僕は急いで開けると、ジャージ姿の彼が現れた。片手にはコンビニで買ったお菓子と飲み物が入っている。僕は堪らず彼に近寄り、ぎゅっと抱き締めた。
「ちょ、おい! いきなり抱きつくなって……隣人とかに見られたらどうするんだよ」
「だって……凄く怖かった。寂しかった……」
数日しか距離を置いてなかったのに、長年会えずにやっとの思いで再会した気分だ。信永くんは嫌と振り払わずに、泣きじゃくる僕をあやすばかり。
僕は彼を中に招き入れ、急いで部屋の電気を付ける。誰かがそばに居るだけでこんなにも心強いなんて。
きっと、相手が信永くんだからだろうな。
信永くんは、容赦なく自室の扉をあけ暗闇の中を見渡す。
「玄関には鍵が掛かってたし、そうそう入るやつはいねーだろ」
「でも、足音がして……」
「俺、周囲を見てくるからここで待ってろ」
「でも、信永くんが。やっぱり行かないでよ、怖い……」
我儘だとしても、一人にはなりたくない。もし、本当に泥棒が居たとしたら信永くんが大変な目に遭ってしまう。
勇者な性格の彼だが、どうしても行ってほしくない。
僕の念が届いたのか、信永くんは暫くして大きく息を吐いた。
「仕方ねーな」部屋の扉を閉めて、肩を落とす。
「でも、もう夜遅いから寝よーぜ。歩いたから眠くなってきたしよ。明日も学校だからな」
「あ、うん。……そうだね」
「じゃあ俺、床で寝るから」
「え?! そこで雑魚寝するの?! 駄目だよ、絶対……。それなら僕のベッド使って」
「は? じゃあ暖はどこで寝るんだよ」
「僕が床で寝れば良いし。そこら辺にあるクッションを枕がわりにすれば何とかなるから」
こんな時間に突然来てくれた彼に何のおもてなしができないのは気が引ける。こんな状況だから出来ないが、せめて寝床だけは安全地帯でありたい。
しかし、信永くんも簡単には引き下がってくれず終始攻防戦が続く。そして、数分の言い合いにつれとある結論を出した。
「じゃ、じゃあ! 一緒にベッドで寝よう!」
「はぁ?! お前何言って……」
「これなら信永くんも僕も寝れるし安心だよね!」
「……まぁ、お前がそう言うなら良いけれど」
信永くんも曖昧気味に頷き、二人揃ってベッドに潜り込む。信永くんは僕よりも身長が大きく、寒くないかと気にすると、「平気だ」と返ってくる。
そして向かい合って寝る形になり、僕は目の前の眉目秀麗の顔に釘付けになっていた。
久しぶりに彼の顔を間近で見るが、本当に綺麗だなぁ。クラスの女子がカッコいいと褒めるのも分かる。噂だと後輩たちの間でファンクラブが密かに立てられているらしい。
小椿くんと言い信永くんと言い、僕の周りはイケメン揃いだ。そんな中、信永くんが目を細めて荒々しく呟く。
「何見てんだよ」
「い、いや。何でも……」
「なぁ、暖って俺の顔を見る癖があるよな。そんなに俺の顔って変か?」
「そ、そんな事ないよ! ただ、すっごく綺麗だから見惚れちゃって……」
「は?」
「あ」
つい思っていた事が口に出てしまい、思わず視線が下に向く。綺麗だとは言え、そんなにジロジロ見られたら不信感を抱くのは当然か。
「ご、ごめんね。もう、見ない様に努力するから……」
「はぁ、別にそんなんじゃねーよ。ただ、そんな調子で他の奴に絡んでるってなるとムカつくなーって」
「む、ムカつく?!」
じゃあ、尚更気を付けないとじゃん!
