◇
お父さんとの衝突も無事に解決し、僕は再び菊山家にお邪魔する事ができるようになった。
ビオラちゃんたちと再会した時は、
――暖くん! 戻って来てくれたんだね。
「うん! ただいま、ビオラちゃん。色々迷惑をかけてごめんね」
――ううん。暖くんが元気そうで良かった、ずっと部屋で悲しそうな顔をしていたから。凄く心配だったの。
「……え? ずっと部屋で?」
ビオラちゃんは「あ」とだけ漏らす。そこで僕は何となくだが、その理由が分かってしまった気がした。
「ねぇ、前に僕の家に来たことあったりする?」
――ちょっとだけ、力を使ったの。みんな、暖くんの事心配してたから。
やはり。
疑問は確信へと変わる。あの日の夜中、ドタバタとした足音は彼女によるものだったそうだ。
どのようにして、そんな事ができるのかは考えないようにしておこう。
僕自身、幽霊とかオカルトには詳しくないからと結論付けた。
いつも通り子守り係の仕事を済ませた後、仮の自室で学校の準備をしていると、信永くんが現れる。
「じゃあ、おやすみ。信永くん」
「おう、おやすみ。一人で眠れるのか?」
「眠れるよ。てか、あの時と状況が違うでしょ?」
「前のように深夜に連絡してきても良いんだぞ」
「ちょっと信永くん!」
あの件以来、僕たちの関係はより親密なものになった。学校でも再び一緒に行動する事になり、登下校も勿論だ。信永くんのツンケンさは変わらないが、時折本音を漏らすことが多くなった。
真白くんたちには「良かったぁ」と自分たちの事のように喜んでいた。小椿くんもそうだけれど、色んな人に迷惑かけちゃったなぁ。
「もう、気にしなくて良いから」
恥ずかしさに顔を逸らすと、揶揄い混じりの笑い声が返ってくる。意地悪な所は変わらずだが、それでも悪気はなさそうに思えた。
「ま、何かあったら呼べよ」
「分かってるってば。じゃあ、また明日ね」
「うん。おやすみ」
信永くんが自室に戻った後、僕は疲れからかすぐに布団に潜り込んだ。
目が覚めたのは明け方の四時だ。起床時間までまだあり、一度トイレに行ってから眠ろうと部屋を出る。
――暖。
「……ん?」
どこからか僕の名前を呼ぶ声がする。それは廊下の奥から聞こえくる。最初は寝ぼけていると誤魔化したが、何度も呼ばれ、徐々に視界がはっきりしていった。
「ビオラちゃん?」
だけど、彼女は僕のことを「暖くん」と呼ぶ。よくよく耳を澄ませば、少し大人びた声のトーンに目を大きく見開いた。
「だ、誰……」
――暖、私だよ。
その時、確証はないが慎重に言葉を選んだ。
「も、もしかして、棗ちゃん……? 棗ちゃんなの?」
――うん。そうだよ暖。ねぇ、今すぐ助けて欲しいの。
「た、助けて欲しいって……」
どうして今なのかと、まだ働かない脳味噌で考える。姿形が見えず、声を頼りにするのも正直気が引けてしまった。
今までどこに居たの?
本当に無事なの?
