菊山家の日本人形子守係

「ひっ」
 
 反射神経で声が漏れる。口元を抑え、彼の機嫌に刺激を与えない様にした。
 もしかしなくても、この人が信永くんってことだよね。見た目に反して荒々しさが目立つ。信永くんに対する第一印象は「怖い」だった。

「おいそんなメンチ切った顔すんじゃねーよ。信は、目つき悪りぃんだから」

「俺は元々こんな顔なんでーす。そんな事言うなら大和もそうだろ」

 彼から大和と呼ばれた男性は「はぁ?」と額に青筋が浮き出ている。今度こそ喧嘩が起きそうな予感がした。 
 信永くんは彼をひらりと交わして僕に問う。

「そんで? 真白の代わりに来たってこと?」

「は、はい。僕は音羽です。真白くん……今日忙しいみたいで」

 ここに来た理由を思い切って話す。信永くんは「ふーん」と曖昧な反応で首を上下に振った。

「真白の奴、面倒臭ければ素直に言えってのに……」

「え?」

「いや、何でもねぇ」

 何か言いたげな彼を僕は知らないふりをした。一刻も早くこの屋敷から立ち去りたい一心だった。丁度会話もいい具合で途切れたことだ。僕は思い切って二人に告げる。

「じゃあ、僕はそろそろ行くので……。これで、失礼しまし」

「お前、さては()()()()()()()()()()()()()()()()だろ?」

 くるりと後ろを振り向いた瞬間、彼から不意に言われる。その言葉に反応するかのように僕の肩が高く上がった。同時に足も硬直する。負けちゃ駄目だと鞄を強く握りしめた。
 信永くんは僕の返事を待っていた。隣にいる大和さんも黙って見守っていた。だが、僕は何故彼がそんなことを知っているのかで頭がいっぱいだった。
  
「何でそれを……」心の中で思っていた言葉が外に出る。

 信永くんは淡々とした口調で更に返した。

「お前、呪われてるぞ」

 今度こそ続ける言葉を失った。

「成る程な、どうりで変な臭いすると思ったらそうだったのか」

 大和さんが首を上下に振り、納得した態度を見せる。

「家の中がどうりで腐った臭いがするから玄関の方に行ったんだよ。そしたら、お前らが会話してるから」

「つか信、また霊感が強くなったか?」

「逆に言うが、この呪いに気付かない奴の方が馬鹿だぞ。こいつ相当強いだろ、何が「どうりで臭いと思った」なんだよ」

 信永くんは呆れ気味に彼に突っかかる。どうやら二人して何かの気配に気づいていたらしい。
 信永くんの言葉が本当なら僕は強力な呪いにかかっているということになる。

「あの、僕って助かるんですか……」

 震える声で僕はそう問い訪ねた。

「無理。このままだと確実に死ぬ」

 即答された。視界が暗転しそうになった。

 死ぬ……?
 僕、死んじゃうの?

 思考回路が完全にショートする。呆然と立ち尽くして信永くんたちの会話を聞き流していた。
 
「兎に角、それは早急にお祓いと供養しなければならない。いいのか? まだ人生の半分も、大人になってもないのにここで死ぬつもりか? 俺は構わないぞ。誰が死のうが死なないがお前の人生はお前だけのものだからな」

「おい、もう少し言い方変えらんねーのかよ。信も音羽くんと同じ年齢だろ? 餓鬼が知った口聞いてどうする」

「うっせーな。俺はこいつに話してんの」

「それにしても結構臭うな、香水でも付けるか」

「それじゃ逆効果だっつーの!」

 段々と視界がすっきりし始め、呼吸がしやすくなった。僕は深呼吸を何度も繰り返した。そうしている内に、目尻がじんわりと熱くなった。

「うぅ……」

 呻き声に近い声が漏れると、二人が一斉に僕の方を見つめる。
  
「おい、どうした?」

 信永くんの呼びかけが引き金となり、口を大きく開いて物乞いをした。

「ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ!! 人形捨てたりなんかしてごめんなさい!! もう、二度としないからぁ。()()()()()()から、許してくださぁぁぁい!」

 二人は僕の泣き叫ぶ姿に終始引いていた。
 見ての通り、僕の心はとうに限界を超えていた。涙がとどめなく溢れ、おまけに鼻水を垂れる始末。穴と言う穴から液体がわんさか漏れ出した。

 高校生にもなって号泣だなんて黒歴史確定だ。しかし、それ以上の恐怖が僕に襲い掛かってきている。
 今更嘘だったって言われても通じない。

 だって信永くんは僕の()()()()()()()をあっさり見抜いてしまったんだから。

 頭上から大和さんが信永くんを責める言葉が聞こえた。

「あーあ。何クラスメイト泣かしてんだよ」

「大和が臭えとかデリカシーのないこと言うからだろ。人は臭いには敏感なんだよ」

「はぁ?! 少し臭うって言っただけだろ。それに信も高校生のくせして、いっちょ前なことほざきやがって」

「それがいけねーんだよ! 人は呪われると多少の臭いが付くことがあるが、デリカシー無しに臭いって言ったらマズいだろ!」

 僕は湿らせた頬を制服の裾で拭う。それでも浅い呼吸が止まらず、咳込んでしまう。信永くんたちは、僕をどう慰めるかで悪戦苦闘していた。
 と言うより、「お前が悪い」や「信がいけない」など、互いに罪の擦り付け合いを繰り返している。まさに地獄絵図だった。

 そんな中、後ろから砂利道を踏む音が聞こえてくる。同時に二人の刺々しい声とは変わって、柔らかい声が投げられる。
 
「お兄ちゃん、大和さん。ただいま戻りました……って、何してるの?」

「おう、敦帰ってきたか。実はちょっとさ色々訳あって……」

 どうやら、信永くんの弟みたいだ。信永くんはやや気まずく事情を説明しようとする。しかし、彼は僕の存在に気付き、「だ、大丈夫ですか!?」と肩をそっと支えた。僕のぐちゃぐちゃになった顔を見られないよう、頭を深く下げる。

「お兄ちゃん、大和さん?」

「お、おかえり。敦、そうだ! 前に言ってたドーナツ買ってきたぞ!」

「大和さん、ありがとう。でも、そんなことはどうでもいいんだ。どうしてこの人が泣いてるのかそれを知りたくて」

 敦さんは至って穏やかであった。しかし、言葉の一つ一つに冷たさを感じた。心なしか、信永くんたちは途端に言葉を発さなくなった。
 それくらい、他人を分析する余裕が出来た時、彼は平然と会話を続けた。

「詳しい話は家の中でね」