上擦った声と共に僕は気を引き締めようと心に誓った。けれども、信永くんは僕の考え事がお見通しらしく、何故か不服そうにしていた。
「だから、そう言う発言する時は気を付けろって言ってんだよ。勘違いでもしたらどうするんだよ」
「だって信永くんが綺麗なのは本当じゃん。勘違いじゃないよ」
上手く伝わってなかった様で、必死に補足する。信永くんはまたしても溜息を吐いて、じとりと視線を捉えた。
「そう言う事じゃねーって。全く、鈍いのか鋭いのかどっちかにしろよ……。兎に角、俺以外に綺麗とか褒めたりするのは禁止な」
「えぇ?! そ、そんな……」
突然訳の分からない禁止令を出され、思わずあたふたしてしまう。何がそんなにいけないのか分からず、信永くんを見つめていると、不意に気の抜けた笑い声が入った。
「ふはは、そんなに深く考えるな。冗談だよ」
「酷い、信永くんの意地悪」
「はいはい、何とでも言えよ」ひらりとかわされ、何故か負けた感覚に陥る。信永くんはどこまでも余裕がある人だ。そんな会話を繰り広げている内に、次第に目も冴えていく。
僕自身、こうして誰かと寝るのは久しぶりで正直お泊まりみたいでワクワクしていた。
「信永くんのせいで眠れなくなった」
「なら、子守唄歌ってやるよ。俺は、子守係だし」
「良いってば。そんなこと言ったら僕も子守係だよ? 今は、行ってないけれど。……僕、やっぱり父さんが帰ってきたら説得してみるよ」
初めて自分から協力したいって思えた人たちだ。呪いがどうであれ、菊山家を支えたい。
「細かい事は気にすんなよ。俺も手伝うから」
「ありがとう、信永くん」
「それにしても、暖の部屋はぬいぐるみだらけだな。日本人形は怖がってた癖に」
「しょ、しょうがないでしょ? 怖いものは怖いんだから……」
「それは今もか?」
静かに問われる言葉に僕は否定する。
「ビオラちゃんもみんな、いい子で全然怖くないよ。最初はドキドキだったけれど、慣れたらそんな事なくなってね」
「そうか」
信永くんの返事は至って普通だが、どこか表情が綻んでいた。
「寝る前に棗ちゃんにぎゅーしてから寝ると、次の日にちゃんと起きられたんだ」
「愛情はちゃんとあったんだな」
「そりゃ勿論だよ。だけど、あんな出来事があってからは恐怖しかなくて……。でも、棗ちゃんが今もどこかに居るなら探し出して謝りたい。僕のした事は許される様な事じゃないけれど……」
でも、引っ越し直前に一度捨てたきり、棗ちゃんは帰ってこなくなった。もしかしたら、引っ越し先が分からず路頭に迷っているのかと考えることもあった。
だけど、信永くんたちと出会ってちゃんと呪いと向き合っていこうと決めたんだ。
「信永くん、本当にありがとう」
「別にお礼を言われるような事はしてねーよ」信永くんの吐息が頬にかかる。僕は少し身を捩らせ、少しだけ顔を近付けた。
「あのね、僕こうしてお家のことを話したのは信永くんが初めてなんだ。信永くんになら、何でも秘密を打ち上げられそう」
僕にとって初めての友達。
大袈裟かもしれないけれど、本当なんだ。信永くんが僕の事をどう思っているか分からないけれど、これからも仲良くしたい。
じっと見つめていると、信永くんが頬を赤らめてぼそっと零した。
「……俺も暖にだったら全てを委ねられるって思ってるし、委ねられたいとも思ってる」
「え?」
「だから、これ以上一人で抱え込むなよ」
「……ふふ、ありがとう」
「いいから早く寝るぞ」
信永くんは寝返りを打った。自分よりも広く大きな背中に、僕は堪らずふふっと微笑んでしまった。
「おやすみ、信永くん」
「……おやすみ」
本当に今日の夜は、彼のお陰で眠れそうだ。色んな緊張と不安が抜け落ち、気が付けば意識がすうっと溶けるように消えた。
◇
カーテンから差し込む朝日で、ゆっくりと目を覚ます。眩しさを和らげる為に瞼を擦ると、不意に片手に違和感を覚えた。
信永くんが吐息を立てて眠っている。握られた手は僕よりも大きく、包まれていた。
僕は彼を起こさないように、気を付けながらベッドを抜け出す。時刻は六時過ぎを回っていた。心の中の不安感も消え、いい目覚めになった。
