◇
それからと言うもの、千歳さんは呪いの経過で暫く菊山家をちょくちょく訪問するらしい。
呪いの影響が遅れて現れる可能性も考慮してのことだ。
そして、僕と信永くんの方はと言うと、椿坂さんの有益な情報を得られないまま暫く日が経った。小椿くんも密かに協力してくれているが、あまり期待はしないで欲しいとのこと。
確実な証拠がない以上、椿坂さんから変なオーラが出ているというものでは自信を持って進めないのは確かだ。
今日も僕は学校帰りに、菊山家へとお邪魔する。こっちでの生活も徐々に慣れ始め、最近では夕食準備を手伝わしてくれることになった。
父子家庭での家事力がここで発揮されていると思うと、何だか少し息がしやすい。信永くんたちとの仲も深まってきたからかな。
一度自宅で身支度を整えた後、菊山家へと向かう。信永くんは先に帰って準備しているようだった。
僕も急いで行かなきゃ。
そう意気込んで鞄を持ち直した時だった。
「暖。こんな所で何をしてる」
後ろからいつも聞かない声と、詰めるような口調が飛ぶ。僕は歩く足を止め、背筋が固まった。
「お、お父さん……」
振り返るといつも寝ている筈の父親が険しい顔をして立っていた。よく見ると服装が作業服のままだ。
そんな、家に帰った時は寝ていた筈なのに。
「中々家に帰ってこないから着いてきてみれば……こんな所で何をしているんだ」
「と、友達と泊まりだって言ってるでしょ。別に大丈夫だから……」
「そうじゃないだろう。何日も入り浸って迷惑を掛けてるって思わないのか?」
責めるような態度に喉を絞められる感覚に陥る。鋭い視線が突き刺さるが、上手く目を合わせられない。
今まで何も干渉してこなかったのに、いきなりどうしてなんだ。
数秒間答えられずにいると、玄関の扉が開く。大和さんが僕の事を出迎えに来てくれたようだ。
「や、大和さん」
「おっ、暖くん。おかえり、信も敦も待ってるぞ。……ん?」
大和さんは父さんの姿に目を固まらせる。そして、本人はと言うと額に青筋を立たせ、堂々と大和さんの方に歩く。
「お前か? うちの暖に悪知恵を働かせてる輩は」
「は? え、ちょっといきなりなんですか?! どちら様なんです?!」
必死に冷静を取り繕うも、父さんの威勢に負けそうになっていた。それもそうだ。大和さんはチンピラみたいな見た目だし、誤解されても仕方がない。
よりによって今日の服装はタンクトップに、両腕の刺青が目立つ。父さんの苛立ちに火に油を注いでいる状態だった。
「父さん! 大和さんは良い人だから辞めてよ!」渾身の説得をするも、かえって逆上させてしまう。
そこへ、騒ぎを聞きつけた菊山兄弟が何事かと現れた。
「大和さんどうしたんですか?!」敦さんは興奮気味の大和さんの方へ向かう。
「いや、この人がいきなり声を上げてきて……。暖くんの知り合いっぽいんだよな……」
三人が父さんをあり得ない目で見る中で、途端に菊山家との境界線が一気に引かれた気がした。僕は何も言えずにいると、いきなり片腕を引っ張られる。
「痛い! 父さん辞めてよ!」
「こんな場所に居ると体に悪い」
「そんな事ないよ! あの人たちは本当に良い人なの。だから誤解しないで!」
「それのどこに確証を持てると言うんだよ」
ここで僕は、久しぶりに父親と目線を交わした。物言わぬ瞳に押され、僕はまた口を閉ざすしかなかった。
「おいオッサン、暖が痛がってるだろ。離せよ」
信永くんが間を裂き、僕をこちら側へ引き寄せる。それよりも僕は信永くんの喧嘩腰に冷や汗が出そうだった。
案の定、彼の剣幕な様子に呼吸がしづらい。
「お前、人に向かってその口の聞き方は良くないな」
「そうかよ。でも、こいつ怖がってんじゃん。無理矢理連れ出そうとするのも良くないんじゃね?」
