お父さんの息を呑む声が聞こえる。今度はお父さんに目を向け、何故と訴えた。本人は決まりの悪そうにだんまりになった。
立場が突如として変わり、信永くんは優位な立ち位置にしたり顔になった。
そこからは信永くんのわざとらしさを兼ねた言葉の弾が一気に飛び出した。
「体に良くないって、俺の家そんなに汚いです? それとも俺の家を侮辱? 初対面なのに随分と酷いですね。こんなこと聞いたら大和も敦も怒りますよ」
お父さんの沈黙が更に僕の感情を沸きただせる。衝撃的な事で、お腹に詰め込んだ朝食を吐き出してしまいそうになった。
「……それは本当なの?」確認の意味で問いかけると、返事を渋られた。
それが答えだと理解した時、僕は彼の顔を勢いよく逸らした。
「普通、霊感のないやつなら普通の家って解釈するのにどうしても気になってな。まさか、暖の父親も霊感があったんだな」
「信永くんは知ってたんだ……」
「そもそもおかしいだろ。母親の様子が可笑しくなってたのを父親が一番知ってた筈だ。なのに、何で人形を捨てるようなことを暖に任せたんだよ」
信永くんの切実な言葉がお父さんの感情を更に揺さぶらせた。彼がどうしてそこまで怒るのか見当もつかないが、口を挟むのは難しい。
あの時は、棗ちゃんをどうやって捨てるかで必死だったから、お父さんが責められる理由が分からない。それでも信永くんは僕の前に立って、言い続けた。
「暖が、沢山怖い思いをしてたのを知ってたんだろ? そう言う時に庇ってやるのが親なんじゃねーの」
「大体、他所の者が人の家庭事情に首を突っ込むなんて……」
「まだそれ言うのかよ。良いのか? 暖が死んでも、お前は自分のせいじゃないって言い切れるのかよ」
「お前に何が分かるんだ……。あの人形のせいで、俺たちがどれだけ苦しい思いをしてきたか……」
遂に吐き出された発言に、僕は頭が真っ白になりかけた。
「だからこそ俺らがいるんだろ。ここに引っ越す際、子守係の噂も知って来たんだろ?」
「お父さんそうなの? てか、菊山家のこと知ってたの?」
「俺の家は、オカルトとかそう言った詳しい奴の間では有名だからな」
何をそんなに胸を張って言ってるのかとツッコミたくたったが、そんな気力もなくなる。それどころか、今まで隠されていた事ののショックさが背中から襲いかかった。
お父さんは僕の顔を見て、悲痛な胸の内をあける。
「暖、本当に黙っていてすまなかった。本当は、お前が少しずつ呪いにかかっていることも知ってたんだ」
僕は未だ、お父さんの顔をまともに見る事ができていない。
「俺には元々霊感があってな、少しだけなら幽霊を視れるし感じ取れる。菊山家のような強い霊感はないが、俺もこのお陰であらゆる物から避けてきた」
今まで塵の様に積もってきた言葉の数々が耳の中に流れ込む。だが、それは建前で「でも」と一段低くなった声を聞き逃さなかった。
「暖の誕生日に母さんが人形を持ってきただろ? その時、嫌な空気を感じたんだ。最初は気のせいかと思ったし、こんな綺麗な日本人形がいるのかと魅了されたぐらいだ」
結果、それが悪夢の始まりだった。優しかったお母さんは見る見る豹変していき、気が付けば家族の間から孤立していったのだ。
幼いながらに、高校生になった今でも鮮明に覚えている。
「暖が人形を落として、母さんが激しく怒った時があっただろ? あんなに怒号を飛ばした彼女を見るのはあれが生まれて初めてだった。俺は、その時目の前の彼女が人間にじゃない様に思えて凄く怖くなった」
「そんで? 母親が亡くなってから、人形の呪いを強く認識する様になったってことか」
信永くんは自己解釈しながら、話に追いつく。しかし、まだ何か話足りないようで、気まずそうな顔をしていた。信永くんは「早く話せよ」とお父さんを急かした。
「暖。母さんはな、夜な夜な変な男と出会ってたんだよ」
「変な男……?」
妙な胸騒ぎを覚え、それは誰かと尋ねる。口ぶりからして何度も会ってた様子だ。
「俺もこっそり見たぐらいしか分からなかったが、凄く綺麗な顔をした奴でな。後から聞いたが、あの人形を作った知り合いの人形師らしい。問いただしたことがあったが、同級生と言う割には、あまりにも若くて俺は目を疑ったよ」
「それって……」