恐る恐る部屋の扉を開けると、夜の不気味さは掻き消され窓から差し込む光が見える。
息を呑み込んで向こう側へ出ようとすると、いきなり腕を引かれた。
「うわぁ?! の、信永くん……」
「……おはよ」
「お、おはよう……。もう少し寝てても良かったのに」
「何で起こしてくれないんだよ」
何やら不機嫌な面持ちで言う彼に、思わず拍子抜けしてしまう。信永くんは思い切り欠伸をしながら、眠気まなこで見下ろした。
ふと、彼の頭を見るとぴょこんと寝癖が出ている。元々の綺麗な黒髪に、異物が混入したみたいで思わず笑いが込み上げた。
「何笑ってんだよ」
「ふふ、何でもないよ。お腹空いたよね? 僕作ってくるからお部屋で待っててよ」
「着いてくからいい」
「じゃあ、顔とか洗ってきていいよ。洗面所案内するから。あ、着替えとかはどうしよう、今日も学校だし……」
「飯食ったら、爆速で家に戻る。学校には先に行ってていいから」
「そんなの悪いよ。僕も一緒に行くから」
「分かった。じゃあ、二人揃って遅刻しても別に文句は言うなよ」
「分かってるよ。大丈夫だから」
僕は軽く笑えば、信永くんも満足した様な顔をする。部屋を出ると、辺りはいつも通りガランとしていた。物が荒らされた形跡はないし、家具もちゃんと定位置で収まっている。
良かった。泥棒は居なかったみたい。
そう安堵すれば後はこっちのもので、僕は締め切った窓を網戸へと変える。信永くんを洗面所へと案内して、僕は台所へ向かった。
軽めの朝食を作ると、信永くんがタオルで顔を拭きながら現れる。
「信永くん、トーストでも大丈夫?」
「別に好き嫌いはねーから良いよ。ありがとな」
信永くんは椅子に腰掛け、思い切り体を伸ばした。まだ眠気が覚めてないのか、彼の瞼が半分閉じかけていた。僕は二人分のベーコンと目玉焼きを皿に盛り付け、サラダとバターも用意する。
「こんなものしかないけれど良かったら……。あ、パンのおかわりはあるから足りなかったら言ってね」
「これくらいあれば充分だよ。それ以上食ったらはち切れる」
「信永くんって結構少食だからびっくりするんだもん。最初菊山家に居た頃は、一日一食の時もあったって聞いて驚いたんだから」
「何も活動してないとそれくらいしか腹に溜まんないんだよ」
サラダに箸で伸ばす彼は、「暖は母親みてーな事言うよな」とやや嫌そうに呟いた。しかし、空腹には耐えられないのか、信永くんの食べるスピードは早まるばかりだ。
玄関のドアノブが回り、ガチャリと開閉音が聞こえる。僕たちは食べる動作を止め、玄関の方へ視線を注ぐ。
「暖、ただいま」
お父さんが夜勤から帰宅してきた。僕は、「おかえり」と静かに返す。キッチンに現れた彼は真っ先に、信永くんの方へ目が行く。
「君……。何故ここに……」お父さんは、例の件で割って入った信永くんを敵視している。
ぼやけた感覚が、一気に血の気が引いて冷静さ突き立てた。
「お、お父さん、違うの。これは…………」
「暖、これはどう言うことだ」
「待って。話をちゃんと聞いてよ」
また言い合いになってしまう。その展開だけは避けたく、僕は急いで弁論を求めた。しかし、お父さんは納得がいってないのか信永くんに険しい表情をぶつけていた。
かく言う信永くんは、何も言わずにお父さんを見つめていた。それを生意気だと認識したのが、お父さんの毒付いた言葉が炸裂する。
「君も全く懲りない人だな。学校での教育がなってないんじゃないのか? ズカズカと俺たちの家庭にも入り込んで、仕舞いには勝手に上がり込んでるなんて非常識にも程がある」
「お父さん! 信永くんは僕が呼んだの! それに非常識な人じゃいなから」
「暖、少し黙ってろ。こいつは謝っても反省しないたちなんだ。親御さんに連絡してきちんと話し合うべきだな」
「お父さん、何言ってるの!」
いよいよ危ない所まで話が進行した時だ。今までずっと黙っていた信永くんが、ふとある事を呟いた。
「謝る? まずはさ、そっちが色々黙ってきた事を謝るべきじゃね?」
「は? それはどう言う意味だ?」
お父さんの瞳孔が大きく開かれる。
「簡単な話ですよ」信永くんは自信ありげに言い出す。
「どうして俺の家が呪われてるって分かったんですか?」
……え?