あの時のこと、本当は謝りたい。
彼女に言いたい事が雪崩のように襲いかかってくる。しかし、再び囁かれる声に思考が停止してしまった。
「棗ちゃん、今どこにいるの?」
――この家の地下よ。ずっと閉じ込められて、凄く怖いの。
「地下室……? そこって確か、結構危ないって言ってた……」
信永くんたちが口酸っぱく言ってたのを思い出す。その呪いの影響で、他の日本人形たちに危害が及んでしまったのをこの目で見てきた。
それにまだ、この出来事が夢なんじゃないかと疑って仕方がなかった。
しかし、棗ちゃんはそんな事ないと否定した。
――ここに居るお人形さんたちは、みんな優しい子ばかりだよ。
「じゃあ、あの時捨てたっきり戻って来なかったのは……」
――えぇ。菊山家に連れて来られたの。すぐにあの暗い場所に放り込まれて……。私、凄く怖い。
「わ、分かった! 今すぐ助けに行くから、待ってて」
――本当?! ふふ、嬉しい。ありがとう、暖。
彼女のコロコロと笑った声が更に良心を擽らせる。棗ちゃんは本当はこんな風に笑うのだと知った今、自分の過ちがどれだけ酷いものか思い知った。
絶対、絶対に助けなきゃ。
棗ちゃんをここから出してやるんだ。
そう胸に決め、僕は階段を迷わずに降りた。
階段の軋む音に、鼓動が跳ねる。一階まで降り切った後、僕はキッチンの方へ向かった。いつもなら敦くんの背中が見えるが、明け方でまだ彼も起きていないのだろう。
大和さんの姿も見当たらない。
これはチャンスだ。今の内に、地下室に行けば棗ちゃんを助けられる。
地下室に続く階段は、別の場所にある。気軽に誰も行かないよう、南京錠も取り付けられている。
「そうだ。僕、地下室の鍵持ってない……」
向かった所で、これじゃあ意味がないんじゃないか。だが、この時はどうしても何とかなると確信があった。
廊下を進むと、地下へと続く扉がある。この扉もまた、不必要な出入りをしないように、鍵が取り付けられている。
何も考えずにドアノブを回すと、抵抗なく開いた。少し隙間を覗き、そのまま躊躇する事なく扉を開けた。
「棗ちゃん……どこ?」
冷たい空気に包まれ、鳥肌が立つ。下へ続く通路は薄暗く、手すりがないとまともに進めない。スマホのライトで足元を照らし、どんどん進んでいく。
ずっと先を進むと、また扉があった。しかし、取り付けられた南京錠が派手に壊されていた。
――暖、来てくれたんだね。
「棗ちゃん! もしかして、この先にいるの?」
――えぇ。さぁ、早くその扉を開けて。
「ねぇ、棗ちゃん。本当に棗ちゃんなの?」
――えぇ、そうよ。暖。私、暖にずっと会いたかった……。
達成感に満たされた声に、思わずドアノブに手を伸ばした。しかし、途端に自責の念に駆られてピタリと止める。
――どうしたの?
「棗ちゃん、僕ね。ずっと謝りたかったんだ。怖がって、沢山捨てちゃった事、本当にごめんなさい。いっぱい悲しい思い寂しい思いもさせて……」
何故だか分からないが、これを言わなきゃいけない義務に囚われる。折角出会えるというのに、このまま会うだけじゃ僕には無理だった。
「僕、棗ちゃんに酷い事ばかりしちゃったから……。許されなくても良いから……」
――そんな事ないよ。確かに苦しかったけれど、こうして言葉を交わせることはとっても奇跡なの。だから早く、この扉を開けて?
