普通のコーヒーが美味しいのだ。コーヒーゼリーがおいしくない訳がなかった。コーヒーの芳醇な香り、上に乗ったミルクの甘み、ゼリーのモチモチ感、全てが美味しい。ずっと口に入れていたい。そんなコーヒーゼリーだった。
家に帰り、風呂に上がりにこのコーヒーゼリーを堪能した。もらったコーヒーゼリーは二つ、もう一つは明日にでも食べようと思い、冷蔵庫に入れておいた。
今日、ほとんどできなかった勉強の続きをしようと思い、机に向かったがどうしてもかおりちゃんのことが頭をよぎり、集中できなかった。それくらい僕にとってかおりちゃんと再会したことは大きかった。時間にして三十分と少し、かおりちゃんと会話ができた。でも、まだまだ聞きたいこと話したいことがたくさんあった。そんなこと考えていたら気づいたら三十分ほど経過していた。これ以上机に向かっても意味がないと思った。
時刻は夜の九時。寝るのに早いが、することもないので、携帯を持って布団に潜った。
通知が一件だけ来ていた。胡蝶さんからだった。用件はこうだった。
『今日、私を無視した罰として、明日の放課後ちょっと付き合いなさい!もちろん予定がなければだけど!』
予定があれば断ってもいいらしいちょっと良心的なんだな。というか僕、罰受け過ぎてないか?
この誘いを断るかどうか。特に用事がないわけではない。いや、そういえばマスターに明日も来ます、と言ったばかりだった。
まぁでも、あの喫茶店に行くことに時間指定があるわけじゃないから彼女の予定に付き合ってそれが終わったら向かえばいいと思い、とりあえず『内容による』とだけ返しておいた。
僕がアプリを閉じる前に、既読がつき、一分後くらいに返事が来た。
『テストも近いし勉強しよ!罰は私にわからないところの勉強を教えること!』
勉強するのは構わないが、長くなりそうなのが嫌だった。だが僕はすぐに勉強もできてマスターとの約束も守れる場所を思いついた。まぁいうまでもなくあの喫茶店を勉強場所にすればいい。これで万事解決だ。彼女の了承を得られればだが。
『場所は僕が決めてもいい?』
そう一言だけ送った。了承が得られれば、あとは彼女に喫茶店の場所を教えて、そこで合流するだけだ。そんなことを考えている間に彼女から『了解!』と返信が来た。
僕は彼女に喫茶店の住所を送り、『じゃあ、明日の放課後にここに来て』とだけ送った。人に何かを教えるという行為をしたのことがないので彼女のわからないと言っていたところが少ないことを祈りながら眠りについた。
次の日、いつも通り母親を起こさないように静かに起き、支度をして家を出る。
朝ごはん基本的に食べない僕だが、今日は昨晩冷蔵庫に入れておいたマスターが作ってくれたコーヒーゼリーを食べてから家を出た。
出来立てとは違い、冷たくて美味しかった。他は昨日と同じ感想しか出てこないので省略する。
この季節の花に水をあげる頻度は三日に一回で大丈夫なので、今日は普通にみんなと同じ時間に登校する。
ちなみに花に水をあげる頻度は季節によって異なる。春と秋は四日から五日に一回、夏は二、三日に一回、冬は一週間に一、二回あげればいいと言われている。もちろん、全ての花がそうというわけではないがこの学校に咲いている花はさっきの頻度で水をあげていれば枯れることはない。
そんなこんなで学校に着いた。自転車置き場には数台自転車が止まっている。
みんなと同じ時間と言ってもいつも僕は少し早い。理由は特にないが、強いていうなら自転車置き場が混むと止めるのに一苦労することだ。朝から変なところで労力を使いたくない。とりあえず、いつも通り見つけやすいところに自転車を停めた。
鞄から上履きを取り出し靴から履き替え、靴はビニール袋に入れる。本当にめんどくさい行為だ。いっそのこと土足で校舎に上がりたいものだ。
教室に行き、鞄から教科書を机に入れ、入らない分をロッカーに入れる。
まだ、チャイムがなるまで時間があるので教科書を取り出し、今日やるであろう範囲を予習がてらペラペラとページをめくる。試験一週間前だからすでにこの範囲はテスト範囲外で次の試験の範囲だ。要するに今やる必要はないこと。
チャイムがなる時間が刻々と迫ってくるにつれ、教室にいる人の数も増えてきていた。
チャイムギリギリになって唯一の顔見知りが教室に入ってきた。入ってきて早々二、三人囲まれていた。もうすぐチャイムが鳴るというのにご苦労なことだ。
チャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。
担任は三十代ぐらいの女性。僕ら園芸部の顧問の先生でもある。いい先生だとは思うが全く気が合う気がしない。園芸部の顧問をやっているくせに花が好きじゃないとか言ってたが、この時点で合う気がしない。彼女がそれでも顧問をやっている理由は楽だからだそうだ。まぁ運動部と違って休日出勤があるわけでもないし、楽なのは分かるが花が好きと言っている生徒に言う話ではない。
それからはいつものように出席をとり、連絡事項を何点か僕らに伝え、挨拶をして教室を出て行った。
ここまではいつもの日常と変わらなかった。違ったのは一時間目の授業が始まるまでの休み時間だった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」