僕はすぐさま信永くんを見つめる。
「ど、どう言うこと? お、お父さんが知ってるって……」
「そうだ。一体、何の話をしてるんだい」
「この前暖に言ってたでしょう。ここは、体に良くない場所って。無意識に言ってたら忘れてたんですか?」
「ちょ、おい! いきなり抱きつくなって……隣人とかに見られたらどうするんだよ」
「だって……凄く怖かった。寂しかった……」
数日しか距離を置いてなかったのに、長年会えずにやっとの思いで再会した気分だ。信永くんは嫌と振り払わずに、泣きじゃくる僕をあやすばかり。
僕は彼を中に招き入れ、急いで部屋の電気を付ける。誰かがそばに居るだけでこんなにも心強いなんて。
きっと、相手が信永くんだからだろうな。
信永くんは、容赦なく自室の扉をあけ暗闇の中を見渡す。
「玄関には鍵が掛かってたし、そうそう入るやつはいねーだろ」
「でも、足音がして……」
「俺、周囲を見てくるからここで待ってろ」
「でも、信永くんが。やっぱり行かないでよ、怖い……」
我儘だとしても、一人にはなりたくない。もし、本当に泥棒が居たとしたら信永くんが大変な目に遭ってしまう。
勇者な性格の彼だが、どうしても行ってほしくない。
僕の念が届いたのか、信永くんは暫くして大きく息を吐いた。
「仕方ねーな」部屋の扉を閉めて、肩を落とす。
「でも、もう夜遅いから寝よーぜ。歩いたから眠くなってきたしよ。明日も学校だからな」
「あ、うん。……そうだね」
「じゃあ俺、床で寝るから」
「え?! そこで雑魚寝するの?! 駄目だよ、絶対……。それなら僕のベッド使って」
「は? じゃあ暖はどこで寝るんだよ」
「僕が床で寝れば良いし。そこら辺にあるクッションを枕がわりにすれば何とかなるから」
こんな時間に突然来てくれた彼に何のおもてなしができないのは気が引ける。こんな状況だから出来ないが、せめて寝床だけは安全地帯でありたい。
しかし、信永くんも簡単には引き下がってくれず終始攻防戦が続く。そして、数分の言い合いにつれとある結論を出した。
「じゃ、じゃあ! 一緒にベッドで寝よう!」
「はぁ?! お前何言って……」
「これなら信永くんも僕も寝れるし安心だよね!」
「……まぁ、お前がそう言うなら良いけれど」
信永くんも曖昧気味に頷き、二人揃ってベッドに潜り込む。信永くんは僕よりも身長が大きく、寒くないかと気にすると、「平気だ」と返ってくる。
そして向かい合って寝る形になり、僕は目の前の眉目秀麗の顔に釘付けになっていた。
久しぶりに彼の顔を間近で見るが、本当に綺麗だなぁ。クラスの女子がカッコいいと褒めるのも分かる。噂だと後輩たちの間でファンクラブが密かに立てられているらしい。
小椿くんと言い信永くんと言い、僕の周りはイケメン揃いだ。そんな中、信永くんが目を細めて荒々しく呟く。
「何見てんだよ」
「い、いや。何でも……」
「なぁ、暖って俺の顔を見る癖があるよな。そんなに俺の顔って変か?」
「そ、そんな事ないよ! ただ、すっごく綺麗だから見惚れちゃって……」
「は?」
「あ」
つい思っていた事が口に出てしまい、思わず視線が下に向く。綺麗だとは言え、そんなにジロジロ見られたら不信感を抱くのは当然か。
「ご、ごめんね。もう、見ない様に努力するから……」
「はぁ、別にそんなんじゃねーよ。ただ、そんな調子で他の奴に絡んでるってなるとムカつくなーって」
「む、ムカつく?!」
じゃあ、尚更気を付けないとじゃん!