「……うん。分かった、今からそっちに……」
「暖!!!」
後ろから叫びに近い声と共に、視界が一瞬にしてぐるりと回る。伸ばしかけた手は別の誰かに掴まれ、そのまま羽交い締めにされた。
何事かと必死に抵抗するが、「馬鹿野郎! 何やろうとしてんだテメー!」という暴言に目をぱちくりさせた。
「信永くん……? ど、どうしてここに」
「俺の部屋の前にビオラがいて、嫌な予感がしたから地下の扉が開いてたんだ。そしたら、お前がドアを開けようとしていて……。マジで間に合って良かった……」
「び、ビオラちゃんが?」
疑問になるも、彼は聞く耳を持たず、発言弾を飛ばし続けた。
「お前、本当に呪い殺されたいのか?! あと僅かに遅かったらお前は取り込まれていたんだぞ?!」
「だって、棗ちゃんがそこにいるんだもん……」
「は?」
指を指すと信永くんも目だけを動かす。そして、壊された南京錠を見て絶句していた。
「嘘だろ……? お前がやったのか?」
「トイレに行こうとしたら、棗ちゃんの声が聞こえてきたんだ。そしたら、この部屋に閉じ込められてるって言ってたから助けようって……」
通路へ続く扉も、南京錠も既に開いてたと吐き出す。信永くんは拘束したまま僕の事情を静かに頷いていた。
「だから、僕は棗ちゃんに会わないといけないんだ。これまでの事を謝る為に、ちゃんと罪を償わないと……」
「何言ってんだよ。暖の探している人形はあの地下にはいるわけねーよ!」
一蹴した声に、僕は「でもでも」と諦めなかった。信永くんはそれでも引き下がらず、更に捲し立てる。
「お前が初めて来た時、もしかしてと思って地下室を確認したんだよ。そしたら、言っていた人形の特徴と一致する奴は居なかったんだよ」
「嘘だ! じゃあ、僕がこの目で確かめる」
「おい馬鹿、そんな事するんじゃねーよ」
何度も力強く呼ばれて、やっと意識がはっきりとして気がする。眠気も完全に覚め、次に来るのは何故こんな愚かな事をしたんだろうという呆然とさ。
――もうちょっとだったのに。
ふと、棗ちゃんらしき声がそう呟いた。
僕は仕切りに耳を塞ぎ、何度も嫌だと叫んだ。信永くんは「大丈夫だから」と宥め続ける。目尻に熱が籠り、冷たい涙が頬を伝った。
「やっぱり、棗ちゃんは僕のこと怒っているんだ。いろんな場所に捨てたり、怖がったりしたから……。呪われたのも全部僕のせい」
「そんな訳ない、お前が一人で背負う必要はねーよ。原因は椿坂にあるんだから」
「じゃあ何で棗ちゃんの声が聞こえたの。呪われているから、棗ちゃんの声も聞こえたんでしょ?! もう、本当に怖くて……。怖いんだ……」
「大丈夫だから。俺がいる、俺がなんとかしてやるから」
「うっ、うぅ」
とめどなく溢れる涙を必死に拭うと、後ろからそう説得される。そして、部屋の外から「信ー?!」という大和さんの呼び声が降り掛かる。
「大和ー!」
「良かった、暖くん見つかったみたいだな。って、どうしたんだ……?」
大和さんがパジャマ姿で現れ、目の前の光景に困惑の眼差しを向けていた。後から敦くんも現れ、「暖くん、大丈夫?!」と近付いてくる。
そして、壊された南京錠を見て二人は言葉を失っていた。
「お兄ちゃん、一体何があったの?! もしかして地下室に入っちゃったの?!」
「入る寸前で止められたから、多分大丈夫だ。相当参ってるみたいだからな。念の為お祓いに行ったほうが良いかもしれない」
「お、お祓いって……」
「どうやら中の奴らに唆されたみたいなんだ。この前、暖には人形の声が聞こえるって正宗が言ってただろ?」
「それは……」敦くんたちは言葉を詰まらせる。
未だ僕の両肩は信永くんによって捕まったままだ。僕がこれ以上余計な事をしない為の拘束でしかない。
「このままだと、暖はマジで持ってかれる。それ以上悪化すると俺らでも手を付けられないぞ」