「の、信永くん。僕のことはいいから……」
それ以上言うのはよしてと咎めるも、信永くんは食い下がる。
「人の家庭関係にズカズカと入り込もうとしないでもえるか?」
「はぁ、家庭環境? 今まで無干渉だった癖に? 良く言えるよ。そう言う時だけ、家族面するのは辞めたらどうですか?」
父さんの言葉など微塵にも感じてないようだ。鼻で笑い、実にくだらないと挑発腰だ。
しかし状況は一向に良くなる所か父さんの機嫌は雷雨寸前だ。
「どこから育て間違えたんだろうな……」
「……え?」
「最初は、友達とと言うから珍しい事あるんだと思ったらこんな非行少年共とつるんでたとはな。俺の管理が緩かったのかもしれない。お前がそんなにこいつらを守るのも、そのせいか? なぁ」
父さんから吐き出された言葉は、思っていたよりも冷たかった。何もかも諦めたような顔付きが目に焼き付く。
そんな風に言われるなんて思わなかった。
このままじゃ、見捨てられる。
そして何より、信永くんたちと一緒にいられなくなる。
嫌な考えが脳内をぐるぐる駆け巡り、何か弁論しないとと焦った。
「ご、ごめんなさい。父さん……。もう、もうここに来るのは止めるから……」
「は? 暖、お前何言って……」
「でも、この人たちは本当に悪い人じゃないから。僕も気を付けるから……。ごめんなさい」
信永くんの言葉など耳にせず、僕は縋る思いで父さんに告げる。頭を深く下げ、彼の返事を待つ。父さんは僕たちを凝視した後、渋々と頷いた。
「……まぁ、暖がそう言うのなら」
「……あ、ありがとう」
少しだけ息を吐くことができ肩の力が抜ける。
漸く事が収まりかけ、僕は三人の目を見る事もなく、父さんの方へ歩み寄った。
「おい」
信永くんが肩を掴む。いつもの整った怖い顔が崩れ、息詰まりそうな表情に目を背けたくなった。
それでも彼は黙る事なく、僕に問いかける。
「暖、お前はそれでいいのかよ」
「……」
「おい、何とか答えろよ!」
「ちょっとお兄ちゃん、やめなってば。落ち着いてよ」
「うるせぇ、敦には聞いてないんだから勝手に口をはさむんじゃねーよ」
敦さんの宥める声に鼻の奥がつんとする。信永くんの納得のいかない声色が嫌でも分かった。今でも、少し棘のある言い方が更に胸の奥を締め付ける。
信永くんは僕の本心を知っている。だからこそ、僕自身から本音を聞きたいのだ。
でも、それが余計に辛い事を信永くんは知らない。
「の、信永くんには関係ないでしょ」
やっと吐き出したそれは、信永くんを拍子抜けさせるのもだった。
「は?」誰もが羨ましがりそうな綺麗な二重を大きく開かせていた。
ヤケ気味に僕は言葉を押し通す。
「勝手に関係者面しないでよ。僕のこと何も知らないくせに!!」
そう言ってしまった後は、驚くほど無音だった。大和さんも敦さんも、何も言わずにただ見つめるばかり。
あぁ、やっちゃった。
後悔よりもやるせなさが勝り、僕は下を俯く。次に返ってくる信永くんの発言がどうしても聞きたくなかった。
しかし、
「それがお前の答えなんだな」
「信永くん……?」
「もういい」
信永くんはそう言って家の中へと戻ってしまった。バダンと勢いよく閉められた扉に、僕は不思議と怯えなかった。
でも僕は、最後に見た信永くんの顔は一生忘れないと思う。
去り際、信永くんの瞳は波打ち今にも泣きそうなのを堪えていた。
そこでやっと、事の重大さに気付く。
「信永くん、待っ」
だが、痺れを切らした父さんに腕を引っ張られる形で、菊山家を後にした。
最後まで大和さんと敦くんは、僕を心配そうな眼差しで見つめていた。僕は彼らの姿を暫く捉えた後、黙って前を歩く事しかできなかった。