「椿坂め……。ここでもやりやがったな」憎悪が滲んだ呟きが、信永くんの口から吐き出される。
彼の拳は僅かに震え、行き場のない怒りを小さく発散させていた。
「暖が椿坂の呪いにかかってるって分かった時、薄々勘付いてはいたんだ。もしかしたら、俺の母親とおんなじような結末を辿ったんじゃないかって」
「信永くん……」僕は彼に何と声を掛ければ良いか分からなかった。
「だからこそ、今でも平気でのうのうとしてるあいつが憎い」
「菊山家もそうだったのか?!」
「それに、椿坂の人形はどれも異質でそこら辺に放ったら大変な事になるのは分かっていたからな。だから、暖の呪いも責任を持って取り扱う」
信永くんの目には覚悟を決めたような強い意志を感じた。これ以上椿坂家による被害を生まないために最善を尽くすのだろう。
人間に対しても、人形に対しても。
子守係は持ちつ持たれつの関係で成り立っているのだから。
すると今度は、お父さんの決心した声色がはっきりと聞こえた。
「なら、暖の事は菊山家に任せる。専門家に任せれば暖の安心感も増すだろうしな」
「お父さんそれって……!」
「前までは、住み込みで働いてたんだろう? 好きにしなさい。きっと、彼らが助けてくれるから」
再び、あそこに居られるという嬉しさと、ビオラちゃんたちと会える喜びが胸いっぱいに広がる。思わず椅子から立ち上がって、みっともなく口を開けてしまった。
「ありがとう、お父さん。信永くんもありがとう!」
「だから、別に俺はなんもしてねーよ」抱き付く僕を、信永くんは落ち着けと宥めた。
お父さんは視線を辺りを彷徨わせながら、信永くんを呼びかけた。
「信永くん、だったかな? 先日は失礼な態度を取ってしまい本当に申し訳なかった。向き合わなければならない事から、目を背けた俺なんかよりも、暖は人に助けを求めるほど向き合おうとしていたんだな」
「暖の変な度胸には時折ヒヤヒヤしますよ」
「はは、これならも暖と仲良くしてやってくれると嬉しい」
「……勿論ですよ。そう誓ったんで、最後まで頑張らせてもらいますから」
お父さんと信永くんの間には大きな亀裂が修復されたような気がした。そして、より一層僕らの関係にも深みが築き上げられた。
立場が突如として変わり、信永くんは優位な立ち位置にしたり顔になった。
そこからは信永くんのわざとらしさを兼ねた言葉の弾が一気に飛び出した。
「体に良くないって、俺の家そんなに汚いです? それとも俺の家を侮辱? 初対面なのに随分と酷いですね。こんなこと聞いたら大和も敦も怒りますよ」
お父さんの沈黙が更に僕の感情を沸きただせる。衝撃的な事で、お腹に詰め込んだ朝食を吐き出してしまいそうになった。
「……それは本当なの?」確認の意味で問いかけると、返事を渋られた。
それが答えだと理解した時、僕は彼の顔を勢いよく逸らした。
「普通、霊感のないやつなら普通の家って解釈するのにどうしても気になってな。まさか、暖の父親も霊感があったんだな」
「信永くんは知ってたんだ……」
「そもそもおかしいだろ。母親の様子が可笑しくなってたのを父親が一番知ってた筈だ。なのに、何で人形を捨てるようなことを暖に任せたんだよ」
信永くんの切実な言葉がお父さんの感情を更に揺さぶらせた。彼がどうしてそこまで怒るのか見当もつかないが、口を挟むのは難しい。
あの時は、棗ちゃんをどうやって捨てるかで必死だったから、お父さんが責められる理由が分からない。それでも信永くんは僕の前に立って、言い続けた。
「暖が、沢山怖い思いをしてたのを知ってたんだろ? そう言う時に庇ってやるのが親なんじゃねーの」
「大体、他所の者が人の家庭事情に首を突っ込むなんて……」
「まだそれ言うのかよ。良いのか? 暖が死んでも、お前は自分のせいじゃないって言い切れるのかよ」
「お前に何が分かるんだ……。あの人形のせいで、俺たちがどれだけ苦しい思いをしてきたか……」
遂に吐き出された発言に、僕は頭が真っ白になりかけた。
「だからこそ俺らがいるんだろ。ここに引っ越す際、子守係の噂も知って来たんだろ?」
「お父さんそうなの? てか、菊山家のこと知ってたの?」
「俺の家は、オカルトとかそう言った詳しい奴の間では有名だからな」