上擦った声と共に僕は気を引き締めようと心に誓った。けれども、信永くんは僕の考え事がお見通しらしく、何故か不服そうにしていた。
「だから、そう言う発言する時は気を付けろって言ってんだよ。勘違いでもしたらどうするんだよ」
「だって信永くんが綺麗なのは本当じゃん。勘違いじゃないよ」
上手く伝わってなかった様で、必死に補足する。信永くんはまたしても溜息を吐いて、じとりと視線を捉えた。
「そう言う事じゃねーって。全く、鈍いのか鋭いのかどっちかにしろよ……。兎に角、俺以外に綺麗とか褒めたりするのは禁止な」
「えぇ?! そ、そんな……」
突然訳の分からない禁止令を出され、思わずあたふたしてしまう。何がそんなにいけないのか分からず、信永くんを見つめていると、不意に気の抜けた笑い声が入った。
「ふはは、そんなに深く考えるな。冗談だよ」
「酷い、信永くんの意地悪」
「はいはい、何とでも言えよ」ひらりとかわされ、何故か負けた感覚に陥る。信永くんはどこまでも余裕がある人だ。そんな会話を繰り広げている内に、次第に目も冴えていく。
僕自身、こうして誰かと寝るのは久しぶりで正直お泊まりみたいでワクワクしていた。
「信永くんのせいで眠れなくなった」
「なら、子守唄歌ってやるよ。俺は、子守係だし」
「良いってば。そんなこと言ったら僕も子守係だよ? 今は、行ってないけれど。……僕、やっぱり父さんが帰ってきたら説得してみるよ」
初めて自分から協力したいって思えた人たちだ。呪いがどうであれ、菊山家を支えたい。
「細かい事は気にすんなよ。俺も手伝うから」
「ありがとう、信永くん」
「それにしても、暖の部屋はぬいぐるみだらけだな。日本人形は怖がってた癖に」
「しょ、しょうがないでしょ? 怖いものは怖いんだから……」
「それは今もか?」
静かに問われる言葉に僕は否定する。
「ビオラちゃんもみんな、いい子で全然怖くないよ。最初はドキドキだったけれど、慣れたらそんな事なくなってね」
「そうか」
信永くんの返事は至って普通だが、どこか表情が綻んでいた。
「寝る前に棗ちゃんにぎゅーしてから寝ると、次の日にちゃんと起きられたんだ」
「愛情はちゃんとあったんだな」
「そりゃ勿論だよ。だけど、あんな出来事があってからは恐怖しかなくて……。でも、棗ちゃんが今もどこかに居るなら探し出して謝りたい。僕のした事は許される様な事じゃないけれど……」
でも、引っ越し直前に一度捨てたきり、棗ちゃんは帰ってこなくなった。もしかしたら、引っ越し先が分からず路頭に迷っているのかと考えることもあった。
だけど、信永くんたちと出会ってちゃんと呪いと向き合っていこうと決めたんだ。
「信永くん、本当にありがとう」
「別にお礼を言われるような事はしてねーよ」信永くんの吐息が頬にかかる。僕は少し身を捩らせ、少しだけ顔を近付けた。
「あのね、僕こうしてお家のことを話したのは信永くんが初めてなんだ。信永くんになら、何でも秘密を打ち上げられそう」
僕にとって初めての友達。
大袈裟かもしれないけれど、本当なんだ。信永くんが僕の事をどう思っているか分からないけれど、これからも仲良くしたい。
じっと見つめていると、信永くんが頬を赤らめてぼそっと零した。
「……俺も暖にだったら全てを委ねられるって思ってるし、委ねられたいとも思ってる」
「え?」
「だから、これ以上一人で抱え込むなよ」
「……ふふ、ありがとう」
「いいから早く寝るぞ」
信永くんは寝返りを打った。自分よりも広く大きな背中に、僕は堪らずふふっと微笑んでしまった。
「おやすみ、信永くん」
「……おやすみ」
本当に今日の夜は、彼のお陰で眠れそうだ。色んな緊張と不安が抜け落ち、気が付けば意識がすうっと溶けるように消えた。
◇
カーテンから差し込む朝日で、ゆっくりと目を覚ます。眩しさを和らげる為に瞼を擦ると、不意に片手に違和感を覚えた。
信永くんが吐息を立てて眠っている。握られた手は僕よりも大きく、包まれていた。
僕は彼を起こさないように、気を付けながらベッドを抜け出す。時刻は六時過ぎを回っていた。心の中の不安感も消え、いい目覚めになった。
恐る恐る部屋の扉を開けると、夜の不気味さは掻き消され窓から差し込む光が見える。
息を呑み込んで向こう側へ出ようとすると、いきなり腕を引かれた。