信永くんは僕の状況を冷静に判断する。何を言っているかあまり理解が出来ないが、それよりもどうしようもなさが勝ち、自暴自棄に泣きじゃくった。
「ビオラと居る時は、浄化はされている見たいだがな……。それより早く戻ろう、本当に体が悪くなるかもしれないからな」
大和さんの宥めに、僕たちは漸く地下室から離れることになった。僕は信永くんに肩を抱かれながら、覚束ない足取りで階段を上がる。
事態は僕が想像しているよりも深刻な状況だった。菊山家でも対処しきれないなら、僕は本当にどうしたらいいんだろう。
棗ちゃんは、本当にどこに居るんだろう。もし、地下室と同じく暗く冷たい場所にいるなら、裸足で駆け付けて連れ出すんだ。
そして、彼女に謝らなきゃ。
棗ちゃん、ごめんね。僕が本当に悪いんだ。
本当に、本当にごめんなさい。
お父さんとの衝突も無事に解決し、僕は再び菊山家にお邪魔する事ができるようになった。
ビオラちゃんたちと再会した時は、
――暖くん! 戻って来てくれたんだね。
「うん! ただいま、ビオラちゃん。色々迷惑をかけてごめんね」
――ううん。暖くんが元気そうで良かった、ずっと部屋で悲しそうな顔をしていたから。凄く心配だったの。
「……え? ずっと部屋で?」
ビオラちゃんは「あ」とだけ漏らす。そこで僕は何となくだが、その理由が分かってしまった気がした。
「ねぇ、前に僕の家に来たことあったりする?」
――ちょっとだけ、力を使ったの。みんな、暖くんの事心配してたから。
やはり。
疑問は確信へと変わる。あの日の夜中、ドタバタとした足音は彼女によるものだったそうだ。
どのようにして、そんな事ができるのかは考えないようにしておこう。
僕自身、幽霊とかオカルトには詳しくないからと結論付けた。
いつも通り子守り係の仕事を済ませた後、仮の自室で学校の準備をしていると、信永くんが現れる。
「じゃあ、おやすみ。信永くん」
「おう、おやすみ。一人で眠れるのか?」
「眠れるよ。てか、あの時と状況が違うでしょ?」
「前のように深夜に連絡してきても良いんだぞ」
「ちょっと信永くん!」
あの件以来、僕たちの関係はより親密なものになった。学校でも再び一緒に行動する事になり、登下校も勿論だ。信永くんのツンケンさは変わらないが、時折本音を漏らすことが多くなった。
真白くんたちには「良かったぁ」と自分たちの事のように喜んでいた。小椿くんもそうだけれど、色んな人に迷惑かけちゃったなぁ。
「もう、気にしなくて良いから」
恥ずかしさに顔を逸らすと、揶揄い混じりの笑い声が返ってくる。意地悪な所は変わらずだが、それでも悪気はなさそうに思えた。
「ま、何かあったら呼べよ」
「分かってるってば。じゃあ、また明日ね」
「うん。おやすみ」
信永くんが自室に戻った後、僕は疲れからかすぐに布団に潜り込んだ。
目が覚めたのは明け方の四時だ。起床時間までまだあり、一度トイレに行ってから眠ろうと部屋を出る。
――暖。
「……ん?」
どこからか僕の名前を呼ぶ声がする。それは廊下の奥から聞こえくる。最初は寝ぼけていると誤魔化したが、何度も呼ばれ、徐々に視界がはっきりしていった。
「ビオラちゃん?」
だけど、彼女は僕のことを「暖くん」と呼ぶ。よくよく耳を澄ませば、少し大人びた声のトーンに目を大きく見開いた。
「だ、誰……」
――暖、私だよ。
その時、確証はないが慎重に言葉を選んだ。
「も、もしかして、棗ちゃん……? 棗ちゃんなの?」
――うん。そうだよ暖。ねぇ、今すぐ助けて欲しいの。
「た、助けて欲しいって……」
どうして今なのかと、まだ働かない脳味噌で考える。姿形が見えず、声を頼りにするのも正直気が引けてしまった。
今までどこに居たの?
本当に無事なの?
