相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

■客室 ― 静かな相談

部屋の中は静かだった。

温泉旅館の朝の光が障子を通してやわらかく差し込んでいる。

瀬奈はまだ少し混乱していた。
自分がコンサル?

そんなこと、考えたこともない。

目の前には和春。
そして愛華。

愛華がゆっくり瀬奈を見る。

「瀬奈」

「はい…」

「大学で経営を学んでいる理由はなんですか」

突然の質問だった。

瀬奈は一瞬戸惑う。

だが、答えはすぐ出た。

「……実家です」

少し視線を落とす。

「この旅館の経営を安定させたいんです」

言葉は止まらなかった。

「私には妹がいるんです」

少し笑う。

「歳が離れてて、まだ中学生なんですけど」

女将が少しだけ目を伏せる。

瀬奈は続ける。

「高校も、大学も行かせてあげたい」

その声は静かだった。

「でも…」

少しだけ拳を握る。

「経営が悪くなったら」

「それどころじゃなくなる」

瀬奈は正直だった。

「だから経営を学んでるんです」

でも。

そのあと、声が少し小さくなる。

「……ただ」

瀬奈は和春を見る。

「正直、不安です」

苦笑する。

「学生の私が経営に関わるなんて、正しい判断できるのかとか、もし失敗したらどうしようとか」

部屋の空気が少し重くなる。

沈黙。

和春が口を開いた。

「普通だ」

瀬奈が顔を上げる。

和春は静かに言う。

「誰でも最初は怖い。失敗したらどうしようって悩む」

少し間を置く。

「それが普通だ」

瀬奈はその言葉を聞く。

和春は続ける。

「ただ」

指で机を軽く叩く。

「構造と設計ができてれば、経営は傾かない」

瀬奈は少し眉を寄せる。

「構造…」

和春は頷く。

「多くの経営者は利益だけ見る。今月いくら?今期いくら?売上。利益」

指を折る。

「数字ばかりだ」

少しだけ視線を上げる。

「でもそれは結果だ。構造じゃない」

愛華が静かに補足する。

「利益は“結果指標”です」

瀬奈が聞く。

和春は続ける。

「多くの経営者は昔作ったレールの上を走り続ける。それが正しいと思ってる」

少し間を置く。

「でも、時代が変わる。環境が変わる。客が変わる。競争が変わる。そしてレールを外れる」

和春は瀬奈を見る。

「その瞬間、経営は傾く」

瀬奈は小さく息を飲む。

和春は静かに言う。

「理由は簡単だ、自分の構造じゃないからどこが壊れたのか分からない」

少し沈黙。

「だから直せない」

瀬奈の胸が少しざわつく。

愛華が静かに言う。

「逆に構造を理解している人はどこが壊れたか分かります」

瀬奈は和春を見る。

和春は静かに言う。

「だから怖くても自分で設計するしかない」

部屋は静かだった。

瀬奈は少しだけ拳を握る。

怖い。

でも――

少しだけ。

前に進める気がした。

■客室 ― 静かな思考

部屋は静かだった。

朝の光が畳の上に広がり、山の空気がゆっくり流れている。

瀬奈は俯いたまま、必死に考えていた。

女将も黙っている。

和春も、愛華も、何も言わない。

ただ――

待っている。

瀬奈が自分で考えるのを。

しかし。

女将の胸の中には焦りがあった。

(…でも、そんなこと、私には辿り着けない)

長年この旅館を守ってきた。

料理も温泉も自信がある。

それでも客は減った。

なぜか。

答えは分からない。

経営が傾く人ほど――

自分を俯瞰して見ることができない。

焦りがある。不安がある。

目の前の問題ばかり見てしまう。

だから、視野が狭くなる。

瀬奈は違った。

若い。まだ経営者ではない。

だからこそ――

思考を回せる。

瀬奈は頭の中で整理する。

(他の旅館…)

(何が違う…)

(何をやっていて)

(うちはやってない…)

一つ思い浮かぶ。

広告。

でもすぐに消す。

(広告費…)

(高い)

(今の経営じゃ無理)

思考を切り替える。

(違う)

(いまは…)

頭の中で何かが繋がる。

(SNS)

顔が少し上がる。

(ショート動画)

最近の温泉ホテル。

新しい施設。

必ずやっている。

SNSでの発信。

館内紹介。

料理紹介。

露天風呂。

雰囲気。

動画で広がる。

しかも――

広告費がほとんどかからない。

瀬奈は小さく呟く。

「うち…やってない…」

女将が少し驚く。

瀬奈は続ける。

「昔のやり方しかしてない」

チラシ。

旅行会社。

口コミ。

「それだけじゃ…」

でも、すぐに首を振る。

「違う」

瀬奈は気づく。

「それだと、ただ真似してるだけ…」

新しいホテルと同じことをしても勝てない。

瀬奈は思考を回す。

(うちの強み…)

(何…)

沈黙。

その時。

和春が静かに言った。

「いい方向だ」

瀬奈が顔を上げる。

和春は短く言う。

「ただ、まだ浅い」

瀬奈は少し悔しそうに眉を寄せる。

和春は続ける。

「俺の中ではこの旅館は、やり方変えれば赤字にならない」

女将が驚く。

「本当ですか…?」

和春は普通に言う。

「魅力がある」

「料理、温泉、雰囲気」

指を軽く動かす。

「全部ある」

そして少し間を置く。

「ただ一番悪いやり方してる」

女将の表情が固まる。

和春は静かに言った。

「値下げ」

瀬奈がハッとする。

和春は料理の並んでいた机を見る。

「昨日の飯、量、質、価格」

少し首を傾ける。

「合ってないだろ」

女将の目が揺れる。

和春は続ける。

「他が安いからうちも安くする。客呼ぶ。その結果、利益が消える」

少し沈黙。

「それ一番やっちゃダメな経営だ」

瀬奈は息を飲む。

和春は静かに言う。

「俺は飯食った瞬間に気づいた」

女将は何も言えなかった。

そして。

瀬奈の頭の中で。

何かが――

繋がり始めていた。