それからと言うもの、千歳さんは呪いの経過で暫く菊山家をちょくちょく訪問するらしい。
呪いの影響が遅れて現れる可能性も考慮してのことだ。
そして、僕と信永くんの方はと言うと、椿坂さんの有益な情報を得られないまま暫く日が経った。小椿くんも密かに協力してくれているが、あまり期待はしないで欲しいとのこと。
確実な証拠がない以上、椿坂さんから変なオーラが出ているというものでは自信を持って進めないのは確かだ。
今日も僕は学校帰りに、菊山家へとお邪魔する。こっちでの生活も徐々に慣れ始め、最近では夕食準備を手伝わしてくれることになった。
父子家庭での家事力がここで発揮されていると思うと、何だか少し息がしやすい。信永くんたちとの仲も深まってきたからかな。
一度自宅で身支度を整えた後、菊山家へと向かう。信永くんは先に帰って準備しているようだった。
僕も急いで行かなきゃ。
そう意気込んで鞄を持ち直した時だった。
「暖。こんな所で何をしてる」
後ろからいつも聞かない声と、詰めるような口調が飛ぶ。僕は歩く足を止め、背筋が固まった。
「お、お父さん……」
振り返るといつも寝ている筈の父親が険しい顔をして立っていた。よく見ると服装が作業服のままだ。
そんな、家に帰った時は寝ていた筈なのに。
「中々家に帰ってこないから着いてきてみれば……こんな所で何をしているんだ」
「と、友達と泊まりだって言ってるでしょ。別に大丈夫だから……」
「そうじゃないだろう。何日も入り浸って迷惑を掛けてるって思わないのか?」
責めるような態度に喉を絞められる感覚に陥る。鋭い視線が突き刺さるが、上手く目を合わせられない。
今まで何も干渉してこなかったのに、いきなりどうしてなんだ。
数秒間答えられずにいると、玄関の扉が開く。大和さんが僕の事を出迎えに来てくれたようだ。
「や、大和さん」
「おっ、暖くん。おかえり、信も敦も待ってるぞ。……ん?」
大和さんは父さんの姿に目を固まらせる。そして、本人はと言うと額に青筋を立たせ、堂々と大和さんの方に歩く。
「お前か? うちの暖に悪知恵を働かせてる輩は」
「は? え、ちょっといきなりなんですか?! どちら様なんです?!」
必死に冷静を取り繕うも、父さんの威勢に負けそうになっていた。それもそうだ。大和さんはチンピラみたいな見た目だし、誤解されても仕方がない。
よりによって今日の服装はタンクトップに、両腕の刺青が目立つ。父さんの苛立ちに火に油を注いでいる状態だった。
「父さん! 大和さんは良い人だから辞めてよ!」渾身の説得をするも、かえって逆上させてしまう。
そこへ、騒ぎを聞きつけた菊山兄弟が何事かと現れた。
「大和さんどうしたんですか?!」敦さんは興奮気味の大和さんの方へ向かう。
「いや、この人がいきなり声を上げてきて……。暖くんの知り合いっぽいんだよな……」
三人が父さんをあり得ない目で見る中で、途端に菊山家との境界線が一気に引かれた気がした。僕は何も言えずにいると、いきなり片腕を引っ張られる。
「痛い! 父さん辞めてよ!」
「こんな場所に居ると体に悪い」
「そんな事ないよ! あの人たちは本当に良い人なの。だから誤解しないで!」
「それのどこに確証を持てると言うんだよ」
ここで僕は、久しぶりに父親と目線を交わした。物言わぬ瞳に押され、僕はまた口を閉ざすしかなかった。
「おいオッサン、暖が痛がってるだろ。離せよ」
信永くんが間を裂き、僕をこちら側へ引き寄せる。それよりも僕は信永くんの喧嘩腰に冷や汗が出そうだった。
案の定、彼の剣幕な様子に呼吸がしづらい。
「お前、人に向かってその口の聞き方は良くないな」
「そうかよ。でも、こいつ怖がってんじゃん。無理矢理連れ出そうとするのも良くないんじゃね?」
