相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

■自宅 ― 夜

櫻山組の事務所を出たあと、
和春と愛華はそのまま自宅へ戻っていた。

車の中ではほとんど会話はなかった。

恐怖ではない。

むしろ――

仕事が終わったあとの、
いつもの静かな空気だった。

家に戻ると、すぐにリビングのテーブルにノートPCが並ぶ。

和春がソファに座り、
愛華が横にタブレットを開く。

仕事モードだった。

愛華が言う。

「キッチンカーの資料、今まとめます」

和春は頷く。

「コンセプト案も入れとけ、SNS用、価格も上げる」

愛華の指がタブレットの画面を滑る。

「はい」

画面にはすでに資料の構成ができていた。

・客導線改善
・商品コンセプト設計
・SNS戦略
・価格設計
・イベント配置案

愛華が言う。

「たこ焼きのコンセプトは三案作ります、溶岩チーズ系、巨大たこ焼き、炎パフォーマンス型」

和春が言う。

「あと動画映え」

愛華が頷く。

「了解です」

二人の作業は早かった。

普段から二人一組で仕事をしている。

思考が噛み合っている。

一時間もかからなかった。

愛華が言う。

「できました」

和春が画面を見る。

ざっと目を通す。

「いい、送れ」

愛華が会社メールを開く。

宛先
櫻山組 組長

添付
改善資料PDF

送信ボタンを押す。

ピロン。

メールが送信された。

仕事はそれで終わりだった。

リビングに静かな空気が戻る。

和春がソファにもたれながら言う。

「今回の仕事」

少し間。

「ただ俺を見たかっただけだろうな」

愛華が小さく笑う。

「でしょうね。私もそう思いました」

テーブルに肘をつきながら言う。

「あまりにも単純すぎる案件でした」

和春も頷く。

「だろ」

愛華が続ける。

「櫻山組は屋台もテキ屋もやっています」

「キッチンカーの売上構造くらい本当は理解しているはずです」

少し間。

「つまり今日は」

和春を見る。

「和春を見たかった」

和春は肩をすくめた。

「度胸テスト込みだな」

愛華が苦笑する。

「拳銃まで出ましたから」

和春は平然としていた。

「演技だろ」

愛華は静かに言う。

「普通の人は動けません」

和春は特に気にしていない。

そのまま時計を見る。

19時。

そして一言。

「腹減った」

愛華がすぐ立ち上がる。

「すぐ作ります」

キッチンへ向かう。

冷蔵庫を開ける。

食材を確認する。

今日は軽めでいい。

フライパンに火をつける。

オリーブオイル。

野菜。

卵。

和春がソファから声をかける。

「愛華コーヒー先にくれ」

キッチンからすぐ返事が来た。

「ダメです」

即答だった。

「さっき事務所で飲みましたよね」

和春が言う。

「いや、不味かった」

愛華の手が止まる。

和春が続ける。

「愛華のが飲みたい」

リビングから真顔で言っている。

キッチンで。

愛華が少し考える。

「……」

数秒。

そして小さくため息をついた。

「一杯だけです」

和春が言う。

「さすが」

愛華は何も言わない。

コーヒーミルを取り出す。

豆を入れる。

カリカリカリカリ。

静かな音がキッチンに響く。

お湯を沸かす。

ドリッパーをセットする。

ゆっくりと湯を落とす。

香りが広がる。

和春はその香りだけで分かる。

「ああ、これだ」

愛華がカップを持ってくる。

テーブルに置く。

「一杯です」

和春がカップを手に取る。

一口飲む。

「……うまい」

愛華は少しだけ笑った。

「当然です」

そして言う。

「じゃあご飯作ります」

キッチンへ戻る。

和春はコーヒーを飲みながら言った。

「やっぱ愛華のコーヒーが一番だな」

キッチンから返事が来る。

「コーヒーの飲み過ぎは禁止です」

「今日はもうこれで終わりです」

和春は苦笑した。

「厳しいな」

だが。

どこか嬉しそうだった。