■神代家 ― 夜の食卓
キッチンから漂う香りが、ゆっくりとリビングへ広がっていく。
フライパンで焼いた野菜の匂い。
卵とバターの柔らかい香り。
さっきまで仕事モードだった空気が、少しずつ家庭の空気に変わっていた。
テーブルの上には、愛華が手早く作った軽めの夕食が並んでいる。
・野菜のオムレツ
・鶏肉のソテー
・サラダ
・味噌スープ
仕事終わりの体にはちょうどいい量だった。
愛華が椅子に座る。
「どうぞ」
和春も席についた。
「いただきます」
「いただきます」
静かな食事が始まる。
二人とも無駄な会話は少ない。
だが、不思議と気まずさはない。
食事の音だけが、穏やかに流れていた。
しばらくして。
和春がフォークを置いた。
そして、ふとした調子で言った。
「また旅行行こう」
愛華の手が止まった。
「……」
一瞬、和春の顔を見る。
今、なんと言ったのか確認するように。
和春は普通に食事を続けている。
愛華はゆっくり言った。
「旅行…ですか?」
和春は頷く。
「温泉悪くなかった」
愛華はしばらく何も言わなかった。
この男は基本――
仕事しか興味がない。
休みという概念すら怪しい。
そんな男が。
自分から。
「旅行行こう」
と言った。
愛華は静かに言った。
「意外ですね」
和春が言う。
「そうか?」
愛華は少し笑う。
「和春から」
「旅行の話が出るとは思いませんでした」
和春は肩をすくめる。
「たまにはいい」
愛華は小さく頷いた。
「そうですね」
少し間。
「…楽しかったですし」
その言葉は、いつもより少し柔らかかった。
⸻
■食後
食事が終わると、愛華が皿を片付ける。
和春はテーブルに残り、タブレットを手に取った。
しばらくして愛華も戻ってくる。
そして仕事モードに切り替わる。
愛華がタブレットを開く。
「では」
「明日以降のスケジュールです」
和春が言う。
「どれくらい入ってる」
愛華は画面を見ながら説明する。
「まず明日」
「午前は中小企業のコンサル」
「午後は個人相談」
画面をスライドする。
「次の日は大学講義」
「その翌日は海外案件のオンライン会議」
和春が聞く。
「それだけか」
愛華が頷く。
「はい」
和春は眉を少し上げた。
「少ないな」
愛華は呆れたように息を吐いた。
「……」
そして言う。
「和春」
「この量でも」
タブレットを指で叩く。
「普通のコンサルの」
三倍です
和春は何でもない顔で言う。
「そうか?」
愛華は肩をすくめる。
「そうです」
そして少し苦笑した。
「和春が異常なんです」
和春が言う。
「普通だろ」
愛華はすぐ返す。
「普通ではありません」
そして少しだけ真面目な顔になる。
「普通のコンサルは」
「一案件に数日かけます。場合によっては数週間、ですが和春は」
少し間。
「半日で終わらせます」
和春は淡々と言う。
「構造見れば終わりだ」
愛華が苦笑する。
「それができる人間が」
「普通はいません」
そしてタブレットをスクロールする。
「そして最後に」
少し画面を見て言う。
「新しい依頼があります」
和春が聞く。
「何だ」
愛華が言う。
「モデル事務所のコンサル」
和春は少し考える。
「……ああ」
愛華が言う。
「アリシアさんの紹介ですね」
和春は頷く。
「そうだ」
愛華はタブレットを閉じながら言った。
「ファッション業界のコンサル」
「珍しいですね」
和春は言う。
「業界は関係ない」
「構造は同じだ」
愛華は小さく笑った。
「確かに」
少し間。
そして静かに言った。
「忙しくなりますね」
和春はコーヒーカップを持つ。
「いつも通りだ」
その声は、相変わらず落ち着いていた。
だが。
その隣でタブレットを閉じる愛華の表情は――
ほんの少しだけ。
