■櫻山組 組長室
組長室の空気は、先ほどまでとは明らかに変わっていた。
拳銃が向けられていた緊張感は消え、
代わりに――
興味と警戒が混ざった静かな空気が流れている。
和春はテーブルの上に置かれた写真をもう一度見た。
赤いキッチンカー。
屋根の上には「たこ焼き」の文字。
安いのぼり旗。
イベント出店の写真も数枚ある。
和春はそれを数秒見ただけで言った。
「売れない理由は三つ」
組長が腕を組み、ソファに深く腰掛ける。
「聞かせてもらおう」
低い声だった。
だが、明らかに興味があった。
部屋の組員たちも静かに耳を傾けている。
⸻
■理由① 客導線が死んでいる
和春は写真を指で軽く叩いた。
「まず一つ客導線」
組長が目を細める。
「どういう意味だ」
和春は写真のイベント会場を指す。
「入口」
「ステージ」
「飲食エリア」
空中に配置を描くように指を動かす。
「普通のイベントの客の流れは」
「入口 → ステージ → 出口」
「この順番になる」
和春は写真のキッチンカーを指した。
「この店は出口側にいる」
組員の一人が小さく言う。
「……確かに」
和春は続ける。
「人は帰るとき買わない」
愛華が静かに補足する。
「心理学的には意思決定疲労です」
組員の何人かが首を傾げる。
愛華は穏やかな声で説明した。
「人はイベント会場で何度も判断しています。見るか、並ぶか、食べるか、買うか、そうやって判断を繰り返すと脳は疲れます」
少し間。
「帰る頃にはもう何も決めたくない。だから買わない」
組長がゆっくり頷いた。
「なるほどな」
和春が言う。
「入口付近そこが一番売れる」
⸻
■理由② 商品コンセプトが弱い
和春は写真をめくる。
普通のたこ焼き。
ソース。
青のり。
鰹節。
和春が言った。
「二つ目はコンセプト」
組長が言う。
「たこ焼きだぞ」
和春は頷く。
「そう、ただのたこ焼き」
部屋が静かになる。
和春は続けた。
「今のキッチンカーはSNS商品だ」
愛華が補足する。
「つまり写真を撮りたくなる商品」
組員の一人が言う。
「写真?」
愛華は説明する。
「今は味だけでは売れません。SNSで拡散されるか」
それが売上を作ります
和春が言う。
「例えば」
指を折る。
「溶岩チーズ」
「巨大たこ焼き」
「炎で炙るパフォーマンス」
「カラフルソース」
組員たちがざわつく。
和春は言った。
「普通のたこ焼きはコンビニでも買える」
⸻
■理由③ 価格設定が中途半端
最後の写真。
価格表。
600円。
和春が言う。
「三つ目は値段だ」
組長が言う。
「600円だ」
和春は頷く。
「だから売れない」
組員が言う。
「高いのか?」
和春は首を振る。
「安い」
組員たちが黙る。
和春が言う。
「イベント飯は体験を売る」
愛華が補足する。
「人はイベントでは財布が緩みます。非日常だからです」
和春が言う。
「だから900円でも売れる」
「1200円でも売れる」
「ただし」
少し間。
「価値があれば」
組長は腕を組んだまま黙る。
数秒後。
低く言った。
「……面白ぇ」
⸻
■対策
和春は立ち上がる。
「対策は三つ」
「入口側へ配置」
「SNS用商品を作る」
「価格は上げる」
そして言った。
「それだけで500万ラインは届く」
部屋が静まり返る。
組長が部下を見る。
「おい。金持ってこい」
数分後。
アタッシュケースが机に置かれる。
パチン。
中には――
札束。
組長が言う。
「1億だ」
組員たちが静かに見守る。
「うちの専属顧問になれ。今後は全部任せる」
だが。
和春はケースを見て――
数枚だけ抜いた。
10万円。
それだけポケットに入れる。
残りを閉じて押し戻した。
組員がざわつく。
組長が言う。
「……どういう意味だ」
和春は言った。
「今回の相談料」
「10万でいい」
組長が黙る。
和春は続ける。
「専属顧問はやってない」
「動けなくなる」
愛華が補足する。
「専属契約は視野を狭くします。他の案件を見なくなる」
和春は言った。
「依頼があるならその時呼べ」
そして少しだけ振り返る。
「細かい改善点はまとめて送る」
組長が聞く。
「何をだ」
和春が答える。
「コンセプト用のたこ焼き」
「価格設計」
「売れる導線」
「全部」
愛華が言う。
「資料を作成してメールで送ります」
和春は最後に言った。
「その通りにやれば売上は変わる」
「やるかどうかはそっち次第」
そう言って二人は立ち上がる。
組長は数秒黙り――
突然笑った。
「ははは!いい度胸してる」
そして言った。
「お前命のやり取りに慣れてるな」
部屋が静かになる。
和春も。
愛華も。
何も言わない。
だが。
二人の目の奥に、一瞬だけ影が落ちた。
臓器売買。
地下医療。
裏社会の案件。
拳銃を突きつけられたこともある。
目の前で人が殺されたこともある。
それでも。
和春はただ言った。
「帰る」
愛華も一礼する。
組長が笑う。
「気に入った!また呼ぶぞ」
和春は振り返らずに言う。
「仕事ならな」
そして――
ヤクザの事務所を、普通に出ていった。
