菊山家の日本人形子守係

 全ては、僕が五歳の誕生日を迎えた日から始まった。

「暖、お誕生日おめでとう」

「パパ、ママ、ありがとー」

 クラッカーの弾ける音が盛大に広がる。
 クリームと苺がたっぷり乗ったケーキホール、蝋燭の火を一所懸命に吹くと更に褒められた。
 
「これ、誕生日プレゼント」

「わぁ、ママありがとう。これは何?」

 可愛いラッピングで包まれたプレゼントを見て首を傾げる。自分で持ち上げると、ずっしりとしていてこれは大きな物だと胸が躍った。

 お母さんから「開けてみて?」と囁かれ、無我夢中でリボンを解く。中身が少しずつ顔を覗かせ、期待が一気に膨らむ。
 僕は中身を取り出して、再度疑問を浮かべた。

「お人形?」

 それは、花柄の赤い着物を着た日本人形だった。黒髪のおかっぱ頭に、艶のある口紅とぱっちり睫毛の可愛い女の子だ。
 
「へぇ、やっぱり可愛い~」お母さんも顔を綻ばせる。

「知り合いに人形師の人がいてね、その人にオーダーメイドして貰ったの。日本人形ってちょっと不気味な感じだけれど、この子って全然そんな事ないよね? 私見た時可愛いって思っちゃって」

「へぇ、確かに怖くないな」

 お父さんもこの人形が珍しいのか顔辺りをまじまじと見つめる。

「でしょでしょ? 暖はお人形が好きだからどうかなって」

 お母さんの言葉に僕は元気よく頷く。そして、日本人形を思い切り抱きしめた。

 僕はこの日本人形に「棗」と名付け、可愛がっていた。
 ご飯を食べる時も、寝る時も、外に遊びに行く時も、棗ちゃんと一緒。
 棗ちゃんは僕の一部でもあった。

 だけど、それと同時にお母さんの態度が突然変わった。
 僕が棗ちゃんとおままごとしていると決まって、お母さんがその様子を眺めることが多くなった。

 と言うよりも、見つめるのは僕じゃなくて棗ちゃんだ。
 お母さんの目は物凄く虚ろで、視線がこちらに向けられるだけで心臓がバクバクと鳴った。

 後は、僕はトイレから戻るとお母さんが棗ちゃんを抱き上げて赤ちゃんのように撫でるのだ。
 その姿が怖くて僕はお母さんから人形を取り返そうと引っ張った。
 だけど、お母さんから今までにない怖い形相と強い力で棗ちゃんを離さない。

 そして、強く引っ張った衝動で棗ちゃんの着物の帯部分が解けてしまった。

「あんたが強く引っ張らなければこんなことにはならなかったのよ!! 彼女に謝りなさいよ!!」

 怒号が耳を劈き、自然と涙が溢れる。
 お母さんの怒鳴り声と、僕の泣き叫ぶ声に気付いたお父さんが駆け付ける。
 お父さんもあんなお母さんを見るのは初めてだったようで、どうやって宥めようかで困惑していた。

 僕は、棗ちゃんが壊れたことよりも、どうしてあんなにお母さんが怒るのか只々疑問で仕方がなかった。

 その日から、僕は棗ちゃんをお母さんにあげた。
 お母さんは例の人形師に修復依頼を出したようで、綺麗になった彼女を見てうっとりさせていた。

 きっと、お母さんも棗ちゃんが欲しかったのかもしれない。
 プレゼントを開けた時、お母さんは僕よりも喜んでいたからきっとそうだ。

 お母さんは棗ちゃんを肌身離さず傍に置いた。ご飯を食べる時も、一緒に寝る時も、棗ちゃんを最優先して動くことが多くなった。

 流石のお父さんも異変を感じ、お母さんから棗ちゃんを取り上げようとした。しかし、お母さんは食い下がりあの時と同じように暴れ始めた。
 物に八つ当たりすると、花瓶や茶碗が盛大に割れる。自暴自棄になるお母さんにお父さんは手を付けられなかった。

 棗ちゃんを触っている時のお母さんは穏やかなのに、それ以外は全て変わってしまった。
 僕は目の前にいる人物が別の誰かのように思えてしまい、震えが止まらなくなった。

 だけど、そんな怖い日々も突然終わりを迎える。
 お母さんが交通事故でトラックに引かれて亡くなった。
 傷だらけで頭から血を流すお母さんの横に、無傷の棗ちゃんが倒れていたらしい。

 これは呪いだ。棗ちゃんがお母さんのことを連れて行こうとしたんだ。

 僕は棗ちゃんのことが途端に怖くなり、棗ちゃんが家に戻ってきてからも一緒に遊ぶことはなかった。
 ただ、他の人形と遊ぶたびに棗ちゃんに見られているような気がしてちっとも楽しくなかった。

 お父さんも口にはしないが、棗ちゃんの近くを通りたがらない。

 最初の頃はあんなに可愛いと思っていた人形が、いつの間にか不気味に見えてくる。真っ赤な着物も血液のように赤黒く濁っていた。

 僕は、棗ちゃんをこの手で捨てた。
 近くのごみ捨て場に捨てて、僕は急いで家まで走った。

 家に戻り、自分の部屋で休憩をしようとするも僕は目の前の光景に目が離せなくなった。
 
「何でいるの……?」

 棗ちゃんは僕のベットの上で座り込んでいた。僕の帰りを待っているかのようだった。棗ちゃんの顔はお母さんの事故により掠り傷が付いている。
 同時に腐ったゴミの臭いがした。

 僕は怖くなって、今度は近くの川に捨てた。川に溺れればきっと戻ってくることはないと信じていた。
 次に隣町のごみ捨て場へと捨てに行った。今度こそ戻ってこられないように頑丈な袋に詰めて放り投げた。

 だけど、そんなことを何回も繰り返しても棗ちゃんは平気な顔をして戻ってくるのだ。
 
 僕は一生、棗ちゃんから逃げられないんでしょうか。