楽しそうだった。
キッチンから漂う香りが、ゆっくりとリビングへ広がっていく。
フライパンで焼いた野菜の匂い。
卵とバターの柔らかい香り。
さっきまで仕事モードだった空気が、少しずつ家庭の空気に変わっていた。
テーブルの上には、愛華が手早く作った軽めの夕食が並んでいる。
・野菜のオムレツ
・鶏肉のソテー
・サラダ
・味噌スープ
仕事終わりの体にはちょうどいい量だった。
愛華が椅子に座る。
「どうぞ」
和春も席についた。
「いただきます」
「いただきます」
静かな食事が始まる。
二人とも無駄な会話は少ない。
だが、不思議と気まずさはない。
食事の音だけが、穏やかに流れていた。
しばらくして。
和春がフォークを置いた。
そして、ふとした調子で言った。
「また旅行行こう」
愛華の手が止まった。
「……」
一瞬、和春の顔を見る。
今、なんと言ったのか確認するように。
和春は普通に食事を続けている。
愛華はゆっくり言った。
「旅行…ですか?」
和春は頷く。
「温泉悪くなかった」
愛華はしばらく何も言わなかった。
この男は基本――
仕事しか興味がない。
休みという概念すら怪しい。
そんな男が。
自分から。
「旅行行こう」
と言った。
愛華は静かに言った。
「意外ですね」
和春が言う。
「そうか?」
愛華は少し笑う。
「和春から」
「旅行の話が出るとは思いませんでした」
和春は肩をすくめる。
「たまにはいい」
愛華は小さく頷いた。
「そうですね」
少し間。
「…楽しかったですし」
その言葉は、いつもより少し柔らかかった。
⸻
■食後
食事が終わると、愛華が皿を片付ける。
和春はテーブルに残り、タブレットを手に取った。
しばらくして愛華も戻ってくる。
そして仕事モードに切り替わる。
愛華がタブレットを開く。
「では」
「明日以降のスケジュールです」
和春が言う。
「どれくらい入ってる」
愛華は画面を見ながら説明する。
「まず明日」
「午前は中小企業のコンサル」
「午後は個人相談」
画面をスライドする。
「次の日は大学講義」
「その翌日は海外案件のオンライン会議」
和春が聞く。
「それだけか」
愛華が頷く。
「はい」
和春は眉を少し上げた。
「少ないな」
愛華は呆れたように息を吐いた。
「……」
そして言う。
「和春」
「この量でも」
タブレットを指で叩く。
「普通のコンサルの」
三倍です
和春は何でもない顔で言う。
「そうか?」
愛華は肩をすくめる。
「そうです」
そして少し苦笑した。
「和春が異常なんです」
和春が言う。
「普通だろ」
愛華はすぐ返す。
「普通ではありません」
そして少しだけ真面目な顔になる。
「普通のコンサルは」
「一案件に数日かけます。場合によっては数週間、ですが和春は」
少し間。
「半日で終わらせます」
和春は淡々と言う。
「構造見れば終わりだ」
愛華が苦笑する。
「それができる人間が」
「普通はいません」
そしてタブレットをスクロールする。
「そして最後に」
少し画面を見て言う。
「新しい依頼があります」
和春が聞く。
「何だ」
愛華が言う。
「モデル事務所のコンサル」
和春は少し考える。
「……ああ」
愛華が言う。
「アリシアさんの紹介ですね」
和春は頷く。
「そうだ」
愛華はタブレットを閉じながら言った。
「ファッション業界のコンサル」
「珍しいですね」
和春は言う。
「業界は関係ない」
「構造は同じだ」
愛華は小さく笑った。
「確かに」
少し間。
そして静かに言った。
「忙しくなりますね」
和春はコーヒーカップを持つ。
「いつも通りだ」
その声は、相変わらず落ち着いていた。
だが。
その隣でタブレットを閉じる愛華の表情は――
ほんの少しだけ。
楽しそうだった。