僕にそう声をかけてきたのは僕の前の席に座っている男子だった。ちなみに名前は覚えていない。
「いいけど。授業始まるから手短にお願い。」
「なら放課後でもいいか?」
「そんなに時間かかるの?」
「かからないけど、この休み時間には終わらないかな〜みたいな用事。」
「そうか、わかった。」
ごく稀に胡蝶さんのように他人の評価を気にしない奴がいる。この人に関しては僕が嫌われていることを知らないだけかもしれないけど。
前にも言った気がするが、僕のせいでその人が嫌われるのは避けたい。この人が何かされるようなら僕は躊躇なくこの人を拒絶するだろう。まだその兆しがないから今回はいうことを聞こうと思った。それに彼はなんだか悪いやつじゃない気がするし。
放課後、彼の用事とやらを聞くために帰る支度を終えて自分の机で待っていた。
僕を待たせている張本人はというと、授業中に寝ていたことがきっかけで担任の先生に呼び出されていた。正直待つ理由なんてないが、僕以外のクラスメイトは帰宅していたから会話ができるのは僕としても都合が良かった。
「わりー、遅くなって」
「いや、そんな待ってないから大丈夫。」
実際待ってる時間は十分くらいだし、許容範囲内だった。
「それで、用事って何?」
別に彼と仲良くなろうとしてるわけじゃないんだ。早速本題に入らせてもらう。彼は椅子を僕の方に向け、対面する形で席についた。
「いや、大したことじゃないんだけどさ。今度、俺の母親の誕生日なんだ。それで花をプレゼントしたいんだけど、何あげたらいいかわからなくてさ。花白って園芸部だし、アドバイス的なのあれば欲しいなって思ったんだ。」
「要件はわかったけど、一つ聞いてもいいかな?」
「いいけど、もしかして花そんなに詳しくない?自己紹介で花が好きだって言ってたからてっきり…」
僕の自己紹介を覚えている奴がいるなんて驚いたが、今はそれより、
「いや、花屋さんほど詳しいわけじゃないのは確かだけど。僕が聞きたいのそこじゃなくて、なんで花なんだ?」
これに関しては純粋な疑問であり、興味だった。僕には母へプレゼントなんて渡した記憶がない。だから聞かざるを得なかった。
「母さんも花が好きなんだ。ただ、特定の花が好きっていうより花自体が好きみたいなんだ。だから、余計に何あげたらいいかわからなくて。」
理由は思ったよりも単純で自分が思っているような回答は帰ってなかった。
「なるほどね。なら無難に誕生月の花とか」
僕がなんとなく四十代から五十代くらいの女性が貰ったら嬉しいであろう花について考えていると「実はさ」と思考を遮ってきた。
「母さん、今入院しててさ、去年までは妹と一緒にケーキを手作りして渡してたんだけどさ。食事なんかも管理されてるからケーキ持って行っても食べれるか分からないから」
なるほど、花ならそのままあげた花をベッドの横に飾ることもできるだろう。今の話を踏まえて考えて、いい花が思いついたので提案する。
「それならガーベラがいいんじゃないかな。ちょうどこの学校の花壇にも咲いてるし」
「僕が顧問の先生に聞いてみるよ。多分数本なら取っても大丈夫だと思うよ。」
「いや、それは申し訳ないしプレゼントは自分で用意したいから大丈夫。」
僕はあくまで対案しただけ。本人が自分で用意したいと言うのならその意見を尊重する。
「そっか。まぁ普通に花屋さんに行けば売ってると思うよ。」
「ありがとう。ところでガーベラってどんな花なんだ?」
僕は携帯電話を取り出し、ガーベラの写真を彼に見せた。
「太陽みたいな花だよ。それにガーベラには“希望”とか“前向き”って意味があるんだよ。色はピンクがいいかな。ピンクのガーベラには“感謝”って意味もあるから。」
「綺麗な花だな。これにするわ!まじありがとう!やっぱり花白はいいやつだな!」
「やっぱり?」
いいやつ?胡蝶さんといい、僕のこと過大評価しすぎだ。
「覚えてないか。小学校の頃も一度君に助けられてんだよ。だから今回も頼らせてもらった。」
彼は親指を立てて“いいね”のポーズをとった。
僕は彼の言っている出来事に身に覚えがなかった。ただ単純に覚えてないだけかもしれないけど。そもそも僕の通っていた小学校に彼はいなかった。
「ごめん、覚えてないかも。」
「そうだよな。でも俺にとってはすげー嬉しかったんだ。塾のテストでいい点取ったらゲーム買ってもらえるって約束を母さんとしたんだけど、その日消しゴム忘れちゃってさ。それを試験中に気づいたんだけど、隣の花白と目があってさ、そしたら自分の消しゴムを半分にちぎってくれたんだよ」
彼は鞄から筆箱を取り出し、中から半分にちぎれた消しゴムを取り出した。
「そんなことあったっけ?」
僕は彼と話した記憶がない。この出来事にも僕は全く関与していない。ただ僕と間違えてしまっても仕方がない人間がこの世に一人だけいる。いや、いた。
「無事ゲームも買ってもらったし本当に助かったんだよ。それに返そうと思ったら、あげるって言われてさ。」
それはおそらく僕ではない。彼を助けたのは僕の双子の弟だ。覚えていないからとかそんな理由じゃない。遺品の中にちぎれた消しゴムがあるのをはっきり覚えている。物を大事にする弟が消しゴムをちぎるなんて珍しいな、と思ったから。
「それ多分僕じゃないかも。」
僕は弟の優しさを自分のものにするほど酷い人間じゃない。
「もしかして弟の方か?」
