、よろしくね。信永くん」
「これでいいか?」
「よろしい」敦さんは満足そうに頷いた。兄弟の立場が逆転したことに、信永くんは不服そうだった。
「あの……」
「何だよ」彼の不機嫌そうな声に上半身がビクつく。
肌を突き刺すような眼差しに、声をかけたことを後悔した。
取り敢えず刺激しないよう当たり障りのない言葉をかける。
「こ、ここって人形が多いですね……」
「多い? それだけか?」
「そ、それだけ?」
どこか怪訝しい彼に情けない声が漏れる。
あれ、もしかして信永くんの地雷踏んじゃった!?
言葉を急いで訂正しようとするも、信永くんの方が先に口を開いた。と言うよりも、彼は僕の話の内容を深く追求したいみたいだった。
「ほ、他に何か言う事あったっけ……」
「……」
「そ、そんなに睨まないでよ」
元からの目付きが悪いのか、更に鋭くなった時は首元に刃物を突き付けられている気分になった。半場人質みたいな感覚に陥りながらも、信永くんからの質問攻めを受けることになる。
「それで、何か感じたんだろ?」
「し、視線が凄いなって……」
「他は?」
「だ、誰かに見られているような……」
今言った言葉は全部本当のことである。実を言うと現在進行形で、誰かの気配が拭えず落ち着いていられないのだ。
「ふーん」
信永くんはそこまで聞くと、適当な反応を示した。しかし、唸り声はどこか満足したように感じる。僕は顔を真っ青にして、彼にずいっと近寄った。
「あの、僕って本当に呪われているんですか? じゃあ、この視線も呪いのせい!?」
「だからなんだよ」
「どうしてそんなに冷静でいられるの? 君は何かを知っているんじゃないの?」
「お前こそ心当たりがあるから言えるんじゃねーのか」
図星を突かれた僕は、自然と顔が俯く。今まで黙って聞いていた敦さんが慎重な面持ちで口を開いた。
「お兄ちゃん、気付いてたけれど音羽さんって……」
「一体何があったか、一から全部してくれないか?」
菊山家の人たちの視線が僕に集中する。得体のしれない視線の次は、大の苦手な人の視線である。
僕は人と目を合わせることが苦手であり、打ち明けるのも得意ではない。諦めて「何でもない」と言おうとしたが、信永くんの真っ直ぐな瞳に言葉を飲み込んでしまった。
そして、どうでも良さが心情で現れ、
「えっと、僕が五歳の時の誕生日の話なんだけれど……」
気付けば彼らに事の発端を洗い浚い吐き出していた。