何をそんなに胸を張って言ってるのかとツッコミたくたったが、そんな気力もなくなる。それどころか、今まで隠されていた事ののショックさが背中から襲いかかった。
お父さんは僕の顔を見て、悲痛な胸の内をあける。
「暖、本当に黙っていてすまなかった。本当は、お前が少しずつ呪いにかかっていることも知ってたんだ」
僕は未だ、お父さんの顔をまともに見る事ができていない。
「俺には元々霊感があってな、少しだけなら幽霊を視れるし感じ取れる。菊山家のような強い霊感はないが、俺もこのお陰であらゆる物から避けてきた」
今まで塵の様に積もってきた言葉の数々が耳の中に流れ込む。だが、それは建前で「でも」と一段低くなった声を聞き逃さなかった。
「暖の誕生日に母さんが人形を持ってきただろ? その時、嫌な空気を感じたんだ。最初は気のせいかと思ったし、こんな綺麗な日本人形がいるのかと魅了されたぐらいだ」
結果、それが悪夢の始まりだった。優しかったお母さんは見る見る豹変していき、気が付けば家族の間から孤立していったのだ。
幼いながらに、高校生になった今でも鮮明に覚えている。
「暖が人形を落として、母さんが激しく怒った時があっただろ? あんなに怒号を飛ばした彼女を見るのはあれが生まれて初めてだった。俺は、その時目の前の彼女が人間にじゃない様に思えて凄く怖くなった」
「そんで? 母親が亡くなってから、人形の呪いを強く認識する様になったってことか」
信永くんは自己解釈しながら、話に追いつく。しかし、まだ何か話足りないようで、気まずそうな顔をしていた。信永くんは「早く話せよ」とお父さんを急かした。
「暖。母さんはな、夜な夜な変な男と出会ってたんだよ」
「変な男……?」
妙な胸騒ぎを覚え、それは誰かと尋ねる。口ぶりからして何度も会ってた様子だ。
「俺もこっそり見たぐらいしか分からなかったが、凄く綺麗な顔をした奴でな。後から聞いたが、あの人形を作った知り合いの人形師らしい。問いただしたことがあったが、同級生と言う割には、あまりにも若くて俺は目を疑ったよ」
「それって……」
「椿坂め……。ここでもやりやがったな」憎悪が滲んだ呟きが、信永くんの口から吐き出される。
彼の拳は僅かに震え、行き場のない怒りを小さく発散させていた。
「暖が椿坂の呪いにかかってるって分かった時、薄々勘付いてはいたんだ。もしかしたら、俺の母親とおんなじような結末を辿ったんじゃないかって」
「信永くん……」僕は彼に何と声を掛ければ良いか分からなかった。
「だからこそ、今でも平気でのうのうとしてるあいつが憎い」
「菊山家もそうだったのか?!」
「それに、椿坂の人形はどれも異質でそこら辺に放ったら大変な事になるのは分かっていたからな。だから、暖の呪いも責任を持って取り扱う」
信永くんの目には覚悟を決めたような強い意志を感じた。これ以上椿坂家による被害を生まないために最善を尽くすのだろう。
人間に対しても、人形に対しても。
子守係は持ちつ持たれつの関係で成り立っているのだから。
すると今度は、お父さんの決心した声色がはっきりと聞こえた。
「なら、暖の事は菊山家に任せる。専門家に任せれば暖の安心感も増すだろうしな」
「お父さんそれって……!」
「前までは、住み込みで働いてたんだろう? 好きにしなさい。きっと、彼らが助けてくれるから」
再び、あそこに居られるという嬉しさと、ビオラちゃんたちと会える喜びが胸いっぱいに広がる。思わず椅子から立ち上がって、みっともなく口を開けてしまった。
「ありがとう、お父さん。信永くんもありがとう!」
「だから、別に俺はなんもしてねーよ」抱き付く僕を、信永くんは落ち着けと宥めた。
お父さんは視線を辺りを彷徨わせながら、信永くんを呼びかけた。
「信永くん、だったかな? 先日は失礼な態度を取ってしまい本当に申し訳なかった。向き合わなければならない事から、目を背けた俺なんかよりも、暖は人に助けを求めるほど向き合おうとしていたんだな」
「暖の変な度胸には時折ヒヤヒヤしますよ」
「はは、これならも暖と仲良くしてやってくれると嬉しい」
「……勿論ですよ。そう誓ったんで、最後まで頑張らせてもらいますから」
お父さんと信永くんの間には大きな亀裂が修復されたような気がした。そして、より一層僕らの関係にも深みが築き上げられた。