「うわぁ?! の、信永くん……」
「……おはよ」
「お、おはよう……。もう少し寝てても良かったのに」
「何で起こしてくれないんだよ」
何やら不機嫌な面持ちで言う彼に、思わず拍子抜けしてしまう。信永くんは思い切り欠伸をしながら、眠気まなこで見下ろした。
ふと、彼の頭を見るとぴょこんと寝癖が出ている。元々の綺麗な黒髪に、異物が混入したみたいで思わず笑いが込み上げた。
「何笑ってんだよ」
「ふふ、何でもないよ。お腹空いたよね? 僕作ってくるからお部屋で待っててよ」
「着いてくからいい」
「じゃあ、顔とか洗ってきていいよ。洗面所案内するから。あ、着替えとかはどうしよう、今日も学校だし……」
「飯食ったら、爆速で家に戻る。学校には先に行ってていいから」
「そんなの悪いよ。僕も一緒に行くから」
「分かった。じゃあ、二人揃って遅刻しても別に文句は言うなよ」
「分かってるよ。大丈夫だから」
僕は軽く笑えば、信永くんも満足した様な顔をする。部屋を出ると、辺りはいつも通りガランとしていた。物が荒らされた形跡はないし、家具もちゃんと定位置で収まっている。
良かった。泥棒は居なかったみたい。
そう安堵すれば後はこっちのもので、僕は締め切った窓を網戸へと変える。信永くんを洗面所へと案内して、僕は台所へ向かった。
軽めの朝食を作ると、信永くんがタオルで顔を拭きながら現れる。
「信永くん、トーストでも大丈夫?」
「別に好き嫌いはねーから良いよ。ありがとな」
信永くんは椅子に腰掛け、思い切り体を伸ばした。まだ眠気が覚めてないのか、彼の瞼が半分閉じかけていた。僕は二人分のベーコンと目玉焼きを皿に盛り付け、サラダとバターも用意する。
「こんなものしかないけれど良かったら……。あ、パンのおかわりはあるから足りなかったら言ってね」
「これくらいあれば充分だよ。それ以上食ったらはち切れる」
「信永くんって結構少食だからびっくりするんだもん。最初菊山家に居た頃は、一日一食の時もあったって聞いて驚いたんだから」
「何も活動してないとそれくらいしか腹に溜まんないんだよ」
サラダに箸で伸ばす彼は、「暖は母親みてーな事言うよな」とやや嫌そうに呟いた。しかし、空腹には耐えられないのか、信永くんの食べるスピードは早まるばかりだ。
玄関のドアノブが回り、ガチャリと開閉音が聞こえる。僕たちは食べる動作を止め、玄関の方へ視線を注ぐ。
「暖、ただいま」
お父さんが夜勤から帰宅してきた。僕は、「おかえり」と静かに返す。キッチンに現れた彼は真っ先に、信永くんの方へ目が行く。
「君……。何故ここに……」お父さんは、例の件で割って入った信永くんを敵視している。
ぼやけた感覚が、一気に血の気が引いて冷静さ突き立てた。
「お、お父さん、違うの。これは…………」
「暖、これはどう言うことだ」
「待って。話をちゃんと聞いてよ」
また言い合いになってしまう。その展開だけは避けたく、僕は急いで弁論を求めた。しかし、お父さんは納得がいってないのか信永くんに険しい表情をぶつけていた。
かく言う信永くんは、何も言わずにお父さんを見つめていた。それを生意気だと認識したのが、お父さんの毒付いた言葉が炸裂する。
「君も全く懲りない人だな。学校での教育がなってないんじゃないのか? ズカズカと俺たちの家庭にも入り込んで、仕舞いには勝手に上がり込んでるなんて非常識にも程がある」
「お父さん! 信永くんは僕が呼んだの! それに非常識な人じゃいなから」
「暖、少し黙ってろ。こいつは謝っても反省しないたちなんだ。親御さんに連絡してきちんと話し合うべきだな」
「お父さん、何言ってるの!」
いよいよ危ない所まで話が進行した時だ。今までずっと黙っていた信永くんが、ふとある事を呟いた。
「謝る? まずはさ、そっちが色々黙ってきた事を謝るべきじゃね?」
「は? それはどう言う意味だ?」
お父さんの瞳孔が大きく開かれる。
「簡単な話ですよ」信永くんは自信ありげに言い出す。
「どうして俺の家が呪われてるって分かったんですか?」
……え?
僕はすぐさま信永くんを見つめる。
「ど、どう言うこと? お、お父さんが知ってるって……」
「そうだ。一体、何の話をしてるんだい」
「この前暖に言ってたでしょう。ここは、体に良くない場所って。無意識に言ってたら忘れてたんですか?」