組長室の空気は、先ほどまでとは明らかに変わっていた。
拳銃が向けられていた緊張感は消え、
代わりに――
興味と警戒が混ざった静かな空気が流れている。
和春はテーブルの上に置かれた写真をもう一度見た。
赤いキッチンカー。
屋根の上には「たこ焼き」の文字。
安いのぼり旗。
イベント出店の写真も数枚ある。
和春はそれを数秒見ただけで言った。
「売れない理由は三つ」
組長が腕を組み、ソファに深く腰掛ける。
「聞かせてもらおう」
低い声だった。
だが、明らかに興味があった。
部屋の組員たちも静かに耳を傾けている。
⸻
■理由① 客導線が死んでいる
和春は写真を指で軽く叩いた。
「まず一つ客導線」
組長が目を細める。
「どういう意味だ」
和春は写真のイベント会場を指す。
「入口」
「ステージ」
「飲食エリア」
空中に配置を描くように指を動かす。
「普通のイベントの客の流れは」
「入口 → ステージ → 出口」
「この順番になる」
和春は写真のキッチンカーを指した。
「この店は出口側にいる」
組員の一人が小さく言う。
「……確かに」
和春は続ける。
「人は帰るとき買わない」
愛華が静かに補足する。
「心理学的には意思決定疲労です」
組員の何人かが首を傾げる。
愛華は穏やかな声で説明した。
「人はイベント会場で何度も判断しています。見るか、並ぶか、食べるか、買うか、そうやって判断を繰り返すと脳は疲れます」
少し間。
「帰る頃にはもう何も決めたくない。だから買わない」
組長がゆっくり頷いた。
「なるほどな」
和春が言う。
「入口付近そこが一番売れる」
⸻
■理由② 商品コンセプトが弱い
和春は写真をめくる。
普通のたこ焼き。
ソース。
青のり。
鰹節。
和春が言った。
「二つ目はコンセプト」
組長が言う。
「たこ焼きだぞ」
和春は頷く。
「そう、ただのたこ焼き」
部屋が静かになる。
和春は続けた。
「今のキッチンカーはSNS商品だ」
愛華が補足する。
「つまり写真を撮りたくなる商品」
組員の一人が言う。
「写真?」
愛華は説明する。
「今は味だけでは売れません。SNSで拡散されるか」
それが売上を作ります
和春が言う。
「例えば」
指を折る。
「溶岩チーズ」
「巨大たこ焼き」
「炎で炙るパフォーマンス」
「カラフルソース」
組員たちがざわつく。
和春は言った。
「普通のたこ焼きはコンビニでも買える」
⸻
■理由③ 価格設定が中途半端
最後の写真。
価格表。
600円。
和春が言う。
「三つ目は値段だ」
組長が言う。
「600円だ」
和春は頷く。
「だから売れない」
組員が言う。
「高いのか?」
和春は首を振る。
「安い」
組員たちが黙る。
和春が言う。
「イベント飯は体験を売る」
愛華が補足する。
「人はイベントでは財布が緩みます。非日常だからです」
和春が言う。
「だから900円でも売れる」
「1200円でも売れる」
「ただし」
少し間。
「価値があれば」
組長は腕を組んだまま黙る。
数秒後。
低く言った。
「……面白ぇ」
⸻
■対策
和春は立ち上がる。
「対策は三つ」
「入口側へ配置」
「SNS用商品を作る」
「価格は上げる」
そして言った。
「それだけで500万ラインは届く」
部屋が静まり返る。
組長が部下を見る。
「おい。金持ってこい」
数分後。
アタッシュケースが机に置かれる。
パチン。
中には――
札束。
組長が言う。
「1億だ」
組員たちが静かに見守る。
「うちの専属顧問になれ。今後は全部任せる」
だが。
和春はケースを見て――
数枚だけ抜いた。
10万円。
それだけポケットに入れる。
残りを閉じて押し戻した。
組員がざわつく。
組長が言う。
「……どういう意味だ」
和春は言った。
「今回の相談料」
「10万でいい」
組長が黙る。
和春は続ける。
「専属顧問はやってない」
「動けなくなる」
愛華が補足する。
「専属契約は視野を狭くします。他の案件を見なくなる」
和春は言った。
「依頼があるならその時呼べ」
そして少しだけ振り返る。
「細かい改善点はまとめて送る」
組長が聞く。
「何をだ」
和春が答える。
「コンセプト用のたこ焼き」
「価格設計」
「売れる導線」
「全部」
愛華が言う。
「資料を作成してメールで送ります」
和春は最後に言った。
「その通りにやれば売上は変わる」
「やるかどうかはそっち次第」
そう言って二人は立ち上がる。
組長は数秒黙り――
突然笑った。
「ははは!いい度胸してる」
そして言った。
「お前命のやり取りに慣れてるな」
部屋が静かになる。
和春も。
愛華も。
何も言わない。
だが。
二人の目の奥に、一瞬だけ影が落ちた。
臓器売買。
地下医療。
裏社会の案件。
拳銃を突きつけられたこともある。
目の前で人が殺されたこともある。
それでも。
和春はただ言った。
「帰る」
愛華も一礼する。
組長が笑う。
「気に入った!また呼ぶぞ」
和春は振り返らずに言う。
「仕事ならな」
そして――
ヤクザの事務所を、普通に出ていった。

