相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

夕方になり、部屋の外が少し暗くなり始めたころ。

襖の外から控えめな声が聞こえた。

「失礼します」

瀬奈だった。

晩御飯の配膳だ。

襖が開き、瀬奈が料理を運び込む。

今日も豪華な夕食だった。

山菜の天ぷら。
川魚の塩焼き。
地元の牛肉の陶板焼き。
季節の小鉢がいくつも並ぶ。

瀬奈は料理を並べながら少し緊張していた。

愛華が微笑む。

「瀬奈。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

瀬奈は少し照れる。

「いえ…今日いろいろ教えてもらったので」

その時だった。

部屋の奥から声が聞こえる。

和春だ。

電話している。

だが――

瀬奈は首を傾げた。

「……え?」

何語か分からない。

日本語でも英語でもない。

和春は普通のテンションで話している。

« Já, ég skil.
En þú þarft að breyta uppbyggingunni. »
(ああ、分かった。
でも構造を変える必要がある)

瀬奈は固まる。

和春は続ける。

« Ef þú heldur áfram svona
þá taparðu peningum. »
(そのやり方を続けたら
お前は金を失うぞ)

電話の向こうで誰かが笑っている。

和春も少し笑う。

« Nei, ég er í fríi núna.
Hringdu aftur á mánudag. »
(いや、今は休暇中だ。
月曜にまた連絡しろ)

瀬奈はぽかんとしていた。

「……え? 何語?」

愛華は少し呆れたように小さくため息をついた。

「アイスランド語です」

瀬奈の目がさらに丸くなる。

「アイスランド語!? そんな言語あるんですか!?」

愛華は苦笑する。

「あります。北欧の言語ですね」

瀬奈は和春を見る。

「いや…なんで…そんな言語喋れるんですか」

愛華は肩をすくめる。

「必要だったから覚えたんでしょう」

瀬奈はまだ混乱していた。

「必要って…」

その時。

和春が電話を切る。

「はぁ」

と軽く息を吐いた。

愛華が腕を組む。

目が少し細い。

「……和春」

和春は振り向く。

「ん?」

愛華は少し怒っている。

「休みですよね?」

瀬奈が小声で言う。

「……怒ってる」

愛華は続ける。

「温泉旅行ですよ?」

「仕事の電話は禁止です」

和春は普通の顔で言う。

「仕事じゃない」

愛華は眉を上げる。

「じゃあ何ですか」

和春は答える。

「相談」

瀬奈がツッコむ。

「それ仕事では!?」

和春は肩をすくめる。

「連れみたいなやつだ」

愛華はため息をつく。

「そういう問題じゃありません」

瀬奈が小声で聞く。

「誰なんですか?」

愛華は答える。

「海外企業の経営者です」

「よく和春に相談してくるんです」

瀬奈は目を見開く。

「お休みなのに…?」

愛華はさらにため息。

「そうです」

そして和春を見る。

「だから休みの日は電話に出ないようにしてるんです」

和春は机の料理を見る。

「飯冷めるぞ」

愛華の眉がぴくっと動く。

「話を逸らさないでください。休みは休まないと、それは休みではありません」

和春は愛華に色々言われて、悪かったと謝っていた。

瀬奈は思った。

(この人…本当に)

尻に敷かれてる…

でも。

それが妙に自然だった。


■客室 ― 夜の静けさ

瀬奈が最後の料理を並べ終える。

湯気の立つ料理を一度見渡し、
少し安心したように頷いた。

「それでは、ごゆっくりお召し上がりください」

瀬奈は軽く頭を下げる。

愛華も微笑んだ。

「ありがとうございます」

瀬奈は一度和春を見る。

相変わらず普通の顔で料理を見ている。

瀬奈は思う。

(この人…本当に普通の顔してるけど、普通じゃない)

そう言えば6、7ヶ国語話せるんだよね‥

しかも温泉旅行中に海外企業から相談電話。

瀬奈は苦笑しながら言った。

「それじゃ失礼します」

襖が静かに閉まる。

廊下の足音が遠ざかる。

部屋には静かな空気が戻った。

しばらくして。

和春が箸を持つ。

「……うまそうだな」

愛華は小さく笑う。

「さっきまで怒られていた人のセリフとは思えませんね」

和春は普通に言う。

「腹は減る」

愛華は呆れた顔をするが、
どこか楽しそうでもある。

二人はゆっくり夕食を食べ始めた。

旅館の料理は相変わらず美味しい。

少し食べ進めた頃。

和春が言う。

「明日」

愛華が顔を上げる。

「はい」

「午前中チェックアウト。家帰ったら、仕事の準備だな」

愛華は箸を止めた。

少しだけ眉をひそめる。

「……和春」

「ん?」

愛華は静かに言う。

「今、それ考える必要あります?」

和春は普通の顔。

「準備は早い方がいい」

愛華は少しため息をつく。

「だからダメなんですよ」

和春が首を傾ける。

「何が」

愛華は少しだけ柔らかい声になる。

「今日は休みです。温泉旅行です。仕事のことは今は考えないでください」

和春は少し黙る。

愛華は続けた。

「明日の準備は帰ってから私が整理します」

和春は少し考える。

そして。

「……そうか」

と短く言う。

愛華は小さく頷く。

「そうです今日は休む日です」

和春は箸を動かす。

「わかった」

そして。

少しだけ肩の力が抜けたように見えた。

愛華はその様子を見て思う。

(この人は放っておいたらずっと働く)

だから。

休ませるのも仕事だ。

二人はゆっくり食事を続けた。

旅館の夜は静かで、
温泉街の灯りが障子の向こうにぼんやり揺れていた。