あの時のこと、本当は謝りたい。
彼女に言いたい事が雪崩のように襲いかかってくる。しかし、再び囁かれる声に思考が停止してしまった。
「棗ちゃん、今どこにいるの?」
――この家の地下よ。ずっと閉じ込められて、凄く怖いの。
「地下室……? そこって確か、結構危ないって言ってた……」
信永くんたちが口酸っぱく言ってたのを思い出す。その呪いの影響で、他の日本人形たちに危害が及んでしまったのをこの目で見てきた。
それにまだ、この出来事が夢なんじゃないかと疑って仕方がなかった。
しかし、棗ちゃんはそんな事ないと否定した。
――ここに居るお人形さんたちは、みんな優しい子ばかりだよ。
「じゃあ、あの時捨てたっきり戻って来なかったのは……」
――えぇ。菊山家に連れて来られたの。すぐにあの暗い場所に放り込まれて……。私、凄く怖い。
「わ、分かった! 今すぐ助けに行くから、待ってて」
――本当?! ふふ、嬉しい。ありがとう、暖。
彼女のコロコロと笑った声が更に良心を擽らせる。棗ちゃんは本当はこんな風に笑うのだと知った今、自分の過ちがどれだけ酷いものか思い知った。
絶対、絶対に助けなきゃ。
棗ちゃんをここから出してやるんだ。
そう胸に決め、僕は階段を迷わずに降りた。
階段の軋む音に、鼓動が跳ねる。一階まで降り切った後、僕はキッチンの方へ向かった。いつもなら敦くんの背中が見えるが、明け方でまだ彼も起きていないのだろう。
大和さんの姿も見当たらない。
これはチャンスだ。今の内に、地下室に行けば棗ちゃんを助けられる。
地下室に続く階段は、別の場所にある。気軽に誰も行かないよう、南京錠も取り付けられている。
「そうだ。僕、地下室の鍵持ってない……」
向かった所で、これじゃあ意味がないんじゃないか。だが、この時はどうしても何とかなると確信があった。
廊下を進むと、地下へと続く扉がある。この扉もまた、不必要な出入りをしないように、鍵が取り付けられている。
何も考えずにドアノブを回すと、抵抗なく開いた。少し隙間を覗き、そのまま躊躇する事なく扉を開けた。
「棗ちゃん……どこ?」
冷たい空気に包まれ、鳥肌が立つ。下へ続く通路は薄暗く、手すりがないとまともに進めない。スマホのライトで足元を照らし、どんどん進んでいく。
ずっと先を進むと、また扉があった。しかし、取り付けられた南京錠が派手に壊されていた。
――暖、来てくれたんだね。
「棗ちゃん! もしかして、この先にいるの?」
――えぇ。さぁ、早くその扉を開けて。
「ねぇ、棗ちゃん。本当に棗ちゃんなの?」
――えぇ、そうよ。暖。私、暖にずっと会いたかった……。
達成感に満たされた声に、思わずドアノブに手を伸ばした。しかし、途端に自責の念に駆られてピタリと止める。
――どうしたの?
「棗ちゃん、僕ね。ずっと謝りたかったんだ。怖がって、沢山捨てちゃった事、本当にごめんなさい。いっぱい悲しい思い寂しい思いもさせて……」
何故だか分からないが、これを言わなきゃいけない義務に囚われる。折角出会えるというのに、このまま会うだけじゃ僕には無理だった。
「僕、棗ちゃんに酷い事ばかりしちゃったから……。許されなくても良いから……」
――そんな事ないよ。確かに苦しかったけれど、こうして言葉を交わせることはとっても奇跡なの。だから早く、この扉を開けて?