「うん、多分というか半分に切れた消しゴムが遺品を整理していたときにでてきたんだ。半分は君が持ってたんだね。」
「そっか、弟の方だったのか。なんかごめんな。」
「いいんだ。よければそれ、そのまま持ってもらえないかな。」
持ち主に返そうと思ってずっと持ってるくらいだ。これからも持っててくれるだろう。なんとなくそう思った。
「わかった。大事に持っとく。」
「そうしてくれると弟もきっと喜ぶ。」
そろそろ行かないと胡蝶さんにまた罰を受けさせられる。時計を見るとみんなが下校してから三十分ほどが経過していた。
「わりーな。長々と付き合わせちまって。用事があるんだったな。」
時計を見ているのがバレたのか、彼の方からそう言ってきた。
「大丈夫、大した用事じゃないし。」
うん。まぁ勉強するだけだし。大した用事じゃないな。
「じゃあ、俺まだやることあるから」
彼は一枚の紙をひらひらと見せてきた。見ると原稿用紙だった。授業中に寝てたことへの反省文なのだろう。
「そうか、じゃあまた。」
教室を出て階段の曲がり角で足が止まった。
彼の話を聞いて改めて思い知らされてしまったのだ。
“なんで僕の方が生きているのか”と。
弟が優しくしてきた人の前でこんなことを考えることを無意識に避けていたのだろう。一人になった途端にそんな思考が頭をよぎってしまう。
そんな思考を掻き消すように、足早に階段を駆け降りた。
学校を出て十五分ほど自転車を走らせ、待ち合わせの喫茶店に着いた。
中に入るとすでに彼女は勉強を始めていた。
マスターに一言挨拶をして彼女の元へ向かった。マスターはいつものように丁寧にコップを拭いていた。
彼女の顔を見たらなぜか先ほどの喪失感が消えていた。
「遅かったね。何してたの?部活?」
「いや、ちょっと頼まれ事してて」
「ふーん、すっぽかされたのかと思った。連絡しても返ってこないし。」
彼女は僕が少し遅れたことが不満らしい。遅れたことは事実だし、とりあえず謝罪をするとしよう。
「ごめん、スマホの通知オフにしてるんだ。授業中になると怖いし」
とりあえず彼女の反対側に座り、鞄から勉強道具一式を取り出した。
「あのさ、前から気になってたんだけどさ。その鞄何が入っているの?」
僕の鞄を持っていたシャーペンで指差しながら聞いてきた。
「何って教科書とかノートとか上履きとかだよ」
「上履き!?下駄箱あるじゃん!」
「使ってない。」
中学の頃、上履きが突然消えた。何日も探したが見つからなかった。教科書なんかは学校の近くのゴミ捨て場に捨てられていた。だから僕はそれ以降、学校に何も置かないことを決めた。あくまでこれは中学の頃の話なので高校で起こるかわからないがこの高校にも半分ほどいる。犯人はわかっていない。だから、この高校にもいるかもしれないから、仕方がなく持ち帰っている。それをわざわざ胡蝶さんに話すことじゃない。
「もしかしてさ…。」
「もういいから勉強しよ。もう来週だよ。」
続きを言われるのが嫌だった。別にいじめられてたことが恥ずかしいとか。そういう話じゃない。弟が原因で僕がいじめられていることを彼女に直接言われたくない。彼女がそんなことをわざわざ言う人間ではないことはわかっているが。
気まずい空気が流れているところに店に入ってくるときに頼んだコーヒーをマスターが持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます。」
「すみません、私もおかわりいいですか?」
残念ながら僕はおかわりじゃない。わざわざ突っ込むのも面倒なのでスルーをする。
「かしこまりました。同じものでよろしいですか?」
「はい、それでお願いします!」
そのままマスターは彼女のコップを持っていた。
僕黙々とノートにペンを走らせていた。そういえばなんでここに胡蝶さんを連れてきたんだっけ。
「ねねね、ここわかんない。」
彼女のそのセリフで連れてきた理由を思い出した。わからないところを教えるという約束だったな。
「どこ?ってえ?ここ丸ごと?」
彼女がわからないと言っていたところがまさかの目次のページ一章丸ごとペンでぐるぐる指していた。
「丸ごとというかここの章の応用の仕方がわかんない。」
僕はため息を押し殺し、彼女にみっちり教えてあげた。意外、というと怒られるかもしれないが基礎はしっかりとできているみたいだ。彼女はわからないと言っていたところを三十分くらいで理解してくれた。
「本当に助かった!ありがとう!」
彼女はとびっきりの笑顔を僕に向けた。今日はやたら人から感謝されることが多い気がするがとても変な感じする。
「自分の勉強にもなったしいいんだよ。」
そう言って僕は自分の勉強の続きを始めた。褒められ慣れてなくて照れてるとかでは決してない。
ひたすら問題を解いた。時間の経過がわからなくなるほどひたすら解いた。試験の日まで時間がないんだ。
「ねぇ。さっきから、私の話聞いてなくない?」
シャーペンを僕のノートにトントンとしながら彼女は僕にそう言ってきた。さっきから何か僕に話していたらしい。もちろん僕はその話は全く聞いていない。
「ん?聞いてるけど。それよりさ、ちょっとそれ入れすぎじゃないかな?」
僕は数学の難問を解くのに集中していて彼女の話を聞いていなかったことを悟られぬように目の前にあった大量のガムシロップとミルクのゴミを見つめながらそう聞き返した。