「の、信永くん。僕のことはいいから……」
それ以上言うのはよしてと咎めるも、信永くんは食い下がる。
「人の家庭関係にズカズカと入り込もうとしないでもえるか?」
「はぁ、家庭環境? 今まで無干渉だった癖に? 良く言えるよ。そう言う時だけ、家族面するのは辞めたらどうですか?」
父さんの言葉など微塵にも感じてないようだ。鼻で笑い、実にくだらないと挑発腰だ。
しかし状況は一向に良くなる所か父さんの機嫌は雷雨寸前だ。
「どこから育て間違えたんだろうな……」
「……え?」
「最初は、友達とと言うから珍しい事あるんだと思ったらこんな非行少年共とつるんでたとはな。俺の管理が緩かったのかもしれない。お前がそんなにこいつらを守るのも、そのせいか? なぁ」
父さんから吐き出された言葉は、思っていたよりも冷たかった。何もかも諦めたような顔付きが目に焼き付く。
そんな風に言われるなんて思わなかった。
このままじゃ、見捨てられる。
そして何より、信永くんたちと一緒にいられなくなる。
嫌な考えが脳内をぐるぐる駆け巡り、何か弁論しないとと焦った。
「ご、ごめんなさい。父さん……。もう、もうここに来るのは止めるから……」
「は? 暖、お前何言って……」
「でも、この人たちは本当に悪い人じゃないから。僕も気を付けるから……。ごめんなさい」
信永くんの言葉など耳にせず、僕は縋る思いで父さんに告げる。頭を深く下げ、彼の返事を待つ。父さんは僕たちを凝視した後、渋々と頷いた。
「……まぁ、暖がそう言うのなら」
「……あ、ありがとう」
少しだけ息を吐くことができ肩の力が抜ける。
漸く事が収まりかけ、僕は三人の目を見る事もなく、父さんの方へ歩み寄った。
「おい」
信永くんが肩を掴む。いつもの整った怖い顔が崩れ、息詰まりそうな表情に目を背けたくなった。
それでも彼は黙る事なく、僕に問いかける。
「暖、お前はそれでいいのかよ」
「……」
「おい、何とか答えろよ!」
「ちょっとお兄ちゃん、やめなってば。落ち着いてよ」
「うるせぇ、敦には聞いてないんだから勝手に口をはさむんじゃねーよ」
敦さんの宥める声に鼻の奥がつんとする。信永くんの納得のいかない声色が嫌でも分かった。今でも、少し棘のある言い方が更に胸の奥を締め付ける。
信永くんは僕の本心を知っている。だからこそ、僕自身から本音を聞きたいのだ。
でも、それが余計に辛い事を信永くんは知らない。
「の、信永くんには関係ないでしょ」
やっと吐き出したそれは、信永くんを拍子抜けさせるのもだった。
「は?」誰もが羨ましがりそうな綺麗な二重を大きく開かせていた。
ヤケ気味に僕は言葉を押し通す。
「勝手に関係者面しないでよ。僕のこと何も知らないくせに!!」
そう言ってしまった後は、驚くほど無音だった。大和さんも敦さんも、何も言わずにただ見つめるばかり。
あぁ、やっちゃった。
後悔よりもやるせなさが勝り、僕は下を俯く。次に返ってくる信永くんの発言がどうしても聞きたくなかった。
しかし、
「それがお前の答えなんだな」
「信永くん……?」
「もういい」
信永くんはそう言って家の中へと戻ってしまった。バダンと勢いよく閉められた扉に、僕は不思議と怯えなかった。
でも僕は、最後に見た信永くんの顔は一生忘れないと思う。
去り際、信永くんの瞳は波打ち今にも泣きそうなのを堪えていた。
そこでやっと、事の重大さに気付く。
「信永くん、待っ」
だが、痺れを切らした父さんに腕を引っ張られる形で、菊山家を後にした。
最後まで大和さんと敦くんは、僕を心配そうな眼差しで見つめていた。僕は彼らの姿を暫く捉えた後、黙って前を歩く事しかできなかった。