「……うん。分かった、今からそっちに……」
「暖!!!」
後ろから叫びに近い声と共に、視界が一瞬にしてぐるりと回る。伸ばしかけた手は別の誰かに掴まれ、そのまま羽交い締めにされた。
何事かと必死に抵抗するが、「馬鹿野郎! 何やろうとしてんだテメー!」という暴言に目をぱちくりさせた。
「信永くん……? ど、どうしてここに」
「俺の部屋の前にビオラがいて、嫌な予感がしたから地下の扉が開いてたんだ。そしたら、お前がドアを開けようとしていて……。マジで間に合って良かった……」
「び、ビオラちゃんが?」
疑問になるも、彼は聞く耳を持たず、発言弾を飛ばし続けた。
「お前、本当に呪い殺されたいのか?! あと僅かに遅かったらお前は取り込まれていたんだぞ?!」
「だって、棗ちゃんがそこにいるんだもん……」
「は?」
指を指すと信永くんも目だけを動かす。そして、壊された南京錠を見て絶句していた。
「嘘だろ……? お前がやったのか?」
「トイレに行こうとしたら、棗ちゃんの声が聞こえてきたんだ。そしたら、この部屋に閉じ込められてるって言ってたから助けようって……」
通路へ続く扉も、南京錠も既に開いてたと吐き出す。信永くんは拘束したまま僕の事情を静かに頷いていた。
「だから、僕は棗ちゃんに会わないといけないんだ。これまでの事を謝る為に、ちゃんと罪を償わないと……」
「何言ってんだよ。暖の探している人形はあの地下にはいるわけねーよ!」
一蹴した声に、僕は「でもでも」と諦めなかった。信永くんはそれでも引き下がらず、更に捲し立てる。
「お前が初めて来た時、もしかしてと思って地下室を確認したんだよ。そしたら、言っていた人形の特徴と一致する奴は居なかったんだよ」
「嘘だ! じゃあ、僕がこの目で確かめる」
「おい馬鹿、そんな事するんじゃねーよ」
何度も力強く呼ばれて、やっと意識がはっきりとして気がする。眠気も完全に覚め、次に来るのは何故こんな愚かな事をしたんだろうという呆然とさ。
――もうちょっとだったのに。
ふと、棗ちゃんらしき声がそう呟いた。
僕は仕切りに耳を塞ぎ、何度も嫌だと叫んだ。信永くんは「大丈夫だから」と宥め続ける。目尻に熱が籠り、冷たい涙が頬を伝った。
「やっぱり、棗ちゃんは僕のこと怒っているんだ。いろんな場所に捨てたり、怖がったりしたから……。呪われたのも全部僕のせい」
「そんな訳ない、お前が一人で背負う必要はねーよ。原因は椿坂にあるんだから」
「じゃあ何で棗ちゃんの声が聞こえたの。呪われているから、棗ちゃんの声も聞こえたんでしょ?! もう、本当に怖くて……。怖いんだ……」
「大丈夫だから。俺がいる、俺がなんとかしてやるから」
「うっ、うぅ」
とめどなく溢れる涙を必死に拭うと、後ろからそう説得される。そして、部屋の外から「信ー?!」という大和さんの呼び声が降り掛かる。
「大和ー!」
「良かった、暖くん見つかったみたいだな。って、どうしたんだ……?」
大和さんがパジャマ姿で現れ、目の前の光景に困惑の眼差しを向けていた。後から敦くんも現れ、「暖くん、大丈夫?!」と近付いてくる。
そして、壊された南京錠を見て二人は言葉を失っていた。
「お兄ちゃん、一体何があったの?! もしかして地下室に入っちゃったの?!」
「入る寸前で止められたから、多分大丈夫だ。相当参ってるみたいだからな。念の為お祓いに行ったほうが良いかもしれない」
「お、お祓いって……」
「どうやら中の奴らに唆されたみたいなんだ。この前、暖には人形の声が聞こえるって正宗が言ってただろ?」
「それは……」敦くんたちは言葉を詰まらせる。
未だ僕の両肩は信永くんによって捕まったままだ。僕がこれ以上余計な事をしない為の拘束でしかない。
「このままだと、暖はマジで持ってかれる。それ以上悪化すると俺らでも手を付けられないぞ」
信永くんは僕の状況を冷静に判断する。何を言っているかあまり理解が出来ないが、それよりもどうしようもなさが勝ち、自暴自棄に泣きじゃくった。
「ビオラと居る時は、浄化はされている見たいだがな……。それより早く戻ろう、本当に体が悪くなるかもしれないからな」
大和さんの宥めに、僕たちは漸く地下室から離れることになった。僕は信永くんに肩を抱かれながら、覚束ない足取りで階段を上がる。
事態は僕が想像しているよりも深刻な状況だった。菊山家でも対処しきれないなら、僕は本当にどうしたらいいんだろう。
棗ちゃんは、本当にどこに居るんだろう。もし、地下室と同じく暗く冷たい場所にいるなら、裸足で駆け付けて連れ出すんだ。
そして、彼女に謝らなきゃ。
棗ちゃん、ごめんね。僕が本当に悪いんだ。
本当に、本当にごめんなさい。