「え、私の身体のこと心配してくれてるの?うれしいなぁ」
確かに、体のことを気にしていったのだが、彼女にそれがバレると色々めんどくさいので咄嗟にごまかした。
「いや、そこまでしないとコーヒーが飲めないんだなって思っただけだよ」
「の、飲めるし!!」
「分かったから、とりあえず話の続き聞かせてよ。」
「絶対わかってないじゃん!まぁいいや、夏休みの計画を立てようって話だよ」
話を聞いていなかったことがばれていなかったことに一安心しつつ、難しい数学の問題について考えるのやめ、シャーペンをノートの上に転がして、彼女の話に耳を傾けることにした。
「夏休みの前に期末試験でしょ。そもそもさ…」
僕は言いかけた言葉を飲み込んだ。その先の言葉は自分にも言える事だったから。指摘される前に辞めた。
彼女が「何?」と疑問を投げかけてきたから僕は咄嗟に、
「いや、勉強はやらないと後悔するよ」
咄嗟に出てしまったそのセリフを言ってからすぐに後悔した。彼女が次にどんなことを言ってくるのか容易に想像できた。
「それ、君が言うの?」
彼女はにやにやと僕をからかいながらそう言ってきた。
それに対して僕は開き直って、
「僕だからいうんだよ。僕は約束を破る人じゃない。だからちゃんと勉強してよ」
彼女とした約束。僕は破る気なんてさらさらなかった。彼女は僕の言ったことに目を見開き、すぐに微笑みながらこう言った。
「なら、君もちゃんと勉強するんだよ。私も頑張るからさ」
彼女の『私も頑張る』というセリフ、何も知らない人からしたら勉強を頑張るという意味で捉えると思うが、僕には違う意味に聞こえた。いや、彼女の方もきっと勉強のことを指して言ったわけではないと思う。
「試験頑張ったら、さっき君が言ってた夏休みの計画、一緒に立てようか」
違う意味に聞こえてしまったから、思わず普段の僕なら絶対に言わないようなセリフが出てしまった。
一日くらいなら彼女に付き合ってあげてもいいのかな。
僕の言ったことに対して、彼女は大きく目を開いてすぐに笑顔になり「友達だもんね!」と元気よく返事をした。
彼女の笑顔をチラッと横目で見てから僕は再びノートにペンを走らせた。
あれからさらに一時間ほどが経過した。彼女も僕も集中して問題をひたすら解いていた。途中、マスターが勉強してる僕らを見兼ねてサービスでチョコアイスを持ってきてくれた。
休憩がてらにそれを食べながら僕は少しだけ周囲を見まわした。
「どうしたの?そんなキョロキョロして」
「いや、なんでもないよ」
今日は僕らの他に二人お客さんが来ている。本を読んだりパソコンで作業したりしていた。
かおりちゃんがここに来てくれることを少しだけ期待したのだが、彼女が今日ここに来ることはなかった。
アイスを食べ終えた僕らは再び勉強に戻った。
僕がここにきて勉強を開始から合計で二時間ほど経過した。現在時刻は十九時を過ぎていた。
「あ、やば。もうこんな時間。」
僕が時計を見ていたのを見て彼女も時計を見ていた。
「まだ僕はいるけど帰れる?」
流石に来れてはいるから帰れるとは思うのだが念の為聞いてみた。
「帰れるから大丈夫!ちょっと寄りたいところあるし。一人で大丈夫。」
鞄に荷物を詰めながら財布を取り出した。
「お金は僕が払っとくよ。今日遅れちゃったし」
「えー、それくらいいいのに。遅れたのだって彼が授業中に寝てたのが原因でしょ?」
「え、知ってたの?」
「君が誰かとクラスで話してるの初めてみて珍しいーって思ったから聞き耳立てちゃった」
彼女は絵文字のテへって感じの顔をしながら「ごめん」と謝ってきた。別にやましいことがあったわけではないから聞き耳を立てられても問題ないけど、謝るなら彼にだろう。
「あ、聞いてたのは朝の方ね!頼み事の内容は聞いてないから大丈夫!」
なら余計に謝る必要がないじゃないか。おそらく職員室に行くところを見ていたのだろう。
「わかったよ。それより時間ないんじゃないの?遅くなったのは事実だし、ここは払っておくから早く行きなよ」
「今度ジュース奢るから!」
どうしても彼女の中で借りを作るのが嫌いらしい。そう言い残して彼女は喫茶店から飛び出し、自転車を走らせて行った。
僕は勉強の続きをして、彼女が喫茶店から出て三十分ほどしてきりが良かったので帰宅した。
家に帰り、風呂に上がりにこのコーヒーゼリーを堪能した。もらったコーヒーゼリーは二つ、もう一つは明日にでも食べようと思い、冷蔵庫に入れておいた。
今日、ほとんどできなかった勉強の続きをしようと思い、机に向かったがどうしてもかおりちゃんのことが頭をよぎり、集中できなかった。それくらい僕にとってかおりちゃんと再会したことは大きかった。時間にして三十分と少し、かおりちゃんと会話ができた。でも、まだまだ聞きたいこと話したいことがたくさんあった。そんなこと考えていたら気づいたら三十分ほど経過していた。これ以上机に向かっても意味がないと思った。
時刻は夜の九時。寝るのに早いが、することもないので、携帯を持って布団に潜った。
通知が一件だけ来ていた。胡蝶さんからだった。用件はこうだった。
『今日、私を無視した罰として、明日の放課後ちょっと付き合いなさい!もちろん予定がなければだけど!』
予定があれば断ってもいいらしいちょっと良心的なんだな。というか僕、罰受け過ぎてないか?
この誘いを断るかどうか。特に用事がないわけではない。いや、そういえばマスターに明日も来ます、と言ったばかりだった。
まぁでも、あの喫茶店に行くことに時間指定があるわけじゃないから彼女の予定に付き合ってそれが終わったら向かえばいいと思い、とりあえず『内容による』とだけ返しておいた。
僕がアプリを閉じる前に、既読がつき、一分後くらいに返事が来た。
『テストも近いし勉強しよ!罰は私にわからないところの勉強を教えること!』
勉強するのは構わないが、長くなりそうなのが嫌だった。だが僕はすぐに勉強もできてマスターとの約束も守れる場所を思いついた。まぁいうまでもなくあの喫茶店を勉強場所にすればいい。これで万事解決だ。彼女の了承を得られればだが。
『場所は僕が決めてもいい?』
そう一言だけ送った。了承が得られれば、あとは彼女に喫茶店の場所を教えて、そこで合流するだけだ。そんなことを考えている間に彼女から『了解!』と返信が来た。
僕は彼女に喫茶店の住所を送り、『じゃあ、明日の放課後にここに来て』とだけ送った。人に何かを教えるという行為をしたのことがないので彼女のわからないと言っていたところが少ないことを祈りながら眠りについた。
次の日、いつも通り母親を起こさないように静かに起き、支度をして家を出る。
朝ごはん基本的に食べない僕だが、今日は昨晩冷蔵庫に入れておいたマスターが作ってくれたコーヒーゼリーを食べてから家を出た。
出来立てとは違い、冷たくて美味しかった。他は昨日と同じ感想しか出てこないので省略する。
この季節の花に水をあげる頻度は三日に一回で大丈夫なので、今日は普通にみんなと同じ時間に登校する。
ちなみに花に水をあげる頻度は季節によって異なる。春と秋は四日から五日に一回、夏は二、三日に一回、冬は一週間に一、二回あげればいいと言われている。もちろん、全ての花がそうというわけではないがこの学校に咲いている花はさっきの頻度で水をあげていれば枯れることはない。
そんなこんなで学校に着いた。自転車置き場には数台自転車が止まっている。
みんなと同じ時間と言ってもいつも僕は少し早い。理由は特にないが、強いていうなら自転車置き場が混むと止めるのに一苦労することだ。朝から変なところで労力を使いたくない。とりあえず、いつも通り見つけやすいところに自転車を停めた。
鞄から上履きを取り出し靴から履き替え、靴はビニール袋に入れる。本当にめんどくさい行為だ。いっそのこと土足で校舎に上がりたいものだ。
教室に行き、鞄から教科書を机に入れ、入らない分をロッカーに入れる。
まだ、チャイムがなるまで時間があるので教科書を取り出し、今日やるであろう範囲を予習がてらペラペラとページをめくる。試験一週間前だからすでにこの範囲はテスト範囲外で次の試験の範囲だ。要するに今やる必要はないこと。
チャイムがなる時間が刻々と迫ってくるにつれ、教室にいる人の数も増えてきていた。
チャイムギリギリになって唯一の顔見知りが教室に入ってきた。入ってきて早々二、三人囲まれていた。もうすぐチャイムが鳴るというのにご苦労なことだ。
チャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。
担任は三十代ぐらいの女性。僕ら園芸部の顧問の先生でもある。いい先生だとは思うが全く気が合う気がしない。園芸部の顧問をやっているくせに花が好きじゃないとか言ってたが、この時点で合う気がしない。彼女がそれでも顧問をやっている理由は楽だからだそうだ。まぁ運動部と違って休日出勤があるわけでもないし、楽なのは分かるが花が好きと言っている生徒に言う話ではない。
それからはいつものように出席をとり、連絡事項を何点か僕らに伝え、挨拶をして教室を出て行った。
ここまではいつもの日常と変わらなかった。違ったのは一時間目の授業が始まるまでの休み時間だった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」
僕にそう声をかけてきたのは僕の前の席に座っている男子だった。ちなみに名前は覚えていない。
「いいけど。授業始まるから手短にお願い。」
「なら放課後でもいいか?」
「そんなに時間かかるの?」
「かからないけど、この休み時間には終わらないかな〜みたいな用事。」
「そうか、わかった。」
ごく稀に胡蝶さんのように他人の評価を気にしない奴がいる。この人に関しては僕が嫌われていることを知らないだけかもしれないけど。
前にも言った気がするが、僕のせいでその人が嫌われるのは避けたい。この人が何かされるようなら僕は躊躇なくこの人を拒絶するだろう。まだその兆しがないから今回はいうことを聞こうと思った。それに彼はなんだか悪いやつじゃない気がするし。
放課後、彼の用事とやらを聞くために帰る支度を終えて自分の机で待っていた。
僕を待たせている張本人はというと、授業中に寝ていたことがきっかけで担任の先生に呼び出されていた。正直待つ理由なんてないが、僕以外のクラスメイトは帰宅していたから会話ができるのは僕としても都合が良かった。
「わりー、遅くなって」
「いや、そんな待ってないから大丈夫。」
実際待ってる時間は十分くらいだし、許容範囲内だった。
「それで、用事って何?」
別に彼と仲良くなろうとしてるわけじゃないんだ。早速本題に入らせてもらう。彼は椅子を僕の方に向け、対面する形で席についた。
「いや、大したことじゃないんだけどさ。今度、俺の母親の誕生日なんだ。それで花をプレゼントしたいんだけど、何あげたらいいかわからなくてさ。花白って園芸部だし、アドバイス的なのあれば欲しいなって思ったんだ。」
「要件はわかったけど、一つ聞いてもいいかな?」
「いいけど、もしかして花そんなに詳しくない?自己紹介で花が好きだって言ってたからてっきり…」
僕の自己紹介を覚えている奴がいるなんて驚いたが、今はそれより、
「いや、花屋さんほど詳しいわけじゃないのは確かだけど。僕が聞きたいのそこじゃなくて、なんで花なんだ?」
これに関しては純粋な疑問であり、興味だった。僕には母へプレゼントなんて渡した記憶がない。だから聞かざるを得なかった。
「母さんも花が好きなんだ。ただ、特定の花が好きっていうより花自体が好きみたいなんだ。だから、余計に何あげたらいいかわからなくて。」
理由は思ったよりも単純で自分が思っているような回答は帰ってなかった。
「なるほどね。なら無難に誕生月の花とか」
僕がなんとなく四十代から五十代くらいの女性が貰ったら嬉しいであろう花について考えていると「実はさ」と思考を遮ってきた。
「母さん、今入院しててさ、去年までは妹と一緒にケーキを手作りして渡してたんだけどさ。食事なんかも管理されてるからケーキ持って行っても食べれるか分からないから」
なるほど、花ならそのままあげた花をベッドの横に飾ることもできるだろう。今の話を踏まえて考えて、いい花が思いついたので提案する。
「それならガーベラがいいんじゃないかな。ちょうどこの学校の花壇にも咲いてるし」
「僕が顧問の先生に聞いてみるよ。多分数本なら取っても大丈夫だと思うよ。」
「いや、それは申し訳ないしプレゼントは自分で用意したいから大丈夫。」
僕はあくまで対案しただけ。本人が自分で用意したいと言うのならその意見を尊重する。
「そっか。まぁ普通に花屋さんに行けば売ってると思うよ。」
「ありがとう。ところでガーベラってどんな花なんだ?」
僕は携帯電話を取り出し、ガーベラの写真を彼に見せた。
「太陽みたいな花だよ。それにガーベラには“希望”とか“前向き”って意味があるんだよ。色はピンクがいいかな。ピンクのガーベラには“感謝”って意味もあるから。」
「綺麗な花だな。これにするわ!まじありがとう!やっぱり花白はいいやつだな!」
「やっぱり?」
いいやつ?胡蝶さんといい、僕のこと過大評価しすぎだ。
「覚えてないか。小学校の頃も一度君に助けられてんだよ。だから今回も頼らせてもらった。」
彼は親指を立てて“いいね”のポーズをとった。
僕は彼の言っている出来事に身に覚えがなかった。ただ単純に覚えてないだけかもしれないけど。そもそも僕の通っていた小学校に彼はいなかった。
「ごめん、覚えてないかも。」
「そうだよな。でも俺にとってはすげー嬉しかったんだ。塾のテストでいい点取ったらゲーム買ってもらえるって約束を母さんとしたんだけど、その日消しゴム忘れちゃってさ。それを試験中に気づいたんだけど、隣の花白と目があってさ、そしたら自分の消しゴムを半分にちぎってくれたんだよ」
彼は鞄から筆箱を取り出し、中から半分にちぎれた消しゴムを取り出した。
「そんなことあったっけ?」
僕は彼と話した記憶がない。この出来事にも僕は全く関与していない。ただ僕と間違えてしまっても仕方がない人間がこの世に一人だけいる。いや、いた。
「無事ゲームも買ってもらったし本当に助かったんだよ。それに返そうと思ったら、あげるって言われてさ。」
それはおそらく僕ではない。彼を助けたのは僕の双子の弟だ。覚えていないからとかそんな理由じゃない。遺品の中にちぎれた消しゴムがあるのをはっきり覚えている。物を大事にする弟が消しゴムをちぎるなんて珍しいな、と思ったから。
「それ多分僕じゃないかも。」
僕は弟の優しさを自分のものにするほど酷い人間じゃない。
「もしかして弟の方か?」
「うん、多分というか半分に切れた消しゴムが遺品を整理していたときにでてきたんだ。半分は君が持ってたんだね。」
「そっか、弟の方だったのか。なんかごめんな。」
「いいんだ。よければそれ、そのまま持ってもらえないかな。」
持ち主に返そうと思ってずっと持ってるくらいだ。これからも持っててくれるだろう。なんとなくそう思った。
「わかった。大事に持っとく。」
「そうしてくれると弟もきっと喜ぶ。」
そろそろ行かないと胡蝶さんにまた罰を受けさせられる。時計を見るとみんなが下校してから三十分ほどが経過していた。
「わりーな。長々と付き合わせちまって。用事があるんだったな。」
時計を見ているのがバレたのか、彼の方からそう言ってきた。
「大丈夫、大した用事じゃないし。」
うん。まぁ勉強するだけだし。大した用事じゃないな。
「じゃあ、俺まだやることあるから」
彼は一枚の紙をひらひらと見せてきた。見ると原稿用紙だった。授業中に寝てたことへの反省文なのだろう。
「そうか、じゃあまた。」
教室を出て階段の曲がり角で足が止まった。
彼の話を聞いて改めて思い知らされてしまったのだ。
“なんで僕の方が生きているのか”と。
弟が優しくしてきた人の前でこんなことを考えることを無意識に避けていたのだろう。一人になった途端にそんな思考が頭をよぎってしまう。
そんな思考を掻き消すように、足早に階段を駆け降りた。
学校を出て十五分ほど自転車を走らせ、待ち合わせの喫茶店に着いた。
中に入るとすでに彼女は勉強を始めていた。
マスターに一言挨拶をして彼女の元へ向かった。マスターはいつものように丁寧にコップを拭いていた。
彼女の顔を見たらなぜか先ほどの喪失感が消えていた。
「遅かったね。何してたの?部活?」
「いや、ちょっと頼まれ事してて」
「ふーん、すっぽかされたのかと思った。連絡しても返ってこないし。」
彼女は僕が少し遅れたことが不満らしい。遅れたことは事実だし、とりあえず謝罪をするとしよう。
「ごめん、スマホの通知オフにしてるんだ。授業中になると怖いし」
とりあえず彼女の反対側に座り、鞄から勉強道具一式を取り出した。
「あのさ、前から気になってたんだけどさ。その鞄何が入っているの?」
僕の鞄を持っていたシャーペンで指差しながら聞いてきた。
「何って教科書とかノートとか上履きとかだよ」
「上履き!?下駄箱あるじゃん!」
「使ってない。」
中学の頃、上履きが突然消えた。何日も探したが見つからなかった。教科書なんかは学校の近くのゴミ捨て場に捨てられていた。だから僕はそれ以降、学校に何も置かないことを決めた。あくまでこれは中学の頃の話なので高校で起こるかわからないがこの高校にも半分ほどいる。犯人はわかっていない。だから、この高校にもいるかもしれないから、仕方がなく持ち帰っている。それをわざわざ胡蝶さんに話すことじゃない。
「もしかしてさ…。」
「もういいから勉強しよ。もう来週だよ。」
続きを言われるのが嫌だった。別にいじめられてたことが恥ずかしいとか。そういう話じゃない。弟が原因で僕がいじめられていることを彼女に直接言われたくない。彼女がそんなことをわざわざ言う人間ではないことはわかっているが。
気まずい空気が流れているところに店に入ってくるときに頼んだコーヒーをマスターが持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます。」
「すみません、私もおかわりいいですか?」
残念ながら僕はおかわりじゃない。わざわざ突っ込むのも面倒なのでスルーをする。
「かしこまりました。同じものでよろしいですか?」
「はい、それでお願いします!」
そのままマスターは彼女のコップを持っていた。
僕黙々とノートにペンを走らせていた。そういえばなんでここに胡蝶さんを連れてきたんだっけ。
「ねねね、ここわかんない。」
彼女のそのセリフで連れてきた理由を思い出した。わからないところを教えるという約束だったな。
「どこ?ってえ?ここ丸ごと?」
彼女がわからないと言っていたところがまさかの目次のページ一章丸ごとペンでぐるぐる指していた。
「丸ごとというかここの章の応用の仕方がわかんない。」
僕はため息を押し殺し、彼女にみっちり教えてあげた。意外、というと怒られるかもしれないが基礎はしっかりとできているみたいだ。彼女はわからないと言っていたところを三十分くらいで理解してくれた。
「本当に助かった!ありがとう!」
彼女はとびっきりの笑顔を僕に向けた。今日はやたら人から感謝されることが多い気がするがとても変な感じする。
「自分の勉強にもなったしいいんだよ。」
そう言って僕は自分の勉強の続きを始めた。褒められ慣れてなくて照れてるとかでは決してない。
ひたすら問題を解いた。時間の経過がわからなくなるほどひたすら解いた。試験の日まで時間がないんだ。
「ねぇ。さっきから、私の話聞いてなくない?」
シャーペンを僕のノートにトントンとしながら彼女は僕にそう言ってきた。さっきから何か僕に話していたらしい。もちろん僕はその話は全く聞いていない。
「ん?聞いてるけど。それよりさ、ちょっとそれ入れすぎじゃないかな?」
僕は数学の難問を解くのに集中していて彼女の話を聞いていなかったことを悟られぬように目の前にあった大量のガムシロップとミルクのゴミを見つめながらそう聞き返した。
「え、私の身体のこと心配してくれてるの?うれしいなぁ」
確かに、体のことを気にしていったのだが、彼女にそれがバレると色々めんどくさいので咄嗟にごまかした。
「いや、そこまでしないとコーヒーが飲めないんだなって思っただけだよ」
「の、飲めるし!!」
「分かったから、とりあえず話の続き聞かせてよ。」
「絶対わかってないじゃん!まぁいいや、夏休みの計画を立てようって話だよ」
話を聞いていなかったことがばれていなかったことに一安心しつつ、難しい数学の問題について考えるのやめ、シャーペンをノートの上に転がして、彼女の話に耳を傾けることにした。
「夏休みの前に期末試験でしょ。そもそもさ…」
僕は言いかけた言葉を飲み込んだ。その先の言葉は自分にも言える事だったから。指摘される前に辞めた。
彼女が「何?」と疑問を投げかけてきたから僕は咄嗟に、
「いや、勉強はやらないと後悔するよ」
咄嗟に出てしまったそのセリフを言ってからすぐに後悔した。彼女が次にどんなことを言ってくるのか容易に想像できた。
「それ、君が言うの?」
彼女はにやにやと僕をからかいながらそう言ってきた。
それに対して僕は開き直って、
「僕だからいうんだよ。僕は約束を破る人じゃない。だからちゃんと勉強してよ」
彼女とした約束。僕は破る気なんてさらさらなかった。彼女は僕の言ったことに目を見開き、すぐに微笑みながらこう言った。
「なら、君もちゃんと勉強するんだよ。私も頑張るからさ」
彼女の『私も頑張る』というセリフ、何も知らない人からしたら勉強を頑張るという意味で捉えると思うが、僕には違う意味に聞こえた。いや、彼女の方もきっと勉強のことを指して言ったわけではないと思う。
「試験頑張ったら、さっき君が言ってた夏休みの計画、一緒に立てようか」
違う意味に聞こえてしまったから、思わず普段の僕なら絶対に言わないようなセリフが出てしまった。
一日くらいなら彼女に付き合ってあげてもいいのかな。
僕の言ったことに対して、彼女は大きく目を開いてすぐに笑顔になり「友達だもんね!」と元気よく返事をした。
彼女の笑顔をチラッと横目で見てから僕は再びノートにペンを走らせた。
あれからさらに一時間ほどが経過した。彼女も僕も集中して問題をひたすら解いていた。途中、マスターが勉強してる僕らを見兼ねてサービスでチョコアイスを持ってきてくれた。
休憩がてらにそれを食べながら僕は少しだけ周囲を見まわした。
「どうしたの?そんなキョロキョロして」
「いや、なんでもないよ」
今日は僕らの他に二人お客さんが来ている。本を読んだりパソコンで作業したりしていた。
かおりちゃんがここに来てくれることを少しだけ期待したのだが、彼女が今日ここに来ることはなかった。
アイスを食べ終えた僕らは再び勉強に戻った。
僕がここにきて勉強を開始から合計で二時間ほど経過した。現在時刻は十九時を過ぎていた。
「あ、やば。もうこんな時間。」
僕が時計を見ていたのを見て彼女も時計を見ていた。
「まだ僕はいるけど帰れる?」
流石に来れてはいるから帰れるとは思うのだが念の為聞いてみた。
「帰れるから大丈夫!ちょっと寄りたいところあるし。一人で大丈夫。」
鞄に荷物を詰めながら財布を取り出した。
「お金は僕が払っとくよ。今日遅れちゃったし」
「えー、それくらいいいのに。遅れたのだって彼が授業中に寝てたのが原因でしょ?」
「え、知ってたの?」
「君が誰かとクラスで話してるの初めてみて珍しいーって思ったから聞き耳立てちゃった」
彼女は絵文字のテへって感じの顔をしながら「ごめん」と謝ってきた。別にやましいことがあったわけではないから聞き耳を立てられても問題ないけど、謝るなら彼にだろう。
「あ、聞いてたのは朝の方ね!頼み事の内容は聞いてないから大丈夫!」
なら余計に謝る必要がないじゃないか。おそらく職員室に行くところを見ていたのだろう。
「わかったよ。それより時間ないんじゃないの?遅くなったのは事実だし、ここは払っておくから早く行きなよ」
「今度ジュース奢るから!」
どうしても彼女の中で借りを作るのが嫌いらしい。そう言い残して彼女は喫茶店から飛び出し、自転車を走らせて行った。
僕は勉強の続きをして、彼女が喫茶店から出て三十分ほどしてきりが良かったので帰宅した。
